第二十六話 「守るはずだったのに」
緑の柄の暴走によるものなのか、赤の柄を持つ僕の右手に巻き付いてきた緑の茨。そのトゲはえげつない痛みを与えてきたが、そんなのに負けるまいと、茨を一気に手繰り寄せた。
あまりにも勢いが良すぎたのか、茨につながった緑の柄が僕の眉間に向かって飛び込み
キィィィン
ぶつかるや否や、大抵は仏壇に置かれている金色のおりんのような、高く清い金属音を響かせてきた。
なんだか、脳がいやにムズムズする。瞼も沈むように閉じていって、脚の力も抜けていって……
あれ、右手が冷えず、ヒリヒリしない。いつも通り、温かい。
目を開けて立ち上がると、そこは真っ暗な空間だった。地面は森と違って腐葉土のフカフカさなどなく、普通に立てるくらいにはツルツルしていて平らだった。
ギシャアァン!
鈍く低い音が後ろから響き、緑の混じった白い光が後ろから差してきた。
背後を振り返ると、緑色のノコギリの刀身で、緑の柄が地面に刺さっていた。ノコギリといっても目が粗く、太い茨がそのまま刀身になった印象だ。
「イノシシとかのジビエ肉、一度は食べてみたいなぁ」
今は茨に縛られて悶えるはずの小野の声と共に、緑の柄の後ろに映像が浮かび上がり始めた。
スラックスに半袖ワイシャツの小野が映る。日がある夕方に、一人で森の中を散策していた。
「最近この森でイノシシの目撃情報があるらしいし。それ食ったら俺の筋肉がどうなるかも気になるし」
まだ彼が友達を連れて森に入り、茨に苦しめられる前のようだった。彼は昨日に森へ立ち入ったと、放課後に話していたため、これは昨日の様子だ。
すると、彼はあるものを見つけた。
「お?」
それは、土に深く刺さる緑の柄だった。
「いったいどんな罠なんだ?」
脳みそまで筋肉なタイプのマッチョ故に、力ごなしに柄を引っ張り上げようとする。すると、妙な刀身がズブッと地面盛り上げて出てきた。
「へえ、土の中に埋めるタイプの、光るトラばさみもあるのか」
刀身は緑色に光るトラばさみだった。掴む直前に小野が抱いた「罠」という想像に反応したのだろう。それを確認した小野は何事もなかったかのように地面に埋めなおす。
「にしても、学校の裏にあるこの森に来るの初めてだな。 俺の生物のクラスはなぜか森を全く使わないし。 さて、早いところ出るか」
色白マッチョがそう言うと、緑の柄から腐葉土をつぶすように歩き去って行った。彼がいなくなってしばらくした頃、地面の隙間から緑色の光が漏れ出し始めた。
さっきの罠と同じような光の色だが、光の強さはもちろん、規模も違かった。柄から半径十メートルの地面が光っていたのだ。
柄が光るということ。僕が赤の柄から刀身を生成するときや、青海さんが青の柄で技を繰り出す時も光っていたが、これらは人が掴んでこそのものだ。しかし、地面から光が漏れたときはだれも掴んでいない。一体どういうことなのだろうか。
映像が切り替わり、今度は朝の、森の中が映り始めた。
「おい呉尾! もう六年生さいごの日だけど、七のだんをおぼえてるか、いってみてよ!」
「まかせとけ小野! いんいちがいち、いんにがに……」
「それは一のだんだよ!」
ランドセルを背負った三人の子供が、朝の森を通って学校に向かっていた。今日、卒業式なのだろう。この雰囲気、呉尾と小野と、残りの丸眼鏡はハリーポッターなイケメンこと楊木で間違いない。
小野はさっきこの森に来るのは初めてって言っていたのに、高校の裏の森を通学路の抜け道で使っていたのか。
小野、森のことを忘れていたのか。こんなの、森も悲しむじゃないか。
森が悲しむ……
昨日、小野が緑の柄から離れた後、誰にも掴まれていないのにひとりでに柄が光った。
のではなかったのか。
もしアニミズムとか九十九神とか、物に魂が宿るというのが本当なら。
「森」が緑の柄を掴んでいたのだ。
地面の光も、僕らを苦しめていたあの茨も、小野が起こした想像の暴走ではなく、森の想像によるものだったのか。
そういうことなのかと尋ねるつもりで、映像の手前で刺さっている緑の柄を見つめる。
刀身から放たれる光が一層強くなり、より白に近くなった。
そういうことのようだ。
直後、緑の柄にフラッシュ並みの、更に白く強い光を当てられた。あまりに眩しくて、瞼に力を込めて目をつぶった。
「うそだ……はや……でる……にげ……」
断片的に何かが聞こえてくる。なんだか、背中の様子がおかしい。フカフカしたものの上に寝ているみたいだ。この森のことだから、腐葉土だろうか。それに背骨や腕や胸、お腹も冷えているような感じでおかしい。
いや、冷えているんじゃない。ヒリヒリしているんだ。
「おい小野! あんな風にはなりたくない! 茨をどうにかできないの!」
「わかんねえよ楊木! 確かに速くここから出て逃げたほうがいいけど、縛られた上に痛いから逃げられねえ! 呉尾に至っては気絶しちまったから頼れねえし……せいぜい全身茨で縛られたあいつの頭で膝枕させに行けるくらいしか動けないからよぉ!」
ああ、僕は今、茨に包まれて、地面に寝てしまっているのか。気づいた瞬間、全身の筋肉や骨が細かい感覚で刺される激痛が走り始め、
「アァァァァァ!」
叫んでしまった。本当はヤンキー三人を守るはずだったのに、何しているんだ、僕。
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