第一話 その名は無銘〈前編〉

「おにぃちゃん! 遅刻するよ!」

 常人の三倍ほどの声量を発しながら部屋のドアが開け放たれる。声の主は双子の妹、〈リューコ〉だ。

「分かってるから……もう起きるつもりでいたよ」

 それに、時計を見ればまだ七時になったばかり。あと三十分は寝れていた計算だったのに。

「もう。今日から高校生なんだしもっとハキハキしないと! おにぃちゃんには覇気とか気合みたいなのが足りないんだよ!」

 リューコはため息を吐きながらやれやれと首を振る。リューコは俺と見た目や雰囲気は似ている要素があるが、性格だけは全く似ていない。

 活発で何にでも興味を持って一生懸命取り組むのがリューコであり、片や俺は興味のある事自体が少ないし、向いてないと感じたらすぐに諦めてしまう。双子だというのに一体なぜここまで性格に差が出たのか分からないほどだ。

「おにぃちゃん早く準備してね!」

 リューコはそれだけ言うとドタドタと階段を降りて行った。下から母さんの「静かに降りなさい!」とリューコを叱る声が響いてくる。

「さて、着替えるか」


 ◇


 下に降りるとリューコは既に朝食を完食し、朝のニュースを観ながらテーブルの上で〝何か〟を弄っていた。玩具のロボット──所謂〝ボッツ〟と呼ばれるヤツだ。

世界中で流行っててリューコはおろか母さんですらボッツを持っているのだから、もう流行りなんて表現の域を越えて日常に浸透している。

「リューコ、それ学校に持ってくのか?」一応聞いてみる。

「当たり前じゃん! だってみんなも絶対持ってくるよ! ていうか持ってないなんて言ったらサビシー高校生活が幕開けしちゃうよ!」

 流石にそこまでの事にはならないだろうが、俺は少し不安を覚える。でも持っていても俺は〈ボッツ・ファイト〉には興味無いしな……。

「おにぃちゃんもそろそろ自分のボッツ持とうよ! そんでもってアタシの愛機、〈コバルトスター〉と戦おうよ!」

 リューコが手に持ったコバルトスターとやらを俺の眼前へと突き出してきた。青と白の女性型のボディにデカい動物の耳に似たアンテナ、大きな盾と重厚なロングライフルを装備したロボットの無機質な瞳が俺をじっと見つめてくる。

