第二十七話 「傷裂弩・特急」
僕は、学校で人気があるヤンキー三人組を守って、友達になる。
「アァァァァァ!」
なのに今、緑の柄の能力で地面から生えた茨に身動き取れないよう全身縛られ、地面で横になってしまっている。上半身中に茨のトゲが刺さっているが、特に地面に面した背中側が自らの体重でブスリブスリ刺さり、動こうにも熱い激痛が走りそうだった。それゆえ、叫んでしまうのも無理はない。
さらに、痛みと共に濡れた感触があった。透明な冷や汗が顔のみならず全身から出ているのか。それとも、透明じゃない体液が、例えば赤いのが出ているのか。どちらにせよ着こんだ制服のブレザーやワイシャツに染みており、気持ち悪い感触だ。ただでさえ緑の柄が飛び込んできた後、その気絶から覚めたばかりなのに。
酸素が足りないのか頭が軽くなり、クラクラしてきた。今立てば、右や左にバランスを崩してまた倒れるだろう。
まずい。
頭が働かなくなる前に。
緑の柄を掴んでいるこの森を止めなければ。
この森は一体、何を「想像」しているのか。
気絶した際、緑の柄は昔や昨日、森で起きた映像を見せてきた。「この森は、ヤンキー三人組に忘れ去られて悲しんでいる」ということを伝えるためのようだった。
しかしもし、他に伝えたいことがあったとするならば。
その時の緑の柄には緑色のノコギリ状の刀身ができており、茨っぽい印象が見受けられた。「この映像で、刀身ができたんだ」と言っているようだった。
そうか。
森がしていた想像は、彼らに二度と忘れられたくない、ということなのではないだろうか。
茨で拘束しているのも、二度と離れないようにすることで忘れさせないため、というのならつじつまが合う。
なぜ僕まで縛られているのかという疑問については、昨日小野が一人で森に来た時点で拘束できたはずなのに敢えて拘束しなかったことから、友達と一緒のところを拘束するという、森なりの優しさがあったのだろう。それで僕も友達と勘違いされ、縛られたのだ。それも赤の柄を使って抵抗するので、手厚く、痛く。
けど、あんまりだ。想像は幸せを実感するためのはずなのに、これでは森は自らの悲壮を認めているじゃないか。
夜の色生神社で戦った、黒の柄による想像の暴走、もとい使用者の分身もそうだった。
しかし、彼の場合は救うことができず、そのまま消えてしまった。
もうそんな悲しいことは、二度も起こさせない。
想像は、幸せを実感するためにあるのだから。
胸の内で覚悟を決め、森を説得する準備ができた。口を開こうとしたその時、
「んんん!?」
無理やり口に何かを加えさせられた。縄状のそれはトゲが生えているのか、口の左右をブスブス刺してくる。
この青臭い臭い。
茨だ。
噛み千切ろうにもトゲが歯茎や舌に刺さり、口が真っ赤になるのは目に見える。
誰かに切ってもらわないと。
青海さんやそのお父さんを呼べない今、茨を切れそうなのは、他にこの場にいる三人のうちおそらく片方の二の腕を茨に縛られたマッチョ、小野のみだろう。
他の二人はどうかというと、呉尾は片足が茨に縛られて気絶。片腕を縛られている楊木はハリーポッター似イケメンと言われる通りほっそりしており、はたして茨を千切れるのかどうかなくらい、疲弊している。いつの間にか地面にしゃがみ、うとうとしている様子から、もしかしたら意識がもうろうとしているのかもしれない。
「んん! ウゥゥゥ!」
とにかく小野だけを必死に見つめ、声を上げた。
友達じゃないから無視されるかもとか、本当は守るはずだったのにとか、考えている暇はない。
今は助けを求めるのが何よりも重要だ。
さあ、小野は応えてくれるのか。
「ッチ、分かった!」
縛られた方の上腕二頭筋を抑えながら、こちらの頭へ近づいてきた。そして
「目をつぶって口を開けて!」
その通りにすると、
ブチッ ビギビギ ブチッ
青臭い臭いはより一層強く、鼻を刺してきた
「目開けて!」
鼻のすぐ先に、小野の顔があった。直ぐに、お礼を言おうとしたら
「いま体の方もやるからな」
今度は右手のところに回り、そのまま茨を両手で持つ。
強すぎる。
どんなに深く、手のひらや指にトゲが刺さろうとも、苦虫噛んだような顔して痛みに堪えつつ両手で引きちぎってゆくのだ。
「右手に……持ってるそれって……なんだ?」
