寧々と琳

揺満雪花/Reun

第1話 ねね

「りん、おはようございます」

「おはようございます、ねね。今日、ねねは買い物?」

「うん。りんは哨戒?」

「うん。まだ涼しくて良かった」

「そうだね。さっきおかあさんも言ってた」

「うちのおかあさん、昼から雨が振るって言ってた。気を付けてね」


からす天狗は集団で暮らす。十五歳になった娘は『おかあさん』『お姉さん』、男は『おとうさん』『お兄さん』が出来るのだ。

りんと手を振って別れて、山の麓に降りる。麓のからす天狗の家で、人里に降りる準備をするのだ。


「おはようございます、冬馬さん姉さん。よろしくお願いします」

「ねねちゃん、いらっしゃい。ひとりで買い物かしら?」

「はい。今日は私一人です」

「そっか。それじゃ、奥で着替えてきて頂戴」

「ありがとうございます」

奥の座敷には、誰もいなかった。ちょうどいい。誰か来る前に着替えてしまおう。


おかあさんに持たされたすみれ色の着物、モダンなれえすのあしらわれた羽織。おかあさんは、髪の毛も綺麗にしていくよう言っていた。


腰まで伸びた髪をふたつに束ねて、リボンをつける。これでいいだろう。鏡を覗いてみて、なかなかいい感じにできていると思った。羽根も隠して、これで良いはず。

「行ってきます、冬馬さん姉さん」

「行ってらっしゃい、ねねちゃん。忘れ物はない?」

「無いはずです」

それなら良いけれど、と微笑む冬馬さん姉さんに見送られて人里に向かった。


足場が悪い中、何度か転びそうになったけど、なんとか無事にたどり着いた。

「えーっと、姉さん達に頼まれてたのは……」

確か、お菓子とお肉とお魚、お砂糖とお塩、胡椒もいるな。あとは、大量に反物を買ってくるんだっけ。姉さん、仕事なのはわかるけど、こんなに頼む事無いのに。


「まずは、っと」

お塩屋さんに胡椒も置いてあるのは知っているし、お菓子屋さんにお砂糖が置いてあるのも知ってる。お肉とお魚は別々のところにあるし、反物は呉服屋さんに行けばあるかな。

とりあえずお肉とかお魚とかの食べ物系は後にして、他のものを買いに行こう。


「すみません、お塩と胡椒をいただけますか?」

「はい、どのくらいいりますか?」

持ってきた袋を差し出し、それぞれ袋いっぱいに入れてもらう。お塩と胡椒は量り売りらしく、重さを量ってお金を払った。


「ありがとうございます。あの、お菓子屋さんはどこにありますか?」

「お菓子屋さん、ですか。でしたら、通りをひとつ向こうに行った所に美味しいお菓子屋さんがありますよ」

あれ、そんな所にあったっけ。新しくできたのかな?いいや、行ってみよう。


「ごめんください、ここでお砂糖は買えますか?」

「えぇ、勿論。どのくらいご入用ですか?」

先程と同じように袋を差し出し、いっぱいに入れてもらう。その後、ここのオススメのお菓子を沢山買った。お団子に大福、お饅頭とか唐菓子、羊羹も練り切りも買ってしまった。

