第二十五話 「傷裂弩」

 十メートル先の地面に刺さった緑の柄によるものだろう。森の地面から緑に光る茨が生えると、ヤンキー三人組のうち、ポンコツ高身長の片足、ハリーポッター似イケメンの片腕、色白マッチョの上腕二頭筋に縛りついてしまった。その茨のとげも鋭いもので、赤黒いシミが靴や、黒ブレザーの袖から滲み出ているうえ、三人のうめき声が空気を切り裂いた。


 ただ様子を見ていると、もしや自分も、一歩でも近づいてしまったら茨に絡まれ、自らの血で濡れるのではないだろうかと思ってしまう。


 恐ろしい怪我を見せられた恐怖からか、右手が震えあがってきてしまった。


 しかし、ここで動けないでどうする。今ズボンのポッケにしまっている赤の柄を握らずして、いつ彼ら三人を守り、友達になるんだ。今日の朝からずっと、彼らと一緒に居ようとした時間が「無くても良かった」はずの時間になるんだぞ。


 ん?


「無くても良かった」?


 今日、彼らと一緒に居て、三人が自分を避けようとしていた行動が、まるでそう言うようだった。


 いや「お前がいない方がよかった」の方が正しいだろう。先ほどまでゲームの話でワイワイしていたのに、自分が後ろからついてきていることに気づくと、一気に黙り込み、自分を撒こうとしてきたのだから。


 そんなこと言うなよ。


「お前がいた方がよかった」って、思ってほしい。


「お前じゃないとダメだった」って、気づいてほしい。


 この瞬間、守るべき三人へ掛ける想いがはっきりした。これが「覚悟」というのだろう


 覚悟決まったついでにポッケから勢いよく右手が出ると、地面に生えた草が応えた。緑のそれが擦れてそよぐ音は、自分の覚悟の強さを象徴してくれる。


 陽が半分も地面に潜り、空が紫色になったこの森を照らすべく、柄からゆっくり赤い光が漏れると、光は白へ近づいていき、外へ放たれた。


 白に近く強い光から、また赤く弱い光に戻ったとき、西洋の赤い剣が出来上がっていた。


 さて、あの茨はどんな条件で生えてくるのか。まずはそれを明らかにする。

 というのも今日の放課後。緑の柄を地面に刺した張本人である色白マッチョ・小野の話を盗み聞くと「緑色の柄が変化してできたトラばさみを設置した」と言っていたのだが、今の緑の柄が、トラばさみから茨へ変化した理由が「想像の暴走」によるものなら、罠として作動するための起点や条件があるはずなのだ。それが分かれば緑の柄へ近づいて地面から引き抜いたり、小野ら三人を助け出すことにもつながるだろう。


 まずは試しに、手を近づける代わりに剣先を緑の柄へ向けてみる。しかし、茨は撒きつかない。


 今度は、ゴルフみたく剣を下から振り、地面に落ちていた枝を緑の柄へ飛ばすと、やっぱり茨は反応しない。


 剣先では反応しない。木から折れて地面に落ちていた枝でも反応しない。ならば、茨は動く生物を捕縛するのだろうか。しかし、よく見ると少し先ではミツバチが飛んでいた。動く生物を捕縛するわけではないのか。


 では、今も変わらずうめき声上げる三人と、ミツバチは何が違うのか考えてみるが、人間か、虫かという違いしか浮かばない。


 どんな条件なら、茨に捕縛されずに近づき、緑の柄を引き抜けるのだろうか。


 しばらくミツバチを見つめてみる。空中を右往左往しているうちに、緑の柄の柄尻に付けられた金のレリーフに止まった。


 そうか。そもそも近づく必要がない。ここから緑の柄に対し、地面から引き抜く勢いで衝撃をぶつければ、三人の茨も消えるのではないか。


 先日の夜、色生神社の川の裏にて。青海さんと共に、黒の柄による想像の暴走と遭遇した際、「環印零止ワインレッド」という技が使えていたことから、飛ぶ斬撃は放つことができる。


 ならば、捕縛することから切ることに特化した環印零止を放ち、地中に刺さっているであろう刀身を切り裂けば、緑の柄が地面から吹っ飛ぶだろう。

 そのイメージで、こう叫んだ。




傷裂弩スカーレット!」




 左右に広がる三日月形の赤い斬撃は、空中を飛び、目論見通り緑の柄がある地面へめり込む。


 金属同士がぶつかり、片方が折れる音がしたかと思えば、地面から緑の柄が吹っ飛んだ。


 刀身が折れた緑の柄は、そのまま地面に落ちた。


 のだったら話は早く終わったが、


 折れた先からうどん程の太さをした茨が生え、


「いったぁ!」


 右手の甲と掌にめり込んできた。トゲは血を飛ばしつつ、皮膚の下にある手の骨を削りにかかっているみたいだ。ポカポカした春のはずなのに、どんどん冷えてゆく右手によって失血する危険性を思い知らされる。生々しくなったであろう右手から必死に視線をそらすと、未だにうめく三人がそこにいた。


 罠は解除されなかったのか。


 このまま手の半分がもげるうえに、四人もろとも失血するのが先か。それとも緑の柄による想像の暴走を止め、自分が加わった四人組の友達になるのが先か。


 覚悟折れそうな現実になってしまった今、それでも僕は後者になりたい。いや、なれる。この柄で僕は変われるって、今日の朝に高らかに宣言できたのだから。


 心の内で自分を鼓舞すれば、肩、肘、腕に、膝、股関節、脚、持てる右側全てを使って、右手がさらに締め付けられてでも、茨の出どころである緑の柄を一気に手繰り寄せた。


 緑の柄。なぜ君が暴走しているのかは分からない。けど、これだけは譲れない。君の暴走から彼ら三人を守ることで、三人と友達になることだけは。


 だから、君が与える痛みにくじけるわけにはいかないんだ。

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