あの時、渡せなかったモノ
横浜いちよう
第1話
僕は遠くで見えた女性が、一瞬で彼女だと気がついた。不思議だ。もうずっと忘れていたのに、一瞬であの時の事が思い出された。そんな、たいした話
でもないのに。
僕は付き合っている彼女を連れて茨城の実家へ行ってきた。彼女を実家へ連れて行ったのは、これで三度目だろうか?紹介した時が一度目。結婚すると報告した時が二度目。そして今回だ。今回は結婚式やるやらない問題などの細かい話をしに行ってきた。そして夜遅くに、彼女と横浜の賃貸マンションに帰ってきたところだ。
「あー疲れた。」
「お疲れ様。」
「やっぱり横浜より茨城の方が寒いよね、まだ11月
なのにすっごく寒かったよね。」
「駅のホームに降りた途端に、空気が変わるよ
ね。」
「それにしてもねー。結婚自体は楽しみだし、良いんだけどさぁ。式とか、両家顔合わせとか、結納とか、披露宴とか、新居とか、そういう周辺の事が面
倒だよね。」
「分かる。」
「まあ、しょうがないんだけどさ。何で田舎の披露
宴ってあんなに大人数になるのかなー。」
「まあ、親戚が多いからねー。」
「いや、いいんだよ、もちろん全然悪い事じゃない
し、大勢に祝ってもらえるのは嬉しいんだけど、ぶ
っちゃけお金がねー勿体ないかなー・・・。」
「それはうちの親がちゃんとやってくれっていうか
ら、うちの親が出すよ。」
「それもねーほとんど出してもらって、いいのかな
ーっていうねー。」
「それはいいよ、だってうちの親が誰を呼んで誰を
呼ばないとかになると、後々の親戚付き合いがまず
くなるからって理由なんだしさぁ、それは100%こ
っちの理由なんだから、・・・それでうちの方だけ
多くは出来ないからそっちも同じだけ呼ばなきゃい
けないわけだしさぁ。」
「でもねー全部まーくんの方に出してもらうとねー。そうすると、またあとあと、いろいろと言って
くるかなー?ってねー。子供の事とか家の事とか、なんやかんや言ってきそうじゃない?」
「それは、金を出してなくても言ってくるかなー。
それは俺が全てブロックするから平気だよ。」
「それは、そうしてもらわないと私が拒否できるわ
けないしさぁ。・・・まあ今日はいいっかー疲れち
ゃったし、早めに寝ようかなー。先お風呂入っても
いいかなぁ?」
「いいよぉ、先に入りなよ。」
「そういえば、駅のホームにいた、ベビーカー押し
てた女の人は同級生か何か?」
「え?いつ?」
「ほら駅着いて、私がトイレ行って、改札出る時に
むこうは改札入る時でさぁ、いや、もう登りホー
ムにいたかなー、」
カノウリカコ
「こっちをチラッと見て、あ!って顔してたでしょ
?」
カノウリカコだ
「そんな人いたっけ?覚えてないなぁ。」
「ほら、痩せてて茶髪で髪が長くてさぁ、」
「まあ、茨城はほとんどがヤンキーだからさぁ。」
「いや、茶髪だからヤンキーってわけではないけど
、まあ、そうかーヤンキーって言われたらヤンキー
だったかなー。」
「気付かなかったなー。」
「えー見てたと思ったけど、ちょうど同級生ぐらい
かなーと思って、後で聞いてみようと思ってたんだ
けど。」
「そう言われたら、いたような気もするけど、よく
見なかったなー。でも地元の人なら絶対知り合いだ
よ、それは田舎だからねー知らない人はいないし、
こっち見てたなら、同級生か、まあ俺を知ってるだ
ろうねー。」
結婚して離婚したって聞いてたけど、子供いたんだ
な
「まあいいけど、じゃあ先入るねー」
「ああ、ゆっくり入ってきなよ」
それから僕たちは順調に結婚式、披露宴をすませ、
結婚した。お金はうちの親に出して貰った。でも
干渉されるのも嫌だったので、横浜にマンションを
買ってしまった。共働きで40年ローン。子供も1人
産まれた。そんな頃、茨城の友達からメールが届い
た。久しぶりに飲む事になった。
「久しぶり、元気?」
中学、高校の同級生で同じ野球部だった。今は地元
でガラス会社か何かの営業をやってたような。
結局、新橋で会う事になった。
「おー、久しぶり。こっち来てたの?」
「うん、1週間泊まりで、東京で仕事になったからさー、こっちに誰かいなかったかなーっと思って
ね。」
「忙しそうだな。」
「武田の他にも誰か呼ぼうかと思ったんだけど、意
外といないんだよね。」
「俺も誰が田舎出てるとか全く知らないんだよねー。」
「お前は付き合い悪いからなー(笑)。」
「そうかなー?」
「どう?奥さんとはうまくいってる?子供産まれて
たよね?」
「おお、うまくいってるよ。子供は来年幼稚園だね
ー。」
「おーそうかー(笑)。」
「お前は今の彼女とはもうけっこう長いんじゃない?」
「もう4年かなー。」
「あーそんなもんかー。じゃあ、とりあえず乾
杯。」
「でもむこうも同い年だから33になるのかな、やっ
ぱり結婚したいんだろうなーってね。」
「え?何、話進んでんの?」
「いや、全く。」
「結婚しちゃえばいいじゃん。良い娘なんでしょ?
会った事ないけど、」
「そうだっけ?じゃあ今度紹介するよ。」
「いやいいよー。そんな会う事もないんだし、」
「いや、俺もね結婚してもいいかとも思わないじゃ
ないんだけどさ、ほら、俺、バツイチじゃん。」
「あー、そうだったね。」
「そうなんだよ、だからさぁ、なんか慎重になるっ
てゆうかさぁ。」
「あれ?前の奥さんとは子供はいなかったよね?」
「いないいない。」
「何だっけ?前の奥さんも紹介されてないけど、高
校の隣のクラスの娘だったよね?」
「会ったことなかったっけ?お前大学からずっとこ
っちだもんな。そう隣のクラス。なんか土浦かどっ
かの飲み屋で偶然会ったんだよねー。今はマジシャ
ンやってるって。」
「マジシャン?まじ?そんなタイプだったっけ?何
かおとなしそうな娘だと思ってたよ、勝手に(笑)。」
「いや、全然派手な感じじゃなかったよ。マジック
もやってるとこなんて、見た事なかったし。」
「へー、え?今でも連絡とってるの?」
「いやいや全然全然。でもほら、地元に住んでると
噂は入ってくるじゃん、意外と友達の友達だったり
するからさー。」
「それはそうかー狭いもんなー。」
「そうだよー狭い世界だよ。」
「え?今の彼女には言ってないの?バツイチって。」
「いや、彼女には言ってるけど、彼女の親には言っ
てない。」
「彼女に言ってたら良いんじゃないの?もう大人だ
し。」
「彼女からは結婚の事とかは言ってこない?さりげ
なくさぁ(笑)。」
「それはまあ、多少ねぇ。まあ、ゆくゆくはそうし
ようね、みたいなさ(笑)。」
「それはお前全然さりげなくじゃないよー、33だろ
ー、こいつはっきりしろよー!って思ってるって。」
「まあまあまあまあ、それは俺もいづれはね、当然
だよ。」
「いや、男の33と女の33は全然意味が違うから、早
く決断してあげないと、ズルズル伸ばされてもさー、可哀想だよ。」
「彼女の親にも娘をよろしく的な事は言われた事は
あるんだけどねー、いや、改まってじゃないよ、流
れでだよ、流れ。」
「何だよそれはーもうOKって事だろーそれは流れ
も何もないよそれは(笑)。」
「そうかなーでもまだバツイチって知らないから」
「いや、知らないわけないだろーそれは、娘からい
ろいろ聞いてるよーそれは。何回も実家行ってるん
だし、田舎だから、誰と結婚してたかも知ってる
し、下手してら繋がりもあるかもよー。」
「あー、知ってるかー、そうだよなー、言ってるよ
なー。」
「そりゃそうよーしちゃえよー結婚。自分の子供はかわいいぞー。」
「そりゃそうだろうよ。俺は子供好きだし。まあ、
でも、するよ、近々、プロポーズするよ、指輪は買
ってあるんだよ、指輪は。」
「なーんだ、おめでとう!じゃ、あとは誰かに背中
押して欲しかっただけかー、なーんだ。」
「いやいや、そういうわけじゃないけど、まあまあ、飲んで飲んで。」
「そうかー太田も再婚かー良かった良かった。おめ
でとうおめでとう。結婚してない友達はもう、お前ぐらいなんじゃないの?」
「いや、そんな事ないよー、田中もいるし、松下も
いるし、あとほらショート守ってた、あいつも離婚したらしいよ。」
「えー!かんちゃん?」
「そうそう、かんちゃんかんちゃん。あいつは確か
東京出て板前だかレストランだかで働いてたらしい
けど、誰か言ってたよ、離婚仲間だなーって。」
「へーそうなんだーみんな色々あるなー。」
「みんな色々だよー。苦労してるよー。そういえば
あれ覚えてる?中学の同級生の陸上部の女で、ほら
、お前陸上部の女と付き合ってたよね?あいつ、」
「え?浅倉?」
「あれ?お前付き合ってたの浅倉だっけ?カノウじ
ゃなくて?」
「カノさんは違うよ、あいつは先輩と付き合ってた
じゃん。」
「あーそうだー木村先輩と付き合ってたんだっけー
、懐かしい、そうそう。そのカノウがさー殺された
らしいよー知ってた?」
「え?殺された?」
「いや、俺も葬式言った訳じゃないから、確かめて
はいないけどさー、なんか、誰だっけ?あの、高瀬
さんか、高瀬さんから連絡来て、葬式行く?ってさ
。」
「殺されたって誰に?」
「それがラブホで灰皿で頭割られてたんだってよ、怖いよね。」
「え?ラブホで、でも子供いなかったっけ?子供。」
「そうそうお前詳しいじゃん。仲良かったの?」
「いや、全然、たまたま田舎帰った時に子供連れて
る所を見たんだよ。」
「そうそう、子供いたんだけど、親に預けて遊んで
たらしいよ、相当。確か八郷かどこかの人と結婚し
て、子供出来て離婚して、1人で育ててたらしいけ
ど、実家にも戻らずにアパート借りてさ。」
カノさんが殺された。
「けっこう同級生死んでるよな。」
「キックやって死んだのがマサオだろ。」
「そうマサオ。あいつ本名何だっけ?」
「え?マサオじゃないの?」
「違うよー全然。確か小学校の時のあだ名がマサオ
なんだよ。」
「知らなかった。」
「あとほらヤンキーだったあいつも病気で亡くなっ
たらしいよ。」
「ああ、それ聞いた、宗教やってた家だろ、」
「そうそう、宗教宗教、あれびっくりしたよなー
初めて遊びに行った時、あいつのお父さんかなんか
がずーっとお経唱えててなー。お前と顔見合わせて
