第十四話 「人生初の『女子の部屋』」
セーラー服姿の青海さんを横目に、初めて会う青海さんのお父さんに対してなぜか、腑抜けた小学生のような返事をしてしまった。それも人がまばらにいる神社の、参道の端で、だ。
大きく、優しく、暖かいお父さんだからそうなってしまったのだろうか。
子供っぽい自分が、少し恥ずかしい。そう羞恥していると、耳からじんわりと、顔が温かく、紅くなってきてしまった。
できれば冷たい穴に潜って顔を隠したい一心で、青海さんのお父さんから目を背け、口を隠してしまう。
「おお、いい返事だな赤山君! 昨日はつるぎと色々あって共に戦ったそうなのに、っておい何恥ずかしがっているんだよ。照れ屋さんだなぁ」
だが、そんな僕を受け入れてくれる青海さんのお父さん。神主さんっていうのもあるかもしれないけれど、積極的に関わろうとしてくれて、本当にいい人だ。
「ちょっと赤山に父さん、恥ずかしいって」
「そりゃ、やっぱり神社に若者が来てくれるのは嬉しいし、ましてやつるぎの友達だからな。 ごめんごめん」
「いや友達って言っても、」
そう言うと僕の方をちらっと見た後、目の黒い部分を上へ動かして何かを考える青海さん。
え、友達じゃないの。
「……き、昨日会ったばっかりだし。もうここで立ち話もあれだから、赤山を連れて早く家に行こ」
良かった。言葉を選んでくれたのか、それとも僕のことを思ってくれたのか、ストレートに「友達じゃない」とまでは言われなくてよかった。しかし、これはこれで頭がモヤモヤするような。
ん、今赤山を連れて家に行くって言っていた?
「ああ、そうしようか。 赤山君、これから色の柄のことについてうちで話があるんだが、時間は大丈夫かい?」
そうして僕と青海さん、そして紺の和服に着替えた青海さんのお父さんとともに、神社の右隣にある、昭和っぽい青い屋根の家に着いた。表札には「青海」と書かれている。
まさかこの流れ、高校二年の先輩、青海さんの部屋に入ることになるのか。
もしそうならつまり、人生初の「女子の部屋」、それも先輩の部屋に入ることになる。
え、嘘だろ。
この変な、むず痒いドキドキ。赤い柄を見つけ、まるで希望を感じたときにも似ている。
今僕は、強い希望を感じているようだった。
しかし落ち着け。
青海さんだけでなく、お父さんも一緒だ。それに初対面のとき、青海さんは僕のようなボッチが嫌いな様子だった。何なら僕を殴るあのときの様子は殺気すらも感じた。
はたして、青海さんの中での僕の好感度は一体?
青海さんのお父さんが家の鍵をガチャっと開け、ザラザラとしたガラス張りの引き戸を開けた。
小声でお邪魔します、と言い、足を一歩踏み入れると、ローファーを通して足元の涼しさや冷たさを感じた。地面を見ると、冷たさの正体は紺色のタイル張りの土間だった。
青海さんのみならずこのお父さんも、青への執着が強いのか。体格は幾分も違えど、この二人は親子なんだなぁと感じる。
こうして、靴をそろえて座敷にあがる。
一方で青海さんのお父さんは、その紺色の和服のせいか、草履を脱ぐのに手間取っていた。
「まずいな。 つるぎ、先に行って案内してあげなさい」
草履で何かトラブルが起きたのか、お父さんを玄関において先に行くことになった。
青海さんによって今度は左へ先導される。すると、二つの道があった。
一つは二階へのこげ茶の狭い階段、一つは居間と思われる大きな部屋につづく廊下だった。
もし二階へ行けば、おそらく青海さんの部屋に行くことになるのだろう。
入ってしまうのか。女子の部屋…異性の方の家に行くだけでも相当なのに、それも本人の部屋に行くとなると、親密な関わりがない限りは無理なはずだ。
青海さん、どちらに先導するんだ。
向かった先は、
二階への階段!
青海さんの部屋だ!先ほど、自分は青海さんの友人なのか変なモヤモヤがあったが、確かに友達だという言葉はいい意味で嘘だった。あれはお父さんに指摘されて気づいた図星だったのだ。
よかった、とりあえず好感度は友人以上にあった。
そうして人が一人、ぎりぎり通れる幅の階段をのぼり、二階の廊下に出る。
二階の廊下には、ドアや部屋の出入口が合わせて四つあった。
一番手前のドアには男女のトイレマークが書かれていたので、おそらくトイレ。
二番目の出入口は引き戸で、玄関と同じようにガラス張りだった。僕の家の中にもこんなガラス張りのドアがあるが、あれはキッチン用のドアだ。だが、二階にキッチンとは考えにくい。これは何の部屋だろうか。少なくとも寝室ではなさそうだ。
三番目と、廊下の行き止まりにある四番目の出入口は、足元のみ木張りで、それより上は障子の引き戸になっている。定期的にお手入れしているのか、紙は一枚も破けていない。おそらく青海さんのお父さんがお手入れしているのだろう。
さて、おそらく三番目と四番目の扉のどちらかが、青海さんが寝る部屋なのだろう。
ところで、勉強は大切だと思っていた中学生の頃、国語の授業でこんなのを聞いたことがある。日本の文化の中には、大事なものは奥に配置する、という文化があるらしい。
そして、青海さんのお父さんはそれを分かっている、ような気がする。この家の雰囲気と、人当たり良さ、几帳面で文化を大切にしそうなところから、そう感じたのだ。
この家にとって大事な者。立場が上の者。それは一家の大黒柱であろうお父さんや、それを支えるお母さんのはずだ。だから、青海さんの父母の部屋は四番目の出入口から入る。
となると消去法で、青海さんの部屋は三番目の出入口だろう。
どうだ。当たっているのだろうか。
青海さんが先導し、手をかけた出入り口は
三番目!
当たっていた!
引き戸をゆっくり、床を引きずって開ける青海さん。
しかしその光景は、想像した寝室と半ばずれていた。
部屋の中心には正方形でこげ茶のこたつテーブルがあり、それを囲むように渋い青色の座布団が三つ配置されている。
そしてこたつテーブルから左側の方の壁には台があり、その上にテレビがある。
そのうえ寝室にしてはやけに広い。この広さと間取り、先ほどの四番目の出入口もこの部屋につながっていることになる。
そして何よりも、ベッドや布団はおろか、押し入れらしきものも無い。
ここは、寝室ではない。
少し期待しては、青海さんの心を変に想像し、幸福感に満たされた自分が情けない。
赤の柄を掴んだ時と言い、一度思い込み、希望を感じると真っすぐになってしまうのが僕の悪い癖だ。
だが同時に、変な疑問も浮かんでくる。
ここは一体何の部屋なんだ。
「ねえ青海さん、この部屋って?」
「居間だけど」
居間?
なら、青海さんの部屋と、お父さんの部屋は一体どこに…?
青海さんとそのお父さん、二人は一体、それぞれどこで寝ているんだ?
よくわからなくなってきた。
予期せぬこの間取りに、なんだか頭がフラフラし、思わず頭を抱えた。
そんな僕を見かねた青海さんが、こう説明する。
「ああ。 この家は一階に寝室とかがあって、二階に居間やキッチン、トイレがある感じなの」
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