第十六話 「いきてるってかんじ。」

 少年は二度見、そして三度見した。

 川から助けた目の見えない女性が、なんと一すくい分の川の水を宙に浮かせ、さらにそこから金属やぴかぴかの石でできていそうなものを作ったのだから。

 まるで剣の持ち手のような形に大きさ。

 赤い波線が入った持ち手。

 その端についた、勾玉ほどの大きさの、先端がとがった金の板。

 その柄は完成すると、砂利の岸へコトッと落ちた。

 少年は迷った。彼女が起こしているであろう神秘的な現象を、女性本人に言うべきなのか。

 しかし、もしこの現象に驚いてしまい、女性が自分自身を怖がってしまったら。

 だが、逆にこの驚きがきっかけで、彼女は何か思い出すかもしれない。

 今の彼女にとって、自分は何者だったのかを思い出すことが重要だろうから。

 少年は意を決して息を吸い、口の形を大きく丸くして吐くと、緊張しつつこう言った。


「ねえ、今…」


「ん?」


 相変わらず目を閉じ、少し下を向きつつこちらを見る女性。


「君の前に川の水が集まって、そこから金属でできたような剣の柄を作っていたよ」


「そうなの?」


「うん」


 女性は、ニッコリした。


「なにそれ!?みたかったなぁ~」


「もしかしてそれって、君の力なの?」


「わたしのちからなの?」


 少年も、女性も、お互いの頭に疑問符が浮いてしまった。

 なにせ少年は、てっきり女性が意図して起こしたのだと思ったから。

 なにせ女性は、目が見えず、自身のその力に気づきようがないから。

 きょとんとしたこの空気は、少年の興味をより搔き立てた。

 何がきっかけで彼女はこれを作ることができたのか。

 彼女は普通の人間ではなく、特別な力を持った神などではないか。

 そして、彼女が作ったであろうあの柄は一体何なのか。

 己の興味に任せて地面から拾い、柄を掴んだ少年。


 その握り心地は、大人たちが持っているような剣の持ち手みたいだ。


 と思った瞬間。


 柄のうち、金の板がついていないもう一方の端から、紅い剣がスルスルっと真っ直ぐ生えてきた。

 一体この刀身はどこからできたのか、最初はまるで分らなかった少年。もし持ち手の中が筒状になっており、その中に収納されていたとしても、この長さが持ち手に入るとは思えないのだ。


 想像ではないか。


 少年は少しでも、剣の柄みたいだと考えた。

 だから、より剣らしく、本当に刀身が出てきた。

 少年はこのことを彼女に伝えた。


「いま、君が作った柄を掴んだら、剣の刀身が生えてきたよ」


「けんのとうしんが、はえた?しょくぶつでもないのに?」


「うん。多分これは、僕が少しでも剣の柄みたいだと思ったから、その想像に反応して剣ができたのだと思う」


「そうぞう。あ、わたしもそうぞうした。あかってどんないろなのかなって」


 少年が言っていた赤。柄にも確かに、赤色が使われている。

 少年は思いついた。想像が重要なのだと。

 さらに少年は思い出した。彼女に対し、「赤は生きてる色」と言ったことを。

 そこから、もし赤は生きてる色という印象通りに想像したのなら、この柄は生き物と同じように生きている可能性がある、と考えた。

 だが、少年が掴んでいる限りでは、鼓動などは感じない。

 疑問に思った少年は、一度彼女の想像を聞いてみることにした。

「生きてる」という要素は一体どこに行ったのかを。


「ねえ、赤についてどんな想像をしたの?」


「あかは、いきてるってかんじ。っていっていたから、わたしたちをいきさせてくれるようないろなんだろうなって」


 この赤の柄は、生きさせてくれる色の柄、生命力の柄だったのだ。

 これに気づいた少年はあることを思いついた。

 また女性の手を引き、赤の柄の剣を片手に今度は田んぼが一望できる丘に行く。

 着くと、女性のとなりで赤の柄の剣を振りながら、響き渡る大きな声でこう唱えた。


「ここの作物よ~!育て~育て~!育って豊作になれ~!」


 目が見えないながらも、風を切る音から少年が剣をふるう様子を感じ取る女性。

 そして彼女も少年と一緒に


「ここのさくもつよ~!そだて~そだて~!ほうさくになれ~!」


 大きく唱えた。少年も、女性も、満面の笑みで嬉しそうだった。


 さて、このことを春に唱えたおかげなのか。

 あるいは女性も少年と一緒に、作物を育てる手伝いをし、まるで村の一員のような活躍を村中の田んぼでしてくれたからなのか。

 この年の秋の収穫は大豊作だった。

 赤の柄のことと女性のことを親に相談した少年は、あれよあれよといろんな大人にその話題が伝番されるうち、女性と一緒に村で毎年祈りを唱える役割を担うことになった。

 このような柄はさらに必要だと考えた少年は、川で女性に白の柄、黒の柄も作ってもらった。

 黒の柄は、女性曰く「こわいけど、だれもがきになるいろ」の想像で作られたため、皆から畏怖と注目を集められる「権威の柄」。

 白の柄は、女性曰く「やさしくて、かみさまみたいないろ」の想像で作られたため、神に祈りを捧げるうえで神に気づいてもらい、また村に優しさを与える「平和の柄」。

 こうして赤の柄と白の柄は、毎年祈る時期に頻繁に使われ、黒の柄は少年たちの住処に置いておくことになった。

 一方で少年は「青の柄」も作ってもらおうとしていたが、青の色も赤と同じ「生きている」という色だからなのか、それだけは女性が作ろうとするとかなり難しいそうで、いつになってもできなかった。


 さて、少年が女性と出会って三年目。

 少年は幾分もたくましく大きくなり、あのとき助けた女性より大きな青年になった。

 しかし、その女性は記憶を思い出せないままだった。

 さらに、村はある男に悩まされていた。

 その男は筋骨隆々でずるがしこく、盗み癖がひどかった。

 何度も対策し、捕まえようとする村人。

 しかし逃げ足も速く、どうも捕まえられず、男の諸行を止めることができない。


 あるとき男は、赤の柄を持つ青年と、白の柄を持つ女性が祈りを捧げるところをこっそり見た。

 男はわかっていた。その柄は大豊作を生む不思議な力があることを。

 だが、盗もうと考えたことはなかった。

 それならこれを機に、盗もうじゃないか。

 そこで男は、青年と女性にこっそりついていき、彼らの住処を知った。

 そして日没し、彼らが寝た隙を見て柄のうち一つを奪った。

 男が手に持つのは、「黒の柄」。


 翌日早朝。日の出直前。

 青年が顔を洗おうといつもの川へ行く。

 しかし、なにやら妙な気がしたため上を見ると、少し遠い下流の方に、昨日までなかった櫓があった。

 そのやぐらに人はまだいない様子のため、いずれ使うのだろう。

 視線をまた川に戻すと、岸に立ち、なにか念じる女性がいた。

 いつになっても結わない黒髪。青年はいつも結うように言っているのに。

 相変わらず目を閉じ、胸の前に水をプカプカ集めている。

 そしてリラックスして笑顔の様子。青の柄を作ってもらっているようだ。


「どう?今日はできそう?」


「ええ。きょうはほんとうにいけそうなきがする」


 このとき、青年は寝ぼけていたからなのか、住処から黒の柄が盗まれていることに気が付いていなかった。

 そんなこと知らず、彼女の喉の渇きに合わせて川の水を飲ませてあげることで、つきっきりで彼女の青の柄の生成を手伝う青年。


 一方、彼らがいない村の様子は日の出とともにおかしく、狂ったように変わり始めた。

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