第11話
夜も更けてきたなかで見慣れてきたシフォンの垂れさがるベッドで、尚里は眠れずにゴロリと仰向けに横たわっていた。
頭に浮かぶのは、やはりパーティーでの出来事だ。
アーリンとリーヤが元気づけてくれたけれど、どうしても考えてしまう。
「こんなところまで来て、何やってるんだろ、俺」
花嫁と言われて、自分でも知らないうちにその気になっていたのだろうか。
そんな考えが脳裏をよぎり、いやそんな筈はとぶんとひとつ首を振る。
「パーティー途中で抜けて大丈夫だったのかな」
自分のせいで、ルキアージュがホールにいたのは一時間も満たない。
生誕パーティーだというのにだ。
「……部屋、行ってみようかな」
そっとベッドから抜けだし部屋を出ると、ルキアージュの使っていると教えてもらった部屋に向かう。
大きな窓が嵌め込まれている廊下は、月明かりが煌々と輝いていた。
ふと風を感じてその気持ちよさに目を細める。
しばらくそこに佇んでいると、なんだか部屋に行く必要があるのかと今さらながらに思った。
明日、朝食の席で言えばいいのではないだろうか。
我に返ると、のこのことここまで来たことが恥ずかしくなった。
頭を冷やそうと、近くにあったテラスへ続く開いていたガラス扉の取っ手に手をかけた。
テラスに出ると、カラリとした暑さのなか、風がそよそよと流れていく。
テラスから上の階を見上げると、教えられた上階のルキアージュの部屋だろう窓から明かりが漏れている。
しばらくそこで佇んで、明かりを見上げていると、何を女々しいことをしているんだと思い、尚里は廊下へと戻った。
「あら」
そこに、バッタリと人影とぶつかりそうになる。
慌ててたたらを踏んでぶつかるのを堪えた。
そして驚く。
そこにいたのはニニーカだった。
しかし華美な民族衣装ではなく、肢体の透けそうなほど薄いナイトドレスに、薄ピンクのガウンを羽織っている。
下着をつけていない胸の丸みまではっきりとわかるその恰好に、慌てて尚里は顔を赤くしながら目を逸らした。
「もしやと思ってたけれど、イシリスとは体を重ねていないのね」
「え……」
突然のあけすけな言葉に、思わずニニーカへ視線を向ける。
すると、ころころとニニーカは笑った。
「こんな時間にこんな所にいるなんて、寝室を共にしていないのが丸わかりだわ」
いかにもバカにしたような物言いは、気持ちのいいものではない。
それにこの階と上の階はセキュリティ上、誰も来れないようになっていると言っていた筈だ。
「ここに、どうやって」
「権力とお金があれば、大概の望みは叶うものですわよ」
共感できない考え方だなと思いながらも、どうしてそんな扇情的な姿でこの階にいるのだろうと思う。
この先にはルキアージュの部屋に続く階段しかないはずだ。
嫌な考えに思わず拳をぎゅっと握ってしまった。
「あなたはイシリスの寵愛を受けたことがないようなので、私が今夜のお相手をと思いまして」
蠱惑的な唇がニィと三日月型に歪む。
「あいて、って」
はくりと喉からカラカラに乾いた声が出た。
「勿論、セックスのよ。花嫁というより、お客様ですものね」
「なんで、花嫁じゃ、ないって」
別に、花嫁という言葉を受け入れた訳じゃない。
でも、ルキアージュの甘い眼差しと言葉は尚里にささげられたものだ。
ぐっと握る力が強くなり、爪が手のひらに食い込んだ。
「あなたは他人の肌を知っているようには見えないもの」
くすり。
笑われた瞬間に、胸がズキリと痛んだ。
「あなたは、ルキと……」
「ええ、ご寵愛、セックスをしたわ」
わざとらしくニニーカは生々しい言い方に言い直した。
ズキンとよりいっそう胸が痛み、その瞬間。
(嫌だ!俺のなのに!)
とても強い言葉が胸も頭も尚里の全身を貫いた。
そしてハッと我に返る。
(俺、なんて考え……!)