たらさーマーが気ぃ使ってさー、気にすんな気にす
んなってさー言ってたよなー。そうだマーだよマー
、お前じゃ無い方のマーな(笑)。」
「そうそう俺じゃない方のまー君だ。確か新しいゲ
ーム買ったから来いよとか言われてさー。あれ何だ
っけ?ツインビーじゃなくて、グラディウスじゃなくて、」
「そうそうゲームやりに行ったんだよ、俺、あの1
回しかまーの家行ってないよ。」
「うそ?俺は4〜5回行った気がする。ゆうて、部活
が忙しくてあまり、行けないんだけどね。」
「そうそう。」
「じゃあ死亡は4人目かー、カノさんで。この年に
したらけっこうな数だよな。」
「まだいるのかもしれないけどなー。カノウはなん
か変な奴と付き合ってたらしいよ。チンピラみたい
なヤクザみたいな。」
カノさんが死んだ
「一時期激太りしてたらしいよ、激太り。」
「え?俺が見た時はガリガリだったけど。」
「そうそう俺らのイメージだと、痩せてて綺麗なタ
イプのヤンキーって感じだよな。それが激太りだって、想像できねーよな。」
・・・・・・。
「いろいろあったんだろうなーいろいろ。なんかレ
イプされたって噂もあったしなーどこまで本当かわ
からないけどなー。」
・・・・・。なんか何も言えなかった。
ヤンキーの多い中学だった。入学式の直前に女子の3年が1年生に体育館で暴力だか何かして、地元の茨
城新聞に載ってしまっていた。そんな中学入りたく
ないなーって思って入学式に行ったのを覚えてい
る。
新校舎の前の第一グラウンドの1番はじに、野球部
のバックネットとマウンドがあって、その逆のはじ
に、陸上部のトラックがあった。だから一年の時に
俺らが玉拾いしてるすぐ後ろで陸上部が練習してた。たまにボールがそっちまで転がると俺ら一年が
取りに行ってた。そういう時は大抵、陸上部の女子
が拾ってくれて、あざーっスとか挨拶して、笑われて、みたいなパターンがあった。だから陸上部の女
子とは顔見知りぐらいの間柄だった。
浅倉はショートカットで髪も染めてなくて明るくて
ハキハキしてて、暗い俺とは真逆のタイプだ。逆に
カノさんはカゲがあるタイプであまり笑わなかっ
た。気が強そうで変な事を言ったら怒られそうでい
て、でも何を言っても許してくれそうな包容力があ
りそうでもあった。校則で女子は肩ぐらいまでしか
髪が伸ばせなかったのに、何故かヤンキーはロング
ヘアーが許されていた。カノさんも勿論背中ぐらい
までのロング。そして茶色に染めていた。カノさん
は華奢でスレンダーな感じで背もそこそこある。まあ、高い方ではないけど、普通かな。浅倉は少しぽ
っちゃりしてるけど太ってるわけではない。女性ら
しい感じかな。確か2人とも短距離やってたはず
だ。1年の時は挨拶程度しか話した事は無かった
が、2年になって、俺と太田と浅倉とカノさんは同
じクラスになった。
クラス替えをしてすぐぐらいだったと思う。俺と太
田が休み時間に喋っていると、カノさんとあと2、3
人の仲の良い女子が、急に話しかけてきた。
「アサも武田のこと好きだってー付き合っちゃえば
ー!!キャハハハハー!」
当時は女子のあいだで苗字の最初の2文字で呼び合
うのが流行っていた。浅倉はアサ、カノウはカノ、
高木はタカ、俺は武田だからタケ、何故か太田はオ
オではなくフト。いつも太田はそれに文句を言っていた。
「なんで俺だけ訓読みなんだよー。」
「オオって言いづらくねー?オオって(笑)。」
少し離れたところで喋っていた浅倉がカノさん達の
声を聞いて吹っ飛んで来た。
「ちょっと何言ってんのよー!」
「あたし達さー実はさー聞いてたんだよねー。あの
野球部の新入生の儀式。」
「マジか・・・」
あの頃のうちの野球部には新入生がやらされる儀式
が何個かあった。今ではとても出来ない事ばかりで
時代を感じるけど、あの頃の俺らには避けては通れ
ない通過儀礼だった。高木さんやカノさんが言って
るのは多分アレだ。
新入生が部活に慣れてきた頃にやってたアレ。1年
は全員必ず一回やらされる。まだ部活の始まる前の
時間で、グラウンドでやる他の部の部員も全員は出
てきてない時間、早めに来る人がちらほらいるぐら
いだ。アレをやる日は野球部は全員早めに集合させ
られる。先輩達はホームベース付近に陣取る。1年生はレフトの更に奥にあった、トイレの前に並ばさ
れる。汚ったねぇトイレ小屋だった。その近くに水
道の蛇口が3つある水飲み場があって、練習中たっ
た一度の休憩時間だけ、そこで水を飲む事が許され
た。キャプテンの休憩ーーー!の掛け声と同時に、俺たちはそこまでよくダッシュをした。喉がカラカ
ラだったんだ。距離にして150m以上あったと思
う。田舎だからグラウンドは広い。
「1年、グラウンドのトイレ前に集ごおぉぉぉぉぉーーーー!」
キャプテンのその掛け声で俺らは猛ダッシュだ。
「今日アレやるのかー」「やだなー」「誰言うか考
えてきた?」「え?え?何?何?何やるの?」「バカお前聞いてなかったの?」「え?何が?」
「喋ってんじゃねーよー!ケツバットされてーのか
よー!」
「オエーーー!」
オエーーーというのはハイッという意味だ。ケツバ
ットとは野球部名物の軽い体罰のようなものだ。1
年全員が恐れている。1人でも練習に集中出来てい
なかったり、喋ってたりすると、1年全員がやられることになる。1人づつケツを先輩に向けると、先
輩は内角が良いか、外角がいいか、真ん中が良いか
と聞いてくる。1日に何回もやられる事もあったので、同じ場所ばかりやられるとキツいからだ。そして、ケツを金属バットで打たれる。やる先輩はその時その時で違うから、その強さや手加減具合も違う
。凄く痛くやる先輩もいるし、ゆるくやってくれる優しい先輩もいる。しかし、あまりにゆる過ぎると、別の先輩からクレームが入り、やり直しとなる
ので、1度に2回やられる事になる。優しすぎるの
も迷惑だ。先輩によっては打つ前にフルスイングの
素振りをして、俺たちをビビらせる。
帽子を取って「内角でお願いします。」
打たれた後は「したーーー!」と叫ぶ。ありがとう
ございましたー、の最後のしたーだけ言うのが野球
部の挨拶だ。実際にはフルスイングで打たれる事は
絶対にないけど、そこそこの振りでもかなり痛い。
打たれた直後はのけぞって顔をしかめて声も出せな
い。「うッ・・・」ぐらいなもんだ。でも、そのおかげで学年ごとの団結力は増した気がする。どの学
年も仲が良かった。
「でさー、あん時さー、・・・て、おい、聞いてる
?どうした、遠い目をして(笑)。」
「わりーわりー、野球部のいろんな事思い出しちゃってたよ(笑)。」
「あー野球部ねー色々あったね。」
「俺が1番衝撃だったのはさー、あの校庭の奥のト
イレ覚えてる?」
「おー水飲み場のとこだろ?」
「そうそう、あそこからさー、シンナーでヘロヘロ
になって、真っ直ぐ歩けないジャキがさー、飛び出
して来た事あったじゃん?あれ衝撃だったよね?」
「あー、すっげー覚えてる!あれ、やばかったよね
、もうさーまともに喋れないしさー、ロレツも回ら
なくて何言ってるか分からないしさー。」
「おま、おま、おまりぇりゃしゃぁぁぁー、にゃに
やっあ、、、、ってんだ、、、よぉぉぉぉ、だぁめ
だっぺよぉぉぉ、、、(笑)。みたいなさー(笑)。」
「それでさー真っ直ぐ立ってられなくてさー、歩い
てるうちに体が斜めに倒れてきてさー、それでも歩
きたくて、45°の角度で2歩ぐらい歩いてたよね、衝
撃だったよー。」
「そうそうそう、あれ土曜かなんかで、もう野球部
以外誰もいない時だったよね?たしか、ハシ君かカ
ンちゃんが練習抜けて家まで送ってったんじゃなか
った?」
「そうそう見つかるから、隠せ隠せ!ってさー、大騒ぎしたよなー(笑)。」
「そうそう、懐かしいねー、色々あった(笑)。」
「ジャキやばかったよなー。」
「え?ジャギじゃねぇ?」
「ジャギ?違うよジャキだよ。」
「2組のヤンキーでサッカー部のでしょ?」
「そうそう、ジャッキーチェンが好きでジャッキー
って呼べって言ってたけど、みんなはそれは生意気
だから、ジャキだって言われてジャキ、」
「えー?そうなの?俺が聞いたのは、北斗の拳のジ
ャギが好きっていうのが珍しいっていうんで、ジャ
ギ(笑)。」
「あはははは、うけるな。ま、どっちでもいいけど
な。」
「あとあれ、ケツバットさー、痛かったじゃん?」
「そりゃ痛いよ(笑)。」
「それでさーこれは悪い伝統だから、うちらの代に
なったら辞めようという事になって、実際やめたじ
ゃん?」
「おー覚えてるやめたやめた。でもさーそしたらさ
ー、新しく入った一年生に舐められるようになっち
ゃったんだよねー。」
「そうそうそうそう、それでさー部の雰囲気もゆる
くなってさー、俺らの代からめっちゃ弱くなったよ
なー。」
「そうそう、それで引退する時さー、みんなでケツ
バットって、やっぱり必要だったのかなー、なんて
話したよなー。まあ、でも、たかが中学の部活でそ
んな厳しくしなくても良いとはねー、今となっては
思うけど。」
「そうだねーあの頃は勝てなくて悔しいまま引退だ
ったからさー、余計そう思ったよなー。」
「そうそう、木村先輩の代がめっちゃ強かったから
余計にねー、俺らも勝てると思ってたからなー。」
それで、例の儀式だが、トイレ前に横並びに並び、
そこから一人一人、ホームベースの先輩達がいる場
所に向かって、大声で好きな女子の名前を叫ばされ
る。
「1年3くみーーーー!出席番号13ばーーーん!私、
武田雅之はーーーー!1年1くみーーーー!出席番号
2ばーーーん!浅倉みゆきがーーーー!好き、、、
でーーーーーーーーーす!」
っていう感じだ。何で他のクラスなのに主席番号ま
で分かるかというと、学校で着るジャージの背中に
は、学年と出席番号が大きく印字されている布を付
ける決まりになっているからだ。胸には苗字を大き
く書いた布を縫いつける。だからジャージを着てる
間は、何年何組の誰なのかが、そこにいる全員に分
かってしまう。何も悪い事は出来ないけど、人権も
へったくれもない。
ホームベースではキャプテンか副キャプテンが金属
バットを両手に持って聞いている。声が小さくて聞
