第3話

「はぁはぁっ息ができないなー! あー人間ておもしろいっひーっはぁはぁっあはは!」


 なにがそんなに面白いんだこいつ、なんだか僕も少し笑えてきた。


「おっよーやく笑ったね!」


(お前があまりにも変だからだよ! 笑わせるなよ、そんな気分じゃなかったのにあはは)


「おいら1位になれたかな」


 あーやっぱり覚えてるよなそりゃ。

 説明するのめんどくさいけど毎日言う方がめんどくさいか。


(あれは嘘だ)


「えー!おいらあんなに頑張って走ったのに」


(おい思い出せ。僕はいじめられてるんだよ。あのまま放課後も学校にいたら、なにされるかわかったもんじゃないんだ)


「おいら今日いじめられなかったよ?」


(いや散々笑われてたし、からかわれてただろ?)


「それがそんなに君が嫌がってるいじめなの?」


(そーだよ)


「おいら笑ってもらえて、かまってもらえて嬉しかったぞ!」


(お前はまだわからないんだよ)


「じゃあわからない方が良くないかい?」


(え、それじゃあ馬鹿みたいだろ)

 

 そーいいながら僕はイライラしてきた。

 僕があんなにツラかったことは誰にもわからないのか。


「おいらは君の身体になれて幸せだよありがとう!」


(もっと大変なことされるんだよ! 殴られたりお金取られたり服脱がされたり!)


「お金は持っていかなきゃいいじゃないか、殴られたら殴り返せばいいし、服脱がされて何がいやなんだい? お風呂入るとき脱ぐじゃないか。」



(そんな簡単じゃないんだよ! やられてみればわかる! そのときに泣きついても俺は知らないからな!)


「いいよ! 心配してくれてありがとう!」


 イライラしてた僕は母親の声に逃げた


(ご飯だって! 早く行けよ!)


「わかった!」


 その声を最後まで聞かずにあいつを部屋から追い出した。


 あいつと喋ってるとなんかイライラする。



 うるさいあいつがいなくなり、いつもの静かになった部屋で、ようやく僕はひと息つくことができた。

 今日ずっとあいつと一緒にいておかしくなるかと思った。


 あいつそもそもなんなんだ? 本当に僕の身体にあいつが入ってるのか?

 この姿はあいつにしか見えなくて、あいつにしか声が聞こえないなんてことがこの世でありえるのか?


 お化けか?


 非科学的な事が嫌いな自分に、その言葉が浮かんだ事を自分で驚いた。

 が、科学で証明できるわけがないだろう。しかも自分はたしかに何度も飛び降りたはずだ。


 あ

 そうか夢を見てるのか。


 そのほうがまだ科学的だ。


 そういいながら鏡に自分の姿を写してみた。どーみたってフザケてるよなーやっぱり夢だ。

 もう僕は飛び降りていて、病院かなんかにいるんだろう。


 まだ死ねてないのだろうか?


 そんな疑問を感じたとき、下の階の騒がしさに気付いた。


 なんだ? だれか来たのか?


 そういえばあいつ一人でご飯にいかせたけど、大丈夫なんだろうか……


 夢だとさっき確認したはずの僕だが、少し不安になってきた。



 下の階に降りてみるとやはり来客だ。いつも静かな食卓で話し声や笑い声が聞こえる。


 ご飯時に誰が来てるんだろ。


 そう思いながら食卓をのぞくと僕は思わず声を失った。


 お母さんが笑ってる……


 昔よく笑っていたお母さんは、僕が小学生の頃には笑わなくなっていた。


 だからはじめて笑顔を見たような気さえする。


 しかも来客ではなかった。“僕”と喋っているようだ。


 僕とお母さんが、最後に目を見て話したのはいつだろう? 

 いつも一方的に事務的に、やらなければいけないことだけをお互い話していた。


 猛烈にイライラが襲ってきた。

 自分でもなぜイライラしてるかわからない。


 お母さんと楽しそうに話してるあいつを許せない。


 お母さんが楽しそうに話してるのが許せない。


 そうしてる間にも話は盛り上がっている。


「おかーちゃんおいらに肩叩かせて!」


 またこいつ調子に乗りやがってクソ!