途切れ途切れになりつつも、小野が刀身のない赤の柄について聞いてきた。もう千切り終わったようだ。
「これは、赤の柄。 刀身から剣が生えるんだよ。 あとはこれで切るね」
刀身に赤く光る小刀を精製すると、体に巻き付いた茨を切っていった。
ブチッ、またブチッと。
そして今度は小野の上腕二頭筋に絡みついた茨も切る。その最中、こんなことを聞いてみた。
「ねえ、何で僕のこと、助けてくれたの?」
「それは、俺らよりもエグイくらい縛られてもなお、助けを求めたからだろ」
「でも、こんな鋭いトゲの茨を千切るなんて……さっきまでは切れなかったみたいなのに」
「力が湧いたんだよ。 その、お前も頑張っているのに、俺は諦めちゃってる感じがして、頑張らないとってなれたからさ」
そうだったのか、ヤンキー小野。学校の人気者なだけあって、他人のために頑張れる心の持ち主のようだった。
すると、小野の後ろから茨が飛ぶように伸びてきた。
すかさず小野の後ろへ回って刀身を伸ばし、赤い斬撃で切り落とす。危なかった。もう少し遅かったら小野が貫かれていただろう。
なんだか恐ろしいことが起きそうな気がしてきた。
いや、起きた。
いつの間にか僕らの前方にまた緑の柄が刺さっており、そこから五本も十本も茨を飛ばしてきた。
すかさず小野と、倒れている呉尾、もう意識がなくなりそうな楊木の前に立ち、
「
全て飛ぶ斬撃で切り、三人に到達するのを防ぐ。
しかし、一部は切れなかったのか僕の体へ刺さった。中の臓物へ到達する数センチのところでそれらも切り落とすが、こちらへ向かう茨の量に対してスピードが追い付かない。このまま続ければ体への負担が早く蓄積されてしまう。
こんな修羅場、初めてだ。
しかし、青海さんは切り抜けているのだろう。その証拠に今も生きて、柄の回収をしている。
柄を使っている先輩である青海さんなら、どう速くなって切り抜けるのだろうか。
青海さんが速くなる時というのは、高速技「蛇高速伊豆」を発動している時。レーシングカーや、ターコイズの特急電車をイメージして繰り出すらしい。対して僕の高速技「駆蓮奈行」は、なんとなく漫画の残像や高速移動のエフェクトなど、青海さんのそれより抽象的なものをイメージして繰り出している。
青の柄を持つ青海さんがターコイズの特急電車を想像したように、具体的に、それも柄の色に合った物をイメージすれば……
今日見た高速なもの、それも特に赤いものといえば、朝、青海さんの前で「僕は変われる」と宣言した時に後ろを通った赤い特急電車だ。
ドン!
赤の柄より、金属同士の連結する音が響く。これを合図に、茨の束が若干狼狽えたように見えた。
柄から、赤い特急列車のガタンゴトンが鳴り響き、鼓動が腕に、肩に伝わってくる。
剣がより濃く光をまとい、振動に合わせて揺らぐのが見えると、こう叫んだ。
「
瞬間、金属すれて火花散る轟音と共に、腕の動きが幾分も素早くなった。
迫ってくる茨は面白いように切り落とされてゆく
かつて茨が押していたはずが、今は互角くらいだ。
とはいえ、このまま続けていればキリがないうえ、高速で動くことでさっきほどではなくても体力が消耗されて行ってしまう。今も喉がヒリヒリ乾燥し、髪の生え際から汗が何滴も垂れてきているのだ。
もう、森を説得するなら今しかない。
「ねえ! 小野達に忘れられたのが悲しかったんだよね!」
「おい誰に話してんの?」
「森だよ! 茨は森が出してるみたいなんだ! それも、小野達に忘れられたのが悲しかったから! 何を言っているのか分からないと思うけど、あそこに刺さった緑の柄がさっき頭にぶつかってきたときに、そう伝えてきたんだ!」
相変わらず、茨の猛攻は収まらない。
「思い出して小野! 君はここを通ったことがあったんだ!」
それでも小野は、何の声も出さない。ピンと来ないみたいだ
「小学生の頃の通学路を覚えていないの!?」
「通学路……はっ!」
小野は何かひらめき、いきなり変な声を上げた。
「確かに、俺はこの森を通った!」
「ねえ森! 聞こえたでしょ! 小野はちゃんと思い出した! もう忘れられただなんて悲しい想像をする必要はないんだ! だからこんなことは、もうやめて!」
次第に、茨が新たに飛んで来なくなり、茨の量がまちまちになっていった。
思い出してくれて、本当に嬉しかったみたいだ。