こえなかったり、ごまかす様に言ってたら、そこか
バットでバツの合図を出し、
「きこえねーーーよーーー!やりなおーーーし!」
と叫ばれる。ウケ狙いで、あえてブスな女子の名前
を言った場合は、ホームベースの近くに、1人1年を
置いておいて、ちゃんとした人を言ってるか、判断
させる。この1年は仲間の1年の為でも嘘は付けない
。別の同級生は、菅井きんが好きでーす!と叫んで
怒られていた。
「え?菅井きんって言った?そんなのいる?」
「いないっス!必殺に出てる婆さんです、菅井きん
って。」
「だよなー、」
「あいつ、ふざけてます。」
「おー!ふ、ざ、け、てんじゃ、ねぇーよーおーー!!今度ふざけた事言ったら、一年全員ケツバッ
トだかんなーーー!」
トイレ前でニヤニヤしていた俺たちは、キャプテン
の怒鳴り声に最大級のでかい声で答えた。
「オエエエェェェェーーーーー!!!!!」
あの頃の田舎の野球部は、学校でも運動神経が良い
人しか来なかった。運動神経が良いイコールケンカ
が強いだから、ほぼ全員がヤンキーという事だ。し
かも中学での1年の差はでかい。先輩はうっすら髭
も生やしていて体も鍛え始めていて体格も良く、目
つきも鋭かった。たまにおちゃらける人はいても、
怖くて嘘はつけなかった。しかし、本気で好きな人はさすがに言えない。
なので、まあまあ可愛くて、そこから聞こえる位置
にいない体育館でやる部か、吹奏楽とかの女子の名前を言うのが普通だった。それが本気かどうかなん
て先輩にはどうでもいい。試合で緊張しないように
度胸を付ける為の伝統だ、とかなんとか言ってたと
思う。そこで言った女子の名前もどうせ本気じゃな
いって分かってるから、野球部のみんなは外に漏ら
さない。第一グラウンドでは野球部の他は陸上部と
サッカー部とハンドボール部しかいない。その内、
女子がいるのは陸上部だけだ。一段下には第二グラ
ウンドがあり、そこには軟式テニス部がいた。だか
ら、陸上部とテニス部の女子の名前は、誤解される
と面倒なので、誰も言わなかった。
しかし、俺はこの伝統儀式を知らなかった。しか
も、中学入学のタイミングで隣の隣の村から引越し
てきたので、みんなとは小学校が違うから、まだほ
とんどの女子の名前を知らなかった。同じクラスの
女子も、バレると気まずいので言えなかった。覚え
てるのは、逆にテニス部と陸上部の可愛い女子だけ
だった。で、その時はテニス部はもう皆んな集まっ
ていた。トラックの方を見ると、陸上部はまだ男子
部員しか来ていなかった。そしたらよくボールを拾
ってくれてた浅倉さんしか選択肢は無かったという
わけだ。
別に特別好きだった訳ではない。まあ、可愛いよね
。ここで言うのにちょうど良いよね、って感じだ。
「あの時、実はさー、私たち用具室で喋ってたんだ
よねー。そしたらなんか始まったでしょぉ、そした
ら、アサの名前言ってるヤツが出たでしょー、ちょ
ー盛り上がったよねー(笑)。」
うかつだった。恥ずかしい。
「そしたらさーアサがさー、あんたの事、覚えてて
さー、いや、うちらは全く誰?って感じじゃない、
もしかして好きなんじゃない?ってからかったらさ
ぁ、これがマジでさー(笑)。」
え?うそ?マジなの?え?
「ちょっとやめてよぉー、そんなことないからー、
武田も困ってるじゃんよー。」
それでみんなに囃し立てられて、クラス公認のカッ
プルってことになってしまった。1番煽ってたのは
太田だったけど。まあ、あの頃の田舎の中学生にとって、こういうネタは1番テンション上がるからなぁ。
カップルになってしまったと言うと嫌々みたいに聞
こえるけど、決してそうではない。実際、浅倉は可
愛くて、実は好きだったというヤツが何人もいて、
後から文句を言われた。
「俺なんか小学校の頃からいいと思ってたのによー
。」
そんな女子に好意を持たれてるだけで嬉しかった。
それに田舎の中学生だし、付き合ってるといっても
たかが知れていた。休み時間に少し話したり、部活
の前に少し話したりするぐらいだ。部活が終わる時
間も違うし、方向も違うから一緒に帰った事もな
い。たまに手紙を可愛く折り畳んだものを、そっと
渡されるぐらいだ。その中身もかわいいもので、外
タレの誰がかっこいいとか、あのドラマ見た?見て
、絶対面白いから、とか、そんなもんだ。そういえ
ば誕生日プレゼントをあげたことはある。浅倉とカ
ノさんの誕生日が1日違いというのを、前日の昼ご
ろに初めて知って、部活帰りに急いで太田と商店街
の文房具屋に行って、キャラもののシャーペンと消
しゴムかなんかを2人にあげたはずだ。太田はその
キャラのノートとか手帳とか、いや、俺がシャーペンとノートだったような。とにかく2人でそんな感
じのモノを急いで買いに行った記憶がある。デート
もした事はないし、手は繋いだ事があるけど、そこ
止まりだ。ファーストキスの相手も浅倉ではない。
何故ならすぐ終わってしまったからだ。春から始ま
り、夏までは続かなかった。
俺と太田と浅倉とカノさんと高木さんは同じクラス
で、休み時間は席も近いし、よく喋っていた。高木
さんは陸上部で、たしか高跳びかなんかやってた。
1人だけ少し離れた所にマットとバーを出して、
黙々と練習してる姿を思い出す。ヤンキーとかでは
ないし、少し地味なタイプだけど、同じ部活なのも
あって、仲が良かったようだ。浅倉とカノさんは家
も近くて幼稚園も小学校も同じで、その頃から仲が
良かったそうだ。だから、俺も太田もこの3人とす
ぐ仲良くなった。でもそれを良く思ってなかった人
がいた。
実際とても楽しかった。女子とこんなに仲良くなっ
たのは、初めてだった。俺は間違いなく浮かれてい
たと思う。太田がいない場面は俺が1人で女子3〜4
人をはべらせてる様に見えたかもしれない。状況によって例の3人意外にも、喋りに来る女子はそこそ
こいた。浅倉と付き合ってる俺への嫉妬もあったの
かもしれない。そう思ってる誰かが先輩にチクッた
のだ。
実はカノさんは、木村先輩と1年の終わり頃から付
き合ってたらしい。木村先輩は野球部のキャプテン
で、ポジションはセンター。たまにリリーフとして
マウンドにもあがる。肩が強かった。クリーンナッ
プを打ってて打順は5番だったはずだ。キャッチャ
ーで4番の先輩が、めちゃくちゃ飛ばす人だったん
だけど、バッティング練習ではその人と競うように
打ちまくっていた。そのおかげで陸上部の女子と顔
見知りになれたんだけど、この2人のバッティング
練習では、1年は玉拾いが忙しかった。木村先輩は
性格も良くて、面倒見も良かったから、下からも、
同学年からも慕われていた。グラウンドの端から見
てる陸上部の1年の女子が憧れるのも分かる気がす
る。
木村先輩は俺の中では、ヤンキーではあるけど、そ
の中でも爽やかなタイプだと思っていた。オラオラ
ではなかったし。しかし、中学を卒業したあとに、一度原チャリで走ってる木村先輩を見かけた事があ
って、その時はびっくりした。あの爽やかな木村先
輩がバリバリのヤンキー姿に変わってたからだ。木
村先輩は霞ヶ浦高校、通称カス高に通っていた。霞
ヶ浦のカスなのだが、地元ではカスが行くヤンキー
高だからカス高だと言われていた。それでマフラー
をいじってるから、バリバリうるさい原チャに、ぶ
っといボンタンを履いた足を目一杯広げて乗って、
ヘルメットは首のところにとめて、後ろに垂らすスタイルだ。きつくあてたパンチパーマのひたいは剃
り込みが深く入っている。口髭を生やして目つきは
鋭かった。バイクのスピードも出てたし、こっちも
見なかったので、挨拶をしなかった。また前みたいに挨拶が無いって、呼び出されるかな?とも思った
けど、予想どおり何も無かった。あの時は同じ学校
にいて、同じ部活にいて、しかも教える立場にいた
から注意したのだろうと思う。あの中学一年の時は、日曜日に商店街を1人でブラブラしてたら、車
の車線をへだてて、さらに遠くに木村先輩たち野球
部の2、3人が歩いているのが見えた。俺は遠いし、
気付かれてないだろうと思って、すぐ横道へ入って
しまった。しかし、見られていて、次の月曜日に、
グランドのはじの芝生のところで、ユニフォームに
着替えてる時に、木村先輩に注意された。何故芝生
で着替えるかというと、何年も前の先輩が、部室で
悪い事をして、それ以来うちの中学では、部室使用
禁止になったからだ。何をしたのかは、誰も知らな
い。先生達も教えてはくれなかった。
木村先輩には、外で会ってもちゃんと挨拶しろよ、
と注意された。全然怒ってはいなかったけど、別の
先輩はまあまあ怒ってて、シカトすんなよ!とか言われた。俺は平謝りして、木村先輩も気を付けろよ
ぐらいでいいよ、みたいな感じでなだめてくれた。
今思うと、もっともな注意なんだけど、その頃の俺
は何故か少しむかついていた。次の次の週の日曜日
にまた、今度は駅前で同じメンバーの先輩たちを見
かけたので、部活の時と同じか、それよりも数倍で
かい声で
「きいぃぃぃぃむら先輩、いいぃぃぃぃしだ先輩、
まあぁぁぁぁつした先輩、・・・・(溜めて、溜めて
溜めて)、ちぃぃぃあぃぃぃーーーーーーーーースッ
ッッ!!!!」
と、やってやった。駅前にはけっこう人がいたけど
らみんな振り返った。
「そんなデカい声で言わなくていいんだよ、バカ、
恥ずかしいよ。」と俯いた先輩に小声で注意された
が、スッキリした。
新橋で数時間飲んだ帰りに、ふと太田に言われた。
「中2の初めはさー、女子と仲良かったのに、何で
急に話さなくなったの?」
「え?何が?」
「ほら、俺とカノウと浅倉と高瀬だっけ?席近かっ
たじゃん?それで良く喋ってたのがさー、なんか急
に仲悪くなってさー、あれ何でだったのかなー?っ
て前から思ってたんだよねー。」
「高木だよ、高瀬じゃなくて。」
「あーそうそう、高木だ高木。高木とお前だけ小学
校が違うから、忘れてた。」
「え?カノさんと、浅倉も喜多小なの?」
「そうだよ、え?知らなかったの?」
「知らなかった。へー喜多小ねー、あの喜多小か
ぁ。」
「あ、お前、昔の喜多小いじりやろうとしてない?
