第4話 愛おしき顔合わせ

 その一週間後、わたくしはユストゥスと「顔合わせ」をすることになりました。

 陛下と王妃陛下の御計おはからいでございます。

 王妃陛下はこれでわたくしを厄介払いできるからでしょう、わたくしにとても優しゅうございました。「顔合わせ」にも付き添ってくださって。


 「顔合わせ」は舞踏会でも晩餐会でもなく、昼に王宮の中庭に面するテラスで行われることとなりました。舞踏会や晩餐会でわたくしが他の男の方に目移りしてしまっては大変だ、と王妃陛下は思われたのかしら? そんなことありませんのに。


 そのテラスへと続く回廊で、王妃陛下は扇子をあおぎながら、わたくしに穏やかにユストゥスのことを話してくださいました。


「ロートシュタット伯爵令嬢、ユストゥスは、――ユストゥス・フォン・リヒターフェルトはね、わたくしの姉の息子なの。本当に剣術も巧みだったのだけれど、勉強好きの優しかった子でね、昔から、聖職者になるんだと言っていて、一族から愛されて……」


 陛下の側近で、王妃陛下の甥。本当に随分と遠い人だったのですね。ユストゥスは。


「だから、大事にして。わたくしからのお願いよ」


 王妃陛下の気高い紫水晶の瞳が、わたくしの瞳を覗いてこられます。大事にして、というのは浮気をするなということでございましょう。もちろんですわ、とわたくしは頷きました。


 テラスにつくと、緞子どんすの織物でできたソファが三つ出されており、その一つにすでにユストゥスが静かに座って待っておりました。


 ちょっと待ってください……。


 わたくしは心臓を押さえた。突然動悸が止まらなくなったのでございます。


「どうしたの? ロートシュタット伯爵令嬢」


 王妃陛下が首を傾げてこられます。


 あぁぁぁ~、あぁぁぁ~~~~。

 雪のように白い肌を飾る艶やかな黒い髪。長い首に魅惑的な喉仏。手袋が外された、枝分かれしたしなやかな青い血管の浮かび上がる、形の良い手。

 そして今日は真面目な彼には似合わないはずなのに、びっしり着こなして洒脱な印象を受けるくすんだ空色の上着。


 ぁ~~!!! あぁぁぁ!! ユストゥス~~~~~!!!!!!

 悶絶しそうになりました。だが、ここで倒れてしまってはユストゥスを堪能できません。


 わたくしたちの気配に、彼が振り向きました。わたくしに笑顔を浮かべています。

 その笑顔が毒でございました。


 (だめぇぇぇ! これ以上好きになったらおかしくなっちゃう~~~!!!!)


 わたくしはぜえはあしながら顔を背け、なるべくユストゥスのほうを見ないようにしながら、王妃陛下とともに席につきました。


「ユストゥス、俗界に戻ってきて、どう?」


 王妃陛下がユストゥスにお尋ねになっています。わたくしは死なないようにうつむいておりました。これでもう、彼の天青石の瞳を見たら、溶けてしまいそうな気が致しまして。


「兄上の喪が明けて、ようやくぼちぼちといったところですかね」


 ぞくりと下腹から漣のような快感がせりあがってまいりました。仰け反りそうになりました。


 ……彼の穏やかで柔らかい声という凶器をすっかり忘れていたのです。


「まあ。そんなこと言って。……でね、この子がこのあいだ話していた娘さんよ。ロートシュタット伯爵令嬢」


 ユストゥスがまっすぐこちらを見たので、いい加減わたくしは顔を上げざるを得ませんでした。


 彼の端整な面輪が、柔らかい微笑みを作っておりました。天青石のような薄青の瞳が、春の陽光のような優しい光をたたえています……。


「……ぁ、う」


 喉がふさがれたようになって声が上手に出てまいりません。心臓の鼓動がひどく激しくなってきました。


「ああ、お会いしましたよね。一週間前、噴水のところで」


 わたくしは大きく頷きました。覚えていてくれた。ユストゥスは覚えていてくれたのです!


