第十二話 「勝煉捉」「勝威炉」

必死に重い体に鞭を打ち、冷たさ堪えて川の真ん中へ歩む僕と青海さん。そうしてお腹の黒い傷なんてお構いなしに、川の中で立つと、2本の剣の剣先を互いの脇の下へ構えた。

黒い傷のせいでなのか。それとも希望なのか。

両剣とも、その刀身はこの上ないくらいに黒く染まりつつ、僕のは赤白く、青海さんのは青白くオーラのような光を発していた。


一方、同じ川の中にいる彼。重心低く構え、剣を後ろへ引いた臨戦態勢だ。暗闇より、剣先の鈍い輝きがぽつり。さらに、剣先に黒い風のようなエフェクトが収束し、細長いドリルのような形になっていくのが分かる。


やっぱり、彼を倒さなければ死ぬ。ならば倒すしかない。


じりじりとした緊張は、無理やりにでも張り続ける。


川の流れがわずかに弱まったその時、ことはズバッと始まった。




「勝煉捉 (ガーネット)!」「勝威炉(かついろ)!」


「功露(くろ)!」




互いに狙ったものを、各々の想像をもって、突いた。


金属を溶かし鍛えるほどの熱で、勝ちを捉える。その力で、黒の柄を突く。


すべての威力に耐えた頑丈な炉の火力で、勝つ。その力で、黒の柄を取り戻す。


今ここで功を成し、その後の未来で、自分の前で態度を変える皆の心を露わにする。そのために脳天を突く。


この戦いを制したのは僕らなのか。彼なのか。


互いの気迫により、3人の体を覆い隠すほどの白い水柱が立ち、視界が見えなくなった。


三秒後。


技同士の力が止まり、空気が強張る。


それでもなお、空中に飛んで行くものがあった。


それは弧を描いて、赤土の岸へ刺さる。


柄には、金色のレリーフが付いていた。


そこに刻印された文字は


「黒」


水煙が晴れたとき、全てが決まっていた。


何も貫かれていない二人。


そして、姿勢も含めて文字通り丸腰の、細身の男。


彼はくしゃっと、笑顔だった。


やっぱり、彼を倒してはいけない。これで終わってほしくない。


君を「想像の苦しみ」から救えた先が、君の死。


そんなのは、僕が許さない。


僕みたいな彼だからこそ、想像で、幸せを実感してほしい。


だから、笑うなら今じゃなく、一緒に想像して、幸せになってからだ。


赤の柄を川に捨てた僕は、こんなことで彼が終わってほしくない一心で。


彼の肩を引っ張り。


抱きしめた。


そして心に、言葉という剣で刻みつける。


「もう想像は、君を苦しめるものじゃない。幸せを実感するものなんだ。だから、一緒に想像して、苦しめられた分、幸せになろうよ。」


しかし、それは叶わない。


暴走し終わった想像の運命。それ故に煙と化し、赤土の岸に刺さった柄へ吸われてゆく彼。


心底満足そうに笑顔だった。


幸せを実感するために想像を使えず、消えゆくのだけは、やめて欲しかったのに。


気づけば水面に、黒い傷が治ったお腹と、悲しみでゆがむ自分の顔が映っていた。


そして映る人がもう一人、青海さんだ。


彼女は僕の背中をさすり、後悔の念にさいなまれる僕を慰めてくれた。


もう、決着がついてから何十分経っただろうか。

夕方だったはずが、夜空に下弦の月が昇っている。

涙は少し落ち着いたものの、まだ川の中で立って、うつむいていた。


「僕、彼の想像のために、幸せを実感してもらうために何もできることなかったかな。」


青海さんに、今悩んでいることを打ち明ける僕。


「落ち着いたかと思ったらそれ?…あんたは、よくやったよ。ほんと、信念がある。」


「信念?」


「うん、今日だけで何回も『想像は幸せを実感するため』って言ってる。」


信念?なんだか違う気がする。

確かに信念かもしれないけれど、そんな風には意識していなかった。


僕は変わりたかった。だからこの赤の柄を掴んだ。

そしてその赤の柄を通して、青海さんや、あの男と出会ううちに「想像は幸せを実感するため」と考えるようになったのだ。

これは、変わりたいと思ったから「想像は幸せを実感するため」と考えるようになった、ともいえる。

もし僕が本当に変わることができたのならば、今の牢屋のような学校ではなく、真の意味の学校に行きたい。

そしてそれができれば、僕の未来を変えることも意味する。


未来を変えることも意味するなら…


「…『信念』って言葉もいいけど、『夢』の方がしっくりくるかな。」


「夢?」


「うん。今変わりたくて、そして未来でも変わりたくて。そんな思いで生まれた言葉が『想像は幸せを実感するため』だから。」


ふと、あの男の形見を視界に入れようと、うつむいていた視線を上に挙げ、赤い土の岸に刺さっていた黒の柄を見る。


無い。刺さっていたはずの黒い柄が消えている。


「青海さん。黒の柄が消えてる。」


「うそ。これは神主の父さんに怒られる!」


この時は僕も、青海さんもまだ知る由もなかったが、この川にもう一人、色の柄の使用者がいたようだ。

黒の柄の使用者、もとい想像を「意図的に」暴走させた者。


砂利の岸側の、一番高い木のてっぺんに立って、僕らの様子を見る彼。

後ろに回した左手には、黒の柄がしっかり握られている。

先程の男と同じ、背中に届くほどの黒い長髪だが、異なるのはその服装。全身が執事のような綺麗なタキシードだ。


「赤山に、青海、か。彼らもこの柄の使用者故に知能ある分身を遣わしてみたが、いざこれで戦うとなるとこうもなるのか。彼らの実力もさることながら、ケガの危険もあって恐ろしいものだ。お前らとは、会わないようにしないとな。」

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