「これ、ちょっとくらいつまみ食いしても……って、だめだめ!」


次は反物。今、私達の屋敷にお姉さんは八人。私を入れて九人だけど。

あと、おかあさんとご飯を作ってくれる菜奈さんを合わせて十一人か。

反物はお姉さんとおかあさんの分を買わないと。私の分も買って良いらしいけど、正直かあさまにもらった反物をまだ仕立て終えて無いからいらないや。


「うーん、もうすぐ秋だし、秋っぽい反物のほうがいいかな?……あ、違う。冬だ。今から秋の買ってたら季節外れになっちゃう」

色々悩みつつ、冬物の反物を大量に購入。きっと、おかあさんやお姉さんによく似合う。帯と小物も沢山買った。


お肉とお魚を買う前に、しばらくいろんなお店を見て回る。あ、簪すてき。リボンも可愛い。綺麗な髪紐も、人里でしか見ることができない。


「よし、そろそろ買い物再開しないと」


先にお肉を買った。牛肉と豚肉。鶏は山のみんなで飼っているから大丈夫。

お魚も買う。海の魚があれば良かったけど、川魚しか無い。まあ、特に魚の指定もなかったし良いや。


全ての買い物が終わると、もう暗くなりかけていた。

「うわ、そろそろ帰らないと!」

山に帰るまでに、日もすっかり落ちてしまいそう。

着物だから走りにくい。でも頑張って走らなきゃ。でも転んだりして着物を汚したらおかあさんに怒られる。

「うー、寄り道しなきゃ良かった〜!……って、きゃー!」 


人が倒れている。


「だ、大丈夫ですか!?」

「……ぅ……ぁ、だいじょうぶ、で……」

倒れていた男の人に近づくと、足から血がでている事が分かった。

「大丈夫じゃ無いですよね、血が出てます!」

とりあえず、血が出てるなら身体が冷えてるはず。身体を温めてあげないと、死んでしまうかも知れない!あ、その前に止血?止血が先か!

「お兄様、何か布はお持ちで無いですか?」

「そ、この袋に……」

「わかりました、使わせていただきますね!」


男の人の腰につけられた袋の中からいい感じの布を見つけ出し、ぎゅっと血のでている部分を縛る。

「ぅ、」

「ごめんなさい、少し待っていて!」

流石に薬は持っていない。近くに冬馬さん姉さんの家があるから、薬と何か食べ物でも貰ってこよう。


「と、冬馬さん姉さん!人、倒れてて!く、薬!薬下さい!」

「あら、ねねちゃん。大丈夫?薬、欲しいの?良いわよ、少し待っていて」

冬馬さん姉さんが薬箱を持って戻ってきた。薬箱をひったくるようにして受け取る。

「ねねちゃん、これも持っていってあげて」

「は、発火瓶?」

「えぇ、ねねちゃんはまだ妖術を上手く使えないでしょう?だから、ね」

「あ、ありがとう冬馬さん姉さん!」

冬馬さん姉さんにお礼を言って、急いで元の場所に戻った。

「おまたせしました、薬を持ってきましたよ!」

布を剥がして、薬を塗っていく。

「これは……?」

「からすて……いや、うちの集落に伝わる薬です!今から、火も点けますね」

冬馬さん姉さんに貰った発火瓶を割って火を点ける。

「素晴らしいですね、痛みが消えました」

「!……良かったぁ」

安心した途端、ぐぅっとお腹の鳴る音がした。

タイミング的に私かと思ったけど、男の人がお腹を押さえて俯いていたので、多分彼だ。

「お腹、空いてますか?」

「実のことを言うと、かなり」

「やっぱり。何か作るので食べて下さい!」


とはいえ、あまり凝ったものは作れない。

「魚でも焼くか」

おかあさんには謝って許してもらうしかない。

魚の内臓を取って、そこら辺に生えている薬草を取ってまぶし、少しお塩を振って焼いた。

「どうぞ!美味しいはずです」

「ありがとう」

つい男の人が魚を食べるのをじっと見つめてしまう。美味しそうに食べてくれてる。嬉しいなぁ。普段、料理番をちゃんと頑張ってて良かった。


「美味しかったです、ごちそうさまでした」

「お粗末さまです!もう暗いですし、帰るのでしたら送っていきますよ?」

「いえ、こんな遅くにお嬢さんを連れていってしまうのは悪いので一人で帰りますよ」

え、一人で帰っちゃうの?……ん?

「そうですか?全然大丈夫なんですけど」

「いえいえ。そうだ、今度お礼をするのでまた会いましょう」

やった、また会えるんだ!……んん?

