第5話

 救急車の中、先生はずっと手を握っている

「あった…かいなー……先生の手」


 すこし喋れるようになってきたようだ。


「ごめんね。先生がちゃんと話を聞いてあげれなくて」


 まだ泣いているこんなに思ってくれてたのか……


「心配してくれてありがとう……大丈夫だよ遊んでただけだし」


「ちゃんと聞くからね今度は」


「やったー先生とお話できるの? 嬉しい!」


「もう何言ってるの西山君」


 先生は泣きながら笑っている。

 なんかまたイライラする。なんなんだろう。


 色んな感情を乗せた救急車は病院へと入っていった。




「はぁ退屈だなー」


(仕方ないだろ! お医者さんに安静にしてろって言われただろ)


「もう丸1日ここにいるよ? もう元気なのになー学校行きたいなー!」


(おまえ自分がなにされたか分かってないのか?)


「ん? みんな遊んでくれた!」


 ずっとこの調子だ。


「早く戻って遊びたいなー!」


 こんな目にあって、まだ懲りてないのかよ。呆れるほどの馬鹿だ。


 そこへノックの音が聞こえた。


「あら起きてるのね大丈夫?」


「あ! おかーちゃん! うん大丈夫だよ! ありがとう!」


「ほんとに心配したけど元気そうで良かった。あなたいじめられてるの?」


 お母さん心配してくれてるのか?


「いじめられてないよ! 遊んでただけだよ!」


「ほんとに? お母さんにだけはなんでも言ってよね。何があってもあなたの味方だからね」


「おかーちゃんやさしい! ありがとう! なんでも話すね!」


 そこへまたノックの音が聞こえてきた。

 お母さんが応対にドアに向かう。


 綾瀬さんだ! なんでこんなところへ?


「西山君のお母さんですか? こんにちは」


「夏輝の母です。こんにちは夏輝のお友達?」


「はい! 同じクラスの綾瀬です」


「あらーお見舞いに来てくれたの? ありがとうね夏輝も喜ぶわ。入って入って」


「夏輝! 綾瀬さん来てくれたわよー」


「西山君大丈夫?」


「綾瀬ちゃんありがとう! 大丈夫だよ!」


 こいついつの間に綾瀬さんのこと覚えたんだ。


「良かったわたし心配だったの……あこれクラスの皆から。皆も心配してたよ」


 目がうるうるしている。なんで? 

 ほんとに心配してくれてたの? 僕のことを?


「ありがとう! なーに? これ」


「皆からの寄せ書き! 皆も来たいって言ってたんだけど、大勢で押しかけても迷惑だから、変わりに寄せ書きしてもらったの」


「え! 皆からの言葉が書いてあるの!? 嬉しいー!」


「そんなに喜んでくれるとは思ってなかった! 私も嬉しい!」


「夏輝みんな心配してくれてるんだね。いい友達だね。ありがとうね綾瀬さん」


「いえそんな。こんなことしかできなくて、ごめんなさい」


 お母さんにつられて綾瀬さんも涙がこぼれた。


 僕の為に泣いているのか?


 そんなことないか。感傷にひたってるだけだ。どうせ寄せ書きだって、悪口が書いてあるのだろう。


「西山君どれくらいで退院できるの?」


 寄せ書きを見ていたあいつは、キラキラ嬉しそうな目を綾瀬さんに向けた。


「うーんおいらあんまりわかんない! もう大丈夫なんだけどね!」


 変わりにお母さんが答える。


「問題なければ2〜3日って言ってたわ。松葉杖はその後も少し、しないとダメかもしれないけれど」


「そんなに早く退院できるんですね! 良かった! みんな学校で待ってるから早く治してね!」


 だれも待ってるわけないじゃん。


 それにしてもかわいいなー。

 いつもはこんなにまじまじ見れなかったけど、人に見えないこの姿にもいいところあるんだな。ははは。

 声も姿も全部がかわいいなー。


 とポーッとしてた時に


「二人は付き合ってるの?」


 という地獄に突き落とすかのような言葉が、お母さんの口から聞こえてきた。

 そんなこと聞かないでくれよお母さん。

 ここに来たのだって、いやいや来たはずだ。

 全力で拒否られるに決まってる。


「あっいやっそんなことはないですけどっ……」


 え何だこの反応。顔真っ赤になってもじもじしている。


 それに、けどってなんだ?

