第3話 からす天狗の恋

「ねね、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶ……なんとか」

茉莉花さん姉さんに妖術を習い始めたのは一ヶ月前。毎日、早朝から夜中まで練習しているお陰で、大分上手くなってきた。

……翔大さん、まだ会えてないな。忘れられてるのかも。もう、私から探しに行ってやろうかな?


ここ一ヶ月でわかったのは、茉莉花さん姉さん、実力は確かだけど教えるのが下手。

きっと、茉莉花さん姉さんは感覚派なんだろう。

『指から火をばーって感じ』『キラキラって感じの力を注ぐの』とか、あんまりよく分からない。


「ねね、りん、おはよう。りん、ちょっと暇?」

「茉莉花さん姉さん!おはようございます。えっと、今日も哨戒が……」

「それだけだよね。兄さんに話は通してあるから、ねねと一緒に来てくれない?」


りん、悩んでる。りんって、そんなに哨戒好きだったっけ?

「はい、わかりました。ねね、頑張ろうね」

わ、やった。なんだかりんの様子が変だったから、私と一緒にいたくないのかと思った。


「良かった。それじゃ、一回頂上まで行こっか」

予備動作なしで空へ飛び出していく茉莉花さん姉さん。流石、綺麗に飛んでいる。

「アタシ達もいこ、置いてかれる」

「うん、行こ」

少し飛び跳ねてから、羽根を動かして茉莉花さん姉さんを追っていく。りんは、後ろに下がって助走をつけてから羽根を広げて空へ。


あれ、りんってこんなに飛ぶの速かったっけ?それに、随分高いところを飛んでいる。昔は、よく並んで飛んでいたのに。

哨戒班にりんが組み込まれたおかげで、りんはこんなに飛ぶのが上手になったんだろう。


「ねねー?どうかしたの?」

気づいたら、茉莉花さん姉さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいて、りんも不思議そうに見つめてる。

「あ、えっと、何でも無いです!ごめんなさい、行きましょう!」

「そーお?それなら良いけど」

うぅ、茉莉花さん姉さんに心配かけちゃった。

ちゃんと頑張って飛ばないと!


「お疲れ、ここだよ」

頂上にたどり着くまでに、大分体力を消耗してしまった。疲れて、その場に座り込んでしまう。

りんはけろりとしていて、私の身体をを引っ張りあげて支えてくれた。

「ここ、資料庫、ですか?」

「うん、そうだよ。ここ最近、ねね、頑張ってくれたから。今日は、ねねとりんでここの資料整理して貰おうと思って。ねね一人は辛いでしょ」

確かに、ここはこの山の歴史とか色々あるらしくて一人じゃ大変そうだ。

「あれ、茉莉花さん姉さんは?」

「私はりんの代わりに哨戒に行ってくる。はい、これ鍵。それじゃ、頑張ってね〜」

ふたつ籠を置いて、茉莉花さん姉さんは去って行った。


「行っちゃったね」

「うん。……鍵もらったし、始めよっか」

……資料庫の鍵、なんか南京錠に鎖ついててかなり厳重なのが気になるけど。まあ、それだけ大事なものがあるんだろう。

錆びかけた南京錠を外すと、ひとりでに扉が開く。

「は、はいろっ、か」

「う、うん」

まだ朝なのに、資料庫の中は暗かった。日が入らないようにしているらしい。

指を振って灯りをともして、作業を開始する。

羽根は邪魔になるからたたんで、黙々と資料を片付けた。



だんだん飽きてきた。りんは真面目に作業してるけど、私はもう無理だ。少し外の空気を吸ってこよう。

「……ねね」

「な、なに!?私、ちょっと休憩に……」

「からす天狗って、アタシって、恋をしても良いと思う?人間に、恋をしても良いと思う?」


え?


りんが、恋?

「別に、私は恋したって良いと思うけど。でも、私達って、長の決めたひとと結婚しなくちゃいけない、よね?」

そうだ。他の山は知らないが、ここだと長が絶対なんだ。逆らっちゃだめ、人間に恋なんかしたって、叶う訳が無い。

……でも、嫌だな。

りんが、叶わない恋をしてしまったのは、嫌。


それに、私だって、

「そうだけど、結婚とか抜きにして。ねねはどうなの?空いた時間に、いつも冬馬さん姉さんの所に行ってる。着替えて、羽根も隠して、何か待ってるじゃない。アタシ、知ってるよ。ねねが待ってるのは、何?」

「っ、わ、私は、別に、何も、待ってなんかっ、」

「人間だよね。アタシ、何度か話しかけられた。『ねねさん、どこかで見ませんでしたか』って!どこかの学生さんだよ、怪我をしたときにねねに助けて貰ったって言う人間!知ってるでしょ!?その人とアタシが喋っているとこ、想像してみてよ!」


言われた通り、想像してみる。りんと翔大さんが喋っているところ。仲良さそうに、ふたりとも笑顔で、恋仲みたいに……。


胸がズキズキする。痛い、とっても苦しい。嫌だ、なんだか、考えただけで泣いてしまいそう。


「……どんな顔してんの。嫌だった、でしょ。キツい言い方してごめん、ねね。でも、これでわかったでしょ」


ねねだって、恋してるじゃん。


納得した。翔大さんはいつ来るんだろうってつい考えちゃうのも、彼の事を考えるだけでドキドキするのも、翔大さんに恋してたからなんだ。



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寧々と琳 揺満雪花/Reun @Sekka_Reun

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