002 童貞はお礼されて露呈する

 米を高く売る一番の方法はオークション形式だろう。

 なにせ最も金払いの良い相手に売り付けられるのだから。


 しかし、それは理想論であって現実的ではない。


 実際にそんなことをすれば、敗者による米の奪い合いが始まる。

 暴徒化して俺にまで危害が及ぶことは容易に想像できた。


 現実的には大富豪とこっそり取引するのが一番だ。

 したがって、ドームに出入りできる件は口外しないほうがいい。

 誰か一人でもこの秘密を知れば、絶対に面倒な事態になる。


 ということで、俺が採った戦略は――。


優花ゆうかさん、衛生用品とタバコ、調達してきたよ」


「ありがとう。はいこれ、お代の40万円」


「どうも」


 ――お姉さんマダムこと優花さんとの専用取引だ。

 昨日100万円で米を売ったあと、巧みな話術で仲良くなった。

 ちなみに、巧みな話術を駆使したのは彼女のほうだ。

 俺は胸の谷間を凝視するのに夢中だった。


 優花さんは水商売でいうところの「太客ふときやく」である。

 そこらのザコが束になっても敵わないだけのカネを落とす。

 自宅の金庫には唸るほどのマネーが眠っていた。


 優花さんが太客なら俺は外商だ。

 顧客の求める商品を調達し、高値で買い取ってもらう。

 ただし、百貨店と違いってここでは外商のほうが上の立場だ。


「ねぇ拓也くん、これらの品はどうやって手に入れたの?」


「それは企業秘密さ」


 優花さんの家のリビングで話す。

 豪邸なだけあって広々としていて、高そうな調度品が目立つ。

 俺たちの座っているソファにしても安物とは質が違っていた。


「ふふ、しっかりしているわね」


 優花さんはテーブル上の細長いグラスを手に取った。

 ストローを咥えて、中に入っているクランベリージュースを飲む。

 それだけの所作にすら品がある。


(たった1日で別人になったなぁ)