やがて最後の一本を切ると、猛攻が終わりあまりに安心したのか、お互い安堵の息を一気に吐き、肩の力が抜けた。
「何が起きたのかよく分かんないけど、ありがと……ええと」
「赤山 盾」
「赤山君、よろしく。 俺の名前は、もう知ってるんでしょ? さっきも苗字言ってたし」
そういうと、小野はくたくたになりつつも右手を差しだしてくれた。僕を救出するがために茨を引きちぎっていたせいで、いくつもの細長い切り傷やささくれができ、ボロボロになっていた。
「よろしく小野くん」
小野くんの手を傷ませないよう、優しく自分の手を重ね、ゆっくり握り込もうとする。
しかし、躊躇ってしまう。得体の知れない恐怖が、今僕の後ろにまとわりついてきたのだ。
今ここで握っていいのか。気持ち悪がられないだろうか。
いや、ここで握らなきゃ、変われない。
小野くんの手へ自分の手を馴染ませるたび、心から金属が砕け崩れる音が、それも妙に甲高く響いてきた。
これは、学校にいる間中感じていた僕の牢屋が、粉々に壊れてゆく音なのか。
今朝からとった、「物理的に友達になりたい人と自分から距離を詰める」という新たな手段。
振り返ればこれも、中学の時と同じように他人に避けられる原因になる奇行、自分の言葉で言うなら「本能」にも似ているが、決定的に違うところが二つある。
一つは、「彼らを守ることで友達になる」という、他人のためにもなるしっかりした目的で遂行した、というところ。
もう一つは、遂行した末に本当に守れたことで、中学の時と違って引かれることなく、友達になることにつながった、というところ。
赤の柄と共に自分が挑戦したから、今確かに、友達ができた。
そう思うと、心が温かく、鼻先や目頭がジンジン重くなってきた。
「何泣いてんの?」
「だって、友達ができたから……」
「そんな友達いなかったのか。 じゃあ、よかったじゃん!」
小野くんは、僕が変われたことを笑って喜んでくれた。そして僕も、そんな彼に出会い、しっかり変われて胸が一杯だった。
さて、緑の柄を探そうと刺さっていたところを見たその時。
緑の柄が消えていた。
きっと茨が飛んで来なくなったタイミングで、飛ぶ斬撃がうっかり当たってしまい、どこかへ行ったのだろう。本当は青海さんのためにも探して回収するべきなのだろうが、もう傷だらけでヘトヘトなのでそこらへんを考えるのはやめた。
その後、呉尾くんと楊木くんを何とか起こし、彼らが寝ていた間の事を小野くんが感心した様子で話してくれると、楊木くんとは僕が、呉尾くんとは小野くんが肩を組んで歩き、森を出た。
「ところで二人の傷とか怪我、どうする? こんな暗くなっちゃったから校舎は閉まってるだろうし」
楊木くんがごもっともなことを聞いてきた。
「確かに……特に赤山は赤い剣振り回して俺らのために体張ってくれたから、ボロボロだ。 俺の筋肉が面目ないな」
「かといって救急搬送ってわけじゃないし……そうだ! 交番いこう!」
こうして呉尾くんのポンコツだが一理ある案により、駅前の交番で応急処置してもらうことにした。
しかし、茨によって縛られたなんておかしな事情を話すわけにはいかないため、「茨の草むらへ派手に転んだ」と口裏合わせをした上で、その日はおまわりさんのお世話になった。
口裏合わせに参加できたのが友達になれたことを実感できた故、おまわりさんに消毒液をつけてもらう間も嬉しく、ワクワクが止まらなかった。
助けてもらうこともあったが。
いや、必死に声を上げて助けてもらえたからこそ、今日の僕は変わり、茨の悲しい想像を断ち切ってこの地を守れたのだった。
ところでこの時、僕は気づいていなかったが、緑の柄との戦闘の一部始終を誰かが見ていたようだ。
「あの赤山の話しぶり……この柄は、土地が使うこともできるのか」
木のてっぺんに立ってそう呟く、タキシードの男。ストレートで長い黒髪は、横からの風に吹かれ、たなびく。さらに、後ろから差す月光で、彼の陰影はより濃く、黒くなっていた。
「昔の野望、成せるかもしれないな」
その手には、とある柄が握りしめられていた。
柄尻にあしらわれた金のレリーフに刻まれた字は「黒」。
見ていたのは、黒の柄の使用者だったのだ。
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