謎のドームで隔絶された大阪に俺だけが出入りできる ~こっそり外から物を持ち込んで売っていたらバレて大問題になった~

絢乃

001 ドームの出現、商売の始まり

 春休み真っ只中の3月上旬。

 俺――南條拓也なんじようたくや――は、大学生らしく自転車で旅をしていた。


 目的地は大阪府。

 東京の八王子市から三日も掛けてやってきた。

 というのは一昨日の話で、これから東京に戻る予定だ。

 昨日まで大阪観光を満喫していた。


「行ってらっしゃいませ」


 ホテルの受付嬢が深々と頭を下げてくる。

 俺は「どうも」と会釈し、その場をあとにした。


 ここは東大阪市の布施ふせ駅近くにあるビジネスホテル。

 大阪の観光名所がひしめく大阪市まで徒歩数分の距離に位置している。


「大阪市じゃないってだけで数千円も安くなるんだから、世の中ってのはよく分からないものだな」


 自転車に乗って地図アプリを開く。

 ルートを確認したら出発するのだが――。


「いっけね、写真を撮り忘れていた」


 一人旅だったので、記念撮影を全くしていなかった。

 かといって、再び大阪城やら何やらを巡ろうとは思えない。


「そうだ!」


 大阪市と東大阪市の境界線で撮影をしようと考えた。

 地続きの海外では国境を跨いで撮影することがある。

 それの真似事だ。


「ここが境界線か」


 ということで、地図アプリを頼りに最寄りの境界線までやってきた。


 場所は閑散とした住宅街。

 昭和後期に建てられたであろう古い民家が並んでいる。

 道が入り組んでいて、田舎に来たような気分になった。


「あとで見返したら『なんだこの写真』ってなるだろうなぁ」


 道の真ん中に立って自撮りを行う。

 周囲に人がいたら奇々怪々な目で見られていただろう。

 幸いにも無人だった。


「ん? なんだこれ?」


 撮影した直後、足下から青白い半透明の壁が生えだした。

 いや、壁なのかは分からないが、とにかく俺の股間に向かって伸びてくる。

 その速度は凄まじく、避けるまもなく金玉に当たった。


「痛……くない!? んんん?」


 謎の壁は俺を貫通し、そのまま天に向かって伸びていく。


「これがオーロラってやつか」


 独り言を呟くが答えは返ってこない。

 なにせ路上にいるのは俺だけなのだから。


「それにしても不思議だな。触れられない」


 俺はオーロラの両サイドを行ったり来たり。

 つまりは大阪市に入ったり出たりを繰り返す。

 ……が、何も起きなかったので飽きた。


「まぁいいや、帰るか」


 自撮りも済んだし、俺は東京へ戻ることにした。


 ◇


 その夜――。


 俺は三重県の亀山市にあるビジネスホテルにいた。

 名古屋まで行く予定だったが、疲労が祟って届かなかったのだ。


「ふぅ! さっぱりしたぜ!」


 シャワーを浴び終えるとベッドに身を投げ込む。

 エロ動画で一発抜いたら寝るとしよう。

 そう思ってテレビをつけたところ――。


『自衛隊も出動して原因究明と問題解決に取り組んでいますが、今のところこれといった手立てはないようです!』


 臨時のニュースが放送されていた。

 ヘルメットを被ったアナウンサーが興奮気味に話している。

 場所はどこかの大通りで、背後には何やら話し合う自衛隊の方々。

 さらに後ろには半透明の青白い壁が映っていた。

 その壁に大勢の人が押し寄せている。


「あの壁、大阪で見たオーロラじゃねぇか!」


 エロ動画で抜く予定を変更してニュースを観る。

 画面の右上に「大阪市が謎のドームに覆われ孤立!」と書いてあった。


「ドーム?」


 首を傾げていると、俺の疑問に答えるかの如く画面が切り替わった。

 今度は上空からの映像だ。


『ご覧下さい! 大阪市が謎の青白いドームによって完全に覆われています!』


 他のチャンネルに変えても同じ内容の放送をしている。

 どの局も「大阪市を覆う謎のドーム」に関する話題で持ちきりだ。

 SNSもその話で埋め尽くされていた。


「あれってオーロラじゃなかったのか」


 俺はテレビを観つつ、スマホを使ってネットでも情報収集。

 その結果、大阪市を覆うドームについて理解できた。

 簡単にまとめると以下通りだ。


 ①ドームには人間だけでなくあらゆるモノが出入りできない。

 ②ドームに触れても問題ないが、身に着けている機械類は壊れる。

