第14話 散歩
「……まあオレが警察から聞いた話はこれくらいかな」
藤本はドリンクバーで適当に混ぜた謎のジュースを飲みながら自分が知り得る限りの情報を星に話した。
「そうですか……私が知っていることと大差はないですね……」
藤本からの話を聞いた星は残念そうに俯いた。
3人は学校を出て、近くのファミレスに来ていた。
藤本は「河村の家で」と言っていたが、どうせマンガを読み漁る為の口実だろう。なにより今日会ったばかりの星を男が2人しかいない空間に連れて行くのは礼を失すると思ったのだ。
藤本は星からの返答がお気に召さなかったのか製氷機から多めに出した細かい氷をボリボリと噛み砕きながら「んー……」と唸っている。
「しょうがないよ。第一発見者って言っても部外者だし。警察は藤本の知ってる限りの情報を引き出せれば、用はないだろうし……なあ藤本。警察からじゃなく、藤本が実際に見た情報がいるんじゃないかな……なんでもいいからさ」
河村が藤本に尋ねる。
「ええ……うーん……あ。そういや……ウンチバック大きいなぁって……星んとこで飼ってるのって大型犬?」
「いらないんだよ。そんな情報」
「おじいちゃんは、その……マナーポーチを持っていましたから。アレは普通のトートバックです」
藤本からの情報に二人でツッコミを入れる。
「犬の散歩行くのにトートバックなんて持ってたら邪魔じゃね? ウンチバックかと思ったよ。あ。星さん。そういえば犬はどうしたの? 帰って来たの?」
「ええ……翌日になってですけど」
「そりゃよかった」
恐らく事件とは関係のなさそうな話をしてるであろう二人を前にして河村は少し気になった事を尋ねる。
「星さんのおじいちゃんはトートバックはいつも持ち歩いてたの?」
「いえ……いつも……というわけでは。そういえば散歩の時は持っていなかった気が……」
「じゃあ、なにか持ち運ばなければならない『荷物』があったのかもね。星さんは一旦帰ってきたおじいちゃんと会わなかったの? 行き先を聞いたり……とか」
河村の質問に星は首を振って答える。
「おじいちゃんはいつも決まった時間に散歩に出ますから。いつも通り……帰ってくると……」
星は声を震わせながら言葉を絞り出した。
「もしかして、星のおじいちゃんは誰かに会いに行ったんじゃないか?」
藤本の言葉に、河村は興味津々の様子で耳を傾ける。
「なんで、そう思うんだ?」
「え? だって……荷物あるんなら用事があったからだろ?」
なるほど。と河村は頷く。
「でも、おじいちゃんは誰とも連絡を取っていなかったはずです……スマホの履歴も見ましたけど……特に誰かに会いに行くような約束はなかった思いますけど」
「うーん……」と河村は仰け反って天を仰いだ。
このポーズを取ると河村は考え込むクセがある。それを知っている藤本はグラスを持って立ち上がった。
「オレおかわり行ってくる。元を取らないとな。炭酸全部入れで行くぜ!」
星にそう告げると藤本はドリンクバーのある方へグラスを持って歩いて行った。
少し呆れたように見送る星とは対照的に河村は仰け反るのを止めて頭の位置を戻すと
「星さんは、おじいちゃんの散歩について行く事はあったの?」
「ええ。時間があえばですけど」
「じゃあさ。いつもの散歩コースに公民館は含まれるの?」
と星に質問をした。
「いえ。あ。そういえば、まるで逆方向です」
「そう……逆方向。じゃあやっぱり、なにか用事があって公民館方面に向かったんだね」
星の話を聞く限り、星の祖父はルーティンを持って行動している人物のように思う。にも関わらず自殺したその日に、そのルーティンを崩した事に意味があるのでは? と河村は考えた。
「あのさ」と河村は星に語りかける。
「今から星さんの家に行っていい?」
「えぇ!?」
驚きの声をあげたのは星ではなく、ドリンクバーでジュースを補充して帰ってきた藤本であった。
「お前……オレのいなくなった隙にそんな……大胆な!いや!不潔!」
とグラスを持ったままワナワナと震える藤本を無視して二人は会話を進める。
「別にいいですけど……なにかあるんですか?」
「なにかあるかどうかを確認しに行くのさ。お前も行くんだよ。藤本」
演技臭く、いつまでもワナワナと震える藤本にようやくツッコミを入れて河村は伝票を持って席を立った。
「さあ行こう。急がないと日が暮れるよ。あ。星さん。ここは僕と藤本の奢りだから」
「え? そんな……ダメです! ちゃんと払います!」
二人の、払う、払わせない、の押し問答を眺めながら藤本は持って来たジュースを飲み干そうとグラスをあおった。
「うぅ……ゲフッ……クソ……すぐ出るんなら炭酸なんか入れなかったのに……急に言うなよな…ング…お、おい! ちょっと待てって!」
やっとのことでジュースを飲み干し、レジに急いだ藤本だった。が、結局もう一杯熱いコーヒーをゆっくり楽しめる程度の時間、二人のやりとりを眺める羽目になった。
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