いいよ、そういうのは、」
うちの中学は3つの小学校の卒業生が集まっていた
。そのうち2つの小学校は街の中心部に近い場所に
あったが、喜多小だけ、街から少し離れた、工業団
地の近くの少し寂しい場所にあったので、喜多小は
何かと田舎だの何だのバカにされがちだった。
「ごめんごめん、つい懐かしくて。」
「そんな事言ったらお前は、隣の村の小学校なんだ
から、喜多小のこと馬鹿に出来ないよ。」
「分かってる、分かってる、その通りだよ、ごめん
ごめん(笑)。」
「まあいいけど。それであの時って何か、あったの
か?」
「あーあれかー、えー?言わなかったっけ?言った
と思ってたけど。」
「ただ、なんかケンカでもしたの?浅倉があの時す
げー怒ってたのは、覚えてるけど。」
「あー、キレてたな。なんでシカトすんだよ!っ
て。」
「浮気したとか?」
「浮気か・・・浮気じゃないんだけど、・・・あの
時、石田先輩にさぁ、ちょっと注意されてね、それ
で、まあその通りな面もあるかなぁ、とか考えちゃ
ってさぁ、あんまり話さない方が良いかなぁ、って
ね。」
「浅倉と?」
「いや、石田先輩は、俺が木村先輩の彼女にちょっ
かいかけてると勘違いしててさ、」
「何で石田先輩が?・・・そんな事思うわけないよ
ね?・・・だれかが、何か言ったのかな?」
「さあ、そう言われたらそうだけど、なんかほら、
石田先輩って木村先輩と仲良かっただろ?それで当
時、カノウとうまくいってない、みたいな事を木村
先輩が言ってたみたいなんだよ。それで何でだ?み
たいになって、で、俺が原因みたいになったらしくて、」
「・・・・・」
「それで俺も、そんな事はなくて、浅倉と付き合っ
て、浅倉とカノウが仲が良いから、その流れでって
言ったんだけど、なんか納得いってもらえなくて、
」
「え?殴られた?」
「いや、殴られたってほどじゃないけど、かるーく
ビンタされて、胸ぐらつかまれて、説教されたぐら
いだけど。」
「そうだったのか、・・・知らなかった。」
石田先輩は悪い人ではなかった。木村先輩と同じ学
年で、セカンドのレギュラーだった。バッティング
はミートのうまいバッターで、セカンドだから状況
判断も良くて、いわゆる野球のうまいタイプだ。い
かつくて、後輩にも厳しかったけど、野球部の仲間
おもいで、友達おもいな所が強くて、何か他の中学
とケンカとか、何かあると必ず助けてくれる、漢気
のある人だった。野球部はそんな人が多かった。実
際俺も入学したばかりの頃に、助けられた事があっ
た。その日は土曜日で、一旦家に帰ってからまた練
習に来る部員が多くて、家に帰らずに弁当を持って
きたのは、俺だけだった。いつもは弁当組も2、3人
いたんだけど。芝生の所で、あっという間に弁当を
食べ終わってしまった俺は、暇なんで校内を探検す
ることにした。まだ入学して一カ月で、知らない場
所も多かった。グランド整備もまだ教えてもらって
なくて、やる事もなかった。その時だ、サッカー部
の先輩がユニフォーム姿で、ヤンキー仕様にハンド
ルを曲げたチャリに乗って、グランドに入って来た
。本当はグランドまでチャリで入るのは、ダメだっ
たはずだ。
「あれ?お前一年?」
「はい。」
「ちょうど良かったよ、いや、今俺さぁ、急いでて
さぁ、まだ俺昼食ってなくてさぁ、それでパンでも
買おうと思ったんだけどさぁ、金持ってくるの忘れ
ちゃってさぁ、金貸してくんねぇ?」
「え?」
これは、何だ?
「いや、500円でもいいからさぁ、出来れば1000円
貸してくれたら嬉しいんだけど、いくら持って
る?」
カツアゲだ。これが噂のカツアゲだ。ついこないだ
まで隣ののどかな村に住んでたので、カツアゲされ
た事はなかった。やはり市は村と違って都会だ、カ
ツアゲが普通にある。
「すいません。ありません。」
「じゃあいいや、500円で。」
「いえ、500円も持ってません。」
「はあ、ふざけんなよ!じゃあいくら持ってんだよ
!」
「0円です。」
「はー?お前なめてんじゃねぇよ!持ってねぇわけ
ねぇだろうがよ!じゃあジュースとか駄菓子とかど
うやって買うんだよ!」
「それは水道水で。」
「はー?そんなショボいことしてるわけねーだろー
がよー!嘘つくなよ!俺ですら500円は必ず持って
るよ!」
「え?じゃあ、それで、足りるのでは?」
「バカ、ちげぇよ!これは帰りに使う予定があるん
だよ!今使う分がねぇんだよ!」
「ほんとに、今日はお弁当だし、帰りもすぐ帰るん
で、持ってきてないんです。」
やばい、何言っても通用しなさそうだ。どうしたら
いいんだろ。もし金取られたのが親父にバレたら、
絶対家に入れてもらえない。絶対、取り返して来い
!取り返すまで、帰ってくるな!って言われる。や
ばい、どうしよう。もちろん金は少し持っていたが
、親の方が先輩より怖かったので、どうにも出来な
かった。
「あれ?お前野球部じゃねぇ?」
その時だ、石田先輩が通りかかった。俺は精一杯大
きな声で返事をした。
「はい、そうです!石田先輩ちぃやぁぁぁっス!」
「おーやっぱりそうだよなー。あれ?何してんの?
おー、お前うちの1年いじめんなよ!あれ?飯塚じ
ゃん?」
「イシくん違うよ、イジメじゃないよ。ちょっとパ
ン買いたくて、金貸してって頼んでただけだよ。おーテメェ野球部なら野球部って最初に言えよ!」
「すいません!」
「それはカツアゲだろお前。」
「いや、今こいつと仲良くなって、一緒に表のたつ
の屋に行こうって話してたんだよ。」
「お前名前何だっけ?」
「武田です。」
「おーそうだ、武田だ。武田もう行っていいぞ、早
くユニフォームに着替えてグランド行っとけ。俺も
すぐ行くから、グランド整備教えてやるよ。」
「したー!お願いします。」
したー!というのはこういう時にも使う。ケツバッ
トされても、したー!何か教わっても、したー!と
返事をした。
「おー、何か困った事があったら、いつでも言えよ
。」
助かった。俺は涙が出るぐらいホッとしていた。飯
塚先輩はすでに石田先輩にヘッドロックされていた
。
「おー俺がパンぐらい奢ってやるよー。一緒にたつ
の屋行こうぜー。」
「いや、いいよぉ、イシくんに奢らせるわけにはい
かないよぉ。」
「遠慮すんなよぉ、その代わり野球部に手出したら
俺だけじゃなくて、みんな黙ってないよー分かって
ると思うけど。」
「分かってるよ、分かってるよ、知らなかったんだ
よぉ、勘弁してよぉ。」
あの頃の田舎の野球部は、ヤンキーが多かった。そ
れも、みんな強かった。
「それで、もう話すな!とか言われた?」
「いや、そこまでは言われてないけど、自主的にな
んか調子に乗ってたかなー、と思って、反省して、
っ感じかな。」
「そうだったのか。別にシカトまでしなくても良か
ったと思うけど。」
「今思うと、ちょっと極端だと思うかもしれないけ
ど、俺はああでもしないと、・・・・。」
「?何?まだ何かあるの?」
「何かあるってほどじゃないけど、まあ、色々と思
うところがあって、ちょっと長くなるから、また時
間ある時に話すよ。そろそろ電車来るし、明日も早
いから、これ乗らないと。」
「ふーん、分かった。まあ、いいけど。で、じゃあ
どうする?墓参り。」
「え?墓参り?」
「やっぱり聞いてなかったか。遠い目してたしなー
。カノウの墓参りにさ、今度実家帰った時に、何人
かと行こうって言ってて、お前も来るか?ってさっ
き言ったんだけど、お前なんかボーッとしてたから
。」
「あー、ごめん。俺はいいかな。カノさんとは小学校も違うし、中2の最初しか話したりしてないし、
あんまり、付き合い長くなかったから、いいや。死
んだらもうさ、その墓にいるわけじゃないしさ、生
きてるうちに会わないと意味ないってのが、俺の考
え方だからさ。」
あの時、石田先輩はわざわざ、俺たちの教室に来た
。そういえば太田はいなかった。3年の先輩が俺達
2年の教室に来る事は、当時はあり得なかった。2
年は旧校舎の2階、3年は3階、1階は職員室と保健室とか、4階は視聴覚室とか音楽室とか特別教室で、
1年は新校舎だった。旧校舎は古くて、コンクリー
トが剥き出しで、そこかしこがひび割れていて、カ
ビ臭かった。今思うと何でだろうって感じだけど、
廊下が無かった。廊下の代わりはベランダだった。
後は各教室の隣に階段があって、1階の校舎の外を
移動して、その教室に行く階段を登るかだ。その階
段は薄暗くて、階段の裏側で、ヤンキーが溜まって
たりもした。その溜まってる所の奥にトイレがあっ
た。汚くて臭いトイレだった。各学年は基本的には
自分の階にしかいなかった。
石田先輩はベランダからうちのクラスを覗いていた
。その時俺はカノさんと高木さんと喋っていた。タ
イミングの悪い事に、カノさんは俺の膝の上に座っ
ていた。あの頃のヤンキーの女子は、何故か男子の
膝の上に座りたがっていた。主に自分の彼氏とイチ
ャつく為の人が多かったと思うが、そういうのをお
かまいなしに、仲良くなると座ってくる女子もいた
。ませてるというか、ヤンチャというか、今思うと
凄い事だと思うけど。それで、俺はそのタイミング
で、石田先輩と目が合ってしまった。なんか怖い顔
で手招きされた。俺はダッシュで教室を出た。何か
やらかしたろうか?怒ってるけど。とか考えて焦っ
ていた。例の階段の奥に移った。
「石田先輩チアっす。」
「お前、調子に乗ってんなよ!」
「はい、え?あの?」
「だから、あんまり調子にのってんじゃねぇよ!」
階段裏はその時誰も居なかった。石田先輩は俺の胸
ぐらを掴んでいた。
「すいません、あの、」
「うるせぇよ!言い訳すんなよ!」
「いや、言い訳も何も、何のこと、」
石田先輩は、あまり俺に喋らせようとはしなかった
。
「お前のせいで木村とカノウがうまくいってねぇん
だよ!」
「え?」
「お前がカノウにちょっかいかけてるからだよ!」
「いや、ちょっかいなんかかけてません、あの、俺
は浅倉と付き合ってて、浅倉とカノウが仲が良いか
ら、勘違いされたのかと、」
「うるせぇよ!だから言い訳はきれぇなんだよ!」
「言い訳じゃありません!」
やばい、このままじゃやばいと思って、俺は必死で
話した。こういう時は、逆ギレぐらいの強さで言わ
ないと、本当だと伝わらない。おどおど言うと、余
計に言い訳してるように思われてしまう。本気で言
わないとダメだ。
「分かってんのかよ!」
突然ビンタされた。突然というのも変だけど、殴る
までは無いと舐めていたのかもしれない。殴るとい
うのは大袈裟だった。全然痛くはなかった。だいぶ
加減してくれたのだろう。石田先輩は良い人だから
。ただショックだった。驚いた。
「もうカノウにちょっかい出すなよ!分かった
な!」
「はい。すいませんでした。」
先輩はあっという間に帰っていった。ほんの2〜3分
の出来事だったと思う。
俺はその時から、浅倉ともカノウとも高木さんとも
喋っていない。話しかけられても無視するように、
その場を離れた。そもそも視線すら合わないように
避けていた。そこまでする事は石田先輩も望んで無
かったのかもしれないが、もはや石田先輩は関係無
かった。俺はあのビンタで気付いたんだった。
実は、俺はカノさんのことが好きになっていた。
その少し前ぐらいから、そんな気持ちだったと思う
。あえて、気付かないふりをしていた。自分の気持
ちから目を逸らしていた。その前日のことも、もち
ろん大きいけど、そればかりでは無い。徐々に徐々
に気持ちが傾いていたのだ。そして先輩のビンタで
決定的に気がついたのだ。俺は罪悪感と自己嫌悪で
身体じゅうがいっぱいになった。浅倉に嘘をついていたのか?