 ③ドームの出現前からドームの場所に存在している物は壊れない。

 ④ガスや水道などのインフラは機能しており、市外からも供給できている。

 ⑤ドーム内外で連絡を取り合うことは可能。


 ここで問題になっているのが②の「機械類が壊れる」という点だ。


 例えば鞄を持った状態でドームに触れるとしよう。

 その場合、鞄に入っている機械類がもれなく壊れるわけだ。

 壊れるといっても爆発などは起きず、ただ機能を停止して動かなくなる。


 これによって、ドームに触れた者のスマホが死亡した。

 強引にドームを突き破ろうとした者の車もオシャカになった。


 ちなみに、③は電線が例として紹介されていた。

 ドーム内のインフラが機能しているのはそのためだろう、とのこと。


『大阪市は完全に隔絶された都市と化しました!』


 ヘリから中継しているアナウンサーが叫ぶ。

 演技なのかもしれないが凄まじい緊迫感を出している。


「ドームに出入りできないってのが引っかかるなぁ」


 大阪を発つ前、俺は何も知らずドームに出入りしていた。

 その時のドームは触ることができず、スッと通り抜けられた。


「ドームが形成される途中だったから問題なかったのかな」


 気になったが、すぐに「どうでもいいや」となった。

 俺があれこれ案じたところで何かが変わるわけでもない。

 どうせ時間が経てば解決するだろう。


『あんっ! そこぉ! そこぉ! イクゥ!』


 そんなわけで、俺はAVを観ながらオナニーした。


 ◇


 それから2ヶ月が経った。

 春休みが終わり、ついでに4月も終わった。

 ゴールデンウィークの到来だ。


「奨学金もきついし、いいところに就職しねぇとなぁ」


 大学3年になって間もないのに就職活動を意識する。

 そんな社会の制度にうんざりしつつ、今日も今日とて変わらぬ朝を迎えた。


 あまりにも金欠なので、GWは自分の家でシコって過ごす予定だ。

 ゲーム機すらない質素なワンルームなので、暇があれば抜いていた。

 平日の昼に射精すると人生を達観できるんだよな。


「思ったより長引いているな……」


 スマホを観ながら朝ご飯を食べる。

 ネットのニュースは依然として大阪市の話が中心だ。

 政府が緊急対策法案を制定しただの何だのと書いてある。


 ドームが発生してから2ヶ月。

 その間、日本政府はこの問題の解決に取り組んできた。

 自衛隊だけでなく、アメリカ軍や民間の大手企業も協力している。

 しかし、何の成果も上げられなかった。


 ドームの内側では食糧難が起きていた。

 荒れ果てたスーパーやコンビニの動画がSNSにアップされている。

 ドーム内から外に情報を発信できるため、悲惨さが鮮明に伝わってきた。


「中の人たち、このまま餓死すんのかな」


 平和に感謝しつつSNSを開く。

 流し読みしていると、ある発言が目に入った。


『今ドームに米を持ち込めたら余裕で億万長者になれるよなw』


 おそらく普通の人なら「馬鹿馬鹿しい」と流すだろう。

 だが、俺は違っていた。


「その手があったか!」


 俺はドームに出入りすることができた。

 ドームの形成中だったからかもしれないが、それでもできたのだ。


 だから、俺ならドームに米を持ち込めるかもしれない。

 そして仮に持ち込めたのならば、俺は億万長者になり得る。


「試す価値あるな、これ」


 失敗したところで失うのは幾ばくかの交通費くらいだ。

 米は自分で食えば済む話。

 家でペニスをしごき続けるよりよほど有意義だろう。


 俺はドームに入れるか試すことにした。


 ◇


 大阪市のお隣こと東大阪市にやってきた。

 もっと具体的にいうと、前回の大阪旅行で記念撮影した場所の手前。

 つまり、何の変哲もない古臭い住宅街にいる。


「さぁ始めるぜ!」


 地面にスマホと電動自転車のバッテリーを置く。

 ドームに触れた際に壊れたら困るからだ。


 この電動自転車はレンタルしたものだ。

 前回と違って電車で来たのでマイチャリがなかった。


「準備はいいな!? 南條拓也!」


 自分で自分に問いかける。

 元気よく独り言を話せるのは周囲に人が居ないからだ。


 ドーム付近の東大阪市民は国の指示で避難していた。

 場所が場所なので自衛隊もおらず、今や完全なる無人である。


「いくぜ!」


 米の入ったリュックを背負って自転車を漕ぐ。