「まあ! じゃあ、この席を設けたのは無駄だったということかしら」


 王妃陛下は華やかな笑い声をたてられました。


「そんなことありませんよ、王妃陛下」


 ユストゥスがわたくしの顔を覗き込んできました。申し訳なさそうな表情を浮かべて。やめてユストゥス! 心臓が壊れてしまいます!!


「……そのとき、無礼な態度を取ってしまったかもしれないので……」

「そ、そんなことっ、ありません」


 声がうっかり裏返ってしまいました。まるで怒っているかのようです、これでは……。


 案の定ユストゥスは顔を曇らせました。


「……謝罪をしたくて。申し訳ございません」


 ああっ、そんなことありませんの。首を大きく横に振ります。

 無礼な態度を取ってしまっているのはこちらです。話すことも出来ず、ただうつむいているだけ。これでは縁談を断りたいと思われてしまうかもしれません。

 真逆ですのに!


「わ、わたくしこそ、その」


 わたくしたちが会話し始めたのを見計らわれたのか、王妃陛下は、にっこりと笑い、「では」と仰ってお席を外されました。


「わたくし、その」


 ユストゥスはわたくしから目を離さずに、思い出話をしました。


「お話いたしましょうか。私の幼少期の友人であったツェツィーリエは、とてもいい子だったのです。親からひどい目にあわされても、明るい表情を失わない子で。亡くなったと聞いたとき、あまりに衝撃的で、聖職にあるというのに神を呪いかけました」


 生きております、ユストゥス。わたくしはここにおります。


「あの、その子が生きていたら、どう思われますか」


 くすりとユストゥスが意味深に笑いました。

 ユストゥスが自分を思い出してくれないことに、もどかしい気持ちになりました。

 だから、わたくし、言ってしまったのです。


「あの、わたくしがその子だと申し上げたら、リヒターフェルト様はどう思われますか」


 あはは、と彼は肩を震わせます。


「あの子より、あなたのほうが魅惑的すぎる。……お優しい方なのですね。ロートシュタット伯爵令嬢は。もうこの世に存在しない子を思い続ける愚か者に、そういう逃げ道を提供してくださる」

「……あ、の」


 涙が出そうになりました。ユストゥスはこの段になっても小さいツィリーと自分を結び付けてはくれません。眼が節穴なのでしょうか。それとも親戚だと思っているから似ていてもおかしくないと思ってらっしゃる?


 すると、ユストゥスが椅子から優雅に立ち上がり、わたくしの前にやってきて、跪きました。


「結婚していただけないでしょうか。ロートシュタット伯爵令嬢」


 そう。これは決まりきった話。国王王妃両陛下の意志である以上、どんなにユストゥスがわたくしを嫌でも、わたくしがどれだけ異議を唱えたとしても、行われなくてはならない結婚なのです。


 胸がじくじくと痛みます。


 黙っていると、ユストゥスが、天青石の瞳を上目遣いにして、不審げにいてきました。


「いけませんか? 令嬢」


 その瞬間、わたくしの理性は、はじけ飛びました。


「はい、喜んで――!」


 ……なんか暗いこと考えちゃったけど、だめ。その上目遣いは反則! だめ!! ユストゥスのばか!


 もうここで抱かれてもかまいません。


 わたくしはユストゥスの唇に指を伸ばそうとしましたが、彼は微笑んだまま、「ありがとうございます」と頭を下げたため、触れられませんでした。


 あらまあ。柱の影に誰か殿方がいます。でもなんとも思いません。ユストゥスがおりますもの!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 日・水・金 21:00 予定は変更される可能性があります

奔放系伯爵令嬢は禁欲系幼馴染と添い遂げたい! はりか@月船みゆ @coharu-0423

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