いや、嘘では無かった。ただ、そこまで凄く、好き
で好きで何も考えられない、とかでは無かった。浅
倉に対しては、申し訳ない気持ちでいっぱいだった
。木村先輩に対しても、申し訳ない気持ちだった。
カノさんの気持ちは分からないから、俺のせいで、
うまくいかなくなったのか?どうかは分からない。
しかし、そう考えても木村先輩への罪悪感は無くな
らなかった。木村先輩も良い人だ。石田先輩から話
を聞いたらしく、部活帰りに声をかけられた。
「お前、チャリ?」
「はい、チャリです。」
「どっち方面だっけ?」
「柏原の方です。」
「じゃあさー途中までニケツさせてくんない?」
「はい。大丈夫です。」
中学から女子高までの4〜5キロくらいを、俺が前に
乗って、先輩をニケツして帰った。
少し無言で走ったところで、急に言われた。
「お前、部活辞めんなよ。」
「え?」
「悪かったなー、イシがさぁ、先走ったみたいだけど、お前は関係ないからさぁ、気にすんなよ。」
「はい。あ、そうなんですか?」
「そりゃそうだよ、関係ない関係ない。」
「イシはさぁ、勘違いしてんだよ、まあ、俺がよく
あいつに愚痴ってたから、俺が悪いんだけどさぁ。
まあ、あいつも俺の為にやったことだし、許してや
ってくれよ。」
「はい、それはもう、許すもなにも、全然全然。友
達なら当然だと思うんで。」
「そうか、じゃあ部活は続けるな?」
「はい、分かりました。よろしくお願いします。」
「イシにはよく言っといたから、気にしなくていい
からさぁ。」
それで駄菓子屋でジュースを奢ってもらって、別れ
た。次の日、駐輪場を見たら、木村先輩のチャリが
置いたままだった。わざわざ、自分のチャリを置い
て、俺のチャリに乗ったらしい。次の日は遅刻して
2時間目から来たらしい。俺は涙が出そうな気持ち
だった。
だから俺はもう、彼女たちをシカトする以外に何も
出来なかった。何て言っていいかも分からず、何の
説明もせず、突然シカトし始めた。浅倉はめちゃく
ちゃ怒っていて。何度も何度も詰め寄られたけど、
ごめんとしか言えなかった。そりゃ怒るのが当然だと思う。彼氏が何も言わず、別れるとも言わずに、
ただシカトだけされるって、随分ひどい事をしてし
まった。カノさんは何かを察していたのか、何回か
話しかけてもシカトされるから、少し寂しそうな顔
をしただけで、何も言わなかった。
その一ヶ月後にカノさんと先輩は別れた。カノさん
からフッたらしく、理由は太田によると、冷たくな
っただの、一緒に帰れないからだの、昼休みに会い
に来てくれないだの、というものだった。
「でもさぁ、釈然としないよなぁ、木村先輩が俺ら
の教室に来たことなんか無くねぇ?一緒に帰れない
のも初めっからじゃんなー。なんかスッキリしねぇ
よなー。」
と言っていた。
太田は、新橋で飲んだ半年後に結婚した。俺も披露宴に呼ばれた。中学の同級生も2、3人来てたけど、
浅倉はいなかった。いたらカノさんの事とか聞きた
かったけど。その後、仕事も家庭も忙しくなり、ほ
とんど茨城にも帰らなくなった。自然と茨城の友達
とも、疎遠になっていった。
そして、40歳になろうかという頃、高校の友達が急
に仕事場に訪ねて来た。高校の時は仲が良くて、音
楽や映画の事を色々教わった友達だ。彼がいなけれ
ば今の仕事はしてなかったと思う。だいぶ影響を受
けた。でも大学は俺が横浜で、彼は北海道になった
ので、自然と疎遠になった。俺は大学でさらに、彼
に教わった映画や音楽や小説の世界が広がり、そっ
ちのサークルにも入り、そっちの先輩との付き合い
も多くなっていった。彼とは大学の時に何回か会っ
たきりだった。
タイミングが悪いことに、彼が会いにきた時の俺は
ちょうど締め切り間近で、あまり話す事が出来なか
った。それが今でも悔やまれる。来週なら時間作れ
るから、飯でも行こうよ、と誘ったのだが、彼も忙
しいとかなんとかで、それはいいと言われてしまっ
た。様子は全く普通だったのだが、自分の事なにか
聞いてるか?とだけ言ってきた。今思うとそれが一
つのサインだったのだが、その時の俺は仕事の事し
か考える余裕が無くて、気付かなかった。何も聞い
てないけど、何かあったの?とか聞き返したと思う
けど、聞いてないならいいんだと、すぐ帰ってしま
った。その1ヶ月後ぐらいだったと思う。彼の奥さ
んから電話があった。俺は彼が結婚していた事も知
らないし、何の仕事をしていて、何処に住んでるの
かも知らなかったから、とても驚いた。
「あの、武田雅之さんの携帯で間違いないでしょうか?突然のお電話申し訳ありません。茨城のお母様
から番号をお聞きしまして、お電話させて頂きました、山野の妻でございます。」
「はい、武田ですけども、失礼ですが、どちらの山
野さんで、」
俺の言葉を遮る様に、彼女は続けた。
「すいません、高校の同級生だった、山野晃を覚え
てないでしょうか?」
「あー、はいはいはい、山野の奥さんですか、初め
まして、武田です。山野こないだ来ましたよーはい。」
「え?本当ですか!いつですか?」
急に大きな声になった。切羽詰まった声の調子に嫌
な予感がした。
「1〜2週間前だと思いますけど。」
「それで何か言ってませんでしたか?」
「それが、私も忙しくて、あまり話す時間もなくて、すぐ帰ったんですけど、確か、自分の事を何か
聞いてるか?とか、」
「その後どこに行くとか、何の目的で横浜に来たと
か、そういった様なことは?」
「いやーほんとにすぐ行っちゃったんで、何も。」
「そうですか、・・・・。」
「あの?何かあったんですか?」
「実は、2ヶ月前から行方不明で、」
山野はいつも通りに車で仕事に出たまま、帰って来なくなってしまったそうだ。警察にも届け、探偵も
使って探してるけど、見つからなくて、学生時代か
らの友達関係に片っ端から電話してるとの事だっ
た。俺に会いに来た時には失踪して、既に2ヶ月近
くたっていた。また連絡があったりしたら、すぐ電
話する約束をしたが、その後、俺の前には現れなか
った。奥さんからは時々、その後来てないか?とか
、車は乗り捨てられてたのが見たかったけど、とか、連絡が入った。
そして8ヶ月後、東京のビジネスホテルで自殺して
いたのが発見された。
彼が訪ねてきた時の事は今でも後悔していた。20年
近く会ってなかった友達が急に訪ねてくれたのに、
何で俺はもっと話さなかったのだろうか?もっと話
せていれば、何か彼の異変に気づけたのでは、なか
ったか?そんなに、俺は仕事に熱心なタイプでもな
かったはずなのに。そしたら、彼は死ななくてすん
だかも、しれない、のに。
その後俺は、茨城に帰る度に、彼の墓参りに行って
いた。
彼が亡くなって、10年たった。彼に子供はいなかっ
た。うちの子は、早いものでもう大学生になった。
人生とはあっという間だよな、彼の墓の前でそう呟
いていた。12月と8月は実家に帰るようにしていた
。もう何年か前から、奥さんも子供も来なくなって
いた。その年の冬はとても寒かった。筑波おろしの
風が冷たかった。そろそろ帰るかと墓の前を離れか
けた時に、向こうから歩いてくる女の人と、目があ
った。誰だっけ?会った事があるような?軽く会釈
をして通り過ぎた時に、声をかけられた。
「あれ?もしかして、武田?」
それは50近くになった浅倉だった。
「もしかして、浅倉?」
彼女は歳をとってはいたが、基本的には全く変わっ
ていなかった。もちろん色々なところが老けていた
。肌も髪も手も。少し太ってもいたし、年相応にお
ばさんなんだけど、雰囲気というか、本質的なとこ
ろで、全く変わっていないと感じた。
「変わってないね、すぐ分かったよ。」
「そう?だいぶ歳とったと思うけど。」
「そりゃみんな、歳はとるわよー。カノウの墓参り
じゃないよね?その墓は誰の?」
「ああ、カノさんじゃないよ、高校の友達、こっち
に帰った時は寄るようにしてるんだよ。」
「私は知らない人だよね?」
「多分。出島あたりから来てたから、知らないと思
うけど。」
「知り合いなら線香でもあげとこうと思ったけ
ど。」
「浅倉は、じゃあカノウさんの墓参り?」
「そう。」
「どの墓?」
「となりだよ。」
隣の隣の墓だった。凄い偶然だ。
「えー、隣だったんだー。知らなかった。じゃあ線
香あげとこう。」
「凄い偶然だね。」
俺らはカノさんの墓に手を合わせた。
「知ってたら、毎年線香あげてたのになー。やっぱ
りカノさん亡くなってたのかー。あの時はあんまり
実感が湧かなかったんだけど。もう20年ぐらい前に
なる?カノさん亡くなって。」
「え?何言ってんの?去年だよ。」
「え?去年?そんなわけないよ、太田が再婚する前
ぐらいに聞いたよ、なんか、殺されたって。」
「え?殺されてないよ、ガンだよ、血液系のガ
ン。」
「え?ホテルで見つかったって聞いたけど、じゃあ
ガセだったのかー。」
「ホテルで殺された?・・・・、あー、そっか、あ
の話かー、はいはいはい。あったねーその話。」
浅倉は急に笑い出した。笑い方は中学の時と全く変
わってない。屈託なく無邪気に笑う。でもシワも増
えたし、肌のツヤも違う、当たり前だけど。
「あれねぇ、嘘。みんなで口裏合わせて嘘ついたん
だよねぇ。懐かしいね。」
「え?何で?どういうこと?」
「そうだ、この後、時間ある?」
「え?あー、もうこの後は直接駅に行って、横浜帰
るだけだけど。」
「じゃあさー、あの、平岡の実家の家具屋覚えて
る?」
「あー、駅前の商店街を上がってくる途中でし
ょ?」
「そうそう、その隣りに喫茶店できたからさー、そ
こで待っててよ。渡したいものがあるからさー。」
「渡したいもの?」
「そうそう、渡せなかったらしくてさー、私のとこ
にあるんだけど、ちょうど良かったよ。」
何だろう?
