第六話 「想像が暴走」

 今まで彼女は笑顔だったようだ。しかし僕に右手を掴まれてからは一気に蒼惶。ヒステリーを起こし始めた。


「嫌ぁ!何で、剣を生成できたのよ! 何で、『柄』の、『想像を現実にする力』を、引き出せているのよ!」


 土埃が晴れ始めた中、右手の柄からはいつの間にか、紅色でクリアな軍用ナイフが生成されていた。


 そして彼女が言った「想像を現実にする力を、引き出す」。今まで彼女は、想像の力で僕を痛めつけていた、というのか。それもボッチが嫌いだから。


 この理由をもってして、命の危険にさらされたのか。


 だが、不思議と憎みきれない。


 そう思う理由を考えたとき、アーサー王伝説みたいなゲームの広告を見た僕と、似たものを感じるからだと気づいた。広告を見た時思い出したアーサー王ごっこといい、幼い頃の想像というのは、やっていて幸せを実感したものだ。


 しかし、幸せを実感できたはずの想像は、彼女の場合なら、ボッチがいるという現実を認め、逃げようとする想像に成長している。そんな現実を壊したいゆえに、僕を倒したかったんだろう。


 それで良かったのだろうか。


 なら今、僕にできることは何なのかを挙げるとすれば、話を聞いてあげることぐらいしか思いつかない。


 いや、それでいいのかもしれない。


 今、自分にできることをやってみることこそ「受け身の自分を変える」につながるのだから。


 そう決心するものの、どう話を切り出そうか分からない。なにせ今、彼女の右手を掴んだままだから。


 とりあえず掴む力を緩めると、強引に腕を振り払われた。一方の彼女は、掴まれた右手を自分の身に寄せて、嫌らしくこちらを睨んでいた。


 粘り気のある気まずさがのしかかってきた。とにかく、何か言った方がいいだろう。こんな風に人に不快感を与えてしまったとき、言うべきセリフが何かあったはず。


「その……ごめん」


 言ったは良いものの、彼女からは何も返ってこない。彼女の影に視線を落としてみると、変わらず濃いまま。初めての人と出会ったときに話せることと考えた際、あとは自己紹介ぐらいであるため、試しにその話題で話すことにした。


「あの、名前、何て言うの? 僕は赤山って言うんだけどさ」


「は?」


「その、お互い高校は同じみたいだし、知っておいてもいいのかなぁって」


 自分で振っておいて、気持ちの悪い空気に押しつぶされそうだ。そんな僕をよそに、彼女は重い溜息を吐いたのち、返事してくれた。


「青海。 どう、満足?」


「そっか。 青海さんか。 いい名前じゃん!」


「……うるさ」


 彼女は唇をゆがませると、いきなり刀を向けた。


 が、その時、彼女の右手から、刀がするりと離れた。


 矢のように、首に飛んでくる。


 それに対し僕は、自らのナイフで、飛んでくる日本刀を防ごうとした。


 飛んでくる刀は、首に近づくにつれ、刀身が砕け散ってゆく。


 一方、僕のナイフの刀身は夕方の影のように伸び、クリアだったはずが金属光沢とともに濁ってゆく。


 そしていつの間に、夕日にも負けない赤さをした、アーサー王の剣に成長していた。

 

 一方、青海さんのターコイズ刀の柄は刀身を失い、僕の脛に持ち手がぶつかると、持ち主に戻るように転がっていった。


 それは青海さんの下で、



 ヴォンッ!



 地面をえぐって豪快に爆発を起こし、土の塊を飛ばしながらターコイズの火柱を立てた。


 その爆風により、青海さんが宙に飛ぶ。


 彼女の頭が落ちる先は、滑り台の階段。どう考えても重傷を負ってしまう。


 いくら殴ったとはいえ、何故か見殺しにできない。ここで動けなかったら、僕が変われなくなるどころか、何か後悔するかもしれないから。




駆蓮奈行くれないッ!」




 なんとか全力で、


 青海さんの落下地点へ


 先回りしてがっちり受け止めた。


 しかし、その勢いに耐えられず、地面に背中を打ってしまった。僕の背中は汚れ、土埃が立ち込める。


「……そっか、間違ったことをしちゃったんだ。 あたしの柄の、想像の暴走が始まる……」


 目は赤く充血しつつ、お淑やかさが現れた。しかし、負の感情がいっぱいに詰まっている影は、相変わらず黒いままだ。


「え?」


「あたしの『青の柄』や、あんたの『赤の柄』は、持ち主に対して愛想を尽かしたり、持ち主が悪いことに使ったりすると、想像が暴走するの。」


「想像が暴走?」


 そう聞き返してみると彼女は立ち上がり、手を差し伸べてくれた。相変わらず嫌悪感を僕にひしひしと伝えるものの、眼差しはさっきとは打って変わって正気に戻り、責任感や使命感のようなものを感じられる。彼女にとって「想像の暴走」というのは、とても重要なことなのだろうか。


「ええ、本当にごめんなさい。 名前なんて言うんだっけ」


「赤山。 赤山 盾だよ」


 自分の名前を聞いてくれたことに嬉しくなり、思わず下の名前まで行ってしまった。先ほど名前を聞いたときみたいになる気がして口を噤むと、彼女は続ける。


「赤山、もし柄の想像が暴走すると、最後に使った人に対して、想像したものが襲ってくるの。 例えばあたしはさっき、自分が思う速いものとかを想像してあんたを殴った。 だから、最後に使った人であるあたしに何かが、それも素早く襲ってくるわ。命に関わるくらい危ないから、逃げな」


「いや、逃げないよ。 僕も一緒に立ち向かうよ」


 なぜなのか、そう放ちながら彼女の手を取る僕がいた。腕を引っ張られて立ち上がり、不意に彼女の顔が前に来ると、涙を流した跡を残してきょとんとしているのが分かった。


「なんで、協力してくれるの? 最低なことを言っちゃった上に、あんたを殴って辛い思いさせたのに」


「それって青海さんの想像が、僕を殴るために作ったものなんでしょ。 だったら、その化け物をしっかり倒すことで、幸せを実感するために想像を使える青海さんになってほしい、って思っただけ」


 先程、一生後悔するかもしれないから青海さんを助けた。そして今、一緒に立ち向かうと心に決めた。その「後悔」の正体はこれだったのだ。「幸せを実感するために想像を使う、青海さんになってほしい」


 誰かのためにだなんて、もう考えたくなかった。


「うるさ」と言われるのが関の山だから。


 なのに、自分と青海さんを重ねてしまったからなのか。


 そんな考えを持つ僕が、今いることに気づいた。

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