第2話 りん

「りん、こんにちは!」

「わ、ねね?こんにちは。何かあったの?」

「うん、あのね、今日から茉莉花さん姉さんに妖術教えてもらえることになって!りんに伝えときたかったの!」

「茉莉花さん姉さんに?ねねが?うそ!」

「ほんとだよ~!あ、りんって今日も哨戒?頑張ってね!」

「う、うん。ねねも、頑張ってね」


茉莉花さん姉さんに、妖術……。

アタシは断られたのに。なんだかショックだ。

暫くぼうっとねねの背中を追ってしまう。


「……あ、哨戒!」

急いで着替えて行かないと、兄さん達に怒られてしまう。

ただでさえいつも迷惑かけてしまっているのに、遅刻までしたら目も当てられない。


「りん、参りました!お疲れさまです、兄さん」

「おう、お疲れ。りん、今日も麓の方の哨戒、頼むな」

「はいっ!頑張ります!」

「気張り過ぎんなよ〜」


助走をつけて、空へ飛び出す。

哨戒場所の山の麓に向かう途中、ねねを見かけた。

茉莉花さん姉さんの所に向かうところなのだろう、足取りが軽やかだ。


この山に住むからす天狗の娘は、みんな茉莉花さん姉さんのことを尊敬している。

茉莉花さん姉さんは妖術も上手いし、占いも上手で、とっても美人だし。一人前になって漢字をもらうのも、あの代で一番早かった。

しかも、茉莉花さん姉さんとアタシ達の年の差は五つも無いのに、あんな実力だなんて羨ましい。


「アタシも、茉莉花さん姉さんみたいになりたいなあ」


ねねだって、きちんと妖術を学べば茉莉花さん姉さんみたいに何でも出来る娘になるだろう。飛ぶのも上手、見た目も良い。それに、ねねはお嬢さま育ちだし。

それに比べたら、アタシはてんでだめだ。

飛ぶのも助走をつけないといけないし、妖術も上手くない。この調子だと占いも出来ないだろうっておかあさんにやらせてもらえない。


そんなの、わかんないのに。


アタシ達の代に、娘はねねとアタシと、あともう一人しかいないのも、比べられて嫌な所だ。

もう一人の娘のゆづきは、人一倍頭が良い娘で、器量も良くって、将来は医者になるらしい。きっと、アタシ達の中で一番最初に姉さんになるのはゆづきだろう。


「……ん?」

ちらりと影が見えた。羽根の無い、人のような形の影。冬馬さん姉さんのような花型屋敷はまだ先だから、きっとどこかの人間だ。

確かめようにも、流石にからす天狗の姿のままじゃ声をかけることも出来ない。

もう少し追ってから、花型屋敷で着替えよう。


あまり木のない場所まで追いかけて、やっと相手の全身が見えた。

緑のかっちりとしたスーツのようなものに身を包んだ青年。同族の気配は無い。


人間だ。


見失わないように式をつけて、なるべく急いで花型屋敷へ向かった。


「ごめんください、聖さん姉さん!」

「りん?どないしはったん、そんな急いで……」

「いいから!着替えだけさせて!」

「お、おぉ、ええけど。ちょっと待っといてぇな」

ちょっとの間もすごく長く感じる。早く、早くしないと!

「おまたせ、りん。着替え、用意したったで、はよ着替え」

「うん、ありがと聖さん姉さん!」


聖さん姉さんが用意してくれたのは、人里の学生のような服だった。白シャツに長ズボン、帽子まで用意してくれたらしい。手早く着替えて、もう一度空へ飛び出す

「そんじゃ、気ぃつけてな!」

「うん!行ってきます、聖さん姉さん!」


人間につけた式の近くまで全力で飛んで、近くの大きな木で羽根を隠す。


「おぉい、そこの兄さん!」

「あぁ?……なんだ、どこから聞こえやがった?」

アタシがどこにいるのか気がついて無いみたいだ。このまま話しても良いけど、抜かれた西洋の剣で切られたら大変だし、しょうがないから木から降りてやることにした。


「ここだよ、兄さん」


乗っていた木の枝から飛び降りると、思ったより高さがあって、少しひやっとする。まあ、このくらい、からす天狗にいけない高さじゃ無い。足から地面に着くように調整してあるし、大丈夫。