口から零れ落ちてしまうのが怖くて、思わず尚里は口を押さえた。
「何をしている」
鋭い声が月明かりに響いた。
尚里とニニーカは、同時にその声の主へと振り返る。
「イシリス」
「ルキ……」
階段のある方向からルキアージュが歩いてきたのだ。
尚里の呼び声は、ニニーカの弾んだ声にかき消された。
ニニーカは嬉しそうに笑ってルキアージュへと歩み寄っていく。
ちらりと尚里を見たあと、すぐさまルキアージュはニニーカに目線をずらした。
そのしぐさに、ニニーカを優先したように見えてしまい、尚里は自分の中にどす黒いものが溜まっていくのを感じる。
「何故ここにいる?誰が許した」
「ブラコスタ様からの采配でございます」
さきほどの尚里への態度とは一八十度違う対応だ。
チッとルキアージュが舌打ちをしたけれど、ニニーカは気にした風もなく体を見せつけるようにガウンを脱いで床に落とした。
なだらかな腹や張りのある太ももまでもが形をクッキリと表している。
見ないでほしいと、尚里は自分でも心が狭いと思いつつ二人から目を逸らした。
「今夜のお相手をと思いまして」
「必要ない」
ニニーカの甘えるような声に、しかし次に響いたのはピシャリとしたにべもない言葉だった。
思わず二人の方を見やると、ニニーカはまさか断られるとは思っていなかったのだろう。
驚愕の表情をしている。
ルキアージュは尚里には見せた事が無い、冷めきった眼差しだった。
「し、しかし」
「くどい」
さらに追いすがるニニーカに、ルキアージュはツカツカと尚里の前まで来ると、ぐいと尚里を抱き上げた。
「えっ」
そのままテラスへ出ると、ザアッと風が強く吹く。
ふわりとその風に乗るように、バルコニーからルキアージュの体が浮いた。
ルキアージュのマナに驚いていると、体はゆっくりと持ち上がり上の階のバルコニーへと足を着地させた。
「尚里、何もされていませんか?」
心配気に顔を覗き込んでくるルキアージュから、尚里は必死で顔を逸らした。
ルキアージュが尚里の方を選んだ瞬間に、気づいてしまったのだ。
「なお」
「彼女と親密だったんだろ」
顔を見られないように俯いて、ぽつりと零す。
否定してほしいと思った。
「……すみません」
「ッ」
返ってきたのは肯定だ。
「あなたの気配を感じるまで、また決められた女と結婚するのだろうと、適当に女を抱いていました。でも信じてください、あなたの気配を感じてから、誰も抱いていません」
そんなことを言われたって、と尚里は思う。
抱いていたことに変わりはない。
(あの人は、俺の知らないルキを知ってる)
そう思うと、鼻の奥がツンと熱くなった。
クッと唇を噛んで、それに耐えようとする。
「尚里、私は」
「ルキなんか嫌い、嫌いだ、嫌い」
まるで言い聞かせるように尚里は嫌いと繰り返した。
「尚里、泣かないで」
抱き上げる力が強くなり、ふわりと目尻にキスをされた。
ようやくそれで尚里は自分の頬が濡れていることに気が付いた。
「ッ……ひっ……くやしい。こんなことで好きって気づくなんて」
自覚した想いが、押さえきれずに唇からあふれ出た。
「尚里……本当に?」
尚里の好きという言葉に、ルキアージュの声が期待をするように熱を帯びた。
「尚里、私を見て」
そっと頬や目尻にキスをされて、尚里はおそるおそるルキアージュの方へと顔を上げた。
「私を、好きになってくれた?」
熱い眼差し。
月明かりに輝く混じり気のない青が、キラキラと煌めいている。
白銀の髪もチラチラと光りを弾き、まるで宝石のようだと思った。
「気付きたくなかった」
震える唇に、ルキアージュの眼差しが落ちる。
「私は、あなたしかいりません。あなたしか欲しくない」
額に額をこつりと合わせられた。
まるでいつもの忠誠を誓うように。
マナを持つ人間は額に触れられるのを嫌がると言ったけれど、ルキアージュは尚里に許してくれる。
それが、尚里を特別なんだと感じさせてくれた。
「……すき、だ」
小さく呟くと、まるで花が咲き誇ったようにルキアージュの顔がほころんだ。
目尻がうっすらと赤くなっていることが、彼の気持ちが高ぶっていることを教えてくれる。
「愛してます」
額をくっつけたまま、至近距離でお互いに眼差しを向け合う。
「キスを、しても?」
吐息のように囁かれて、尚里の頬がかあっと赤くなった。
きょろと視線を彷徨わせて、意を決したようにまぶたを閉じる。
笑う気配がしたあとに、柔らかく唇へルキアージュのそれが重ねられた。
小さく下唇を吸われて離れたぬくもりが少し寂しいと感じてしまい恥ずかしくて、尚里は慌てて顔を離した。
「もう遅い、休みましょう」
抱き上げられたままバルコニーから室内へと運ばれた。
室内は尚里の部屋とよく似ていた。
青と白の涼し気な雰囲気だ。
居心地の良さそうなテーブルセットやソファーには目もくれずに、ルキアージュはその長い足で壁にある扉へと向かう。
「あの、俺部屋に戻るから」
慌てて腕から降りようとしても、さすが鍛えているというだけあってびくともしない。
壁にあった扉を開けると、そこは予想通りに寝室だった。
紺碧と白といった落ち着いた色合いの寝室は、尚里のところと同じくベッドをシフォンカーテンが包んでいる。
「一緒に寝ましょう?あなたの隣で眠りたい」
甘い囁きに、どう答えていいものやらと思い、どうでもいいことを誤魔化すように口走った。
「ルキの所も天蓋ベッドなんだ」
「普段は軍の執務室で横になることが多いので、まかせてあるんです」
そういえば適当に寝泊まりしていると言っていたなと思い出す。
ベッドに近づくと、そっとルキアージュの腕から降ろされた。
ほっと落ち着いたのもつかの間。
尚里同様にラフな上下のルキアージュが横に寝転がった。
上掛けを胸元までかけられる。
ころりとルキアージュの方へ向くと、シーツに銀髪を散らばせた男が砂糖菓子のように笑っている。
「尚里、私を好きになってくれてありがとうございます」
額にそっとキスをされる。
それを何度かされると、心地よくふわふわとした気分になった。
色々あって疲れ切っていた尚里は、そのキスを最後に眠りへと落ちていった。
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