第7話

「八島君! 遊んでくれてありがとうね! 治ったからまた遊んでね!」


 教室が一気にひいていく。

 その空気感に、さすがの先生も拍手をやめた。

 そして小さく聞こえていた、もう一つの拍手も消えた。


 綾瀬さんだ! 最後まで拍手してくれてたのか!

 今彼女は拍手をやめたが、皆のように自分かわいさではなかった。


 “僕”が八島達にまでそれをはじめたことで、挑発になってしまう事を心配してくれたようだ。


「高木君もありがとう! 一緒にちんちん出した仲なんだからこれからもよろしくね!」


 教室が静まりすぎて、高木の血管の音が聞こえた気がした。


 先生がその危険を察知して、持ち前の事なかれ主義を発揮した。


「はい西山! 皆にお礼言えて良かったなー! 退院したばっかだし皆優しく守ってやろうなー! じゃあ今日はこれで終わり!」


 そしてチャイムと同時に先生は出ていった。


 あまりの状況に、すぐ帰るぞと言っておくのを忘れてしまった。


(おい! まずいすぐ帰るぞ!)


 と言って振り返ったときには、もうすでに二人に囲まれていた。


「おいてめぇ調子乗ってんじゃねぇぞまじで!」


「あんだけ痛い目見てもまだわかんないの?」


 あー完全に二人共キレてるな。

 いままで僕も見たことない目だ。


「あ! 高木君八島君! さっそく遊んでくれるの? 今日は何して遊ぶ?」


「てめぇ! っざけんなよ! やってやるよこら」


 今回のは本当にやばそうな気がするけど、僕のこの身体は叫ぶ事しかできない。


(おい! 早く逃げろ!!!)


 叫んでみてもアイツは聞いていないようだ。


 八島が椅子を持ち上げた瞬間


「やめて!!」


 その声の大きさに驚いて、八島は椅子を手放した。


 その椅子が“僕”にあたった。


「いててて」


 と言いながらあいつは腕をさすってる。

 良かった、変なとこには当たってなさそうだ。


 そして二人はさっきの声が出たあたりを見ている。


 八島に隠れて誰かはわからないが、今のうちだと思い僕は必死に"僕"に呼びかけた。


(おい! いまのうちに逃げるぞ!)


 驚いてるのか、なかなか僕の声に反応しない。

 僕は何度も呼びかけ続けた。


 その間も八島と高木は、誰かに向かって怒鳴っている。


「お前なんか文句あんのかよ!」


「俺らに逆らうってこと?」


「おい! なんとか言えよこら!」



(おい! 正気になれ早く逃げるぞ! おーい!)


「あ君いたのか! なんだい?」


 何度も呼びかけて、ようやく反応してくれた。


(今のうちに逃げるぞ!)


「なんで逃げるの? これから遊ぶんだよ?」


(またやられるんだぞ! いいから逃げろ!)



「おいてめぇクソ女! なんとか言えってんだよこら! 文句あんのか!」


 八島が移動したときにチラッと見えたのは綾瀬さんだった。


 僕のために、高木達に逆らってくれたのか?

 まぁでもそんなことより、今は逃げるのが優先だ……


(おい! 逃げるぞ!)



「きゃーー! やめて!」


「喋れんじゃねぇかよ! だから文句あんのかって言ってんだよ!」



(綾瀬さんが止めてくれてるうちに、早く逃げるぞ!)


「君は何言ってるんだい? 自分のことしか考えてないのかい? よいしょっと」



 は? 僕が自分のことしか考えてない?

 何言ってんだこいつ。

 

 皆の方が、自分のことしか考えてなかったんだろ。

 僕がやられてたのに、誰も助けてくれなかったじゃないか! 何度も何度も。


 そう考えてる間にあいつは、八島の手を掴んで綾瀬さんから引き剥がした。


「いてーなてめぇ! 何すんだよ!」


「やめてって言ってるんだからやめなよー。綾瀬ちゃんあっちの方に行ってて?」


 おいおいまじかよこいつ。


「何勝手にそいつ行かせてんだよ」


「だからーおいらと遊ぼうよ。綾瀬ちゃんは嫌がってるだろ」


 ずっと何も言わなかった高木が、担任の机の横にいつも置いてある竹刀をとって


「じゃあ望み通り遊んでやるよっ!」


 と“僕”の後ろから竹刀を振り下ろした。


「キャーーーー!」


 という女子の声と同時に、僕も見たくなくて目をつぶった。


「おいてめぇ! 何よけてんだよ!!」


 声にびっくりして目を開けた。

 

 後ろから竹刀で叩こうとした高木の横に、叩かれたはずの“僕”が、ニコニコしながら竹刀を触っている。


 ほんとによけたのか?