「わかりました!あ、私、ねねって言います」

「ねねさん、ですか。良いお名前ですね。僕は翔大と言います。よろしくお願いします、ねねさん」

わ、なんかドキドキする。何でだろう。

「それじゃあ、また今度、ですね、ねねさん」

「はい、また今度、翔大さん!」

翔大さんと別れ、暫くぼうっと彼の去った方向を見つめる。

「あ、帰らないと!おかあさんに怒られる!!」

もう見回しても人がいないし、飛んで行ってしまおう。隠していた羽根を出し、屋敷まで急いで飛んで帰った。

「た、ただいま帰りました!」

「ねね」

お、おかあさん、とっても怖い……!でも、帰るの遅くなった私が悪いんだよね。

「おかえりなさい、ねね。ご飯はもう食べましたか?」

あれ?おかあさん、怒ってない?

「いえ、まだです……」

「そう。なら、食べていらっしゃい。菜奈さんが食事を作って待っていてくれているから」

菜奈さん……!

「はい、ありがとうございます、おかあさん!」

「お礼なら菜奈さんにお言いなさい」

「はい!」


食堂へ向かうと、菜奈さんが待っていた。

「菜奈さん!ごめんなさい、遅くなっちゃった」

「ねねちゃん。おかえりなさい。あら、服は着替えてこなかったの?」

「あ、忘れてた!明日、冬馬さん姉さんの所に行ってこないと……」

「ふふ、そうね。まあ、今はご飯を食べましょう、ね?」

「はい、いただきます!」

ほかほかの白米、お味噌汁、卵焼き。なんだか朝ごはんみたい。菜奈さんのごはん、やっぱり美味しいなあ。


「ごちそうさまでした!」

「うふふ、お粗末様でした」

「菜奈さん、私、おかあさんに話があるから洗い物は任せても良い?」

「ええ、勿論よ。いってらっしゃいな」

「うん!」


自分の部屋で着替えてから、おかあさんの部屋に話をしに行く。

からす天狗の装束をきちんと着て、おかあさんの部屋の襖をノックした。

「おかあさん、ねねです。入ってもいいですか?」

「どうぞ」

「失礼します」

うぅ、おかあさんの部屋って緊張する。でも、ちゃんと言わないと!

「おかあさん、私、妖術を習いたいです!」

「妖術?ねねが?……どうして、妖術を習いたいと思ったの?」

「えっと、私、歯痒くて……」


きちんと妖術が使えたら、翔大さんをもっと早く助けられたかも知れない。火も早く点けれて、怪我の手当も早く出来て、もっと、もっと安全に彼を返せたかも知れない。そう考えると、上手く妖術を扱えない私がとても歯痒く思えてしまう。


「わかりました。では、明日から茉莉花の所で妖術を学んでいらっしゃい」

「茉莉花さん姉さんの所!?い、良いのかな……」

茉莉花さん姉さんはこの山一番の妖術の使い手だ。そんな茉莉花さん姉さんの所に妖術を習いに行くのは、少し気が引ける。


「良いのよ、茉莉花が言っているのだから、安心して習いに行きなさい」

「はい、ありがとうございます。それじゃ、失礼します」

自分の部屋に戻ると、きちんと布団が敷いてあった。 

「……姉さん?」

きっと、姉さんの誰かが敷いてくれたんだろう。ありがたい。

「お風呂、入らないと」

いつもなら行水でも良いけれど、今は暖かいお風呂に入りたい。


「はぁ、気持ちよかった」

髪を乾かすこともできずに、布団に倒れ込む。いつも、髪を乾かすのは誰かにやってもらっていた。実家にいた頃はかあさまに、今は姉さん達にやってもらっているから。


「そういえば、雨、降らなかったなぁ」

りんの所のおかあさんも予報を外す事があるんだな。大人も完璧じゃない、初めて知った。

明日から頑張るためにも、もう寝よう。


次はいつ、翔大さんに会えるだろうか。

















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