第59話 ここにいる尽紫さんは、誰?
「だって……尽紫さんが苦しかったら可哀想ですよ。少し緩めてあげませんか?」
私の言葉に、紫乃さんはきょとんと目を瞬かせる。
「俺と楓の仲を裂く女だが、そんな優しくしていいのか?」
「そりゃ怖い人だけど……だからってもう力も失ってるのに、縛り付けるってあまり好きじゃないです。ここは紫乃さんの屋敷ですし、何かあったらすぐに紫乃さん動けますよね? せっかく二人っきりの姉弟なんですから、もういいじゃないですか」
紫乃さんは真顔でじっと私の真意を探るように見てきたが、ふっと表情を緩め、私の頰を撫でた。
「楓は優しいな。さすが俺の妻だ」
「……ど、どうもです」
私は笑顔を作ってみせる。
明らかに、紫乃さんが使わない言い回しだ。
こういうときの紫乃さんは頭をくしゃくしゃと撫で回すし、私を妻と呼ばない。
とはいえ、目の前の紫乃さんっぽい存在の正体がわからないのだから、慎重にいかないと。
そう思っているところで、ちゅっと頰に唇が触れた。
紫乃さんの唇だ。
気づいた瞬間、私は叫んだ。
「は、はやかけんビーム!!」
「ッ……!!」
ドカーン!
反射的に繰り出すはやかけんビーム。
障子を突き破って吹っ飛ぶ紫乃さんらしき存在。
大きな音に反応して、夜さんをポケットに入れた羽犬さんが駆け込んできた。
「どうした!? ……ぶっ」
思いっ切り転がった紫乃さんらしき存在に思わず吹き出す羽犬さん。
「だはは、紫乃どーしたん、だははは」
「不敬だぞ羽犬」
頭を抑えながらむすっとして睨む紫乃さんらしき人。羽犬さんは大げさに首を左右に振る。
「これは大変失礼いたしました、筑紫の土地神、我が筑紫国の神々の主」
羽犬さんが今まで見せたこともない仰々しさで恭しく頭を下げる。
顔は大まじめだけど、背中がふるふると震えている。笑いを堪えているみたいだ。
私も倒れた紫乃さんらしき者を助け起こして、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、恥ずかしくて、つい驚いちゃって……」
「そうか。俺はお前を許すよ」
「はい」
私はにっこり笑いながら確信した。
絶対、これは紫乃さんじゃない。
「きっと疲れているのさ。姉さんはゆっくり休ませるとして、居間に行こうか」
腰を抱き寄せられてぞわぞわとする。
薄気味悪さを感じつつ、本物の紫乃さんが普段どれだけ私を大切にしてくれているのか、改めて実感する。
近い距離でありながら、決して必要以上には踏み込まない人だったのだ。
元の紫乃さんはどうなってしまったのだろうと、急にさみしくなってきた。
「あ。そうだ、そういえば……」
私のビームは、禊ぎ祓いの力だ。攻撃だけのものではない。
――もしかしたら。
私は忘れ物をしたと言って尽紫さんの寝かされた部屋へと戻る。
灯りをつけない客間は、昼間だというのに薄暗かった。
私は邪魔をされないうちに、さっとはやかけんを取り出して構える。
「……ビーム」
横たえられた尽紫さんにビームを注ぐ。
薄く上下する胸に吸い込まれていったビームは、尽紫さんの体を淡く輝かせた。
血色がよくなった気がする。
「……攻撃には、ならなかった……」
私ははやかけんを見つめた。
ここにいる尽紫さんは、何者なのだろう。
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【書籍化】身に覚えのない溺愛ですが、そこまで愛されたら仕方ない。忘却の乙女は神様に永遠に愛されるようです まえばる蒔乃 @sankawan
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