緑の柄との邂逅

第二十三話 「ヤンキーと友達になろう」

「僕は変われる。そしてこの地を守れる」


 赤凛々しい宣言と共に赤の柄を握りしめ、刀身として現れたアーサー王の剣を空に掲げた。

 後ろですれ違う、二本の赤い特急列車が通り過ぎたその時。


「あ、おうみっちぃ!」


 ギャルっぽい甘い声にびっくりし、慌てて脚の影に添わせる形で剣を隠す。

 声の出どころには、ギャルが何人もいた。八人ぐらいだろうか。髪の毛を銀や金、茶色に染め、髪の装飾はキラキラ、セーターはダボっとした様子だ。


「今、おうみっちって言ってた?」


「ええ。あたしの友達だわ」


 そうだったのか。

 特にアレンジなど施されていないセーラー服に、ロングで外ハネした清楚系黒髪の青海さんは、ギャルとつるみそうな印象などなかったので、意外だった。


「それじゃ赤山、悪いけどあたしには別の友達もいるから」


「僕は、友達じゃ」


「もちろん。あんたはあたしの友達。だけどその、なんて言うの? あたしの別の友達が、あんたと波長合わないかもしれないし。なんなら初めて会ったときは、あたしとあんたで最悪な感じだったでしょ。だから、友達作るなら自分で作った方が、良いと思うよ」


 こうして、柄を掴む前と同じ、独りぼっちでの登校となってしまった。だが今日は違う。宣言通り、この赤の柄で僕は変わるんだ。


 そういえば、高らかに宣言する前に青海さんが赤の柄を渡してくれた際、こんなことを言っていた。


「学校の皆も、この地に生きる人。友達として守るのなら、それはこの地を守ることにもつながるわ」


 逆に「守ることで友達になる」というのもアリではないだろうか。実際、土地神様によって作られた赤の柄などの色の柄は、使用者の想像を具現化することで、この色生市の人たちを守り、喜ばせ、幸せにするためのものだから。


 それならば、誰を守り、友達になるか。


 前を見ると、青海さん含めギャルの方々は、先に歩いて行ってしまい、姿がなかった。その時、後ろからはしゃぐ声がしてきた


「おいそれめっちゃレアじゃん! ガチャ爆死した俺のアカウントと交換しろって!」


「いや、これはアカウント詐欺で使うから!」


「それはガチでエグいって」


 後ろからソシャゲに熱中する三人衆が歩いて来たかと思うと、前を追い越していった。あの横三列になって車道にはみ出るさまは、走る車にとって迷惑だろう。かといって注意したら、自分のことを絶対面倒臭がるのが目に見える。後ろからワイシャツが出て、鮮やかな色のベルトをスラックスに通しているガラの悪い感じが、余計にそう思わせる。


 右は黄緑色ベルトの高身長で、身長は180cm越え。ポンコツと評されることが多い彼は呉尾くれお


 左は黒ぶち丸メガネを掛けたイケメン。実写版ハリー・ポッターみたいな彼は楊木ようき


 そして真ん中は、少し小柄な色白マッチョマン。いかにも体育会系で笑顔が似合う彼は小野おの


 この春に入学した同じ高校一年の彼らは、体育の体力測定での珍行動を行った割に好記録を得たことや、授業中の珍回答、先生を面白おかしくおちょくる口の悪さで人気みたいだ。現に廊下でよく「アイツの答え方ガチおもろい」なんて噂を耳にするうえ、先生から女子生徒から他クラスの人まで、いろんな人とワイワイする現場も見かける。


 ガラが悪く、運動神経よくて、人気者。まさしくギャグ強めな昔のヤンキー漫画のダブル主人公ならぬ、トリプル主人公になりそうな三人だ。


 そうだ。ヤンキーと友達になろう。


 あの三人を守ったことを機に友達になれば、他の人とのツテもできそうじゃないか。それに「あいつが居なかったらヤバかったぁ」「赤山ってすげえ守れる奴なんだよ」なんていろんな人とつるむうちに話してくれれば、他の人とも話しやすくなりそうだ。


 そうすれば、本当の意味で学校に行けるようになる。


 では彼らを、何から守るのか。


 分からない。


 それでもとにかく、人間関係としての距離を近づけるなら、まずは物理的に距離を詰めることにした。前を歩く三人に対し、後ろから一人で付いてゆく。


 これでだんだん気になり、後ろの自分を噂してくれるだろうと思った。


 しかし、彼らはどうしたことか。


 ちょっと後ろを覗いて自分をみつけると、ゲームの話なんてきっぱりやめて黙り込み、不自然に足早で歩き始めたのだ。そのうえ、通る必要のないはずの住宅地や、細い道を通って歩く。きっと自分をどこかで撒いて置いていきたいのだろう。


 それでも、見失わないように何とかついていった。


 こんな風に、友達になりたい人を付けまわるのは初めてだった。


 中学でもなんとか友達を作ろうとしたことがあった。他の人が話しているところに無理に混ざろうとしてみたり、体育で何かしらの動作をするたびに「トウガラシッ!」と叫んで、ウケを狙おうとしたり。


 対して返ってくるみんなの態度は、嫌われて距離を置かれるか、目を背けて全く注目してくれないか、あるいは白けるか。今思えば奇行だが、当時はどう足掻いてみても見方を変えてくれないからか、胸に鉛が溜まってゆくのを感じた。今思えば、青海さんと初めて出会ったときに自覚した、忌まわしい「本能」のせいだろう。


 そして現在。彼ら三人の反応はやっぱり、中学のあの頃の皆と同じだ。だが今は不思議なことに、鉛が溜まってゆく気がしない。


 今までとったことない手段で挑戦していることに「もしかしたら友達になれるかも」と、希望を感じているからだろうか。


 まさかこれは、あの時の「本能」か。


 ならばほかにどうやって友達になれば良いのだろうか。グループ活動などで一緒になる機会を待つなどか。しかし、そんな機会はいつ来るか分からないし、もしかしたら来ないかもしれない。


 ならば、自分から動く方が確実じゃないか。


 こうして、「本能」に頼ることにした。


 そんなこんなで撒かれずに学校に着いた後も、午前も、お昼休みも、午後も、休み時間中は彼らと距離を近づけ、近くでお昼を食べ、連れションしているタイミングで自分もトイレに入るようにした。彼らはいままでワイワイしていたのに、自分が近づいたことに気づくと話をきっぱりやめてしまい、時にはまた足早になる。


 こんな現実を目の当たりにして、昔の自分ならストーカーであることを自覚し、午前中の休み時間の時点でもう心が折れるはずだ。しかし今の自分は、もしかするかもしれない淡い希望が若干勝り、今日一日は最後まで挑戦してみたい心意気だった。それに、本当に変わるって高らかに宣言し、決めたのだから。


 放課後になり、帰ったり、部活に行ったりする時間になった。普段なら自分も速攻で帰るが、今日は三人衆がいるクラスに寄った。


 自分が入ろうとした直前、小野が呉尾と楊木を誘っていた。


「昨日さ、剣の緑色の柄を森で見つけたんだけど、何でか知らないけどそいつトラばさみになったのよ。んでそのまま森に放置した。だからそのトラばさみの様子見に行こうぜ! ジビエ肉食えるかもよ!」


 トラばさみに変化したという緑色の柄。間違いない。前に青海さんの家にお邪魔した際、青海さんと彼女のお父さんが話していた「緑の柄」のことだろう。

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