「分かった、何て名前の喫茶店?」
「あの辺に喫茶店はそこしかないから分かると思う
けど、来夢来人(らいむらいと)。」
「あはははは、昭和な名前だね。」
その寺から喫茶店までは、歩いて10分ほどだった。
すぐにわかった。多分そんなに古くないはずだ。俺
がこっちにいた頃には無かった。でも、外観も中も
すごく古い感じがした。昭和っぽい、濃い茶色のソ
ファやステンドグラス風の灯り。古い木の感じが前
面に出た感じの内装。昔の赤電話まであった。あえ
てレトロにしてるのか、そのまま居抜きで改装をし
ただけなのか、わからなかった。
喫茶店で10分ぐらい待つと、浅倉は車で現れた。喜
多小の方に実家があったはずだから、実家からでは
ない時間だ。
「早かったね。実家じゃないのか。」
「うん、駅の反対側に建売を買ってね。」
「そうなんだー、結婚して、幸せな家庭を持った感
じかな?」
「そうねー、旦那と子供は2人。もう2人とも働いて
て、上の子は子供2人いて、柏に住んでるわ。下の
子は一緒にいるけど、土浦で働いてる。」
「へー、孫かー、浅倉に孫ねー。さすがに田舎は早
いねー。」
「やる事ないからねー田舎は。」
「それにしても、久しぶりだね。中学以来だよ
ね?」
「そうねー、結局1回も会ってないよね。卒業式で
少し話して以来よね?」
「そうだねー、懐かしい。」
「中学の時もあんまり話してないよね、武田にはずっとシカトされてたからねー(笑)。3年の終わりぐら
いから、やっと挨拶程度の会話したぐらいよね?」
「ごめん、あの時は。」
「私の人生で初めてフラれた男だからねー(笑)。」
「いや、フッたって訳ではないんだけど、」
「いや、フラれたわよ、私は。泣いたわー、あの時
は。」
「ごめん、ほんと。」
「いやいや、いいのよ、全然今じゃ何とも思ってな
いし、わけも聞いたしね。」
「え?わけ?誰から?」
「うん、聞いたよ。」
「え?何て聞いたの?」
わけは誰も知らないはずだった。太田も知らなかっ
たと言ってたはず。
「あの時、石田先輩にヤキ入れられたんでしょ?」
「ヤキってほどじゃ無いけど、」
「私もカノも高木もそれ聞いてるから、怒ってない
から、今さらいいのよ。」
「え?誰が言ってたの?」
「そんなの太田に決まってるじゃない。」
太田が、
「いつ?」
「いつって、え?太田からなにも聞いて無かったの
?マジで?言っちゃまずかったかなぁ?」
聞いてない、確か太田は知らなかったって言ってた
はず、
「太田は知らなかったって、だいぶ前に会った時に
、俺には、何も知らなかったって言ってたけど、」
「え?何でだろ?隠す必要ないよね?あんたら仲良
かったよね?」
「卒業してからも、少し前までは会って飲んだりし
てたよ、中学で唯一だよ、そんな付き合いしてたの
は、何で、」
「じゃあ言っちゃまずかったねー、内緒にしといてー。」
「いや、最近は全然会ってないから、内緒も何も無
いけど、でも、何で、」
「ねぇ、何でだろうね?・・・、でも、まあ、気まずかったのかなぁー、やっぱり。」
「え?何で?何が気まずい?」
「じゃあ、これも知らないよね?やっぱり。私あの
時さぁ、太田に告白されたんだよねぇ。」
告白?太田が?浅倉に、
「え?あの時って?」
「あの、中学の時、武田が私達をシカトし始めてす
ぐぐらいよ、正確には覚えてないけど、ほんと、す
ぐぐらいだったと思うけど。」
「・・・・・、」
「あいつねー、私のこと、ずっと好きだったのよね
ー。小学校の時も一回告白されてるのよ。」
小学校の時から?聞いてない、
「あの時さあ、急に実家の近くのさぁ、喜多小の近
くの、あたしらがよく遊んでた公園に呼び出されてさぁ、武田とはもう別れたの?ってさぁ。」
知らない、
「それで、別れたも何も急にシカトされ始めて、意
味わかんないんだけど、あんた何か知ってんでし
ょ?って言ったらさー、」
知らない、聞いてない、何で、
「武田はカノの事で石田先輩にヤキ入れられたから
、それでだと思う、って。」
何で太田がそれを知ってたんだ?あの時、教室には
いなかったって言ってたのに、
「それで、カノだけじゃなくて、私も高木もシカト
されてんだけど、って言ったらさぁ、多分、武田は
不器用だから1人だけ話さないとか、出来ないんじ
ゃないかなー、とかなんとかさぁ、」
騙された、そうか、分かった。石田先輩にチクった
のは太田だったんだ!あの時きっとベランダか何処
かから見てたんだ、俺が石田先輩に詰められてる所
を、
「それでどうなの?みたいなさぁ、武田とはどうす
んの?みたいなねー。」
「・・・・・・、」
「あいつさぁ、私にとってはあいつは、そういうん
じゃないんだよねー、ほら、知ってると思うけど、
私もカノも太田も喜多小でしょ、」
「ああ、そうだよね、でも高木さんは違うんだっけ
?」
「そうそう高木は違う。それで、知らないかもだけ
ど、喜多小は人数少ないから、1学年1クラスずつし
か無いしさぁ、なんなら全員が、幼稚園から小学校
卒業まで同じクラスなのよ、人によっては中学もず
っと同じクラスの人もいるのよ、まあ、私とカノな
んだけどね、」
「カノさんとは、そんなに長かったんだ、」
ずっと騙されてたんだ、知らないふりして、
「そうそうカノとは長いのよ、赤ちゃんのときから
だからねー。それで、もうさー、あいつは恋愛対象
じゃないのよねー、ホントに、ザ幼馴染って感じで
さー、家も近かったし、」
そんな前から浅倉の事を好きで、
「小学校の時もフッたけど、中学の時もバシッとフ
るしかないじゃん、申し訳ないけど、」
「そりゃねぇ、嘘つくわけにはいかないもんね、」
それで、あいつはずっと、ヤキモチをやいてたのか
、俺に対して、
「そうそう、嘘ついて付き合えないよねー、やっぱ
り、大事な友達だしさー、」
「友達には嘘つきたくない、よね、」
浅倉はもてる、とか、人気あって何人も小学校の時
に告白されてる、とか、あいつ、自分の事だったの
か、何で、
「でも、木村先輩も喜多小じゃない?」
「そうそう木村先輩も喜多小。でも、1学年上だと
また違ってくるよねー、特に中学とかになるとねー
、しかも、木村先輩って、私達喜多小の女子にした
ら憧れの先輩でさー、ほら、リトルリーグ入ってて
さー、ピッチャーだったじゃない?知らないかもだ
けど、」
「小学校の時、ピッチャーだったのは知ってる、肩
強かったし、中学でも2番手ピッチャーで、たまに
投球練習してたよ、ほとんど出番無かったけど、ほ
ら安達先輩が凄かったからさー、あのカーブは誰も
打てなかったよ、あの地区の中学生には。」
言えばよかったのに、俺に言ってくれれば、俺だっ
て、何かこう、何か違ったかもしれないのに、そん
なに好きなんだったら、
「小学校の時、試合見に行ったことあるもん、何人
かの女子で、きゃー!せんぱーい!みたいなさ
ぁ、懐かしいなぁ、」
それで、俺と浅倉を別れさせたくて、石田先輩にチ
クったんだ、おかしいと思ってたんだよ、何で石田
先輩が、俺らの休み時間の喋ってるのとか、イチャ
ついてるのとか、知ってるのかって、
「じゃあ、浅倉もカノさんが木村先輩と付き合った
のはショックだったの?」
「いやー、私はそれは無いかなー、そういうんじゃ
なくてねー、アイドル的な(笑)、木村先輩は凄い優
しいし、良い人だけどねー、今たしか、大工かなん
かやってたはずだよ。」
ショックだった。1番の親友だと思ってたのに。
騙されたと思った。ハメられたと思った。
でも、この話を中学の時に聞かなくて、本当に良か
った。多分、中学の時なら、太田を許せなかったろ
う。今となってはもう、昔のことだと思える。多分
、次に太田に会っても、この話には何も触れずに、
友達の顔を出来るだろう。
「やあ、元気かい?久しぶりじゃないか!」って、
昔よくやってた、佐野元春のモノマネもやりかねな
い。
この言葉をキッカケにガラスのジェネレーションを
2人で歌い出すのが、あの頃の2人の定番ネタだっ
た。
🎵ガラスのジェネレーション、さよならレボリュー
ション、見せかけの恋ならいらない、そ、悲しいけ
れどぉ、恋をしようぜベイビー素敵な恋をベイベー
、君をどうにも奪いたい、そ、哀しいけれどぉ、ワ
ンモアァキストゥミィ、ワンモアキストゥミィ、ワ
ンモアキストゥミィィー。🎵
あれ?なんか違うな、ごめん佐野君、歌詞忘れた。
俺らは何故かアーティスト佐野元春を佐野君と君
付けで呼んでいた(笑)。
「大丈夫?ショックだった?実は親友と三角関係だ
ったってことだもんねー(笑)。」
「ああ、そうなるかー、でも全然全然、昔の事だし
。」
「そうよねー、武田はホントは私なんか、大して好
きじゃ無かったもんねー。」
「え?そんな事ないよ、」
