第七話 「吾火」

そういえば、さっき青海さんが言っていたことで、何か引っかかるものがある。


「一つ質問なんだけど。」


「?」


青海さんが言っていたのは確か、レーシングカーと、あとは、あれだ。


「さっき言ってた、思い出のスーパービュー踊り子って何。」


「昔あった、東京と伊豆を結ぶJRの特急。先頭車が二階建て車両であるのと、ターコイズブルーのラインが入っているのが特徴。あのターコイズにあたしは助けられたの。」


あのターコイズに助けられた?




グブォォォン!




電車の警笛がエンジンとともに壊れ、暴れる音がした。だんだん目の前に広がる青緑の炎の中で、影が作られてゆく。


「それじゃ、あんたの剣貸して。あいつを後ろから切るから、あんたは囮になって逃げて。」


青海さんが僕の左から提案してきた。これは僕が変わるための剣。あとで盗られると思うと正直貸したくない。


「ええ。剣渡すの。」


「いいでしょ。あたしの方がそういうの使い慣れているから。」


確かに、それはそうだ。

僕が剣の柄を青海さんへ向け、青海さんの手の中へ託そうとしたとき、糊で引っ付いたように、剣が張り付いて取れなくなった。


「はあ?なにこの場に及んで剣を持ちたがるのよ。」


「僕だって渡したいけど、ぴったりくっついたみたいなんだ。ほら、剣を持ってる手のひらをパーにして、こんなに振っても、落ちない。」


「くだらない手品はやめて。」


そう言い、彼女は柄を引っ張ったが、やっぱり剥がれない。


「分かったよ”赤の柄”。あたしが囮、あんたが背中から切りつける役ね。ほら、来るよ。」


わかったよ赤の柄。青の柄が、悪いことに使った青海さんに愛想を尽かしたといい、まるでこの剣の柄に意思があるような言い方だ。

ターコイズの火の中から、影は一層濃くなり、人型の、身長190cm規模の化け物の姿が現れた。


胸には大きく、ターコイズの特急電車の先頭車両が張り出している。これが、スーパービュー踊り子なのか。そこから生える両肩や両脚、両腕は、車のエンジンのごとく銀や青のパイプが張り巡らされている。しかし両拳は車のタイヤで、指らしきものはない。一方背中からは、藍色のレーシングカーのウィングが生えている。


そして首より上には、青い目に灰色の蛇の頭が生えていた。おかしい。蛇は青海さんから聞いていない。


そんなロボが、一歩ずつ、こちらへノッシノッシ歩いてきている。


「青海さん、なぜ頭が蛇なんだ?」


「言い忘れてた。蛇のようなしなやかさもイメージしてたんだった。それじゃあ行くわよ。あたしが囮で、あんたが隙を見て背中を切る。」


「わかった。けど、青海さんって足速いの?」


「陸上部なめんじゃないわよ。」


そういうと青海は、その身に羽織る藍色の甚平をたなびかせて助走をつける。

地面を蹴り飛ばしたかと思えば、ロボに飛び蹴りを喰らわせた。

その気迫の大きさに、土埃とガラクタの音を立てて倒れるロボ。命とりな行動のはずなのに、青海さんは凛々しくかっこいい。


「ノロいね。それでもあたしが想像した物なの?」


そうして青海さんは近くの遊具へ向かって逃げて行った。


ロボが青海の方へ向いて立ち上がると、準備体操のアキレス腱のようなポーズをとった。すると、妙な音が鳴り始めた。何か変だ。妙に甲高く、絡まるような音。


しかしどこから。


背中だ。ロボの背中には、レーシングカーのウィングが生えているが、その下には電車のパンタグラフがついていた。しかも畳まれておらず、伸びきっている。そこから空気中で静電気を発生させ、電気を吸収しているようだった。この状況での、電気エネルギーの使い道。それは、走ることだろう。


今ロボが向いている向きは、青海さんの方。


肝心の青海さんは、目測200m離れたところで、お城の遊具の後ろに隠れ、煽り立てたいのか両手を振っている。

まずい。即座にあのパンタグラフを切り落とさないといけない。もしチャージ完了なんてして青海さんの方向に突進したら、大惨事だ。そんなに煽ってはだめだ。


「やめろおおお!」


命の危険を打開すべく、パンタグラフの方へ真正面から突進した。

が、その周りに絡まる電撃に、腕を、剣を握る拳を、鼻先や首をさすられ、痺れた。


「いった!」


電撃とともに、直感が、本能が、僕を後ろへ吹っ飛ばした。


地面へ転がると、電撃に堪え、暴れた。電撃が当たったところがかなりひりひりし、無我夢中で火傷のような痺れを力む。冷や汗が舐めるように頭から垂れてきた。まるで永遠とも思える時間だ。


