第6話

「おかーちゃんのご飯が食べたいなー! おかーちゃんのご飯のが美味しい!」


(仕方ないだろ入院してるんだから! そーいえばお前名前はあるのか?)


 色紙のせいでまだ気が動転しているらしい。夢なのに意味のないことを聞いてしまった。


「おいらは西山夏輝!」


(それは僕だろ。お前のほんとの名前を聞いてるんだよ)


「うーんなんだっけなー? 忘れちゃった! アハハハ」


(自分の名前忘れたのかよバカにも程があるだろ!)


「いいの! 今は西山夏輝! 良い名前だね!」


(僕はその名前は嫌いだ)


「なんでよ! かっこいいと思うけどなー!」


(女みたいな名前で嫌だ)


「そーなの? おいらは気に入ってるよ! 夏のように輝く! かっこいー!」


 なんだか初めて、からかわれなかった気がした。


 こんな、何なのか分からない奴に褒められてるだけなのに、少し照れてる自分が恥ずかしい。


(はいはいわかったわかった! それより食べ終わったなら早く片付けろよ)


「うん! そーだね! 片付ける!」


 その時お母さんが入ってきた。


「あら誰もいないのね? 今話し声がした気がしたけれど。あなたは寝てなさい私がやるわ!」


「あ、おかーちゃん! お仕事お疲れ様! おいらもう全然動けるからおかーちゃんは座ってて! お仕事頑張ってきて疲れたでしょう?」


 そーいいながら椅子に座るように促してる。


「もうこれくらいやらせてよ! あなたの笑顔見てるだけでお母さん元気でちゃったもの!」


「じゃあ一緒にいこー! ハハハハ」


「これしかないのに一緒に行くの? すぐそこじゃないのよフフ」


 なにやってるんだこの二人は。

 二人で行くような量無いだろう。ハハハ

 楽しそうだな。なんか羨ましいな……



 あれ僕はこれを羨ましいと思うのか。

 お母さんと楽しく過ごしたかったのか?


 そんな事考えた事もなかった。

 僕の事はどうせ見向きもしてくれない。興味がない。だから僕はそんな親なんて別にいらないと思っていた。


 いや、いらないと思おうとしてたのかもしれない。


 会話もない。目も合わない。そんな親を憎んでいる恨んでいると思っていた。


「おいらおかーちゃんの料理食べたい!!」


「退院したらお祝いでいーーっぱい作ってあげるからね! 食べきれなかったら怒るわよーー!」


 こんな風に冗談を言われることなんて、想像もしていなかった。


 僕は本心ではお母さんの愛が欲しかったのかも。


 本当の僕はなんなんだろう。


 二人の楽しそうな会話をなんとなく聞きながら、ぼんやりといつまでも考えていた。




「もう大丈夫そうですね! まだ運動とかは控えたほうがいいですが、日常生活は学校も含めてもう問題ないと思います!」


「先生ありがとうございます! 良かったね夏輝!」


「どうゆう意味? もう学校行ってもいいの!?」


「そうよ。もう退院できるって」


「やっったーーーーー! ようやく皆に会えるんだ!」


「夏輝君嬉しいのはわかるけど、まだ無理しちゃだめだよ? 早く退院したいって言うから、普通より早く退院出来るようにしたんだからね」


「わかった! 無理しない! ありがとう!」



 もう退院か。死ぬかもしれないと思うほどの怪我だったのに治るの早いな。


 退院してすぐまたやられたら、どうするんだ。

 もう少し身体が万全になるまで、学校には行かないように言ったほうがいいかな?


「夏輝退院おめでとう! でもまだ無理はできないんだし、今日くらい学校行かないで家で休もう! 約束通りお母さん美味しい料理いっぱい作るからね!」


「おかーちゃんがお見舞い来てくれたからすぐ治ったんだよきっと! おかーちゃんとも一緒にいたいけど、もう全然大丈夫だし、おいら学校行きたい!」


「もうすぐお昼だし今日はいいじゃないの。私夏輝の事が本当に心配なのよ」


「おかーちゃんは本当に優しいなー! 心配してくれてありがと! でも身体も学校にならしたいし、昼からだとちょうど無理にならない位だと思うから行かせて!」


「もーーわかったわよ。でもほんとに無理しちゃだめよ? ちょっとでも調子が悪くなったら帰ってきなさいね。」


「やったー! おいら学校大好きなんだ! ほんとにありがとう!」


 こいつあんな目にあって、なんでこんなに学校行きたいんだ。

 お母さんが言ってもだめだったんだ、僕から言ってもどうせ行くだろうと思って、行くなとは言わなかった。


 学校の門でお母さんと別れてから教室につくまで、色々注意だけはしといた。


(色々言ったけど、特に高木と八島に近付くなって事だけでも守れよ! これだけでもいいから)