 僕には状況がよくわからなかった。


「いいねー! これで遊ぶ?」


「はぁ!? てめぇ返せよ!」


「うーんいいよ! 僕のはどこ?」


 高木に言われたまま竹刀を渡す。

 こいつは本当に救いようがないと思った。


 すると八島も

「お! いいもん使ってるね高木! 俺もなんか探してこよ」

 と教室をウロウロしている。


「じゃあおいらもー!」


 といいながら、こいつも探しに行こうとした時、また後ろから高木は叩こうとした。

 さっきよりも早く真剣に。


 あいつは横に少しよけただけだった。

 そして高木の竹刀は床を叩いた。


 何が起きたのか、やはり分からない高木と僕。


「ねぇみんな、おいらも竹刀ほしいんだけど、どっかにない?」


 状況からの恐怖か、だれもちゃんとは答えない。


 そのうち高木と距離ができ、教室のすみに逃げているクラスメイト達がささやき声で

「今のうちに逃げたほうがいいよ」

「そうそう後のことは俺たちが誤魔化しておくから」


 と言ってくれていた。


 がその子たちにも「なんで逃げるのー?遊ぶんだよー!でもそのために竹刀がほしいなー」


 と言ってクラスを驚かせた。

 綾瀬さんもそこに来て

「私はもう大丈夫だから、ほんとにもう逃げて!」


 と泣きじゃくりながら言ってくれた。


 そんなクラスメイト達の想いを、一切気にせずあいつは

「竹刀どこにあるかしらない?」


 と聞いていた。


 八島は

「俺これでいいや!」

 と言いながらモップを振り回して、高木の方に近付いてった。


「おい早くしろよ夏輝ちゃん!」


「お前はやられるだけなんだから、なんも持ってくる必要ねぇよ!」


 さっきまで何が起きたかわからず、考えてた高木も騒ぎ始めた。


「まってー! すぐいくよー!」


 何も分かってないこいつは楽しそうだ。


 待ってるのが退屈なのか高木と八島はじゃれ合っていたが、少しして飽きてくると


「おいふざけんなよ早くしろよくそが! 逃げたのか?」


 と言い出した。


「うーんまぁこれでいいか。いまいくよー!」


 固まってる皆を、ごめんねちょっと通してねーと言いながら、よーやく前の方まできた。


「お! 逃げずによく出てきたな」


「えらいねー! 夏輝ちゃん!」


「なに見つけてきたのか知らないけど、なに持ってきても意味ないよ! 夏輝ちゃんはやられるだけ!」


 今度は八島が叩こうとする。

 人をかき分けて出てきたばかりで、まだ少し体勢が崩れていた所に、モップが容赦なく叩きつけられる。


 かと思いきやモップは、八島の方に戻ってきていた。


「え?」


「おいおい何やってんだよ!」


「いやしらねーよ! あいつに当たって戻ってきたのか?」


「さ二人共! おいら準備できたよー! やろやろ!」



「おい全然くらってる感じじゃねーぞ?」


「しらねぇって!ちょっと外れて床にでもあたったんじゃねぇ?」


「ねぇ喋ってないでさーやろうよー! 二人同時でいいよー?」


「は!? なんだてめぇ! ふざけんなよ俺一人で充分だわ!」

 そう言った瞬間、八島は笑い出した。


「何だお前それアハハハおい笑わせんなよハッハッハ」


「どした?」


「いやよあいつの武器見てみろよ。クククやべーおもれー」


「おいおいまじかよ! 舐めてられてるのか俺達ブハハハ」


“僕”が持っていたのは定規だった。しかも15センチの。


「おいら頑張って探したんだけどさー、長めなのこれしかなかった! 松葉杖返さなきゃ良かったよー。まぁでもこれでいいよ! 竹刀では今度やろうね!」


「随分舐められたもんだな、おれらも」


「だな分からせてやるか。おい! お前らも良く見とけよ! 俺らに逆らうとどうなるかを。あんま舐めてっと殺すぞまじで」


「そんなのいいからさー! 早くおいらと遊ぼうよ!」


「言われなくてもやってやるわ!」


 そこからしばらく二人は何度も叩いた。

 その度に高い音が鳴る。

 そして悲鳴があがる。

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