雪の下

 荷車を引いて歩く少女の額に玉のような汗が浮かんでいる。

 きらきらと輝く大きな目を心配そうにひそめて、少女は空を見上げた。陰鬱と言っていい曇った空から、はらはらと大粒の雪が降り始めていた。

「雪、積もるんかなあ」

 志保は額の汗を着物の袖で拭い、がやがやと騒がしい大通りを懸命に荷車を引いて歩く。身体は薄汚れていたが、見る者が見れば、おや、と思うような、端正な顔立ちをした少女だった。

 砂利を踏むたび荷車は大きく揺れる。

 積んでいる荷物が壊れてやしないかと、志保は少し不安になった。

 ごろごろと回転する車輪のように、この三年、志保は休むことなく働いてきた。手の指はひび割れ、腕も足も埃や炭で黒くなっている。濡らした布で擦っても落ちないし、この季節、水浴びをするには寒すぎる。湯で身体を洗うような贅沢は、この数年、数える程しかない。

 雪はだんだんと激しさを増していくようで、うっすらと地に白い化粧をほどこして積もり始めていた。

 それからしばらくして。

 志保は身体を清め、ゆったりと露天風呂につかっていた。

「いいんかなあ、こんなこと」

 最初はびくびくとしていた志保だったが、湯の魔力はすさまじく、すっかり警戒を解いてしまっている。

 商品を売りにいった旅館の女将さんに、

「こんな寒い日にこのまま帰したんじゃ風邪を引く。ゆっくりあたたまっておいでえな」

 と、すすめられるがままになってしまった。

「生きてりゃ、いいことあるんやねえ」

 空からなおも降り続く雪がこのまま帰り道をなくしてしまえばいい。

 志保は目を閉じ、自分の過去も未来も何もかも雪が真っ白に染めてくれることを願い、そのままゆっくりと意識を手放した。


 それから数日後、志保はこんな噂を聞いた。なんでも、宿に泊まった旅人を殺し、金品を奪っていた宿の女将さんと従業員が、まとめて牢屋に入れられたのだと。

「物騒なこともあるんやねえ」

 志保は荷車を引きながらつぶやく。

 その宿が以前商品を売りに行ったあの宿であることも、湯から上がった後なぜか重くなっていた荷物の正体も、その後、彼女が知ることは決してない。

 それらはすべて、あの日降り積もった、雪の下の出来事だった。

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