矛子と赤の柄

第二十八話 「兄さんは、私が守る」

 学校裏の森にて、暗くなるまで緑の柄が出す茨と戦った末に学校の人気者ヤンキー三人組と仲良くなり、その傷を交番で応急処置してもらったまでは良かった。


 しかし、三人組は腕や足などを局所的に怪我しており、そこだけに包帯や絆創膏を貼っていたのに対し、僕はへそより上から鼻の下まで、包帯や大判の絆創膏だらけになった。それもそのはず。茨によって上半身が細い引っ掻き傷で埋め尽くされ、顔にも左右へ口が割けるように細い傷が何本もつけられたからだ。


 こんな怪我なので、着ていたワイシャツやブレザーは浸されたように赤く染まっていた。そのうえ、トゲによって穴だらけだ。家に入った時点で色々心配されるだろう。前に黒の柄による想像の暴走との戦いによりネクタイが切られた際、せっかく親にバレて面倒にならないようお小遣いでネクタイを注文したが、その努力が水の泡になるみたいだ。


 もう着れたものではないため、今は脱いで手に持っているものの、ワイシャツはどこかに捨て、ブレザーは家に帰って補修すれば、怪我したことはバレても制服のことは親にバレないようにできそうだ。包帯や絆創膏は隠せず、面倒ごとになったとしても、せめて新しい制服を買ってもらう事による負担や、親に心配をかけてしまうことだけは避けたい。こんな自分を育ててくれたのだから。


 そんなことを考えつつ、交番の中のベンチで四人並んで座り、お巡りさんの次の対応を待っていると、小野くんが話しかけてきた。


「顔に絆創膏貼ることになる程だなんて……お前の口に巻き付いた茨を千切るのが下手だったばかりに、ごめん」


「いいよ。 あの時そうしてくれなければ、自分で食い千切ってもっとひどい傷作ってただろうし」


 僕が許しても、小野くんは責任を感じているようだった。するとちょうど、お巡りさんがクリップボード抱えて目の前にやってきた


「君たち、茨に転んだっていうのは本当?」


「はい、本当です」


 誰よりも早く、小野くんが答えた。


「他の三人も、間違いない?」


 僕と楊木くん、呉尾くんは黙って頷いた。


 その後、お巡りさんに転んだ場所や、警察が追加で聞きたいことがあったときのための連絡先を聞かれ


「それじゃあ、三人の間柄は?」


「友達です!」


 これは僕が、今度は遠慮なくイキイキとした声で答えた。僕は変われたことを、しっかり三人に確認したかったのだ。


 それに対し三人は、ゆっくり頷いてくれた。


 もし頷いてくれなかったら今の包帯ぐるぐる巻きな姿含め、文字通りイタい奴になるうえに、自分は変われていないことを証明するところだったので、ホッとした。


「それじゃあ、そんな怪我じゃあ帰るのもつらいだろうから、親御さんに連絡して、お迎え来てもらうけど、いい?」


 自分としては親にいろいろ負担をかけてしまい、申し訳ないのでやってほしくない、と思っていた矢先。


「ほんとお願いします!」


 返したのは呉尾くんだった。


 茨に全身縛られてもなお戦った僕と違い、片足を縛られたことで気絶してしまうほど痛みに弱いとはいえ、それについて返事をするのは待って欲しかった。


「うん。 小野に、えっと、赤山も怪我が酷いし、その方がいいと思う」


 頭のよさそうなハリーポッター似イケメン、楊木くんもそう言うのか。


「じゃお迎えお願いします」


 さすがに小野くんがそう言うなら、そうしよう。


 誰かの家族が来るまでの間、四人でいろいろ話した。やっているソシャゲのことや、そのガチャで爆死したか神引きしたかということなど、どれも他愛のないことだった。さらにはフレンド交換をして、マルチプレイなんかもやった。


 自分をぶち込んでいた牢屋を壊し、学校に通うことができ始めていたという現状に、この上なく嬉しかったのだ。


 しばらくした頃、一番最初にお迎えが来たのは、まさかの僕だった。


 そしてお迎えに来た人は


「盾、それ……どういう姿? 転んだだけでこうなるなんて、ちょ、ごめん笑っちゃうわ! プッキャハハハァ!」


 妹の矛子だった。グレーのホットパンツにスポーツ用の赤い半袖シャツを着た彼女にとって、言葉をとこどころ詰まらせて泣くほど可笑しかったようだ。


「赤山の姉、かわいい……」


 呉尾くん、心の声が漏れてるって。あと姉じゃなくて妹。確かに盾って呼んできたから姉っぽいけど。


「ほんとだ……」


 いや楊木くんまで。


「大腿四頭筋とヒラメ筋がこれでもかってくらい引き締まってる……」


 しかも小野くんまで、って人の妹の脚部をまじまじと見るもんじゃないよ。


「ほら盾、なんか言ってないで帰るよ」


「え、聞こえてたの!?」


「うん、全部口に出して言ってた」


 なるほど、妹の迎えにびっくりして意識が向きすぎて、心の漏れていたのだろう。


「え、妹なの?!」


「いや呉尾よりかは頭いいから!」


「だって君の妹のあの筋肉、美のために鍛えているように見えたんだ! むしろ言ってあげない方が失礼!」


 ツッコみに対する反論が一斉に帰ってきた。高校生らしいくだらない会話ができて、


「プッ、ッハハハ!」


 思わず笑いがこみ上げてきて、胸もポカポカした。さて、バカにしてくる妹に連れられて帰ろうとしたその時


「赤山、また明日な」


 小野くんが体育会系らしく声をかけてくれた。


「う、うん!」


 あの元気ハツラツな小野くんがたまらなくて、それに応えようと自分も大きく返した。


 交番を出ると、赤山家の赤いMINIの車が路肩にとまっていた。どうやら母さんが運転してくれたようだ。その日は三人との友情をかみしめて温かい気分になりつつ、車に揺られて家に帰った。