「いや、俺は……」

 確かに昔はロボットをカッコいいと思った事もあったが、今はそんなに興味が無い。ましてや自分で指示を出して動かすだなんて尚更だ。

「まぁおにぃちゃんならそう言うと思ってた」

 リューコはまたしてもため息を吐く。

「まぁまぁリューコ、みんながやってるからってハジメにもやらせる必要なんか無いんだから」

 母さんがそう言って不機嫌になるリューコを諌めてくれた。

「でもさぁ、これじゃおにぃちゃんが高校で一人ぼっちになってリューコ無しじゃ生きられなくなって、アタシと一生生きていかなきゃならなくなっちゃうんだよ!?」

 流石にそこまでの事にはならないだろ。

「流石にそんな事にはならないと思うわよ……?」

 母さんも同様の事を返すが、なぜ少し疑問形なんだ。

「はぁ、母さんもリューコも大げさなんだよ。第一もう高校生なんだ、多少は落ち着いてる人もいるだろ。俺はそういう静かな連中とつるむよ」

「あっ!? ちょっと待ってよおにぃちゃん!」

 カバンを持ちテーブルから立つとリューコも慌ててカバンにボッツを詰め込んで追いかけて来た。

 そうして二人で玄関で靴を履いていたが、リューコが先に飛び出していき俺が靴紐を締め直していると、背後から肩を叩かれた。

「なに、母さん?」

 母さんは後ろ手に何かを隠し持っている様だったがすぐにそれを俺の前へと差し出した。

「じゃーん!」

 そうして自慢気に披露されたのは、まだブリスターケースに入ったままのボッツだ。何となく俺は察してしまった。

「コレもしかして」

「そう、お父さんからの入学祝い♪」

 いい歳して入学祝いが玩具のロボットって……。

「なんで俺にだけ?」

 こんなのリューコだったら死ぬほど喜んだと思うのに。

「お母さんがお父さんに相談したのよ、ハジメがまだボッツを持ってないから高校で友達ゼロ人になっちゃうんじゃないかって」

「それは流石に──いや微妙に有り得るかも」

 リューコとは違い、母さんは常に絶妙に有り得そうな事を言ってくる。

「興味が無くても一応持っていってみたら? あ。それとリューコには内緒だからね! あの子が聞いたらお父さんにくれるまで永遠にお強請りするだろうから」

 それも絶妙に──いや、絶対そうなるな。

「……分かったよ、じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃーい!」


 ◇


 高校に着いた瞬間、俺は唖然とした。

「うはぁぁぁ! やっぱりスゴイね! 高校ともなると本格的だぁ!」

 対照的にリューコは目を輝かせ校庭に築かれた『新入生歓迎大会』の会場へと走り去っていった。置いていかれた俺が呆然とその方向を眺めている内に周囲には人集りが出来上がり、その場から離れる事が不可能になっていた。

「何が何やら……!」

 ボッツの何がここまで人を熱狂させるのか分からないが、兎に角今は脱出したい。

 そうして無理矢理出ようとしていたが、突然人集りが凄くなった。ほとんど波濤の様な勢いで俺は押し戻され、周囲の熱狂は更に高まった。


「うおおお!! あの人って前年度ワールドボッツファイトに出場したっていう〈久慈ミズト〉じゃね!?」

「あのグラスカッターの早業が見れるのか!」

「相手は誰なんだよ!?」


 もみくちゃにされながら興奮した生徒数人の会話内容を聞いた俺はバトル会場へと目を向ける。

そこには緑髪の嫌味そうな眼鏡の男と、やはりと言うべきか、何故と問うべきか、自信満々で世界大会出場者の久慈ミズトとやらの前に立つリューコの姿があった。

 

 なんでアイツはあんなに行動が早いんだ。生き急いでいるにも程があるだろ……!


「おっと、今度の挑戦者はかわいい新入生の女の子か。キミ、美少女だし手加減してあげるよ。ハハッ!」

 世界大会出場者とやらはリューコをじろじろと眺めてそう言った。

 だが、そう言うナメた発言はリューコに対して禁句だというのを俺はよく知っている。

「随分余裕なんすね、センパイ! アタシをそこらのファイターと一緒にしないでくださいっすよ。あ。そうか、ここでアタシに負けても手加減してたからって言い訳が必要ッスもんねぇ?」

 悪い笑みを浮かべてリューコがそう返す。我が妹ながらなんて好戦的なヤツなんだと思う。

「チッ、顔は良いが性格も言葉遣いもダメだな!」

 久慈ミズトは露骨に不機嫌さを表出させて舌打ちする。そして、何かを思いついたのか、パッと表情を変えた。

「ふぅん、そうだ折角の余興なんだ。キミ、僕と〝真剣勝負〟をしないかい?」

 久慈の言う真剣勝負が俺には何のことだかさっぱり分からないが、舞台上のリューコの表情がヒリついたモノに変わった。

「……いいすよ。でも何を賭けるつもりっすか、言っときますけどアタシそんなにレアなパーツとか持ってないっすよ」

 久慈はそれを聞いてニィと口の端を歪めた。一体何を考えてるんだ。俺の中で嫌な予感がした。

「ならばキミはキミ自身の 誇りプライドを賭けろ。僕はそうだな……キミが勝ったら僕の持つ世界大会出場権を差し出そうじゃないか!」

 久慈の答えを聞いて、リューコの目の色が変わる。

「いいっすね、ソレ」

「では合意と言うわけだな。勝負を始めようか──ケヒッ!」


 久慈の不吉な笑みと共に勝負が開始されようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る