 どうゆう意味だ?


「あらー青春ねー。かわいい」


「そんなんじゃないですよーお母さん」


「フフうちの子のことよろしくね!」


「もうお母さんやめてくださいよー」


 なんなんだこの会話。

 まぁ夢だから僕にいいようにできてるんだろうな。


 コイツは一人で「付き合うってなーに」とか言ってる


「あっごめんなさい長居しちゃった! 私帰ります! じゃあ学校に来てくれるの楽しみにしてるからね! ご迷惑じゃなければお母さんもまたお会いしたいです!」


「綾瀬ちゃん娘にしたいくらいかわいいから、いつでもいらっしゃいね! ほんとに今日はありがとう帰り道気をつけてね!」


「綾瀬ちゃんありがとう! おいらすぐ学校戻るからね! 皆にもありがとうって伝えてー!」


「お母さんも西山君もありがとうさようなら!」


 そう言いながら綾瀬さんは、また少し顔を赤らめながら足早に出ていった。


「良い子ねー。ねぇどうなの付き合ってるの?」


「付き合うってなーに?」


「この子はまた、はぐらかしてーもう」


「なんだよーわかんないんだよー」


 そして二人は笑い出した。

 普通の親子みたいだな。


 少ししてお母さんは、仕事に戻らないととバタバタと病室を整理して、また来るからねと言って出ていった。



「これ皆から君へのメッセージ見るかい?」


(どうせ悪口か適当に書いてあるかだろ)


「なんだよー見ればいいのにー! 皆励ましてくれてるよー!」


(お前はバカだから、なに書かれててもそう言うんだろ)


「そんなことないよー! ここ置いとくから見たくなったら見ていいよ!」


 僕は話題をそらした。


(そんなことよりさ、これは夢なんだよな?)


「これってどれ?」


 やっぱり馬鹿だろ。


(僕の姿もおかしいし、お前が僕に入ってるのはおかしいだろ!)


「それは君がいいって言っただろ?」


(いやだから言ったけど、それも夢だろ?こんなことが普通にあるわけないじゃないか)


「普通にって君は、今目の前に起きてることも信じられないの?」


(いやだから夢なんだろ)


「人間って面白いなー」


 ほんっとにこいつと話してるとイライラする。


(じゃあなんなのか説明しろよ!)


「だからおいらが君の身体に入ってるんだよ」


(そんなことあるわけないだろ!)


「もう君はわからずやだなー」


(お前だろ!)


「おいら眠くなってきたから寝るね」


(おい!まだ話の途中だろ!)


「早く学校行きたいなー」


 こいつほんとに寝やがった。

 幸せそうな顔をしていることが余計にイライラさせる。

 くそ!


 フーーーー


 僕はイライラをなんとか沈めるために、大きくため息を吐く。


 するとその息があたったのか、幸せそうな顔を少し歪めて寝返りをうった。


 何かが手にあたって落ちた。


 こいつこんな思いっきりぶつけてるのに、起きないのかよ。ほんと子供みたいなやつだな。


 仕方ないやつだなぁ。そーいいながら僕はベットの下に落ちた物を拾った。


(あ……)


 それは目に入ることも嫌だと思っていた色紙だった。



 こんなものわざわざ綾瀬ちゃんに持ってこさせるなんて、高木達も酷いことするよなー。


 そんなことを思いながら元の場所に戻すときに、ぎっしり詰まった文字が見えてしまった。


(あースカスカじゃないってことは、やっぱ悪口か)


 そーいいながら読みたくもない文章を、勝手に目が追ってしまう。


 そして僕は“僕”のいびきに隠れながら、時間の流れもわからない程に肩を震わせて泣いていた。


「お腹減った!」


 という声で我に返った。


 どれくらい時間がたったのかわからない。

 いつの間にか外は暗くなっていた。


 コイツにバレないように涙を拭いて顔を整え、色紙は下に落ちてた事にして、拾って元の場所においてやった。


(そろそろご飯来るんじゃないか?)


 精一杯今までどおりの声を意識してそう言った。


「あれ? 風邪引いたの? 声が変だよ」


 コイツ普段はなんにも気にしてない感じなくせに、たまに鋭いことを言う。


(………歌ってただけだ)


「なんだー歌ってたのか! 僕も起こしてよー!」


 鋭いと思うとこの鈍さがすぐ来る。


 そして良いところで食事が来てくれた。


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