「っ、おい!」


もう少しで地面に降り立てる、というときに、いつも少しだけ目を瞑ってしまう。今回も同じだったのに、何時まで経っても足に衝撃が伝わらない。いつもそう対したものでもないが、全く無いのは初めてだ。

そっと目を開くと、目の前にあの男の顔があった。随分整った顔をしている。

「お前、何やってんだ!!死ぬ気か!?」

「はぁ?このくらいの高さで死ぬわけ……」

「死ぬんだよ、馬鹿野郎!」

「……っ、死なねぇよ!てか降ろせ、離せ!」


男の腕の中で暴れて、なんとか抜け出す。

「というか、お前はどうしてこんな山の中にいんだよ」

「こっちの台詞だ、それは。兄さん、こんな山の中にいるのは兄さんも一緒だよ?」

「俺はいんだよ、大人だからな。でも、てめぇみたいな餓鬼は危ねェだろ、こんなとこ」


なんだ、こいつ。失礼だな。アタシ、もう十五なのに餓鬼って言い切っちゃって。

「そんなら、兄さん、年いくつなの」

「二十二だが?」

ぐぬ、年上。とはいえ、哨戒の兄さん天狗達も最低年齢がその位だし。


「兄さん、名前は?何やってる人なの?」

年の近い男に、だんだん興味が出てきた。男も、多少面倒そうな素振りを見せながら答えてくれる。

「見てわかるだろうが、軍人だよ。んで、俺の名前か?健太郎。お前は、いくつで、何をやってて、名前はなんだ」

「りん。年は十五で、今は……」

どうしよう。何やってるって言おう?まさか馬鹿正直に、哨戒中のからす天狗だって言えるわけも無いし……。


『りん、もし人に何をしているか聞かれた時は……』


「からす天狗を、探してたんだ」


『からす天狗を探していると言え』


さあ、どうだ。兄さんにこう言えと言われたけど、きちんと効果はあるのか?

「からす天狗ぅ?ンなもんがいるわけねぇだろ、餓鬼か」


お前の目の前にいるだろ、からす天狗。今すぐからす天狗の象徴たる真っ黒な烏の羽根を広げてやろうか?


「お前が言うには、十五は餓鬼、なんでしょ」

「それはお前……りんが、十五の男にしては痩せてるし、ちいせぇから、十くらいかと思ってたんだよ」

「いや、ちょっと待て!」


男!?流石に失礼すぎる!確かにアタシ、胸は無いけど、髪もうんと短いけど、背もねね達よりかは頭ひとつ分くらい高いけど!


……いや、別に良いか。アタシのことを男だって思うなら、そのまま勘違いをしておけば良い。アタシが女で、しかもからす天狗だって知ったときに、どんな顔するのか楽しみだ。


