ペンパル
sorarion914
底にて……
ペンフレンド、というものをご存知だろうか?
個人情報が今ほど守られてはおらず、大らかだった時代。
見ず知らずの相手に、自分の名前や住所を晒し、手紙のやり取りをする文通というものが、当時流行っていた。
ペンフレンドとは、すなわち文通友達だ。
遠方に住んでいる人とやり取りをすると、自分の知らない独自の習慣や食べ物、方言などを知ることが出来て、とても楽しかったのを覚えている。
そういう相手を探す雑誌などもあり、歳が近そうな子を探しては、複数人とやり取りをする猛者もいた。
今時のメールと違い、返信に数日かかるので返事は待ち遠しかったが、可愛い便せんを文房具屋で探すのが楽しみでもあった。
私が文通にハマったのは中学生の時。
同じクラスの子数人で、それぞれ文通相手を探してやり取りし、そこから得た情報を共有し合っていた。
なるべく縁もゆかりもない土地に住んでいる子を選んで、今学校で流行っていることや、アイドルの話をしたり、珍しい行事や料理などを教え合う。
当時。
私がやり取りをしていた子は、東北のある地域に住んでいる、同じ中学2年生の女の子だった。
私が住んでいたのは首都圏だったので、距離的にはかなり遠方で、馴染みのないエリアだったので興味があった。
彼女はいつも、簡素な便箋と封筒を使っていた。
私が可愛らしいキャラクターのレターセットを使って書くと、「これ可愛いですね。どこに売ってるの?」と聞いてくる。
私が「ファンシーショップで売ってるよ」と教えると、「今度探してみます」という返事が返ってくる。
しかし、その後も変わらず――彼女は簡素な便箋と封筒で返事を寄越してきた。
字は丁寧だが、筆圧が弱いのか薄くて読みづらく、文面からは非常に真面目な子なのだろうと思われたが、内容がどうもネガティブで、正直――私は返事を書くのがだんだん面倒になってきた。
なので、忙しい事を理由に彼女からの返信があっても、自分からは返事を出さず、そのままフェードアウトしようと思い放置していた。
すると、返事を出さずに2週間過ぎた頃、再び彼女から手紙が届いた。
相手からの返事がない事には一切触れず、相変わらずネガティブな事を延々と書いている。
私はうんざりした。
なので返事は出さず無視していると、再び彼女から手紙が届く。
察しの悪い相手に、私は内心イラっとした。
相変わらず簡素な便箋と封筒。
可愛いレターセットを探してみると言いながら、探す気などないのだろうか。
控え目だと感じた筆圧の弱さも、なんだか薄気味悪く思えてくる。
それに—―
ずっと気になっていた。
彼女から届く手紙は、いつも雨に濡れたのかと思うほど、シットリと湿っていたのだ。
他の郵便物は乾いてるのに、なぜいつも彼女の手紙だけ湿っているのか……
その事が気になり、私は彼女から届いた手紙を学校に持っていくと、友人たちに見せた。
すると1人の子が「この字ってさぁ」と、便箋を開いて言った。
「筆圧が弱いんじゃなくて、濡れて滲んでるように見えない?」
言われてみれば、確かにそう見える。
「でも、なんで濡れてるの?」
「お風呂場で書いてるんじゃない?」
その言葉に皆笑ったが、その場面を想像すると理解に苦しむ。
「ねぇ……この住所、調べてみた?」
1人の子がそう言うと、地図帳を持ってきて机の上に開いた。
東北地方の山間部。
地名を探すと、確かに実在はしていた。
「地名はこの辺りだけど……この辺って人住んでるの?」
細かい番地までは載ってないが、手紙の住所を地図上で見ると、どうもおかしい。
「郵便番号帳で調べてみなよ」
そう言われ、家に帰って郵便番号を調べてみたが、彼女の手紙に書かれていた郵便番号は台帳には記載されていなかった。
そんな馬鹿な—―
でも自分が書いて出した手紙は、宛先不明で戻ることなく彼女の元に届いている。
私はもう一度、自分の地図帳を開いて彼女の住んでいる地域を調べてみた。
封筒に書かれている地名は確かに存在する。
ただし。
そこは、溜池と表示されている。
実際に、そこへ行ってこの目で確認したわけじゃない。
地図で見る限りは、どう考えても人が住めるような場所とは思えないが――
でも、もしかしたら人が住んでいる集落があるのかもしれない……
一抹の不安を感じながら、私は思い切って返事を出してみた。
「あなたが住んでいるその場所は、どんな所ですか?」
———数日後。
大きな封筒と共に私宛に届いたのは、今まで私がしたためた、彼女宛ての手紙の束だった。
封筒には『該当住所なし』という刻印が押してある。
驚く私の元に、その翌日手紙が届いた。
差出人は彼女。
『オてがみありがございマす。もうへんじくれないとおモて あきらめてまシた。うれしです。ここわズいぶと さむいですが たメいけだから しょがないね!』
シットリと濡れた封筒と便箋。
まるで幼児の様な文字の羅列と支離滅裂な文章。
突き返された手紙と束といい、悪質な嫌がらせのように感じて、私はそれを母に見せた。
母はじっと手紙を読んでいたが、急に怖い顔をすると、
「あんた、一体誰と文通してたの?」
と言った。
「これ、もう一度ちゃんと読んでごらん!」
そう言われて、私は最後に届いた彼女の手紙を読み返した。
そして、絶句する———
オ マ ヘ モ シ ズ メ !
淀んだ水の底で。
彼女が手招きしているように感じた———……
……END
ペンパル sorarion914 @hi-rose
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます