第十七話 「あおはまだみずみずしいのに。」

 正午。

 今朝の日の出前から「青の柄」を作るために頑張っていた女性と、それを支える青年。

 女性の胸の前で宙に浮き、集まっていた水が青白くパッと輝くと、それは完成した。

 遂に、「青の柄」ができたのだ。

 ただし、このときの青の柄に、日本刀の鍔のようなものは付いていなかった。


 何も食わず、ただひたすら想像に集中し、川の水で水分補給のみをしていた女性。

 そして、寒い早朝から女性に川の水を飲ませてあげていた青年。

 くたくたになった二人は、砂利の岸で横になって空を眺めた。

 互いの間にある青の柄をかろうじて拾い、目が見えない女性のために、柄を手に触れさせる青年。


「これが、青の柄だよ」


「ええ、いきてるってかんじ。だけどあかとちがって、あおはみずみずしいかんじ」


 二人は立つ気力もなく、寝ることで体力を回復させるほかなかった。

 だんだん瞼がおもりを付けられたかのようにストーン、とおちてくる。

 そうして互いは軽い眠りについた。


 スヤスヤと…


 スヤスヤ…


「おい、起き上がれ!」


 荒々しい男性のような、今まで聞いたことのない声に目が覚めた青年。

 ふと左を見ると、女性が男性に腕を掴まれて砂利に引きずられ、誘拐されようとしていた。女性は叫ぶ気力もなく、ただ砂利に体重をかけて抗うことしかできなかった。

 青年は気づく。あの絹色の服、うちの村の者じゃないか、と。


「なにをするんだ!」


 男性を止めようと吠え、彼の腕をつかむ青年。

 しかし、青年の顎は男性に蹴り上げられた。

 いきなりの衝撃で首を鞭打ってしまい、のどがギュッと、ヒリッと痛み、喉の筋肉が痺れる。

 だが、右手の青の柄だけは絶対に手放さない。


「それじゃあこの女を、あの人のもとに連れていくかな。変な光が櫓から見えたと思ったら、まさか標的が発していたとは、なんて簡単な仕事だ。これで米を一杯もららえるな」


 女性を肩に担ぎ、走り去ってゆく男。

 彼が青年たちを見ていたという「櫓」。

 今朝下流の方にいきなり建てられていた櫓は、女性を見つけるためだったのか?