 ◇


 茨で怪我しただなんて、絶対嘘だ。私に気色悪いことを言ってきたあの三人と何かあったのだ。


 車に揺られて帰る間、盾の痛々しい応急処置や、包帯からはみ出る細かい傷、そして何より普段は無かったはずの笑顔を見るたび、そんな気がしてならなかった。


 どこかで聞いたことがある。いじめられている人は時に、そのことを家族に隠そうとし、普段より陽気にふるまうようになる、と。三人との関係について聞いても、嘘ついて隠し通すに違いない。


 真っ暗な夜の中で家に到着し、盾が自分の部屋に入るのを見つけると、ベルトを引き抜かれたスラックスが部屋から飛び出してきた。いつもスラックスなどの制服は外へ投げ出してから私服に着替えるこだわりがあるみたいなのだが、その日のスラックスは床に落ちるなり固く重い音を出した。


 もしや、中にスマホが入っており、そこに残されたメッセージ履歴などから盾が受けた傷について分かるかもしれない。それとも、ポッケに何か他のものが入っているのだろうか?


 思い付いたままに手を突っ込んでまさぐると、音の正体を掴んだ。


 取り出せば、それは赤い線がぐにゃぐにゃ入った変な金属の棒だった。そのサイズ感は、剣の柄ぐらいだろうか。一方の端には金色のプレートがついており、「赤」と書かれている。


 そしてもう一方の端には、刀身があったのだろうか。付け根から3cmのところまでで割れて無くなっていた。


 しかし、この鋭さ、そして残っている刀身の切れ味がよさそうな感じ。まさか、これで傷つけられたのか。いつの間にそんなひどいことされてたなんて。


 身の毛をゆらしながらスカートのポッケに入れたその時。


「おい矛子、スラックスがどうかしたのか?」


「いや、その、ケチャップのシミがついてるなぁって」


「ん? まさかスラックスにイタズラしたのか?」


 赤ジャージ姿に着替えた盾は怪しく私を見つめながらスラックスを拾い上げると、部屋に戻っていった。


 口の左右に貼ってある大判の絆創膏は相変わらず痛々しく、見慣れない。傷つけられたときの痛さが憂われる。現に初めて見たとき、あまりにも辛くて泣いてしまった。その時は自分のキャラを取り繕い、悲しんでいることを悟られないようになんとか誤魔化したが。


 変な金属の柄を盗んだことがばれないうちに自分の部屋に戻り、暗闇の中、握ったままベッドに潜り込むと、深い心の傷を落ち着かせた。


 この刀身があったはずの棒で盾も傷を負っただろう。二度と、盾に持たせてはいけない。


 これ以上あの時の盾から、遠ざかってほしくないから。


 私が三歳の頃。家族で神社の裏を流れる川へ遊びに行ったとき、溺れてしまった。川底に足がつかず、水面へ向こうにも息が吸えず、沈む中、金縛りにかかったようで恐ろしかった。


「矛子! もう大丈夫だよ!」


 助けてくれたのは小学生になったばかりの盾だった。その時の目は太陽みたいに輝いていて、カッコよかった。思ってみればあの時から、盾を慕うようになったのだろう。しかし前にこのことについて触れた際、盾はもうこのことを覚えていないみたいだった。


 それでもあの時、盾が居なければこの世にいない気がする。


 それに毎朝続けているイタズラも、最初の頃は


「うええ全身牛乳でぐっしょりだ……やったな矛子! よし、お兄ちゃんの水鉄砲を喰らえ!」


 お互い嬉しそうに喚き暴れたものだ。


 他にも盾に助けられたエピソードを数えだすとキリがないくらい、私は盾に助けられ、楽しく生きることができた。


 なのに盾が中学になって五月になった頃だろうか。


 目から生気が失せ、完全に真っ暗になっていた。盾曰く「友達いない」とか吐いており、最初は思春期や五月病だと思っていた。が、寂しくつまんなそうな感じが、見ていて辛く、だんだんそうだとは思えなくなってきた。


 そして極めつけに、こう言った。


「僕って、正しいことができていたのかな……」


 何があってそう言っていたのかは分からない。しかし、命を救ってもらい、いろんな思い出を作ってもらえた身として、そんなセリフを漏らすようになってしまったのは、辛かった。思春期や五月病などの一時の心の不安では片づけられないどころか、小学生の時と比べて人が変わってしまったと認めざるを得ないのだから。


 そこでせめて、小学生だった頃を思い出してもらえるよう、私ができる最大のこととして毎朝イタズラし、あの時のままのキャラを保った。


 思春期でちょっと気まずくなったり、逆に疲れたりすることもあったが、そんなの言い訳だと自分を叱り、続けた。


 そして友達がいない盾のために、本当は兄さん呼びしたかったものの、友達っぽく「盾」と呼び捨てにすることにした。


 できることなら、私はあの時の盾を取り戻したい。しかし、なんとなく叶わない気がする。それでもせめて、あの時からもう離れてほしくない。


 だから、この柄は絶対に渡さず、明日にでもあの三人組に問い詰める。


 兄さんは、私が守る。

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