第二話 その名は無銘〈後編〉


「「感情励起デザイアップッ!!」」


 リューコと久慈の二人が独特の合図で宣言する。二人の間には縦横直径五メートルの無機質な黒い鉄板が乗った大きなテーブルがある。それこそがデザイア・ボッツ達の戦場、俗にバトルフィールドと呼ばれる舞台だ。

 二人が宣言し、ボッツをフィールドの端に備え付けられたゲートにセットする。黄色い光の粒子がボッツを包み込み機械音声が流れ出す。


機体登録完了レギュレーション・クリーン感情励起デザイアップ。』


 二人のセットが完了すると二人を包み込む様に粒子が溢れ出し、仮想の操縦桿とモニターが物質化した粒子によって形成される。更に観戦用のモニターが展開され、両者の機体の視界モニターが映し出された。


 フィールド内に埋め込まれたデザイアメタルの塊が〈ファイター〉の感情励起の宣言に呼応して戦意を感じ取り粒子を発するらしいが、見れば見るほどトンデモテクノロジー。まるで一昔前のホビーアニメの世界みたいだ。

 

 フィールドに粒子が満ち、バトル開始が迫る。セットされた二人の機体が生気を帯び、頭部のアイカメラに光が灯り、静かに上体を起こして発進体勢へと移行する。その様子は本当に人が搭乗してると錯覚する程にリアリティに満ちていた。


「いくよ、コバルトスター!」

「出陣だ! グラスカッター!」


 久慈、リューコ共に機体名を呼び、勢いよくフィールドへと飛び出した。空を駆るコバルトスターのモニター一面に深緑の絶海が広がる。それと同時にリューコはキッと久慈の立つ方を睨み付けた。そのリューコの様相は二人を覆う粒子によって久慈には見えていない。だが、やはり久慈は不吉な笑みを浮かべていた。


「リューコは何に苛ついているんだ……? それに久慈の方は────」


「まだそんな安っぽい手段を取るのね。久慈くん」

 

 不意に俺の側でそう呟いた声の主は俺の真横で同じく観戦している銀髪の女生徒の一人だった。派手な髪色の彼女は冷めた視線を観戦画面へと向けていた。


「あの、どういう事ですか?」俺はつい彼女に質問していた。

 銀髪の彼女は少し黙ってこちらを見つめてきたが、ふぅと息を吐いて口を開いた。

「君、久慈くんの機体を知らないの?」

 呆れた口調の彼女の言葉に俺は素直に頷く。すると彼女は一瞬目を丸くするがすぐに元の冷めた表情に戻った。

「久慈くんの機体はナイトモデルの近接型。文字通り近距離戦闘を得意としているの。対してあの青い女の子の機体はロングライフルにシールド、はっきり言ってこの勝負あの子が負けるわ」

「……リューコが不利なのか? でも近距離と遠距離なら後者の方が有利に感じるけどな」

 ロングライフルなら近距離戦闘を無理にする必要もないはずだ。ソレに基準は分からないがリューコの操縦技術だってかなりのモノだ。そう簡単に勝敗が決するとも思えない。 


「あの子リューコって言うのね。それにしても……君、本当にボッツの事知らないんだね。確かに単純な有利不利なら射撃武装の方が有利かもしれない──けど見て。フィールドのほぼ全域が森で覆われている、あれじゃライフルの有利性は損なわれるでしょうね。加えて久慈くんのグラスカッターは近接タイプ、森の様な視界の悪い場所ならライフルの標的にならずに接近が出来てしまう」


 淡々と語る彼女の言葉を聞きながら観戦画面に視線を戻す。戦況は彼女の言う通りの様相を示していた。


 リューコの愛機コバルトスターは森の中に隠れているグラスカッターを捉えられず、まだ森の上を警戒しつつ飛行している。


「俺の声はリューコに届くか?」


「ムダ。対戦中は外部からの声はファイターに届かないよ」


「……見てるしか出来ないワケか」


「見て、戦況が動くわ」彼女に言われ戦闘画面を見ると、コバルトスターが森の中を進み始めていた。


 シールドでの警戒をしつつコバルトスターが森の中を進む。周囲は大量の木に囲われ、ロングライフルの取り回しは効きそうに無い。そして、コバルトスターの視界にグラスカッターの気配──姿も見当たらない。


 ──その時、森の奥でギラリと陽光が反射した。


「!」俺が気付くのと同時にリューコも反応する。直後、コバルトスターの視界に巨大なトマホークが迫った! 