「いいよ、別に今さらだし、・・・・ホントはカノ
の事が好きだったんでしょ?わかったよそのぐらい
。それに耐えられなくてシカトしたんでしょ?」
「え?そんな事ないよ、太田がそんな事も言ってた
の?」
「いや、太田は言ってないけど、女のカンよ。太田
は私にフラれてショックで、しばらくは気まずかっ
たけどね(笑)。」
そっか、俺に合わせてシカトしてたわけじゃ無かっ
たのか、
「それにカノも、本当は武田のこと好きだったと思
うよ、そこまで話してはくれなかったけどね、この
50年近い付き合いだった私なのに。多分、私に気を
遣ったんだと思うよ、武田と付き合ったのは私だっ
たし、あの時、ショックで凄い泣いちゃったしさー
、凄い慰めてくれたし、そりゃ言えなくなるよねー
。」
「でも木村先輩と、」
「そうそう、確か、木村先輩から告白されて付き合
い始めたのよ、それで、あの後すぐ別れたでし
ょ。よくわかんない理由で。」
カノさんが、俺を、
「でもその後すぐ、確か陸上部の先輩と付き合った
んじゃなかったっけ?」
「違う違う、その前にバスケ部のライオンと付き合
ってすぐ別れてんのよ。」
「知らなかった。」
「ほんの1週間か2週間か、2週間もたなかったと思
うけど。」
「そうなんだ。」
「やっぱり武田のことが好きだけど、言えないし、
みたいな事があったんじゃないかなー、武田は木
村先輩と同じ野球部だし、武田も困るでしよ?」
「いや、まあ、でも、それは無いんじゃないかな、
」
「その後も、全然長続きしてないのよ、中学卒業し
た後も。ヤンキーには凄いモテてたんだけどねぇ。
」
「確か高校行ってないよね?」
「そうそう、もう勉強したくないって(笑)。それで
美容師になったのよねー。でも何年かですぐ辞めち
ゃったのよ、確か、美容師の資格は取った後だった
んだけど、なんかイジメられただか、先輩とケンカ
しただかでね。」
「そういうのあるらしいね、店によっては。」
「そうそう、あるあるなんだって。美容師もヤンキ
ー多いからねー。」
「全然知らなかった。」
「高校の時は一回も会ってない?」
「全然会ってないよ。」
「それで武田は、大学は東京の大学へ行っちゃった
でしょ?」
「まあ、横浜だけど、」
「ああ、横浜かー。田舎の人にとっては、東京も横
浜も一緒よー。」
「そうだよねー(笑)。」
「それでカノは男も仕事もコロコロ変えて、それで
何かチンピラみたいのと付き合っちゃうのよ、土浦
の居酒屋だかバーだかで知り合ってさ。それで子供
も出来たんだけど、籍は入れなかったんだよね、」
「え?出島出身の人と結婚して離婚したって噂もあったけど、」
「カノは結局、一回も結婚してないよ、出島のヤツ
もすぐ別れた連中のうちの1人よ。」
「じゃあ、そのチンピラだけ長かったの?」
「そうそう。」
「何で?」
「別れてくれなかったのよ、束縛系で。」
「その人とも籍は入れてないんだ?」
「入れなかったね。」
「何で?」
「DV、なんかひどい男だったのよ、子供は堕した
くなくて産んだんだけど、DVはひどくて、私も何回
も話聞いたし、顔も腫れてたしねー、あの時は酷か
ったなー。」
「全然知らなかった。」
「これは太田も知らないと思うよ。私はずっと付き
合いあったし、カノの唯一の友達だしねー。」
そんな事があったなんて、
「それで、中々別れてくれなくて、子供連れて逃げ
たんだよね、子供が一歳ぐらいの時だから、26〜7
かなぁ?東京で住んだのよ。」
あ、もしかして、あの時、結婚の打ち合わせで、駅
で会った時か?
「あれもねー、武田が東京にいたからだと思うんだ
けどねぇ。」
「え?まさか。しかもその時は俺は結婚するぐらい
じゃないかな?」
「そのへんは全然知らなかったと思うよ、太田とも連絡取って無かったし。」
あの時はそんな事、全然言って無かった。実は、奥さんに黙ってたけど、駅のホームで、俺はカノさん
と話していた。話したといっても、ほんの一言、二
言だけど。
確か、今の奥さんと結婚する時に、式の打ち合わせ
で何回か実家に帰っていた時だ。
あの時、田舎の駅に着く時に、俺は電車の中から何
気なく改札の方を見ていた。するとベビーカーを押
してる女の人が見えた。俺は一目見てカノさんだと
分かった。
「駅着いたらトイレ行っていい?化粧も直したいし
。」
「おーいいよ、」
「親に会うしねー、ちゃんとしときたいし、」
「おー、ゆっくりやっといでよ。」
彼女がトイレに行ったのとすれ違いぐらいで、カノ
さんはホームに入ってきた。
向こうもすぐ気付いていたらしい。
「武田?」
「カノさんだよね?久しぶり。」
「久しぶり。元気だった?」
「おお、普通。子供できたんだ?結婚して離婚した
って噂を聞いたけど。」
「うん、まあ、似たようなもんかな。」
「何歳?」
「1歳になったばかり。」
「どっか旅行かなんか?」
カノさんは旅行カバンをガラガラとひいていた。
「うん。ちょっと引っ越そうかと思って。武田は?
実家行くの?」
「うん、俺、結婚する事になってさぁ、その打ち合
わせで親と。」
「さっきのが彼女?おめでとう!」
「おお、ありがとう。俺、横浜にいるからさー、何
か困った事があったら連絡してよ。」
「じゃあ彼女を置いて、私と東京行こうか?」
「え?」
「あはははは、信じたの?冗談よ、冗談。たーんじ
ゅん(笑)。」
全然深刻な感じじゃ無かったのに、俺は何故か本気
だと思ってしまった。明らかな冗談って言い方だっ
たのに。
「じゃあ私、もう電車来るから、あっちのホーム渡
らないと。」
「おお、じゃあ、頑張って。何か機会があったらみんなで飲もうよ。」
「うん。その時は連絡してよ。太田が知ってると思
うから。」
「おお、分かった。連絡するよ。」
しかし、みんなで飲んだ事は一度も無かった。カノ
さんの後ろ姿は、何処か淋しそうな気がした。
「武田、その時に駅でカノと会ったんだって?」
「え?何で知ってるの?」
「そりゃあ、カノの唯一の親友だからね。そういえ
ば武田と駅で会ったよ、ぐらいしか言ってなかった
けど。」
「さすが、半世紀の付き合い。」
「そうよー(笑)。その時カノは何か言ってなかっ
た?」
あの時、一緒に電車に乗ってたら、どんな未来があ
ったのだろう。
「・・・・、いや、別に一言二言話しただけだ
し、」
「彼女連れてたんだってね?武田の彼女と会っちゃ
ったって、言ってたわ。」
「会ってはいないと思うけど、見たぐらいかな。」
「そう。で、東京行って、やっぱりうまくいかなか
ったらしくて、1年ぐらいですぐ帰ってきちゃった
のよ。DV男がすぐ死んだのよねー、病気か何かだ
ったと思うけど。それで帰ってきたんだと思う。」
「苦労したんだね。」
「そうねー私と違って、男を見る目が無いのよねー
。でもその後は、懲りたのか、男も作らずに実家に
住んで、ガソリンスタンドとかで働いて、子供を育
てて、って感じかな。」
「太田の言ってた、殺されたっていうのは嘘だった
んだね。嘘っていうか、ただの噂話か。」
「あーそれねー、それ、私と太田で計画したのよね
ー(笑)。」
「計画?」
「そう、一度お正月にね、実家の近くの公園の所で
タバコ買おうとしたら、バッタリ会ったのよねー、
太田は彼女連れて実家に来たらしくて、私は子供連
れて泊まりきてて、彼女を残してタバコ買いに来た
って言うから、彼女が可哀想でしょって言ったら、
結構うちの親と仲良いから平気とか言っちゃってさ
ー。分かってないのよねー、結婚する直前に相手の
親と仲良くしない嫁なんて、いないよねー。」
「あいつ言いそうだなー。」
「でしょー。それで、そうやって怒ってやったけど
、あいつ平気でさー、少し公園で話したのよねー、
久しぶりだったし。」
「久しぶりだったんだ?」
「そう、もうあの頃は全然だったなー。それで、太
田が結婚するっていうんで、あとは誰が残ってるか
の話になって、それでカノの話になったのよ。カノ
は何故結婚しないのか?武田に未練があるのではな
いか?じゃあ一度会わせよう、と。会うだけ会わせ
れば、スッキリして次に進めるだろう、と。結果、
何もなくてもね。それで、太田に、カノが死んだと
か何とか言ってもらって、武田にカノの実家まで、
来させちゃおうと、そういう計画。でもあんた来な
かったのよねー。冷たいよねー。」
「いや、冷たいっていうか、死んだのに行ってもさぁ、もう会えないわけだし、だったら生きてる内に
会いに行くべきだしさぁ。」
「全然会いに来てくれてないじゃん。」
「いや、それはもう、結婚して幸せにやってると思
ってたからさぁ。」
「じゃあ今でも、独身で彼氏もいないわよ、って言
ったら、会いに来てたの?」
それは、どうだろう?
