第11話 星葵
「え……え? え?」
河村良介は、頬の痛みと心の動揺に打ちのめされていた。なぜ、見知らぬ女の子にいきなり平手打ちをされたのか、さっぱり理解できなかったからだ。人目のつかない校舎の裏に突然、女の子から呼び出され少し浮かれていただけに余計にだ。
河村は頬を押さえて「初対面……だよな」と思いながら、女の子を見る。顔立ちが整った長身の女の子。見覚えがまったくないということは後輩なのだろう。スラリと伸びた長い手から繰り出された平手打ちは遠心力が効いていて、とても痛かった。……と余計な分析までしてしまった。
「な、なんでいきなり僕を殴るの?」
河村がたどたどしく尋ねると、女の子は冷ややかに言った。
「あんたでしょ? ウチのおじいちゃんを集団自殺を仕組んだ黒幕みたいに吹聴して回ってるのは」
「ええ!? なにそれ!? なんの事!?」
女の子の言葉に、河村はさらに激しく混乱する。
女の子の名札を確認すると『
「ああ。うん……なるほど……君はアレだ。この前の事件の……星さんのお孫さんってことだね。でもちょっと待って……とんでもない勘違いをしてるよ。僕は……」
とそこまで、喋ると今度は先程叩かれた反対の頬にピシャン! と平手打ちが飛んできた。
「痛っ!」
「言い訳しないで! アナタが一番最初におじいちゃんを見つけて、そこからあることないこと……デマを広げてるのは分かってるんだから!」
先程まで冷ややかな態度だった星葵は、今度は激昂して河村を批難した。
「ちょ、ちょちょちょ……ちょっと待って! 誤解だよ! そんな悪質なデマは広げてないよ! それに第一発見者は僕じゃない!」
「じゃあ誰だって言うのよ!」
「え……えっと……そこの角でこっち見てる……ほら……藤本……」
そこまで聞くと星葵は踵を返し、角で顔だけ出してコチラを見ている藤本を確認するとズンズンと近付いていく。
「え? ちょ、ちょっと待った! 藤本も別にそんな悪質な噂は……」
河村が止める声など、まるで聞こえていないかのように藤本に近付いていく星葵。ちょうど角で止まったかと思うと、少し離れているにも関わらずピシャン! という景気のいい音が河村まで聞こえてきた。
────────
「君は……その……人の話とかを聞かないの?」
星葵をジト目で睨む藤本は頬を擦りながら苦言を呈した。
藤本は結局三発も景気よくいただいた。
河村に至っては止めに行った際に二発も追加を貰い、計4発平手打ちを受けた。かすかにだが舌先に血の味がするのを、抗議の意味も込めて、この
「ご、ごめんなさい……」
「いや……まあ……おじいちゃんが亡くなって、
あの首吊り事件から、ちょうど1週間が経過していた。
マスコミもこの事件を大々的に取り上げ、連日この話で持ち切りだ。状況は極めて異質で、騒ぐのにはうってつけだったのだろう。星氏は集団自殺を促した黒幕として連日、面白可笑しく報道されていた。
孫の星葵はそれが許せなかったのだろう。校内を聞き込みした挙げ句、突き止めた諸悪の根源が河村だったというわけだ。
二人は平手打ちを受けながらも理詰めで星葵を追い詰めていき、なんとか誤解を解いたのだが……
「甘い! 甘いぞ! 河村! これは傷害事件だ! オレは、まだヒリヒリする」
両の頬を大袈裟に擦りながら藤本はかなりご立腹の様子だが……
「いや……そもそも、なんでお前はココに居たんだ?」
と河村は当然の質問をする。ココに呼び出され、星と対面した時から影でチラチラと見え隠れする藤本が気にはなっていた。しかし、「アイツ……」と思うや否や頬に強烈な一撃を見舞われたのだ。
「え? いや〜……友達が女の子にこんな所まで呼び出されたらさぁ……色っぽい話だと思って気になるだろう?」
と先程までの勢いを殺して、へへへと笑った。
「なる程な……勝手に覗いてたわけだ。じゃあ我慢しろ。その三発は僕からのものだと思え」
「ええ……」
河村に怒られて「ちょっと祝福してやろうと思っただけなのに……」と藤本はぶつくさ言いながらも星葵への追及を止めた。
河村は藤本を大人しくさせると星葵に向き直り出来るだけ優しく諭す。
「というわけだから……まず僕は第一発見者じゃないし、コイツも……その……君のおじいちゃんを発見した時にかなりショック受けてて、その話はもう誰にも話したがらないんだ。僕は大体コイツと一緒にいたから、それは保証する。だから、その……えっと……」
星葵の目元に涙が溜まって今にもこぼれ落ちそうになるのを、河村はなんとかせき止めようと必死で話し続けた。
が、そんなものでは止まるはずもなく努力虚しくダムは決壊。星葵は声をあげて泣き始めた。
オロオロと尚もそれを抑えようと必死で語りかける河村だったが
な・か・せ・たー
と大袈裟に目を見開き、声には出さずに口パクでおちょくってくる藤本を見て怒りが湧いてくるのだった。
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