「いいわよそんなにしてもらわなくっても! 夏輝今日はほんとに変よ? 突然どうしたのよ。なんか買ってほしいものでもあるの?」


「買ってほしいものなんておいらないよ! おかーちゃんが健康で長生きしていつも笑顔でいてもらいたいだけだよ!」


「ほんと変な子ねぇもう、先にこれ片しちゃうわね。」


「おいらも手伝うよ!」


 お母さんが嬉しそうな事が余計に腹が立つ。


(おい! はやく部屋に戻るぞ!)


「あ君もきたんだね! おかーちゃん美人だし優しいし幸せだね!」


(だから声出して喋るんじゃねぇよ!)


「あら美人だなんて今日は本当にどうしたのかしらねこの子はフフフ」


 ここにいるとだめだ。むしゃくしゃする。


(はやくこいよ!)


 そう言い残して僕は2階へと戻った。


(なんなんだよ。あんなに楽しそうに話しやがって)

(僕のことなんて見てくれなかったくせに)


 次から次へと不満が口からでてきた。


 壁を叩こうにも叩けない。


 そしてまた僕は今の自分の状況を思い出した。


 これはどうゆうことなんだ? 

 夢なら早く終わってくれ……




 鼻歌を歌いながらようやくあいつが戻ってきた。


「いやー楽しかったー! おかーちゃん喜んでくれたかなー!」


 入ってくるなりそう話しかけてきたがそれには答えず


(おい! これは夢なのか? みんななんかいつもと違うし、僕が僕を見てるのもおかしいじゃないか!)


「どうしたの落ち着いて。」


(落ち着くもなにもないんだよ! 早くこの悪夢を終わらせてくれよ!)


「4日もしたら消えるからさーちょっと我慢してよ。」


(4日!? ほんとにそれでこの悪夢は終わるんだな!?)


「うん! あとは自由にしたらいいよ。」


(よし! 絶対だからな!)


 終わりが聞けた僕は少し落ち着いてきた。


(それにしてもよくお母さんと話せたなー)


「え? いつもは話さないのかい? おいらとは普通に話してくれたよ!」


(普段はお互い用があるときだけ一方的に話すんだ。)


「そうなのかい? そういえば最初驚いてたや。」


(なにしたんだよ!)


「なにも! ご飯よそってくれたからありがとうって言って、その後いただきますって言ったら、どうしたの? って言われた!」


 そういえばありがとうなんて、いつから言ってないだろう。

 そう一瞬思ったが、悔しいから気にしないことにして、一言で終らせた。


(ふーん)


 そんな僕にはお構いなしに、お母さんとこんな話しをした、あんな話ししたと言ってきた。


 僕はそれに生返事しながら

 明日の学校の大変さを考えていた。


 今日さんざんおちょくってる感じになってたのに放課後逃げたからあいつらムカついてるに違いない。


 明日は散々な事になるぞ……



(明日は学校休んだほうがいい。)


 急に口にだしたから、さすがのこいつもびっくりしたみたいだ。


「なんで? 学校楽しいのに!」


(お前の為を思って言ってるんだよ。今日は逃げれたけど、明日は必ずヒドイ目にあうぞ!)


「また意地悪されたときの話か!だからさっきもいったけどおいらは全然気にしないよ!」


(殴られるぞ?)


「やり返すよ!」


(そんなことできるわけ無いだろ!)


「やってみなきゃわからないよアハハ」


(勝手にしろ!)


「そんなことよりなんか眠くなってきたなぁ人間面白い!」


(なんなんだよお前ほんと。)


 もう明日痛い目を見たほうがいいと思った。どうせ僕は痛くないんだし、見たくなかったら見なきゃいいだけだ。


(歯磨いてから寝ろよ。)


「うん!」


 楽しそうに降りていく。何がそんなに楽しいんだか。


 歯磨きしにいったのに、またお母さんとなにか楽しそうに話してた。


 ようやく戻ってきて、まだ僕になんか話してきたが無視した。


 そのうちに眠りについたようだ。


 僕は疲れている気がするのに眠くはならない。


 お母さんの顔を見に行った。

 なんか嬉しそうな顔をしてる。


 遠目だと分からないがなにか喋ってるようだ。


 近づいてみるとお母さんは泣いていた。

 嬉しそうな顔で泣きながら

「……夏樹……ありがとう…………」


 と聞こえた。


 お母さんが泣いたところなんて初めて見た。

 なぜだか分からないが僕もずっと泣いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る