「それは、どうだろう?でも、来てないかなー?」
「何で?」
「まあ、今さら会ってもねー、卒業以来会ってない
し、」
「駅で会ったんじゃないの?」
「あれは会ったうちに入らないよ。一言二言挨拶し
た程度だし。」
「なんか、やっぱり冷たいよねー。」
会話のノリが、中学に戻ったような気がした。
「いずれにしても、カノさんが結婚しなかったの
は、俺のことは関係ないと思うけどなー。」
「いや、私には分かるのよー、なんたって半世紀の
付き合いよー。カノの考えてることは、私には分か
るわ。」
「カノさん兄弟いなかったっけ?」
「妹が1人。ジュンちゃん。」
「妹も結婚してないの?」
「してるわよ、高校の同級生と。実家の近くに住ん
でて、何かと実家の母と姉と甥の様子を見に行って
たわよ。」
「じゃあ親の面倒みる為とかは無いか。」
「関係ない、関係ない。」
「子連れだと難しかったりしたんじゃない?」
「それはあったと思うけど、まあ、それは大きいけ
どね。今と違ってあの頃は未婚の母はねー、風当た
り強かったしねー。」
「じゃあ、それだよ。俺が好きだったとか無いって
。」
「それもあったけど、武田の事も何割かは、あった
と思うのよ。」
「・・・・・(苦笑)。」
「じゃあ証拠見せようか?」
「証拠?証拠ってどういうこと?」
「カノの息子の雄太から預かってる物があるの。」
「え?何?」
「遺品を整理したら出てきたんだって。」
浅倉はカバンをガサゴソし始めた。中から、古びた
茶色い小さな紙袋に、緑のリボンで軽くラッピング
してある物が、出てきた。見覚えはない。
「それを取りに戻ってたの?」
「そうそう。雄太が言うには、これを、雄太が小さ
い時にしまってあるのを見つけちゃったらしいの。
それで、勝手に開けちゃって、怒られたらしいのよ
。怒られたっていうか、ちょうだい、ちょうだい、
って、ねだったら、これはダメ!って言われたって。これは大事なものだと。友達にあげようと思っ
てたんだけど、渡せなかったからダメだって言われ
たっていうのよ。それでその時は別のオモチャを買
ってくれたから、あっさり忘れてたんだって。それ
を遺品整理してて急に思い出したらしいの。何か、絶対ダメ!って感じだったなーって。きっと、大事
なモノだったんだろうなーって。それで、カノの友
達って私しかいないでしょ?だから私にって、持ってきてくれたのよ。母もその方が喜ぶと思うって。
きっと、大ゲンカか何かして、謝りたかったんじゃ
ないかな?って言うのよ。でもねぇ、これは違うと
思うの。」
「違うの?」
「開けてみて。」
「いいの?」
「うん。」
「見覚えない?」
中には、また軽くリボンを付けてラッピングした、
シャーペンが一本入っていた。
「いや、特に。古いキャラだよね?このキャラは見
た事あるけど、これが何なの?」
「覚えてないの?」
「え?覚えて・・・。」
「あんたさぁ、あたしとカノの誕生日にプレゼント
してくれたでしょ?あの時、あたしにはキティちゃ
んのシャーペンくれて、カノには何あげた?」
あ、あれだ、あれの色違いだ、
「思い出した?カノにはキティちゃんじゃなくて、
それのピンクをあげたんじゃなかった?」
それは、同じサンリオのキャラクターの、キキとラ
ラの青のシャーペンだった。
「思い出した。これだ。これの色違いのピンクの
だ。」
「やっぱり、私も忘れてたんだけど、思い出したの
よ。やっぱりそうかーって。2人で見せ合ったから
。それで2人でお返しを買いに行くはずだったの
よ。確か誕生日近かったよね?太田は全然違ったと
思うけど、武田はうちらのすぐ後だったよね?」
「そうそう、何日か後ぐらいだったはず。」
「そうよね、それで2人で買いに行くはずが、風邪
引いたか、何かで、行けなくて、でもすぐあんたが
無視し始めて、結局私は買わなかったのよ。でもカ
ノは買ってたの。私にも内緒で。武田への誕生日プ
レゼント。しかも色違いのおそろいだよ!おそろ
い!中学生の女の子がおそろいよ!可愛いでしょ?
しかもあのスカしたカノがよ!おそろいにしてるの
よ!私、これ見て涙出てきちゃったわよ。あの娘、
かわいいとこあったのよ。私なんて武田に貰ったシ
ャーペンなんか、とっくにどっかいっちゃって、無
いわよ。きっと、カノは武田に貰ったシャーペンも
、ちゃんとしまってたはずよ。」
カノさんは表情が乏しかった。このシャーペンをプ
レゼントした時も、浅倉は抱きつかんばかりに、喜
んで、キャッキャ言っていた。でもカノさんはあっ
さりしてて、「あぁ、ありがと」ってそっけなく言
われただけだったから、こういうキャラクターもの
は好きじゃなかったと思っていた。そして、何をあ
げたのかも、忘れていた。
カノさんが小さい頃、両親の仲が最悪で、家の中は
荒んでいたと、太田に聞いた事がある。夜中にはい
つも、酔っ払ったおじさんの怒鳴り声が聞こえてき
てたと言っていた。一度は木刀を手に、怒鳴りなが
ら、カノさんのお母さんを追いかけまわしていたのを、見た事があるらしい。おばさんは、裸足で、や
めてー!とか叫びながら逃げていたらしい。そんな
影響か、カノさんはだいたい不機嫌にしていた。た
まに機嫌が良いと妙にテンションが上がって、ずっ
と笑ってることもあったけど、機嫌悪いと怖くて近
寄れなかったし、そんな時はすぐ学校を帰っていっ
た。
その後、俺は、浅倉に駅まで車で送ってもらった。
「あれ、渡せて良かった。太田と一度、同窓会やろ
うって話してたところだったのよ。でももう必要無
くなったわ。」
「やろうよ、同窓会。友達には会えるうちに、会っ
といた方が良いような気がしてきたよ。」
「そうね、やろうか、同窓会。それでもし、過去の
わだかまりがあったとしてもさ、全て水に流して、
お酒飲めばいいじゃない。」
「そうだね、人間いつ死ぬか分からないしね。俺も
久しぶりに太田に連絡してみるよ。」
帰りはいつも、品川行きの特急ひたちに乗ることにしていた。あの時、カノさんは上野行きの特急ひた
ちに乗って、改札の向こうの俺と彼女を見ていた。
俺はキキとララのシャーペンを見つめて、思い出し
ていた。
カノさんは何を考えているのか、分からない人だっ
た。急に笑ってたと思うと、すぐムスッとして、そ
れが怒ってたのか、恥ずかしかったのかもわからな
かった。あまり喋らないし、何か言っても本気なの
か?馬鹿にして言ったのかも分からなかった。
だからあの時も、本気なのか?俺をからかっただけ
なのか?分からなかった。俺も子供だった。そんな
女心なんて、分かるはずもなく、自分の気持ちだけ
しか考えられなかった。
石田先輩にシメられた何日か前だった。前日だったかもしれない。日差しはもう、夏のようで、暑かっ
た。その日は土曜日で、俺たちは体育の授業が2時
間あって、それが終わると帰りだった。部活のある
奴は午後から部活だけど。
俺と太田は体育にやる気が出ず、クラスの男子が全
員出ていった後も、まだダラダラ着替えていた。
ベランダの向こうは日差しがキラキラしていて、眩
しかった。あれは6月の末ぐらいだったか?もう7月
に入っていたのだろうか?突然、太田はその日の体
育の用具係りだった事を思い出した。その日はハー
ドルとか高跳びとかやる予定で、用意する物が多か
った。太田は急いで着替えて先に教室を飛び出した
。俺はトイレに寄ってから行くか、と、ゆっくり教
室を出た。その時、ベランダを制服のまま通りがか
ったカノさんと、目が会った。
カノさんは俺を見ると、日の光をバックに、ニコっ
としたように見えた。茶髪が太陽の光で透けてるよ
うな気がした。女子の制服の上は、白いセーラー服
で、日の光で、体の線も透けて見えるような気がして、それだけで少しドギマギした。カノさんが俺に
手招きした時、担任の女の若い先生と、おっさんの
教頭が大きな声で話しながら、ベランダの向こうか
ら歩いてくる音が聞こえた。カノさんはすぐに俺の
手を引っ張って、トイレの前の、薄暗い階段の陰に
隠れた。石田先輩にビンタされたあの階段の裏だ
が、その時はまさか、そこでシメられる事になると
は、思ってもいなかった。
女の先生は泣いているようだった。
「あの子たち、私の言う事なんて、なんにも聞いて
くれないんです、こないだも授業に行ったら教室に
鍵かけられちゃって、なかなか入れてくれなくて、
もう、私、この学校でやっていく自信がありませ
ん!」
教頭はそれを一生懸命なだめていた。2人はすぐに
ベランダを通り過ぎて行った。
「もう帰るの?」
女子は体育館でバレーボールのはずだった。
「今日はもうフケようかなー。どっかで、一服して
。武田も一緒に帰んない?」
ダルそうだが、機嫌は悪くないらしい、少し嬉しそ
うにも見えた。
「うーん、俺はどうせ部活もあるし、弁当持ってき
てるから。」
「あたしも部活はあるけど、それもフケるけど。」
カノさんは俺を見上げながら、帰ろう帰ろうと誘
う。俺は背の高い方だったけど、カノさんは、そ
の俺より少し背が低かった。身長は釣り合うよな
ぁと思った。
「アサは真面目だから、部活出ると思うけどねー、
それ狙いかー!」
「いや、どうせ野球部の方が終わるの全然遅いから
、全然関係ないけど。」
「ふーん、つまんないの。あっ、そうだ、武田に渡
したいモノがあったんだ。」
そう言うと、カノさんはうっすい学生カバンの中
を、ガサゴソやりだした。
「こないだプレゼント貰ったでしょ、そのお返しあ
げる。」
「見ないで。」バックを覗き込む俺をたしなめた。
カノさんはバックを下に置き、両手で何かを隠して
いた。
「いい?」
「うん、」
その両手を俺の胸元に持ってきて広げた。俺
はそれを覗き込んだ。
え?何も無い。手には何も持って無かった。
両手から目を上げると、軽く背伸びしたカノさんの
顔が、目の前にきていて、よける間もなく、キスさ
れた。
「あはははは、これマンガで見たんだけどさぁ、ホ
ントに引っかかる奴いるんだねー!たーんじゅん!
」
俺は一瞬何が起きたのか、分からなかった。
「え?俺、・・・・ファーストキス、」
「あたしもだよ、」
急にシリアスモード?
え?先輩とは?
「え?先輩とは、・・・」
「フフフフフフ、、、」
「俺のこと、か、からかってるでしょ!」
「先輩とはダメかもねー、」
「え?」
「じゃあねー、体育頑張って。」
まだ、呆気に取られてる俺に向かって、カノさんは
「そうだ、アサには内緒ね、」
「え?そうだ、浅倉に、」
「あたし、怒られちゃうからさぁ、あの娘怖いのよ
ー、怒ると、」
「分かった。じゃあね。」
「@☆×○〆#☆&」
カノさんは小走りでベランダを駆けていきながら、
何か言ったような気がした。
「え?なに?」
「あははははー、バイバーイ!」
夏の光の中を、カノさんは駆けて行ってしまった。
あの時、何を言ったのかは、今でも分からない。
おしまい
あの時、渡せなかったモノ 横浜いちよう @yagosan8569
★で称える
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