 ◇


「樹海のフィールド……ロングライフルの取り回しは悪いかもね」

 フィールドの設定はおそらくランダムのはず。アタシの運が悪かったと思うしかないかな。

 視界いっぱいに広がる樹海を見下ろし、頭の中でボヤく。高低差は無く空中は見通せる。しかし敵機の姿は見えない。

「やっぱり森の中か。待伏せ戦法なんてホントに世界大会出場者なの?」

 正面から撃ち合って殴り合ってこそのボッツ・ファイトじゃん。

 手元の仮想操縦桿を前へと押込み、右ペダルを踏み込む。デザイア粒子エンジンのブースト推力が上昇し、特有のキィィィと粒子が圧縮される音が聞こえてくる。


 ──無理矢理にでも引きずり出してやる!


 背部ブースターから青い燐光を発してコバルトスターを加速させ、眼下の森へと向かう。ロングライフルを構え着地地点の森へと光線を乱射して視界を確保した。ライフルの総装填数は十八発、内五発を着地点の確保に使ったけれど、時間経過で弾数は回復する。それにフィールドだって無限じゃない、アタシのやる事は多少時間が掛かっても森に潜む敵機を見つけ出して、自分のフィールドで戦う事だ。


「いつまで隠れてるつもりっすかセンパイ!」


 機体から発されたマイク音声が森へと響き渡る。安い挑発に乗る相手じゃないだろうけど、こういうのは言っておくだけでも少なからず効果がある。


 残弾回復は早くても十五秒に一発。充分森の中を進んでいける。周囲を警戒しつつ、森へと踏み入る。森野な中はファイトの最中とは思えないほど静かだ。ボッツの出す駆動音も地響きも無い。ホントに敵機が居るのかすら疑わしくなってしまうほどに。


「……?」


 森の奥で何かが光った? 疑似陽光の反射────


「ウソっ、でしょッ!?」 


 視界の奥から木々をなぎ倒しながらこちらに迫ってくるモノがあった。巨大なトマホーク。多分敵の武装だ。一体どこからと考えるよりも先に、回避行動の入力を始める。


 屈んでも回避出来ない! なら上に飛ぶ!


 瞬間的に足回りと背部のブースターを動かして、真上へと飛び上がる。バキバキと枝葉の天井を突き破るとすぐ足元をトマホークが通過していった。その時、ハッと気付く。


「今のは、まさか、跳ばされた──」

 

「おや気付いたのかい?」


 マイク越しの声が直ぐ側から聞こえ、すぐにメインカメラを向けると、そこには樹の上に立つ敵機──グラスカッターが待ち構えていた。


 深い緑色の装甲……それに樹の上に立てる程の軽量な機体。

 そこでもう一つ事に気付く。


「まさか自分の有利なフィールドになるように仕組んだんスか!?」


 咄嗟にロングライフルをグラスカッターへと向けるも、瞬時に銃身が斬り落とされ内部で圧縮されていた粒子が爆発を起こしコバルトスターの右腕を巻き込んで破壊される。


「おいおい、負けそうだからって言い掛かりはよしてくれよ、な!」


 グラスカッターの背部から追加腕エクストラアームが伸び、コバルトスターの左腕も斬り落とされた。明らかに弄ばれてる。でも、まだ負けてない!

 コバルトスター胸部に内蔵されたギミック──デザイア粒子砲……この距離なら確実にグラスカッターを破壊出来る! 


「余裕こいてんじゃ──!」


 胸部粒子砲の充填を開始、発射まで三秒。絶対に逃さない!

 青い燐光がコバルトスター胸部へ吸入されていく。普通の機体相手でもタダでは済まない威力なんだから軽量のグラスカッターなら一撃で────


『機体損傷甚大。胸部パーツ破損』


 ……ウソ。


「そんなあからさまな攻撃が通るワケ無いだろ、ケヒッ!」

 

 いつの間にか背面に巨大なトマホークがめり込み、胸部パーツの大半が破壊されていた。一体どうやって投げたトマホークを回収したの。それよりこのままじゃ、胸部で圧縮された粒子砲のエネルギーが暴発して、


「ケヒッケヒッ! 奇襲は二度、三度重ねてこそ奇襲足り得るのさ! さぁ、自らの武装で自滅する絶望を僕に見せてくれ!」


 青い燐光が黄色から赤に変わる。コバルトスターの装甲が割れ、粒子が漏れ出す。  


 エネルギーを制御出来ない……! 


 アタシの、負け……?


「うぁ、うぁぁぁぁあッ!!」


 ◇


 コバルトスターの内部が膨張し、大きな爆発を起こした。そこにあるのは無傷のグラスカッターだけ。


『コバルトスター 戦意喪失デザイアウト Winner グラスカッター』


 機械音声が流れ、粒子の作り出す仮想空間が消失すると、爆発し原型を留めていないコバルトスターの残骸が無機質な黒い鉄板の上に飛散していた。


「コバルトスタぁー!」


 リューコがコバルトスターの破片を拾い上げて胸元に抱え込む。その表情は俺でさえ見たことが無い痛切さを物語っている。

 あの久慈とかいうヤツ、相手が挑戦者とは言えここまでする必要があったのか……?