 優花さんは見違えるほど元気になっていた。

 肌の張りは復活し、唇はぷるんぷるんで、血色も良い。

 そのうえ大人のフェロモンをムンムン漂わせていてエロティックだ。

 胸元の開いているドレスワンピースもたまらない。OK。


「ドームのせいでお金の価値なんて日に日に下がっていくのに、拓也くんはお金を稼いでどうするつもりなの?」


「奨学金を返済しようと思って。あとお金っていくらあっても困らないし」


 俺にとってお金には価値がある。

 なぜならドームを出ることができるから。

 もちろん言わないが。


「真面目だねぇ」


 優花さんは脚を組んでタバコを吸い始めた。

 俺にかからないよう顔を逸らして煙を吐く。


「拓也くんって彼女はいるの?」


「いないよ」


「優しくて頼りがいがあるからモテそうなのにね」


「いやいや」と苦笑い。


 モテないどころか俺は童貞だ。


「私は拓也くんのこといいと思うけどなぁ」


「物資を調達できるからそう言うだけでしょ」


「そんなことないよ」


「この状況じゃ鵜呑みにはできないなぁ」


「本当なのになぁ。どうやったら信じてもらえる?」


「それなら……」


 俺はそこで口をつぐんだ。

 というより、度胸がなくて言えなかった。


『一発ヤラせてよ』


 本当はそう言いたかった。

 立場を利用してエロいことをしたいと思った。


「それから?」


 優花さんが俺の目を見つめる。


「いや、別に……」


 こんな状況ですら何も言えなかった。

 にも関わらず、妄想が加速して勃起してしまう。

 我ながら情けない。


「そういうことね」


 優花さんの視線が俺の股間に向いた。

 ズボンに張られたご立派なテントに築いたようだ。

 おもむろに立ち上がると、俺の左隣に移動してきた。

 体をこちらに向け、左手で太ももを撫でてくる。


「優花さん、何を……?」


「分かるでしょ?」


 優花さんの指先が俺の体を這いずり回る。

 ゾクゾクするのに気持ちいい。


「拓也くん、ここからどうしてほしい?」


 妖艶な笑みを浮かべる優花さん。


「それは……えっと、その……」


 ここまでお膳立てされても言葉が詰まる。


「気持ち良くしてあげよっか?」


 見かねた優花さんが提案してきた。


「いいの?」


「言葉じゃなくて行動で示せば信じられるでしょ」


「ま、まぁ、そうだね」


「むしろ拓也くんこそいいの? 大丈夫?」


「大丈夫とは?」


「だって私、35のおばさんだよ?」


「35!? てっきり20後半かと……」


 優花さんが「ふふ」と笑う。

 その息が俺の耳にかかってこれまた気持ちいい。


「ありがとう。でもごめんね、おばさんなの。嫌になった?」


「そんなことない! 余裕でウェルカム! 年齢より見た目!」


「あはは、ならよかった」


 優花さんは正面に移動した。

 絨毯に膝を突き、俺のズボンに手を伸ばす。

 ベルトが外される。


「あ!」


 その様子を見ていて思い出した。

 優花さんが既婚者であるということを。

 結婚指輪が俺を睨んでいる。


「気にしなくていいわよ。夫婦仲は冷え切っているから」


 俺の視線に優花さんが気づいた。


「そうなの?」


「あの人はドームの外にいるんだけど、未だに何の連絡もしてこないのよ? 酷いと思わない?」


「それは酷い。酷すぎる!」


「でしょ? だからどうだっていいの」


 優花さんは俺のパンツを掴むと、一気に下までずらした。

 パンツの奥で眠っていたジュニアが露わになる。


「うわぁー、大きい!」


 ジュルリと舌なめずりをする優花さん。

 まるでご馳走を前にしたかのような反応だ。


 そして――。


「いただきまーす」


 ――優花さんは口で抜いてくれた。


 ◇


「それじゃ拓也くん、よろしくね」


「了解!」


「ちゃんと帰ってきてね? 夜はさっきの続きをシてあげるから」


「ももも、もちろん! 絶対に戻ってくる!」


「うふふ」


 新たな物資を調達するべく、俺は優花さんの家を発った。

 人目につかない細い道を通ってドームの外に出る。


(まさか初めての相手が35歳の人妻になるとはなぁ)


 童貞の卒業式を妄想して心はウキウキだ。

 思えば女の人に抜いてもらったのは今回が初めてだった。


 俺はマジモノの童貞なのだ。

 素人童貞などというパチモノとは格が違う。

 風俗には何度も行こうとしたが、怖くて行けなかった。


(それにしても遠いな)


 優花さんの家からドーム外のコンビニまでは結構な距離がある。

 自転車でも30分以上かかった。

 店舗自体はもっと近くにもあるが、避難指示のせいで閉店中だ。


「やっと着いた」


 ふぅ、と息を吐きながら入店。

 ラインで送られてきたリストを見ながら必要なものを購入する。

 冷凍食品やお菓子、ジュースなど食料品を中心に色々と。

 買い物カゴをパンパンにするほどの爆買いをキメた。

 ついでにATMで入金を済ませておく。


「8500円になりまーす」


 店員の男が言う。


「8500円か、端金はしたがねだな」


 思わず呟いてしまう。

 店員は驚いた様子で俺の顔を見てきた。


「ありがとうございましたー!」


 支払いを済ませて店をあとにする。

 パンパンになったリュックを背負って大阪市に向かう。


(ドームに出入りできるだけで人生が180度変わったな)


 一昨日までは憂鬱な気分で過ごしていた。

 社会に出たくないという気持ちでいっぱいだった。

 卒業と同時に自殺しようかと思ったことすらある。


 それが今では幸せに満ちあふれていた。

 お金に不自由しない生活の素晴らしさに感動している。


(上手く立ち回れば億万長者は確実だ! 世間の流行に乗って俺も株式投資とか始めちゃうか!?)


 上機嫌で自転車を漕ぐ。

 明るい未来を想像しているとドームが近づいてきた。


(そろそろ警戒しないとな)


 人の目を警戒しつつ入り組んだ道へ進む。

 ドームに出入りできる特異体質だけは絶対に隠し通さねばならない。

 この点さえ気をつけていれば安泰だ。


(よし、誰も見ていない)


 いつも通り住宅街からドームに入る。

 だが、ここでいつもとは違う出来事が起きた。


「ちょっと待ったあああああああああ!」


 突然、前方の民家から女が飛び出してきたのだ。

 長めの青いショートヘアで、年齢はたぶん俺と同じか少し下。

 英語で何やら書かれた白シャツを着ていて、下は膝丈のグレースカート。

 黒ストによる美脚効果のせいか、ローキックで粉砕できそうなほど脚が細い。

 だが、胸はそこそこ大きい。OK。


(やべっ! ドームに入るところを見られたか!?)


 不安になる俺。

 全力で見られていないことを祈った。


「私、見ていたよ! あんた今、ドームの外から入ってきたでしょ!」


 残念ながら俺の侵入は見られていた。

 現実は甘くないとはいうが、ここまで厳しいとは聞いていない。

 面倒くさいことになるのは間違いなかった。

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