第二十二話 「僕は変われる。そしてこの地を守れる。」
間一髪だった。
鬱屈した気分で一軒家の我が家から出て早々、僕の手放したはずの赤の柄による、「想像の暴走」に襲われかけたのだから。
それも見た目が、髪も含めて全身真っ赤で、真っ赤なセーラー服、赤黒い目、鋭い口の青海さんに、だ。朝からホラー極まりない光景だ。
自分の命を諦めたその時、
見覚えのある影が俊敏に動き、
居合の技「合居(あい)」で真っ赤な怪物を切った。
その影の正体は、
「青海さん、助けてくれてありがとう」
昨日仲違いを起こしてしまった青海さんだ。
とはいえ、命を救ってもらったことに変わりはない。直ぐにお礼を言う。
「礼にも及ばないわ。これくらい、いつものこと」
初めて会った時のように冷淡だ。しかし、あの時の甚兵衛は羽織っていない。それに昨日に引き続き、今日も赤スカーフのセーラー服。
ちなみに僕は、青ネクタイのブレザー。
そして彼女は、紺色の革でできた通学用の手提げカバンを持っている。
手提げ部分には、幼い青海さんを助けたというターコイズの特急車両の、ぬいぐるみマスコットが括り付けられている。
さて、僕と青海さんの間に赤の柄が転がっている。
これに対し、僕は思うことがあった。
「ところで、なんで赤の柄が僕を襲ってきたの?」
色の柄は、使用者が悪い使い方をすると想像の暴走を起こし、使用者に襲い掛かるはずだ。
なのに、そんな使い方は一切していない。
すると赤の柄を拾いあげる青海さんは、こう答えてくれた。
「それは、赤の柄があんたに愛想を尽かしたからだね。 今は時間も時間だし、歩きながら話すわ」
愛想を尽かした?どういうことだ?
つまるところ、住宅街や色生神社前、商店街を通って駅まで着く間に、彼女はこう教えてくれた。
昨日、赤の柄を青海さんのお父さんに返し、青海家の居間から立ち去った際、赤の柄は「逃げんなよ」という声を発したこと。
すると赤の柄は窓から飛び出し、道に着地したころには、先程の真っ赤な青海さんの化け物に変貌したこと。
その化け物は、青海家から逃げるように帰る僕を、目に見えないほどの速さで追おうとしていたこと。
それに対し青海さんも青の柄を持つと、「蛇高速伊豆(ターコイズ)」を発動して目で追えないほど高速で移動し、化け物を足止めすることで僕を逃がしてくれていたこと。
一旦化け物が行方をくらましたのでその日は諦め、翌朝、化け物を探すべく朝から町中を走りまわっていたこと。
すると昨日の化け物を見つけたものの、追っているうちに化け物がいきなり走る速度を急激に下げ、巻かれてしまったこと。
なんとか化け物を探していると、疲れ切って走れなくなっていた化け物を見つけたと同時に、襲われそうになっていた僕を助けたこと。
「やっぱり、青海さんはすごいよ。 青の柄の力もあったとは言え朝から町のいろんなところを走るだなんて」
「ええ、ありがと」
相変わらず無表情で、僕を視界に入れないようにそっぽ向いて一緒に歩く。
この光景、本当に嫌だ。
学校にいる時みたく牢屋に入れられ、存在を否定されているみたいだ。
もう話すのをやめ、彼女を追い越して先に行こうとしたその時。
「ねえ、なんで赤の柄を手放したの?」
相変わらず僕の顔を見ないようにしつつ、横にある電車の線路を見ながら質問してきた。
直後に近代的な準急電車が、僕らの後ろから迫ってくると、轟音と共にそのまま横を通ってゆく。
まるで青海さんが胸の内に秘める怒りを表したような、そんな轟音。
電車が視界の中に写り、小さくなって消えたとき。
「……この地を守れる気がしないから」
それでも青海さんは、納得していないようだ。その証拠に、まだ空を見ている。
「ねえあんた、なんで赤の柄を掴んだわけ?」
ちょっとキレそうになっている。
今度は前から昔っぽい雰囲気の各停電車が走ってきた。
準急電車以上に低く、重々しい音で、僕らの横を通り過ぎる。
電車が視界から外れ、声を聴いてもらえるくらいに音が小さくなったとき。
「変わりたかったから」
まだ空を見ている。
「変わった先にどうなりたかったの」
今度は前と後ろから各停電車が走り、丁度僕らが歩くところですれ違う。
その音圧は、ズボンの下のすね毛、袖の下の腕毛、顔の眉毛、全身の毛を揺らす。
これが「身の毛よだつ」ということか。
電車のすれ違いが終わり、音圧が小さくなり始めたとき。
「本当の意味で学校に行って、学校の皆と、友達になりたかった!」
電車の音にかき消されないようにするとはいえ、こんなに叫んだのは久しぶりだ。
中学を最後に、僕は自分の思ったことなんて声を大にして言わなくなった。
クラスメイトと先生に目を背けられ、白けるだけだから。
けど、本当は皆と共に笑い合いたかった。
もう口を開かなければ、笑い合えると思った。
しかし皮肉なことに、どうもそういう訳じゃないようだ。
言ってもダメ。言わなくてもダメ。
かといって、これ以上もう変わりようがなかった。
そんななので高校になっても相変わらず、誰も視界に入れてくれない。
でも今、彼女は視界の中に、僕を入れてくれた。
「学校の皆も、この地に生きる人。 友達として守るのなら、それはこの地を守ることにもつながるわ」
やっと納得したのか、満面の笑み。
僕の前に回ると、赤の柄を手渡す。
青海さんがそういうのなら。
変わることが、この地を守ることにもつながるというのなら。
彼女から受け取り、握りこんだ時。
心に引っかかっていた「僕が使っていいのか」という疑問とか、「僕はもう変われない」という絶望とかが、一斉にガチャっと外れた。
実にいつぶりか、思わずニッコリしてしまった。
今まで無表情で、高校に入っても笑ったことなんてなかったのに。
決意を新たに、赤の柄を空に掲げ、道の端っこで凛々しく宣言した。
「僕は変われる。 そしてこの地を守れる」
地面に落ちる影に変化が現れていた。
僕の右手の先に、童話で見たアーサー王の剣のシルエットができたのだ。
右手に握るものを確認すると、それは赤く、鏡のように輝く鋼鉄でできた剣だった。
背にした線路で、また電車がすれ違った。
赤い特急列車だ。上機嫌にビュンビュン高い音を立ててすれ違うさまは、僕を祝っていた。
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