 本当は女性を助けるべく、そしてこの川に来た時に見かけた櫓の謎を知るべく、攫っていった男を追いたい青年。

 しかし、この減りつくした体力と首の痛みにより、青年一人でどうにもできることじゃない。仲間を集めないと。

 そこで、左手で首を支えて衝撃が加わらないようにしつつ、足取り重く歩きながらなんとか村に行く青年。


 だがどうしたことか。

 村に着いたとき、それは青年が知るような姿ではなくなっていた。

 今の季節は春のため、村の人たちは代掻きや田植えをやっているはずである。

 しかし皆そんなことはせず、倉庫から米俵を列になって持ち出し、川の櫓の方へもっていっていたのだ。

 自らの父や母はおろか。

 村の男も、女も、子供たちも。最低一つは持って。

 さらに、その俵を運ぶ様子に喜びも、悲しみもない。死んでいるかのようだ

 もしや何かに操られているのか。

 青年は気味の悪さを感じつつ、一旦自らの住処に戻り、昨日炊いた米を食べて腹を満たすことにした。

 しかし自身の拠点に着いたとき、遂に気づいたのだ。

 何者かに黒の柄を盗まれていたことを。おそらく夜な夜なに。

 そこにあるのは赤の柄と白の柄のみ。

 二本はこの時期、祈りのために頻繁に使う一方で、黒の柄はあまり使わないため、盗まれても気づかれない、と盗人に読まれたのだろう。

 仲間同然のように思っていた女性を攫われ、柄のうち一つも奪われ、村の皆を狂わされた。

 青年は米を食べると、青の柄を握り、赤の柄と白の柄を袋の中に入れて肩にかける。

 そして遂に住処を出て、米俵を運ぶ列を辿って櫓の方へ向かう。


 なんとしてでも、奇妙な事態へ村を狂わせた者を問い詰めねばと。

 村の人たちがつくる行列を辿りつつ、点在するいくつもの住処を越え、田んぼを越え、林を越え、駆けていく青年。


 ひと時でも早く、事態を元に戻し、平和にしたい。


 そう思うたび脚の皮膚からやわらかく青い光が漏れ、

 地面を蹴るたびに走りは素早くなる。

 櫓へ真っすぐ向かう青年の脚は、じんわり輝いていたのだ。


 彼の右手に握られた青の柄のおかげだろう。いつの間にか十拳剣のような、金属光沢を放つ青い刀身を伸ばしていたのだから。


 肩にかけた袋の中の柄が、走るたびに背中にぶつかるものの、不快感はない。むしろ柄が、自分を前へ押し出し、応援しているようだった。


 日没前、櫓に着いた。

 櫓の様子をうかがうべく、林の木の裏に隠れる青年。

 櫓が立つ地面には松明がいくつも点いており、明るかった。

 梯子の近くには、見張りが二人。鎧などは着けず、普段着の状態で槍を構えている。

 横には、村人が運んできた俵と、その米で米を炊く者。

 焚火を焚いて、その上に米を炊く土鍋を載せていた。

 梯子には、炊いた米を土器の茶碗にのせて運ぶ者。

 見張りも、米を炊く者も、運ぶ者も、死んだ顔になっていた。

 さらに梯子を目で追い上を見ると、上には攫われた女性と、女性を攫った張本人が。

 そして人攫いの雇い主であろう、村のものを何回も盗んで村人を悩ませた男がいた。


 今、青年は青の柄による剣を持っている。そのためあの見張りを倒して助けに行くことが可能だ。

 だが心もとないと感じたのか、さらに左手で背中の袋から赤の柄を、それもそっと取り出すと、青の柄の剣と同じ形、同じ金属光沢、だけど赤色の刀身をスルっと生やした。

 さらに白の柄も取り出そうとした瞬間、


 カコンッ


 と白の柄が転がり、見張りの目にふれてしまった。


 無表情でこちらに歩み寄る見張りのうちの一人。

 槍を転がった柄へ差し向け、怪しんでいる。


 青年は覚悟を決めた。


 赤と青の二刀流で十字を作ると、木陰の影から離れ、見張りにぶつかって櫓に押しつけようとした。


 たまらず足を踏ん張り、槍を切られないように角度を調整しつつ長い持ち手で刃を受け止める見張り。


 すぐさまもう一人の見張りも動き、青年の背中を突こうとする。


 槍が青年の後ろへ伸びた瞬間、


 青年は青い剣を器用に背中へ回し、その刀身で槍を切った。


 ただの木の棒を持っているだけになってしまった一方の見張り。


 だが対峙する剣が赤い方のみになり、押し返し始めたもう一方の見張り。


 そのまま青年は正面にいる相手とともに、背中を突こうとした背面の相手の方へ向かってしまう。


 それに合わせて、切られた槍のうち刃物が付いた方を拾い上げ、今度こそ背中を刺そうと構える見張り。


 なんだかまずいと直感した青年。


 背中が背面の見張りに密着し、刺されそうになった次の瞬間、


 青年は剣を持つ腕の力を抜き、するりと左の方へ身を投げ、離脱した。