「わかったー!アハハハ」


 はぁだめだな多分。


 僕達が教室に入ったとき、たまたま担任の授業だったということもあり、教室は先生も含めて歓迎してくれた。


「お前もうほんとに大丈夫なのか?」


 担任もこいつが入院した日に、顔面蒼白でお見舞いにきてたな。


「おいら全然だいじょーぶ! もう治ったってー!」


 担任の表情が面白かった。


 安堵し心配し不安。


 色々な感情が目まぐるしく動いてるような顔だった。


 そのほとんどが自身に対してのものだろう。


 自分のクラスで生徒がボコボコで気絶し、いじめの事も聞いていたのに何もしなかった事。その責任問題についてのこと。でもすぐ無事に退院できたことで安心もした。最悪な結果にはならなかったのだ。


 しかしあんな目にあっておきながら、退院してすぐに学校に来たことが何より怖かった。


 糾弾されるのではないか、学校にバラされるのではないか、そんな不安の顔が最後に残った。


「まだ学校こなくてもいいんだぞ」


 この言葉だけなら心配してる的な、優しい言葉にも聞こえる。

 だが顔や仕草を見ると、優しげな表情を作っているが、汗が吹き出し目は動揺し、声も若干のトゲトゲしさがこもり、手は固く握られている。


 彼は本当は来てほしくないのだ。大人しく家にいてほしい、そんな感情がその場にいない冷静な僕には分かってしまった。


「おかーちゃんもそう言ってたけど、おいら学校にどうしても早く戻りたくて、退院してすぐ来たんだよー! みんなー会いたかったー心配してくれてありがとう!」


 教室からの拍手に、担任の動揺はうまく隠されたようだ。


「無理するなよー! なんかあったらすぐ言えよー!」


 担任はやっといつもの調子で言えた。




 相変わらずコイツはうるさい。授業中から休み時間まで、ずっとお礼を言って色んな話をしてる。


 先生は注意したそうだが、退院したばっかりなことを気にして、大目に見ているようだ。



 そして僕は信じられないものをずっと見せられていた。


 皆の目に涙が浮かぶのだ。

 謝っている子もいた。


 色紙に書いてあったことが本当だという事が段々と信じられてきた。


 嘘に決まってる! と思いながら色紙を読んでいた時は号泣したのに、それが本当だと信じられてきたら、あまり泣かない自分に少し興味がでた。


 退院したらどっか遊び行こう! まずライン交換しよ! って書いてあった奴とラインの交換もしている。


 皆が今日までのノートを見せて教えてくれてる。


 いつの間にか“僕”の周りは人でいっぱいになっている。


 急に手のひら返しやがってという思いと、嬉しさと悔しさ恥ずかしさ、みたいなものを感じながらそれを見ていた。


 僕と話す暇もない程に、あっという間にホームルームの時間になっていた。


「西山ーあらためて退院おめでとう! 一言挨拶するか?」


「する! ありがとう!」


「みんなー! 心配してくれてほんとにありがとう! 色紙もすんごい嬉しかった!」



 僕はぼーっとしたままそれを見ていたが、ふと高木と八島が気になって二人のほうを見てみた。


 さっき教室に入ってきた時は二人共安堵していた。


 が今はまた、こいつの調子に乗った喋りと、拍手を送るクラスメイトにイライラしてきたようで、顔が怖い。


 そーいえばクラスの皆、なんでこんなに僕と仲良くできるんだ?

 色紙にも高木達が怖くて、無視したりしてたって書いてあったけど、今はもう大丈夫なのかな?


 アイツはまだ前にいて、一人一人の名前を呼んでありがとうって言ってる。


 まぁアイツはとりあえずいいか。そんなことより高木達の顔が心配だ。


 その空気を感じてか、高木達の周りの子達から徐々に拍手がなくなっていっている。


 その恐怖の伝播は早い。


 あっという間に拍手しているのは先生位しかいなくなった。


 シーンと張り詰めた教室で、とうとうあのバカは八島の名前を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る