第4話

(はぁ寝れないのはツライな。あれこれ考えてしまった)


(おい起きろよ朝だぞ)


「うーん……」


 ちょっと動いてまた寝た。


(おい! おきろってば!)


 今度はうんともすんとも言わない。

 おい遅刻なんてしないでくれよ余計に目立つから。


 何度も声をかけたがまったく起きない。


 その時下の階から、お母さんの声が聞こえてきた。


「夏輝ー起きてご飯食べなさいー!」


「えー! もうちょっと寝たいー!」


 こいつお母さんには返事しやがって。


 すると突然ドアがあいて驚いた。


「夏輝ーいいのかなーそんなこと言ってー!」


 そうだ昔毎日こんなやりとりしていたな。

 この声でも起きないと


「ほらー起きなさいー!」


「あはははくすぐったいよやめてよー!」


「ほら起きるの? まだやられたいの? フフフ」


「起きるよーわかったやめてーギャハハ」


 懐かしいな。小学生までは、いつもこれやられてたなー。


 それをあいつにしてあげてるのか。


 騒がしい二人の横で、僕は一人泣いていた。


 そして二人は朝食に向かった。


 なぜだかいつもより部屋が広い。





「じゃあ行ってきます!」


「いってらっしゃい!友達と仲良くね!」


「はーい! おかーちゃんも無理しないでね!」


「ありがとう! でも頑張るね!」


 二人は普通の親子のように見えた。


 お母さんは僕に友達がいないことを知らない。

 やっぱりなにも分かってくれてないんだな。


 僕が角を曲がるまでお母さんは手を振っていた。



(おいほんとに学校に行くのか)


「君はほんとに優しいね! そんなに心配してくれてありがとう! でも僕は学校に行きたいんだ!」


(別に優しくはしてないよ! 勝手にしろ!)


 足取りが軽いから変な歩き方をして、同じ制服を見かけると挨拶して回ってる。


 そしてまた笑われている。自分が笑われているようですごく不快だ。


 はぁ本当に今日は酷い一日になりそうだ。



 挨拶して回ってたせいで遅刻ギリギリだった。


「お! どうした西山朝から元気だなー!」


「先生おはよう! 今日も元気に頑張ろー!」


「なんで先生がお前に励まされにゃあかんのだハハハ西山こそちゃんと勉強頑張れよ!」


 またどっと笑いが起きた。


 相変わらずこいつはバカにされてるだけなのに、嬉しそうに笑っている。


 授業になってもそんな感じの事がずっと続いた。

 昼休みが怖いな。


 僕の予想は的中した。いつにもまして怖い顔の、高木と八島が近づいている。


 あいつは女子となにやら盛り上がって話している。


 次の瞬間

「なーつきちゃん今日もいっとこうか」


 と言いながらズボンとパンツを降ろされてた。

 あいつの目の前にいた女子達が騒いでいる。


「昨日嬉しすぎて倒れちゃったんだよねー? 変態だなーなつきちゃん! ギャハハハ」


 またクラス中が笑っている。

 だから言ったのに気をつけろって。

 あいつ苦しいからやだとか言ってベルトもしてないし。


 するとそのままクルッと振り返ったあいつは


「みんな笑ってくれるってことはこれ面白いんだね!」


 と言いながら高木のズボンに手をかけ一気におろした。


「は!?」


 なにが起きたか分かってないような感じの高木の肩を掴んで、みんなに見せるようにクルッと一周させた。


 するとみんな一瞬笑ったと思ったら、一気に静かになる。

 これから起こることの恐ろしさを感じたようだ。


 そんなことは気にせずに高木の横で下半身を出したまま踊ってる。

 こいつほんとうの馬鹿だ。


(おい早くしまって間違えたって土下座しろ!)