 バサッ。ドサリ。


 地面に左肩を打ち付けた青年が後ろを見たとき、二人の見張りは体を重ねて倒れていた。

 上側の方の見張りは、切られて短くなった槍で腹を刺さている。

 下側の方の見張りは上側の見張りの腕力によって、槍の持ち手を喉に押さえつけられ、窒息しそうなのか顔を赤くしていた。

 だがどちらも痛みや苦しみなどで表情を変えないまま。

 そして米を炊く者と茶碗を運ぶ者はこの様子に目もくれない。


 一方で上の櫓にいる男二人と攫われた女性は、下の様子に気づかず、男二人は仲良く白飯を食べていた。

 あの男たちだけはうれしそうに会話をしている。

 そして女性は、男のうち人攫いの方に首を掴まれていた。


 青年は白い柄を拾い上げて背中の袋に入れると、こんな想像をしていた。


 一階のジャンプであそこまで行き、女性を助け、男二人に問い詰めることはできないものか、と。


 すると彼に握られている赤と青の柄はこの想像に反応し、青年の右足が青色に、左足は赤色に光始めた。

 彼は体を丸めて深く地面にかがむと、脚全体で地面を蹴り、身を上へ上げた。

 それは深い土埃を立たせ、たいまつをグワングワン揺らす。


 大きなひとっとびで青年はついに櫓の上に着き、その床をきしませつつ、首を掴まれた女性に再会した。

 しかし黒の柄を構え、そこから生える黒い小刀をそっと青年の首に当てる、筋骨隆々の盗人の男。

 この黒の柄による刀身を青年が見るのは初めてである。

 青年は思った。おそらく、この奇妙な現象の大体は、この男の想像によるものだろう。黒の柄は「権威の柄」だから、他人を無理やり従わせ、心を奪うこともできるだろう、と。

 すると筋骨隆々の男は、その野太い声で静かにこう脅した


「この時を待っていた、柄の持ち主よ。その持ってる柄を全部渡せ。さもなくばこいつを突き落とす。」


 女性を櫓の角においやり始めた、彼女の首を掴んでいる人攫いの男。

 女性は目を閉じつつ、刀身が風を切る小さな音を頼りに、黒い柄に青と赤の柄の剣の様子を感じ取っているように見えた。

 そして女性の首の角度が定まった。今しっかり、顔を青の柄の方へ向けている。

 女性は確かに、目が見えなくとも柄の様子を窺えるようだ。

 青年は思いついた。背中にある白の柄を女性の手に投げて、武器を生成してくれれば、この窮地を脱出できる。そして女性の方は、右手を開いている。いける、と。


「わかった。今からこの二本の剣を置く」


 そおっと、置こうとするするふりをし、剣が地面につきそうになったその時。

 青年は素早く背中の白の柄を持ち、女性の手に目掛けて投げた。


 空中を水平に、ヒュンヒュン音を立てて回りながら飛ぶ白い柄。


 その柄はがっちり女性の右手に入った。


 すると、櫓の下を流れる川からドバっという水柱が湧いた。

 それに驚き、女性の首から手を離した男。

 共に驚き、青年の首に刃を当てるのを止める、黒の柄の男。


 水柱から出てきた大蛇のような流れは、曲がりくねりつつ櫓を上ると、輪を描くように女性の周りを這い、女性の首を掴んでいた男を櫓から押し流した。


 その勢いにより、櫓から落ちる一人の男。


 男のように飛ばされて櫓から落ちないよう、女性から離れ、外側からその様子を見る青年と黒い柄の男。


 速く流れる川の壁に阻まれ、中にいる女性は屈折してグニャグニャに見えた。


 彼女が今、白い棒のようなものを右手に持っているのも見えた。


 一方、その内側。水が作るしぶきの粒は、女性が持つ白の柄に集まり、形を成していった。


 女性を囲う大蛇のような水柱がなくなり、その姿が真っすぐ、屈折せずに見えたとき。


 女性は右手に、乳白色の長い剣を持っていた。


 直感でこの女性は危ない、と察した黒の柄の男は、慌てて青年を突き落とした。

 しかし青年は、赤と青の柄による剣を彼女へ渡すべく、最後のあがきとして、女性が立つ足元の床へ剣二本を投げ刺す。


 地面へ真っ逆さまの青年。


 音で、全てを察した女性。


 青年の思いを受け継ぎ、手探りで二本の剣を引き抜く。

 右手には、白を上、赤を下にした両刃の剣のように、赤と白の二本の柄を握りしめる。

 左手には、青の剣を右手以上に、力強く握りしめる。

 閉じた目の上にある眉間は、きつく皺を寄せていた。

 女性は、こうたどたどしく、落下してゆく青年も聞こえるように大きく言った。


「あおはまだみずみずしいのに!あなたをゆるさない!」


 復讐籠った声だった。

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