第13話 星葵3

 放課後、河村と藤本は星のクラスを訪れていた。

 3年生のクラスに後輩である星が一人で訪ねて来るのも抵抗があるだろう。と思い、河村が「二人で迎えに行くから」と提案したのだった。

 とはいえ、3年生が1年生のクラスに行き異性を呼び出すというのも中々の作業だ。こういう時はコミュニケーション能力が高く、学内の人気者である藤本の出番だろう。ということで河村は教室の外、1年生が行き交う廊下で居心地悪く二人を待っている。

 手持無沙汰な河村は教室に背を向けて壁にもたれ掛かり、窓越しに秋の風景を眺めていた。

 校庭の銀杏の木は、日に日に黄色を増し、落ち葉が絨毯のように地面を覆っていた。時折、吹く風が窓を叩き、秋の深まりを感じさせた。

 秋なんてすぐに終わってしまう。

 その内に冬が訪れ、年を越せば大学受験が始まっている。正直、今もこんな事をしている暇はないのだが……身の丈に合った進路を選択している河村は比較的周りより余裕があるといえば余裕があった。

 そうか。もう高校生活も終わりなのか……とボンヤリと考えていた。


「河村。さっさと行こうぜ」


 声をかけてきたのは少し不機嫌そうな藤本だった。

 何に対して不機嫌なのか、河村が思案する前に教室から出てきた星の姿が見えた。星葵は少し緊張している面持ちでコチラに


「すいません。河村さん。ちょっと待たせちゃって」


 と謝罪してきた。「いや。全然」と当たり障りのない返答を返す河村だったが、それを遮るように


「いいから。早く行くぞ」


 と、藤本はズンズンと先に行ってしまった。


「なに? どうしたのアイツ」

 

「あ。いえ……なんでもないんです」


 と、星はバツの悪そうな顔でチラリと教室の中を見た。

 星に釣られて河村も教室の中を見る。すると、視界の端に何かが引っかかったような感覚があった。ついさっきまで明るい表情をしていた星が、急に不安そうな顔になったからだ。


「どうしたの?」


 再び星に声をかけた河村は、彼女の視線の先を追った。教室の中。窓際。そこには、数人の生徒がこちらをじっと見つめていた。その視線は、ただ見ているというよりも、何かを企んでいるような、悪意に満ちているように感じた。

 特に印象に残ったのは、窓際でこちらを見ている明るい髪色をしたショートカットの少女だった。彼は、鋭い眼光で河村たちをじろじろと観察しており、その視線はまるでなにかを値踏みしているようだった。


「あ、あの……」


 星が恐る恐る言葉を発しようとしたその時、ショートカットの少女はニヤリと笑って、何かを呟いた。その言葉は、河村には聞き取れなかったが、星はギュッと唇を結んで俯いてしまった。


「大丈夫。行こう」


 河村は星に手を差し伸べるが、星はその手を取ろうとしない。


「早く」


 河村は星の不安を無視するかのように、強引に星の腕を取り、その場から離れる。星はすんなりと、河村が誘導するままに付いてきた。

 河村は、教室の中をもう一度見返した。窓際の集団は、依然としてこちらを見ていた。

 二人は先を行く藤本を小走りで追いかける。


「ごめんね。迎えに来るって言ったのに遅くなって」


「いえ……」

 

 教室で何があったのか、あの少女がコチラに向かって何をつぶやいたのかは分からない。だが明確な悪意を河村は、あの場から感じ取った。陰湿でタチが悪い笑みは河村には身に覚えがあった。先を行く藤本の不機嫌さにも納得がいった。

 

「藤本!」

 

 先を行く藤本に声をかける。

 河村の声に、足早に歩いていた藤本が振り向いた。彼の顔には、相変わらずの不機嫌さが残っていたが、河村の顔を見ると、少しだけ表情が和らいだ。


「一人で先に行くなって」

 

「あのさ。教室でさ、俺たちのこと、めっちゃ睨んでた奴らがいたんだよ。特に、あのショートカットの女。いけ好かない感じだったんだ」


 藤本は、河村に話をしながら、眉をひそめた。


「河村。見たか?」


「ん……あ、ああ」


「アイツら酷えブスだったな」


「うん……え? あ?」


 予想外の藤本の発言に河村は素っ頓狂な声が出る。

 

「凄えブスだった。腹立つほど。な?」


 藤本は河村に同意を求める。

 藤本が言っているショートカットの女。顔は悪くなかった。どちかといえば可愛い分類に入る。そう顔だけならば・・・・・・だ。

 河村は笑って藤本に同意する。

 

「ハハハ、そうだな。ひでえブスだった。オレも気分悪くて……吐くかと思ったよ」

 

「お。言うねえ」と藤本はおどけて河村を指差す。

 星を追い置いてけぼりに二人で笑い合っていると「あの……」と、星が間に割って入ってきた。


「人の容姿を笑うなんて、よくないと思います」


 思いがけない言葉に河村は笑いだし、藤本は「ウソだろ?」という顔で目を丸くした。

 星は、こういう子なのだろう。自分がどんな扱いを受けても自分の中の正義がしっかりと根を張っており、それが揺るぐことのない強い子なのだろう。藤本もそれが分かっているようで河村に釣られて笑い始めた。

 二人の反応に星は理由わけが分からず「え? 私、なにかおかしいこと言いました?」とオロオロしていた。


「いやいや。星さんが正しいよ」


 河村は星を真っ直ぐ見据え決意表明をした。


「おじいちゃんの潔白を証明しよう。3人で」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る