第8話

「もうやめて!」


 また綾瀬さんの声だ。


 その声と疲れで、奴らはようやく止まった。


 そして八島が

「おいこれどーなってんだ!!」


 と叫んだ。

 教室はどよめいている。


「ぜんっぜん当たらねーじゃねぇか! お前がちゃんとやってねぇんじゃねぇか!」


 また二人で喧嘩をはじめた。


 その二人にニコニコしながら“僕”が

「え? もう終わり? もっと頑張って!」


 と言っている。


 その場にいる誰も、状況が理解できなかった。


 ただあの高い音が床だったことだけは、なんとなく理解できた。


 一発も当たってないのか? あんなにずっと叩き続けてたのに?

 しかも僕から見るとほとんど動いてなかったように見えた。


「てめぇ! 何したんだよ!」

 イライラしながら八島が聞く。


「おいら普通に避けただけだよ?」


「は? 普通にだと? わかった、じゃあ次は避けるなよ!もう許さねぇ」


「うん! わかった!」


「やるぞ」


 その高木の声に合わせて、すでに高くモップを上げていた八島は、おもいっきり振り下ろした。


 さっきとは違う音が鳴る。


 そしてまた高木八島と、交互に振り下ろされては音が鳴る。


 目が慣れてきたのか、これは僕達にも見ることができた。


 すべてを定規ではらっていた。

 まるで時代劇のように軽々とはらっていく。


 高木と八島だけがどんどんイライラを募らせ、汗を流して叩いていく。


 それをニコニコしながら軽々とはらっていく。


「おい」


 高木のその声と目で何を言いたいか察知した八島は、タイミングを変えて、高木と同時に振り下ろした。


 また違う音がした。


 八島のモップが“僕”に当った。


 モップ先の方が顔に当たったようで、まぶたが切れて血が出ている。


「避けないで反撃もなしだと、やっぱ当たっちゃうかー! 痛いなーアハハ」


 顔から血が出て笑ってる“僕”を見て、いつもはキャーキャー騒ぐ女子達も、その異様さに声が出せずにいるみたいだ。


 綾瀬さんが

「頑張って!」と声を絞り出した。


 その瞬間少し恐る恐る、小さい声だけど教室の中で、応援する声が拡がっていく。


「じゃあそろそろおいらも頑張るー!」


「てめえら覚えてろよ! こいつが終わったら、次はお前らだからな!」


 奴らがそんなことを言うたびに、一度は声がなくなる。


 しかしまた綾瀬さんの声を合図に、拡がっていく。   

 その度に応援する人数も増えていき、力強く大きな声になっていく。


 この光景を僕は一生忘れないだろう。もう夢だなんてことは忘れていた。


「こいつらは後でいい! とにかくこいつやっちまうぞ!」


「おっけ!」



 そして僕の声を無視して、クラス中の応援に手を振り頭を下げお礼しているバカに、高木と八島が襲いかかった。


 応援の声が出せないほどに、クラス中が息を呑む。


 その時の事は、なぜかスローモーションのように、ゆっくり全てを見ることができた。


 後ろを向いて手を振りながら、八島のモップをよけ、そのまま振り向きざまに、定規で高木の竹刀を払いながら回転させた。


 あっという間に教室のすみに竹刀が飛んでいった。


 その竹刀が床に落ちるかどうか位の時には、八島の額を定規で切っていた。


「いてぇぇぇ!」


 その八島を無視して、高木の方に近付いていく。


 高木は近付いてきた事に驚いたのか、動物本来の圧倒的強者へのへつらいか、腰を抜かして倒れてしまった。


 その倒れた高木にさらに近付いていく。

 ニコニコしながら。


「やっぱりいいねー剣術は! 一緒にチャンバラもっとやろうよ!」


 屈託の無い笑顔でどんどん近付いていく。


「や、やめろ!」


「ん? どーしたの? もっとやろうよ! ああそうか竹刀が無くなっちゃったのか。今取ってきてあげるね!」


「ふ、ふざけんな! やってられるか!」


「えーもっとやろうよー楽しいでしょ? ねぇ八島君も楽しいよね?」


 すでに八島は泣いている。