「流石に失礼、健太郎。背が低い奴もいるだろ」

「悪かったよ、りん。それで、からす天狗は見つかったのか?」

「まだ。て言うか、結局、健太郎はなにしにここ来たの」

「俺は、ちょっくらサボりに来たんだよ。いい加減仕事が嫌になってな」

「サボりぃ?早く戻りなよ、ついてってあげようか?」

健太郎は顔を顰めて、ごろんと寝転がった。

そんなに戻りたくないのか、仕事したく無いのか。信じられない。

軍人なんて、なにやっているのか知らないけど、なんの仕事にしろ大切なことには変わりない。

帰ったら、兄さん達に軍人は何をやっているのか聞こう。

健太郎がそんなにやりたがらない仕事って何なんだろうな。

「そろそろ帰る。健太郎はまだサボるの?」

「お前が帰るんなら戻るよ」

「なんだお前」


欠伸をしながら気だるげに立ち上がった健太郎と並んで麓まで降りる。

並んで歩いていると、本当に健太郎は背が高い。流石男だ。

とりとめのない会話が、何でか楽しかった。別に話が合うわけでもなく、会話が盛り上がるわけでもないのに、どうしてだろうか。


「そんじゃ、ここからは一人で帰るよ。ばいばい」

「そんじゃあな、りん。またサボりたくなったら来るわ」

「好きにしたら?言っとくけど、何時でもいるわけじゃ無いからね」

「おー、会えたらラッキー、くらいだな」

「……何、らっきぃって」

「知らねぇの?あー、幸運ってこった。外国語だよ。俺より若いのに、知らねぇのか」

「知らなかった。健太郎は、物知りなんだね」

「そんなでもねぇよ。そんじゃ」

「うん、ばいばい」


健太郎と別れて、彼が山から出たのを確認してから聖さん姉さんの屋敷に戻った。

「聖さん姉さん、こんにちは」

「おう、りん。何や、解決したんか?何があったか、聞かせてくれるんやろな」

「うん。あ、でも、詳しいこと話すの、兄さん達が先でいい?哨戒中に人間に会ったの」

「あぁ、成る程。だから、あんな大急ぎでうちに来たんやな?」

「そう」


服を着替えて返し、哨戒に戻った。

日が暮れるまで麓を飛び回り、暗くなってから哨戒天狗の本部へ戻る。


「りん、ただいま戻りました!兄さん、報告があるんだけど、いい?」

「お疲れ、りん。なんの報告だ?」

「人間と会ったの。軍人だって言ってた」

健太郎の事を、名前は伏せて兄さん達に伝える。

ついでに、軍人とは何をする人なのかを聞いてみた。

どうやら、軍人とは、外国との戦争をしたりする人、らしい。何もそれだけやっているわけではなく、国の管理に一躍買っているらしいが。


「りん。その軍人が来たら、お前が相手をしてやれよ。俺たちには出来ないから」

「うん、分かった。出来る限り、やっとく」

「よく言った!頼むぞ、りん」

兄さんにぐしゃっと頭を撫でられる。アタシの好きな撫で方だ。


「それじゃ、アタシ、帰るね。おかあさん、あんまり遅くなると怒るから」

「おう、気を付けてな」

アタシ達の屋敷は山の上の方にあるから、急がないとご飯が食べられなくなってしまう。


「ただいま!」

「おかえり、りん。ちょうど良いところに帰ってきたね。もうすぐご飯だよ」

「今日のご飯担当って誰?」

「愛梨。西洋の料理を作ったんだって」

「西洋の料理かぁ。愛梨さん姉さんなら美味しいの作ってくれたんだろうな」


手を洗ってから食堂に顔を出すと、おかあさんと、姉さん達が揃っていた。勿論、いたのはさっき会った優香さん姉さんと、まだ準備中であろう愛梨さん姉さん以外の姉さんだけど。

空いてる席につくと、愛梨さん姉さんがお盆を持って台所から出てきた。


「お、りん。おかえり〜。今日は、はんばぁぐとやらを作ってみたよ」

「きいたこと無い料理だね。どんなの?」

「ひき肉を固めて、焼いたやつだよ。意外と美味しいんだ〜」

目の前に置かれた皿の上に、茶色の塊がのっている。多分、これがはんばぁぐ。

みんな普通に食べているし、きっと美味しいんだろう。

「い、ただきます」一口食べてみると、意外と肉っぽくて美味しい。黙々と食べ進めていった。


「美味しかったです、愛梨さん姉さん」

「良かった〜。りん、今日もお疲れ様。ゆっくり休んでね〜」

「うん、ありがとう、愛梨さん姉さん。おかあさん、アタシ、風呂入ったらすぐ寝るね」

「わかりました。すぐに用意しますから、ゆっくりしてなさい」


アタシの部屋は三人部屋で、二段ベッドがふたつ置いてある。アタシのベッドは上の段だ。

布団を敷く必要が無くて楽なのは良いけど、整え無くても良いちゃいけないのは布団と同じ。結局何であろうと面倒くさい。

「ふぁ……ちょっと寝よう、風呂で寝たら大変だし……」







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