戦時、拝啓貴方へ。

@m_i09

短編 拝啓、貴方へ。

8月6日、午前8時15分。広島県××市原爆落下。私には幼馴染の、康介という男がおりました。私は小さい頃から背が高く、康介は周りよりも背が小さくよく康介を揶揄っていた事もありました。物心がつく頃から康介とはよく遊んでいて、家が隣同士ということもあり、とても、仲の良い姉弟のような関係でした。学校には毎朝一緒に行き、中学に上がれば、周りから熟年夫婦だのよく揶揄われるようになりました。でも、私と康介との関係は切れることはなく、ごく普通の幼馴染として接していたのでした。

私はその日も、朝起きて家を出る支度をしていました。ふと、目の前がピカッと鋭く光ったのです。その光の眩しさに目を瞑り、そうした瞬間強い風が通り、私は立っていられなくなりました。家の物も崩れていき、母は近くにいた弟達を庇いながらしゃがみ込み、私は祖母に抱えられて伏せていました。ある程度の衝撃が治まると、家族皆が顔を上げて安否を確認し合いました。私は隣の家の康介が心配で心配で、母の言い付けを聞かず急いで家を飛び出しました。辺りは家の破片、所々に炎が散らばっていました。不幸中の幸い、とでも言いましょうか、隣の康介の家は崩れてはいましたが、余り崩れてはいない様子ではありました。中から康介が出てきた姿が見えました。私は駆け寄ろうとしましたが、空から飛行機の音がして見ると、見たことの無い海外の飛行機が数台飛んでいて、当時中学生だった私は怖気付き、そのまま家の中へ入ってしまいました。私はそこから、康介の姿は見ていません。


高校生に上がる歳になりました。私はあの後、土地を引越し、田舎の高校に通う事になりました。まだ、あの時の事は鮮明に思い出せます。それ以前に、康介の顔が、私の頭から離れません。ある日、母が用事があると言って、私を連れて元ある家の市まで向かいました。此処に来るのは2、3年ぶりです。私は母を待つ間、ある場所へ行ってみることにしました。少し変わってしまった建物、見覚えのある道、突き当たりにある駄菓子屋さんは変わらないまま。着いた場所は、私の元実家。そして、見慣れた幼馴染の隣の家。私はもう一度康介に会いたかった、でも、中に人が住んでいる気配は無い。ダメ元で来てみたものの、やっぱり居ない。

帰ろうとした時、後ろから聞き慣れた声が私の名前を呼ぶ。康介。では無く、康介の父親だった。久しぶりに見たその顔は、やはり康介に似ているものがあり前見た時より雰囲気が変わっていた。それに何か、元気が無いような、覇気のない顔付き。


「康介にな、渡しといてくれって頼まれたんじゃ。受け取っといてやってくれんか?」


おじさんは私に一通の手紙を渡してきた。少し茶色掛かった、拠れてしまった手紙。私は静かに頷いた。でもその前に、聞きたいことがあって。


「あの、おじさん。康介は?」


その一言で、おじさんの顔は一瞬で曇ってしまった。やはり、康介に何かあったんだろうか。


私がおじさんから聞いたのは、康介は戦争へ出ていってしまったということ、正確に言えば、連れていかれてしまったと言うこと。この歳になると、軍に出されるのも珍しくないらしい。そして、何やら私宛に康介が、手紙を残していた事。私は帰り道、母と合流して電車を使って帰った。その帰り道、早速手紙を開けてみた。




『 拝啓、百合江様』


この手紙が渡されたって事は、俺はもう此処には帰って来れんかったんじゃろ。 大体の経緯は親父から聞いとると思う、その通りじゃ。最後、ちゃんとした別れ無くてすまんな。弾落とされて、守りに行ってやれんくてすまん。言いたい事あったんじゃけど、直接言えんですまん。慣れん手紙使って言う事になってしまった。俺、お前の事が好きじゃった、こまい時からずっと想っとった。友達としても、好きじゃった。俺は今、戻って来れるか分からん。


百合江。長生きせえよ。







『拝啓、愛しい貴方へ』


うちもずっと、康介が好きじゃったよ。







この短いラブレターは、桃色のスターチスと、白いツツジの花と一緒に添えて渡しました。私は彼の分まで、長生きせんにゃいけんなと思います。

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