「こんなに切れてるのにやれねぇよ! 救急車呼んでくれ!」


「全然切れてないよそんなの! 死んだわけでもないし。腕が取れたわけでもないし。ねぇもっとやろうよ!そうゆうのが楽しいんじゃない。」


 怖いことをニコニコしながら言うなこいつ。


「ふざけんなよ! やってられるかよ! こいつイカれてる!」


 よーやく立てた高木は、捨て台詞にもなってない事を言いながら逃げていった。


「おい! 待てよ! 置いてくんじゃねぇよ!」


「君まで行っちゃうのかい? もう終わり?」


「終わりだよ終わり!」


 そう言いながら走っていく八島に、また明日やろうねー! という声が聞こえていたかは分からない。



 明日やろうねー! の声が切れ

 ほんとに勝ったのか!?

 勝ったんだよな?


 という自問自答をしてるかのような一拍をおいた後に、今まで聞いたことのない、地鳴りのような拍手と歓声があがった。


 クラス中が泣いている。僕も泣いている。


 コイツだけだ泣いてないの。

「どーしたの? みんな突然!」


「どーしたもこーしたもないよ! 西山お前はヒーローだよ!」


「そうよ! カッコよかった西山くん!」


「今まで我慢してきた分、あの情けない顔を見れてスカっとしたよ! ありがとう!」



「え! え! 一気に話されてもわからないよー! でもなんか皆が喜んでるから僕も嬉しい! ワーイ!」


 胴上げだー!


 僕は恵まれてるな。こんなにいい友達ができて。

 

 しかも綾瀬さんがずっと“僕”の手を繋いでいる。


 僕の人生まだまだ捨てたもんじゃなかったんだな。

 

 あの日人生を終わらせようとしたけど、こいつに助けられて

 って、いやこれは夢で集中治療室か?

 まぁどっちでもいいか。


(生きたいな)


 そうつぶやいた時「ほら君も!」

 とあいつに掴まれ、僕も一緒に胴上げされた。


 僕はいいよ、怖いよ。と言いながらも人生最高の気分だった。


(ありがとな)


「え! なんて言ったのー? うるさくて聞こえないよ!」


(なんでもないよ! 楽しもう!)


「んー? なんだよー!」


(アハハハハ)


 なんてありきたりな会話をしてると


「こら! 何騒いでる!!」


 と、あまりのうるささに先生が沢山入ってきて、着席させられて怒られた。


 注意してるのになんだその顔は! と何度も言われる位、ずっと皆の顔が嬉しそうだった。


 僕も含めた皆の嬉しそうな顔を見て、状況を理解したのか、保険の先生が小さくかわいいガッツポーズをして、ニコニコしながら教室から出ていった。


(先生心配してくれてありがとうございました!)


 僕は届かない声でお礼を言った。ありがとうなんていつぶりに言っただろうか。

 一気に爽やかな風が自分に吹いた気がした。



 長い説教が終わり、放課後の教室でも僕の周りに皆集まってた。


 剣道教えてくれよとか、LINE教えてとか言われ、しまいには、かっこいいとか可愛いとか言われた。


 前の僕だったらこれを見て、手のひら返してきやがってと思ってただろうな、


 でも今はなんか、くすぐったくなるような嬉しさを感じていた。


 こんな名前じゃなきゃとか、ひとり親とか、誰も気にかけてくれない、助けてくれないとかずっと思ってた。


 でも今思い返すと、助けようとしてくれた手を、自分で振り払ってた気がする。

 名前だって自慢の名前だったはずだ。


 可愛いって言われることは嫌いだったけれど、今言われた可愛いは嬉しく感じてる。


 コイツのお陰で環境が変わったからなのか?それとも僕が変わったのか?



 僕のなにが変わったのか、僕には解らないけれど、僕が変わったことだけは感じる。


(僕自身の事すらまだこんなに知らないのか)


 生きるのも楽しいもんだな。

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僕のいない僕の明日 境小路 @sakakomi

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