 ドームとの距離が縮まり、そして――。


 スッ。


 ――何の問題もなく入れた。


「うおおおおおおお!」


 思わず叫ぶ。

 マジで入ることができた。


「待てよ。これで出られなかったら……」


 途端に怖くなってドームの外へ。

 その結果――。


 スッ。


 ――これまた問題なく出られた。


「よっしゃああああああああああ!」


 今度こそ本気で喜ぶ。

 やはり俺はドームに出入りできるみたいだ。

 発生時にたまたま境界線にいたからなのかもしれない。


「なんでもいい! これで億万長者になれるぞ!」


 俺はスマホと自転車のバッテリーを回収。

 ウキウキで大阪市に入った。


 ◇


 あとは本当に米が高値で売れるのかを確認するだけだ。

 SNSに巣くう自称ドーム民の反応を見る限り期待できる。

 ドーム民とはドームに閉じ込められた者のことだ。


(問題はどうやって売るかだよな)


 狭い住宅街を出て難波方面に進んでいく。

 そんな時だった。


「うぅ……うぅぅ……」


 道端にへたりこむ女性を発見した。

 髪は茶色のミディアムで、頬が痩せこけているけれど美人だ。

 年齢は20代後半っぽくて、高そうな黒のドレスワンピースを着ている。

 スレンダーな巨乳でシルエットがエロい。OK。


 よし、「お姉さんマダム」と命名しよう。


 理由は単純だ。

 十中八九どころか確実に金持ちだから。

 なにせ見るからにクソ高い指輪をいくつも嵌めている。

 輝く宝石が「僕はダイヤモンドだよ」と語っていた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 俺は自転車を止めて声を掛けた。

 金持ちは今の俺が最も求めている相手だ。


「何か食べ物を……」


 お姉さんマダムが生気のない目で俺を見る。

 空腹で辛いようだ。


(この人は金払いが良さそうだ!)


 お姉さんマダムに米を売ろう。

 こんな時でもモノを言うのはお金だ。

 地獄の沙汰も金次第である。


「あるよ、食べ物」


「ほんと……? 少し分けてもらえないかしら……?」


 お姉さんマダムが俺の服にしがみついてくる。

 おそらく何日も食べていないのだろう。


 顔を見れば分かる。

 調味料をペロペロしつつ水道水で凌いできた者の顔だ。


「もう何日も……水だけで過ごしていて……死にそうなの……」


 と思ったらまさしくその通りだった。


「喜んで売ろう、2キロの米でよければ」


 俺は周囲に人がいないことを確認してから言った。

 飢餓で苦しむ人に群がられても困るので。


「2キロも!?」


 お姉さんの目が輝く。


「ほら、これだよ」


 俺はリュックの中をチラりと見せた。

 気分は海外ドラマに出てくるヤクの売人だ。


「売って! お願い! 売ってちょうだい! お金ならいくでも出すから!」


 すごい食いつきようだ。

 俺にしがみついて離れようとしない。

 これは稼げそうだ。


「じゃあ100万円ね」


 とりあえず吹っ掛けてみた。

 ふざけているが打算的な思惑もある。

 相場が分からないので、相手に値段をつけさせたかった。

 今後は今回の取引をベースに値付けを行う。


 ちなみに米は1200円で買ったものだ。

 移動費や手間賃も考えると1万円で売りたいところだが――。


「買うわ! そのくらいお安い御用よ!」


「え?」


「100万でしょ? 払うわ! ついてきて!」


 お姉さんマダムは俺から自転車を奪い、手で押し始めた。

 俺は「おいおい」と後を追う。


 移動は数分で終わった。

 築浅の物件が並んだ住宅街にある豪邸がゴールだ。


「待ってて!」


 お姉さんマダムは門を開けて駆け足で中へ。

 そして、ウサイン・ボルト並みの速さで戻ってきた。


「はい、これ! 100万円! 早くお米をちょうだい!」


 なんと本当に100万円の札束を渡してきた。


「あ、ああ、分かったよ」


 絶対に無理と思って吹っ掛けた額で即決だ。

 1200円の米が数時間の労力で100万円になってしまった。


(マジで億万長者になれるぞ、これ!)


 大事そうに米を抱えて家の中へ消えるお姉さんマダムを眺めながら、俺は札束の風呂に溺れる自分の姿を想像した。

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