第12話 星葵2

「えっと……落ち着いてくれたかな……」

 

 ようやく泣き止んだ星を目の前に、河村はすでに憔悴しきっていた。年頃の女性と話した事がない。というわけでもないが、目の前で号泣する女性をたしなめたのは初めての経験だった。

 もうすぐ昼休みも終わってしまう。

 

「じゃ、じゃあ……僕達は行くね」

 

 場の雰囲気に耐えられず。とにかく、この場を離れたい河村は星の様子を確かめながら、その場を後にしようとする。


「待って下さい」 

 

「待たない!」

 

「アナタには言ってません!」

 

 引き止める星。それを断った藤本は、さらに星に否定された。

 

「河村さん。私……おじいちゃんの潔白を証明したいんです」

 

「そ、そうなんだ……頑張ってね」

 

「河村さん。手伝っていただけませんか!?」


「ええ!? なんで僕が!?」と河村は思わず声をうわずらせた。まさか、星が自分にそんな提案を持ちかけてくるとは夢にも思わなかったからだ。


「だって、河村さんはおじいちゃんを……その……最初に発見した人なんですよね? 警察から色々質問された時に逆に色々なことも聞いてるんじゃないですか?」


 この子は……と河村は溜息をついた。自分と藤本を引っ叩くのに必死で、まったく話を聞いていなかったらしい。


「僕じゃなくて、発見したのはコイツ。藤本だよ。日頃よく一緒にいるから勘違いしたヤツがいたんだよ、きっと」


「えっ? ……」と星は顔をしかめながら藤本を見る。


「失礼だなキミは。ん……まあ……あの時のことはもうあんまり話したくないないんだけど……聞きたいことがあるならいいぜ」


 意外にも星の話にノッた藤本に河村は驚きを隠せなかった。


「あー……まあ、藤本がいいなら。じゃあ僕はこれで……」


 河村がそこを離れようとすると


「だから! ちょっと待って下さい!」


 と星は再び、今度は河村の腕を強く引っ張って引き止めた。


「イタタタ……え? なに?」


「アナタも一緒にお願いします」


 星は、すがるような目で河村を見つめた。


「でも、僕は……完全に部外者だし……」


 藤本のように死体の第一発見者でもなければ、親族でもない。河村が今回の件で絡むのは筋違いだろう。


「いいじゃんか。河村。この子も……ほら……多分アレだろ。オレだけじゃ不安なんだろ。人畜無害そうなお前が居てくれた方が安心なんじゃねえの? なあ?」


 尻込みする河村を見た藤本は星葵への援護射撃を行う。しかし「はい。そうです」と言うには、どっち方面に向けても、あまりに失礼で的確な指摘に、星葵も「あ……う」と濁した返事しか出来ずにいた。


「お前……それは口に出して言うことじゃ……」


 河村が藤本の言動に呆れている間に星は大勢を整えて再び河村に懇願する。


「お、お願いします! おじいちゃんは絶対に他の人を自殺に追いやったりなんてしてません! 私! 証明したいんです!」


 星は、両手で河村の腕を掴み、必死に訴えた。その熱意に、河村は心を揺さぶられる。

 河村は、一度は断ろうとしたが、星葵のまっすぐな瞳を見つめ、言葉を飲み込む。

 

「わ、分かったよ。じゃあ、とりあえず放課後に……それでいいだろう?」

 

 根負けした河村が仕方なく首を縦にふると、星は一瞬ビックリした顔で

 

「本当ですか!?」

 

 と大きな声で確認を取ると、すぐに満面の笑みに変わり

 

「ありがとうございます!」と河村に向けて深々と頭を下げた。

 



 

 

 ────────

 

 

 

 

 

「では! また放課後に!」

 

 話がまとまり、上機嫌な星は去って行く後ろ姿もどこか嬉しそうに見えた。

 

「まあ、でも意外だったな」

 

 星を見送りながら河村が藤本に語りかける。

 

「なにが?」

 

「お前がすんなりと協力するって言ったってことさ。お前、アレ以来話したがらなかったじゃないか」


「うん……まあな。当事者……ってか遺族相手なら話が別だろ。面白半分で話しちゃいけない話だしな」


「そうか」


「オレ……ちょっと罪悪感を感じてんだ」


 藤本は星が曲がった角をボーっと見据えながら話を続ける。


「お前の言う通り、警察で遺体確認してからは、自殺の話はしなくなったけど……でも……その前はちょっといい気になって色々話してたと思うんだよ」


 たしかに。藤本は首吊りを目撃した後は教室でその事を話していた。だけど……


「まあ……あの子が言ってたみたいな話はしてないけどな。それでも……さっき協力するって言った時……凄え気持ちが楽になったんだ。だからさお前も一緒に来てくれる言ってくれて……オレ、今凄えうれしいんだ」

 

 藤本は自分の感情をストレートに表現する男だった。言われた河村は少し恥ずかしがったが、当の藤本は堂々と真正面を向いて晴れやかな表情をしている。

 

「ま……お前がよかったんなら……」


 河村が喋り始めた所で予鈴がなる。

 

 キーンコーンカーンコーン♪

 

「あええええええぇぇ! オイオイ! まだ昼飯食ってねえぞ! 行くぞ河村!」

 

「もう間に合わないよ」とたしなめる河村に藤本が激昂して答える。

 

「バカ言うな! 飯食えなかったらお前のせいだぞ! 6限までもたんわ! 走れ! まだ予鈴だ! 5分! 5分ありゃ食える!」

 

「お前が勝手に付いてきたくせに!」などという河村のセリフは藤本の騒がしさに呑み込まれ、しかたなく運動部の元エースの全力疾走に必死で付いて行かなければならないのだった。

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