第十話 「黒の柄」

青海さんを誘拐した彼は、人間ではなく、想像の暴走だった?


そうして彼の方をみると、真っ暗闇の中でもわかるくらいの全貌が見えた。


2mほどの細い木のような立ち姿。目は不気味に、ほぼ黒目だけ。どうやら先ほどの環印零止の斬撃による輪っかを引きちぎったようで、川につけないように両腕を上げていた。長く黒い革コートを身にまとい、両手には黒い皮手袋を身に着けている。さらに、左手には僕らと同じ柄を持っている。柄の先端には金のレリーフがあり、「黒」と刻印されていた。あれが「黒の柄」だろう。細長く、黒光りする蛇が、何重にもとぐろを巻いたような意匠だった。長方形の銀の鍔がついており、その先からは、先程青海さんを刺そうとした、細長い剣が黒錆纏って伸びている。


彼と目が合ってしまった僕と、青海さん。

冷えた川の音がしっとり、僕と青海さんと、彼の間を流れてゆく。

緊迫した空気だった。


しかし、川の中に立つ彼はしぶきを上げて怒鳴り、空気を暴力的に燃やし始めた。


「青海 つるぎ、てめえがその赤山 盾って奴をしっかり殴り込み、赤の柄を奪えば、奪えばよかったのに。そしたらお前の影から、赤と青の柄、奪ったのにヨォ。なのに、なんで…俺はこんなの認めんぞ!」


突如として感情を真っ向からぶつけてきた。怒りに震えてその黒い長髪が揺れ、空中で広がるさまはまるでライオンのようだ。

それに加え、人間じゃない怪しさを持つも、人間のような雰囲気も併せ持っている。そのためさっきみたく野獣っぽくも人間らしく怒られると、コンビニで怒鳴り散らかし、店員さんを罵倒する迷惑客な男性にもみえる。こんな人のすぐ後ろに並びたくない。ましてや今みたいに、彼の目の前に立つ店員にもなりたくない。

しかし青海さんの影から聞いていたのか、僕たちの名前をもう知っている。まずい。これからいつ彼に巡り合い、また襲われるか、また彼の店員になってしまうか分からない。


ところで想像の暴走なら、先程戦って沈静化したスーパービュー踊り子のロボのように、使用者が想像したものになるはず。しかし人間を想像するとは。何か妙だ。


「青海さん。この想像の暴走、おかしいよ。想像の暴走で人間が出てくるものなの?」


「出てこないわよ。あんたの言うとおり、この想像は確かにおかしい。だけど、元の使用者の想像が恨みや呪いともいえるくらいに歪んでいれば、あり得なくもない。想像というのは無限に膨らませられるから。ところであの感じ、一種の分身であるともいえるわ。」


もとの使用者の分身。これが恨みや呪いのような想像でできた、想像の暴走なら、妖怪の、理屈が通じないような恐ろしさなのも納得できる。このまま川から僕たちがいる砂利の岸の方へ、しかも「黒の柄」で突き刺されたら危ない。そう思い僕は、彼を落ち着かせることにした。とにかく話を聞かないことには、何も始まらない。


「あの、僕でよければ、あなたの話を聞かせてもらえないでしょうか?」


「は?あんた正気?こんな不審者に対して?」


「彼を不審者だなんて言わないで。」


青海さん、そんなことは言うべきじゃない

彼をへんに侮辱したら、お互いの命が危ないことになるから。


しかし、本当に侮辱してしまったようだ。


「見せかけの気遣いかよ。そう言ってお前、今まで何人笑ってきた?」


「え?」


「今まで何人笑ってきたんだ!陰で人を笑って、ありもしない妙な設定を付けて、そうやってみんな生きて!笑いものにして!楽しんでんだよ!お前の今のその態度!俺がいないところだとまた変わるんだろ!」


僕の方を見て声を荒らげ、憎しみをぶつけてきた。できることならここから逃げたい。だが今逃げたら、彼に名前を知られている以上、いつこの柄を狙われるか分からない。


一方で、なんとなく彼の生い立ちも分かった。陰で変な風に言われ、バカにされ、下に見られるのが嫌だった。いざ自分が目の前に立った時に限っては、何も言われず、冷ややかな態度へ変えられてしまう。試しにこの方向で説得してみることにした。


「もしかして、陰で馬鹿にされるのが嫌で。かといって自分が目の前に立つと、態度を急変されるのも嫌に感じていたの?」


「お前、心の中で俺を迷惑がってんだろ。分かってるんだからな!お前も『監視』するからな。」


そうみたいだ。


「監視って、影の中に隠れてってこと?その『黒の柄』で。」


「ああそうさ。『監視』。お前が言うところの『黒の柄』の能力でやってるんだ。今はこんな影ができないくらい暗い夜になって、影なんてねえから使えないが。さらに、冥途の土産に一つ教えてやるよ。俺は、お前らの赤や青の柄を奪いたかったんだ。俺と同じようなもの持ってて、いずれ対抗しうるからな。だから青海、とか言ったか。俺の柄を奪わんとするお前を監視していた。」


そう言い終わると彼は川から上がり、口を大きく広げてねっとりこう言った。


「じゃあ、冥土に送る。」

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