 わざわざ相手を痛めつける様なやり方。機体を完全に壊してまで勝利を誇示するなんて。

 クソ、俺がボッツ・ファイト出来ればリューコの仇を取ってやれるのに……!


「さて、では真剣勝負で賭けたモノの精算をしてもらおうかな」


 涙を浮かべ座り込むリューコの前に久慈が立つ。そして、いきなりリューコの髪を掴んだ。


「痛ッ──な、なにするんスか!?」


 リューコが抵抗しようとすると、久慈は舌打ちをした。


「誇りを賭けたんだろうが! お前はこれから僕の下僕なんだよォ!」


 先程までの久慈とは様子が変わり、乱暴な口調でリューコを怒鳴りつける。その勢いや表情に気圧されたリューコが怯えた表情を見せると久慈は邪悪な笑みを浮かべた。  


「なんだイイ表情が出来るじゃないか。それでイイんだよそれで」


 ……なんだアイツ、完全にイカれてる。喩え勝負の結果だろうと妹をあんな目に合わされて黙ってられるか!


「君、どうしたの?」銀髪の女生徒が声を掛けてくるのも無視して俺は舞台へと上っていた。  


「お、おにぃちゃん……」涙目のリューコがこちらを不安気に見つめていた。


 久慈はリューコの髪から手を離し、俺を見た。


「……なんだ、君は?」久慈が眼鏡の位置を直しながら俺を睨み付けてくる。


「俺はコイツの兄だよ。なぁ、アンタホントにここまでする必要があるのかよ? たかだか新入生歓迎の大会で、新入生相手に心を傷付ける様なマネまでして勝ちに拘る必要があるのかよ!」


「ふん、何を言うのかと思えば。真剣勝負を承諾したのは彼女だろ。負けてから言い訳して責任から逃れようって言うのかい?」


 久慈は何も悪びれる様子なくそう言い放った。リューコも黙って俯くだけ。


「おにぃちゃん、負けたアタシが悪いんだよ……だから……!」  


「お前は黙ってろ! 俺は──俺はコイツのやった事が許せない!」


 そうだ。俺は許せないんだ。妹をこんな風に負かしたコイツが。妹が大事にしていたボッツを壊したコイツが。なにより、家族に手を出したコイツが!


「ケヒッ。だったら何だい、今度は君が僕とファイトしてくれるのかい? それなら相手になってあげるよ、僕の得意のフィールドでね!」


「おにぃちゃんはボッツ持ってないじゃん! もう、いいよ……! これ以上ムリしなくて良いから!」


「──あるさ」


「え……?」


 俺は鞄から今朝母さんから貰ったボッツのブリスターケースを取り出して見せた。


「なんで、おにぃちゃん……いつの間に?」驚くリューコ。


「ケヒヒヒッッ! なんだよソレぇ! まだ箱に入ったままの新品!? と言うことは初心者かい!? それで僕と戦う気なのかい!?」


 大笑いする久慈に向かって俺はボッツのブリスターケースを向けた。


「やってやるよ。俺が勝って、お前のした事を謝らせてやるよ!」


 もう引き下がれない。だからと言って怖じ気づいてる訳でもない。


「いいだろう。ならそのボッツを出して、セットするがいい。しかし、ただ初心者を嬲るのも味気無いなぁ……」


「なら私が彼のサポートをするわ。それくらい良いでしょ」


 いつの間にか俺の横に銀髪の女生徒が立っていた。勢いで啖呵を切ったが、基本の操作も覚束ない俺には願ってもない協力だ。けど久慈が何て言うか……。


「君自身が操作しないならサポートくらい許してやろう。まぁ、そうでもしないと勝負の形すら保てないだろうしね」


「そう。ならそうさせてもらうわ」素っ気ない返事を久慈に返して銀髪の女生徒がこちらを見た。


「私は志波しばヤヨイ。ファイトにはそれなりに自信があるからサポートは安心して。そっちの名前は?」


「俺は士門ハジメだ。助かるよ」


 握手のつもりで手を差し出すが、ヤヨイは無視して俺の手に持つボッツに目を向けた。


「君の名前はどうでもいいの。そのボッツの名前は?」


 ……ボッツの名前? それこそなんだって良いと思うんだが。  


「ボッツの名前は重要。デザイア粒子とメタル、その両方によって血を通わせるボッツは君の感情で動く。つまり君の分身とも言える存在なの。名前が無いのなら、今すぐ名前を付けてあげて欲しい」  


 そんな事急に言われても──名前、名前か。駄目だ全然思い付かない。クソ、名前なんか何でもいいのに!

 必死に考えていると、ふと思い付いた。名前が無いのなら名前が無いことを名前にすればいいんだ。


「……む、無銘、決めた。コイツの名前はムメイだ!」


 

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激情励起デザイア・ボッツ ガリアンデル @galliandel

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