第六話 「想像が暴走」
今まで彼女は笑顔だったようだ。しかし僕に右手を掴まれてからは一気に蒼惶。ヒステリーを起こし始めた。
「嫌ぁ!何で、剣を生成できたのよ!何で、『柄』の、『想像を現実にする力』を、引き出せているのよ!」
土埃が晴れ始めた中、右手の柄からはいつの間にか、紅色でクリアな軍用ナイフが生成されていた。
そして彼女が言った「想像を現実にする力を、引き出す」。今まで彼女は、想像の力で僕を痛めつけていた、というのか。それもボッチが嫌いだから。
命の危険に晒されたことを許したくない。
だが、憎みきれない。何だか、アーサー王伝説みたいなゲームの広告を見た僕と同じだ。空想のアーサー王ごっこの想像から、アーサー王になりたいと感じる想像。幸せを実感すのするはずの想像は、彼女の場合なら、ボッチがいるという現実を認め、逃げようとする想像に成長している。
そんな現実を壊して、逃げたいゆえに、僕を倒したかったんだろう。
ならば。
僕はこう宥め始めていた。
「ねえ、ボッチがいる現実から逃げたくて殴ったんでしょ。僕を。」
だが、何も返さない。
「名前、何て言うの。」
「青海 つるぎ、よ!」
「青海さん。僕と戦った時に使ったという想像の力。それは本来、自分が幸せだと実感するためにあると思うんだ。」
「自分の幸せを、実感するため。」
「うん。」
「…うるさ。」
そういうと彼女は、いきなり刀を向けた。
が、その時、彼女の右手から、刀がするりと離れた。
矢のように、首に刀が飛んでくる。
それに対し僕は、自らのナイフで、飛んでくる日本刀を防ごうとした。
飛んでくる刀は、首に近づくにつれ、刀身が砕け散ってゆく。
一方、僕のナイフの刀身は夕方の影のように伸び、クリアだったはずが金属光沢とともに濁ってゆく。
そしていつの間に、夕日にも負けない赤さをした、アーサー王の剣に成長していた。
一方、青海さんのターコイズ刀の柄は刀身を失い、僕の脛に持ち手がぶつかると、持ち主に戻るように転がっていった。
それは青海さんの下で、
ヴォンッ!
地面をえぐって豪快に爆発を起こし、土の塊を飛ばしながらターコイズの火柱を立てた。
その爆風により、青海さんが宙に飛ぶ。
彼女の頭が落ちる先は、滑り台の階段。どう考えても重傷を負ってしまう。
いくら殴ったとはいえ、何故か見殺しにできない。ここで動けなかったら、僕が変われなくなるどころか、何か後悔するかもしれないから。
「駆蓮奈行ッ!」
なんとか全力で、
青海さんの落下地点へ
先回りしてがっちり受け止めた。
しかし、その勢いに耐えられず、地面に背中を打ってしまった。
僕の背中は汚れ、土埃が立ち込める。
「まずいわ。あたしの柄の、想像の暴走が始まる…。」
目は赤く充血しつつ、お淑やかさが現れた。しかし、負の感情がいっぱいに詰まっている影は、相変わらず濃いままだ。
「どういうこと?」
「あたしの『青の柄』や、あなたの『赤の柄』は、持ち主に対して愛想を尽かしたり、持ち主が悪いことに使ったりすると、想像が暴走するの。」
「想像が暴走?」
「ええ。名前なんて言うんだっけ」
「赤山盾」
「赤山、もし柄の想像が暴走すると、最後に使った人に対して、想像したものが襲ってくるの。例えば、あたしはさっき、レーシングカーと、思い出の特急スーパービュー踊り子を想像してあんたを殴った。だから、最後に使った人であるあたしに、あたしが想像したレーシングカーやスーパービュー踊り子が襲ってくるわ。これは命に関わるくらい危ないから、逃げな。」
「いや、逃げないよ。僕も一緒に立ち向かうよ。」
なぜなのか、そう放った僕がいた。変なことを言ってしまったのではと、僕の胸の中に収まる青海さんの表情を見た。涙を流した跡を残し、きょとんとしている。
「なんで、協力してくれるの。あたし、あんたの急所を殴って辛い思いさせたのに。」
「それって青海さんの想像が、僕を殴るために作ったものなんでしょ。だったら、その化け物をしっかり倒すことで、幸せを実感するために想像を使える青海さんになってほしい、って思っただけ。」
僕はさっき、一生後悔するかもしれないから青海さんを助けた。その「後悔」の正体はこれだったのだ。「幸せを実感するために想像を使う、青海さんになってほしい。」
誰かのためにだなんて、もう考えたくなかった。
「うるさ。」と言われるのが関の山だから。
なのに、自分と青海さんを重ねてしまったからなのか。
そんな考えを持つ僕が、今いることに気づいた。
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