 そう僕が言ってる横から


「てめぇ! なめてんのか!!」


 と聞こえ、僕が振り返った時には拳が僕を通り抜けた。


 ヒッ


 一瞬身構えたが僕には当たらないし見えないんだった。


 “僕”には当たったようだが。


 なにか鈍い音が聞こえ、その後机に何かが当たる音が聞こえた。


 振り返ると“僕”は転がっていた。下半身を出したままで。


 そして女子の悲鳴が耳を裂く。


 高木はズボンのホックを繋ぎながら、あいつに向かって歩いてく。そこに八島も向かう。


 聞き取れない何かを叫びながら。


 そして高木達が足元まで辿り着いた頃

「ううっ」

 と小さいうめき声が聞こえてきた。


「良くもやってくれたなこの野郎!」


 そう二人で言いながら、蹴ったり乗っかったりしている。


 その都度ウッとかグッとか声が聞こえる。


 自分がこんなにされてるのを見るのは初めてだった。


 痛そうだやめてくれ! と思う気持ちとちょっと面白いと思ってる自分がいた。


 あんなに嫌だったのに自分がやられてないと、笑いたくなるものなのか。


 そんなふうに思う自分を軽蔑する。

 これは嘘ではないと思う。

 が、自分はやられないというホッとする気持ちもある優越感すらある。

 その感情も嘘ではないだろう。


 僕を笑ってるクラスメイト達も、そんな感情なんだろうか。


 だとすると僕が今、あいつを助けようと動けないように……いや、動かないように、みんなもそうだったのかもしれない。



キーンコーンカーンコーン


 あいつずっと蹴られてたけど、大丈夫なんだろうか。

 あいつが死んだら俺の身体は、どうなるんだろう? 

 いやそうだ。夢なんだった。じゃあ大丈夫か。


「おい! 西山なに寝てんだお前! またふざけてるのか」


 先生のその声に反応して八島が


「まきちゃーんおねんねですかー? おっぱいのじかんでちゅよー」


 またクラス中が笑う。僕も含めて。


 早く起きろ! と言いながら先生が近付いて起こそうとした時に、腫れた顔と血を見て


「おい! なんだお前どうしたんだ! 西山! 西山! おいしっかりしろ!」


 クラスメイトの笑いが消えた。


「おい! だれか保険の先生呼んでこい!」


 夢にしては緊迫感がある。


 先生はずっと呼びかけ続けている。


 保険の先生があわただしく教室に入ってきて、あいつの状態をみてすぐ救急車を手配した。


 その間クラスメイト達は青ざめていた。もちろん高木も八島も。


 小さな声が聞こえてきた。

(おいやべぇよ。やりすぎたんじゃないか)


(死んじまってねぇよな)


(わからねぇ。俺はそんなにやってないからな)


(あ? 頼んでもねぇのにお前が勝手にやりにきたんじゃねぇかよ!)


「あ!? てめぇがはじめたんだろうがよ!」


「なんだてめぇこの野郎!」


 なんでこいつらが喧嘩するんだ。バカはこれだから困る。


 揉み合いになってる二人を、こんな時にふざけないで! という先生の一言で止めた。


 すごい迫力だ。


 先生泣いてる……?


 そして眠っている“僕”に向かって、ごめんね。ごめんね。と言っている。


 すると

「……ん…あれ……だれ……ナカナイデ」


「西山君、目が覚めたのね! もう大丈夫よ心配しないで! すぐに救急車もくるからね! 私がわかる?」


「わから……けどび……じんがだい…な……しだよ………笑って」


「やっぱりまだ意識がしっかりしてない! 救急車まだなの!?」


「先生! 救急車きました!」


 すぐに上がってきてスムーズに台に乗せた。


「私が一緒にいきます!」

 保健の先生がそう言ってついて行く。


 クラスのみんなが心配して声をかけだした。


 高木と八島の前を通るときに、またあいつが口をひらいた。


「たのし……かったね……また……あそんでね」


 二人は青ざめたまま何も言わなかった。



 そのままあいつを乗せた台は教室を出ていった。


 僕も心配になりついていく。

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