死ぬのは僕が先なのでは。


気づけば、ロボのパンタグラフのみならず、ロボの全身に、電気が網のようにまとわりついていた。パンタグラフに至っては、ダイヤモンドのように輝いている。ロボはゆっくり、両拳のタイヤを地面につけ、クラウチングスタートを取ってしまった。

ここでロボを止めないと、後がない。

だが、そのロボの電撃による火傷に耐えるには、自分がそれ以上に、火のように熱くならなければ。そしてその火をもって、あのパンタグラフを殴り折り、溶かすことで電気を遮断しなければ。


そんな風にイメージすると、いつの間にか火が体中に走っていた。だが不思議なことに、全く熱くない。お風呂のお湯のような、優しい温かさ。しっかり拳から炎が出ていることを確認し、僕は電撃の林へ飛び込んだ。


「吾火(あか)!」


電撃なんてお構いなしに、直感が、本能が、僕を前へ吹っ飛ばした。


剣を逆手に持つ右拳で根元から、パンタグラフを殴り折った。


絶対にロボを止めて、青海さんに幸せを実感する想像をしてもらうんだ。


だから、止まれ。


焼けた電気は空気の中へ、蛇のように這いずり回って消える。

ロボは前のめりに倒れ、胸の3つライトが「パキンパキンパキン」と音を立てて割れた。

だがロボはまた立ち上がり、今度は回れ右して僕の方を向いた。そしてロボは、僕を殴る青海さんがやっていたように、右こぶしを構えた。やっぱりヤンキーのそれと似ている。

あの拳のタイヤで殴られたら、相当固く、痛いだろう。あの下半身の角ばった足も強靭だ。頭の蛇で首を丸ごと噛まれるかもしれない。

肉弾戦に持ち込めば、確実に、惨たらしく死ぬ。何も変われていないのに、それは嫌だ。何か、ほかの手は。


そういえば、これは青海さんが僕を殴った際、その想像でできたものだ。特に、青海さんがさっき言っていた「思い出のスーパービュー踊り子」が重要そうだ。


左目じりで、青海さんが見える。遊具の後ろから出てきて何かを叫ぶみたいだ。


「赤山!逃げろ!鼻血出てるぞ。おい踊り子!こっちに進め!」


進め?ハテナのせいでなのか、彼女が言うように鼻血で、頭の血が足りないからなのか、周りがどんより遅くなってきた。

目の前にいるロボは、胸に特急電車があり、前へ進む。そして今は、僕の方へ進むかもしれない。何のためにこの特急電車が進むのか。なぜ、青海さんの思い出になっているのか。


そうか。そういうことか。


今、彼女に襲い掛かる想像の「スーパービュー踊り子」は、「想像」である前に「思い出」なのだ。つまり、思い出であることを思い出させれば、想像としての暴走を止められるだろう。例えば、青海さんがスーパービュー踊り子に感じたことを、そのままぶつける、などだろうか。

思い出を刺激する言葉を引き出すべく、青海さんに聞いてみる。


「青海さん。スーパービュー踊り子を最初見たとき、どう思った?」


「あんた命が危ないわよ!」


「いいから!」


「…わかったわよ。すっごくかわいいターコイズ色で。かわいい顔をしてて。特に横に三つ並んだライトがかわいい。二階建てだから、いろんな人をより多く載せていると思うとすごい。夏休みでホームが混んでいて、いつの間にか知らない人の手を握って、迷子になっていたとき、その特徴的なターコイズが目印となって、親と合流させてくれた。ってこれで大丈夫なの。」


「うん。あのロボを説得してみるよ」


「はぁ?」


「スーパービュー踊り子。その三つに並んだライト、すごく可愛い。二階建てでいろんな人を載せているの、すごいよ。何よりも、ホームが混雑し、迷子だったところを親と再び会わせてくれて、ありがとう。スーパービュー踊り子、大好きだよ。」


いつの間にか、自分なりに幼いころの青海さんに感情移入し、感謝まで伝えて、歩み寄っていた。

そして、スーパービュー踊り子を胸に抱きしめていた。

上を見ている頭部の灰色の蛇の目は、紺色からターコイズ色に移り変わる。ロボに敵意は無くなったのだ。


そんな様子を見て青海さんも感極まったのか、目を潤ませて近づき、ハグに加わる。


「ありがとうスーパービュー踊り子!初めての家族旅行で死ぬほど怖かったあたしを勇気づけてくれて!ごめんね!あなたに赤山を殴らせちゃって!なんで、もう走ってないの!もう一回、あなたに乗りたいよ!」


気のせいか、蛇からも涙が垂れていた。それは、青海さんの髪へ落ちてゆく。

僕らが倒したかった想像の暴走は、青海さんの大切な思い出という、元の役割を思い出したことでだんだん透明になっていき、青緑の光の粒になって消えゆく。そうして元の、青の柄になった。


青の柄そおっと。地面へコトリ。


青海さんの、エンジンのように嗚咽が止まらない横顔を、沈みゆく夕日が見守り、かがむ姿を地面へ焼き付けていた。

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