第15話 散歩2

 藤本は、生垣で囲まれた敷地の鉄製の門の前に立っていた。


「ココが星ん……」


 門は重厚な造りで、錆一つない黒光りをしていた。門の上には、星形の装飾が施されており、この家の持ち主のこだわりを感じさせる。

 門の先は緩やかなカーブを描く石畳の道が、正面に建つ大きな屋敷へと続いている。屋敷は、どこか洋風の雰囲気を漂わせながらも、日本家屋特有の重厚さも兼ね備えていた。白を基調とした外壁には、蔦が這い上がり、緑と白のコントラストが美しい。

 屋敷の屋根は、複雑な形状をしていて、いくつもの棟が組み合わさっているようだった。屋根には、無数の瓦が敷き詰められており、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 夕暮れの薄明かりの中で、屋敷の窓からは、レースのカーテンごしに室内がほんのりと影絵のように浮かび上がっていた。


「はぁ……でっかぁ……星はお嬢様だったのか」


 藤本は、屋敷の大きさに圧倒されながら、ため息をついた。

 

「普通です」

 

「いや……普通なわけないだろ。コレを普通とすると、星のおじいちゃんとお父さんの今まで築き上げた頑張りを否定することになるぞ。いいのか?」

 

「ええ。私はお嬢様です」というわけにもいかない星は、藤本の返しに微妙な表情を浮かばせる。


「藤本さんは意地が悪いんですか?」


 河村は二人のやり取りを見ながら頭の中に地図を思い浮かべる。星の話では星邸から向かって右手を進んで行くと集団自殺があった古民家があり、反対側に進むと自分達が通う高校、そして星の祖父が自殺した公民館がある方角だった。

 星氏はなぜこの日に限って、いつもと違う散歩のルートを選んだのか。それは河村には分かるはずがないことだ。


「というわけで……今から散歩しよう」


「え?」


 河村の提案に星と藤本。二人の声が重なる。






 ────────






 玄関のドアが開くと、中から「ワン!」と元気な声が聞こえてきた。そこには、リードにつながれたままソワソワしている柴犬しばいぬの姿があった。


「柴犬か。大型犬じゃないんだな。」

 

「だから! アレは普通のトートバックだって言ってるじゃないですか!」


 柴犬は鼻を河村の足元に近づけ、興味津々に嗅ぎまわっている。嗅ぎ終わるとなにが嬉しかったのか飛び跳ね、飼い主の星を振り回す。赤い舌が、楽しそうにハァハァと出ていた。

 柴犬の様子を見て星は笑顔で河村に語りかける。

 

「この子の名前、小太郎です。河村さん、気に入られたみたいですね」

 

「そ、そう? へー……小太郎って言うのかお前」


 河村は、初めてみせる星の笑顔に不意打ちを食らったように心臓がどきどきと音を立てているのがわかった。照れくささを隠す為に足元にすり寄って来ていた小太郎の頭をヨシヨシと撫でる。


「んで? 河村。散歩行ってなにか分かるのか?」


 藤本が河村に質問をする。河村は小太郎の頭を撫でながら「んー? さあ?」と答えた。


「はあ? お前、星と犬の散歩に行きたいだけじゃないだろうな!?」

 

「ち、違うよ」


 河村は慌てて小太郎を撫でるのをやめると、立ち上がって藤本の憶測を否定する。


「僕達が得ている情報は乏しい。でも警察は必要以上のことは教えてくれないだろ? だから自分達で、出来ることをして情報を引き出そうって思っただけだよ」


「例えば……どういった情報ですか?」


 星は可愛らしく小首をかしげて河村に質問をする。

 

「犬の散歩ってね。散歩のコースを変えた方がストレス軽減の効果が高いって聞いたことがある。僕は犬を飼ってないけれど……犬を飼ってる星さんや星さんのおじいちゃんは当然知ってるだろうしね。いくつかパターンがあるんじゃない?」

 

「ええ。そうですね」と星が肯定すると、河村は話を続ける。

 

「でも、星さんは「まるで逆方向です」って言ってたでしょ? 家を出て右に行くか、左に行くか……二択なのに一方にしか散歩に出かけないのは、星さんのおじいちゃんの、なんらかの意図を感じない?」

 

「そういえば……コチラ側に行くことはないですね……」


「考え過ぎじゃね?」と藤本が言う。

 

「もちろんその可能性もあるだろうけど……普段行かない方向へ行くことで、小太郎や……もしかしたら星さんも今まで気付かなかった何かに気付くかもしれないだろ?」

 

「ふーん……そういうもんかね……」

 

 夕暮れが深まり、空は茜色に染まっていた。星邸を出て、小太郎はいつものようにリードを引っ張り、元気いっぱいに歩き始める。河村と藤本は、星と小太郎の少し後ろを歩いてついて行く。 小太郎は、道端の草むらに時折何かを見つけては、それをくわえて振り回し、なかなか前に進もうとしなかった。


「小太郎。楽しそうでいいね」


 河村がそう言うと、星は微笑んだ。


「そうですね。小太郎がいるおかげで、私も少しは元気をもらえます」

 

 先程から星が微笑む度に河村の心臓が跳ねた。

 昨日出会ったばかりなのに……と思う一方で、一瞬でも自分に告白して来たのだと思った相手を多少なり意識するのはしょうがない事だろう。と河村は自分に言い聞かせた。

 

 もうすぐ学校が見えてくると思われた瞬間、小太郎が突然に脇道に逸れ星が持つリードを引っ張った。

 

「え? ちょっと、どうしたの小太郎? こんな……細い道……」

 

 そう言うと、星は小太郎が進もうとする道を凝視しながら呟いた。

 

「ユウゾウおじちゃん…」 

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