第13話 お題:どんぐり 「たからもの」

 どんぐりころころ、どんぐりこ――。


 そんな子供の頃よく友達と口にした童謡を小さく口ずさみながら、足元にパラパラと散らばっている帽子をかぶっているどんぐりや、帽子も取れてつるりとした表面をまるで宝石のように輝かせているそれを吟味して、美しいと思う物を摘まみ、手のひらに乗せていく。

 隣で同じようにその小さな手で自分の思う可愛い、綺麗な木の実を探し、その手いっぱいにどんぐりを乗せている幼子の姿に微笑ましい気持ちを覚える。

 そしてわたしが口ずさむ歌に合わせて、その子も舌足らずな声で一緒に歌ってくれる。

 その舌足らずな歌声にも和みながら、赤く色づいている落ち葉を時折そっとどかしてその下に隠れているどんぐりを探す。

 こんな風に足元を見つめて、そこに転がっているどんぐりを拾うなんて本当子供の時以来だ。

 子供の頃の事を懐かしく思い出しながら、わたしは秋の気配が風に乗って散らばっているそこで、その子と共にその宝物を暫く無心に拾い集めた。



 住宅街の片隅にある小さな神社の境内で、日向ぼっこがてら設えてあるベンチに座り、お昼ご飯に、と買ってきたサンドイッチを食べていた。

 日差しはまだ幾分か暑さを孕んではいたけども、拭く風は秋の気配が色濃く乗っていて木々の多い神社の境内は思いのほかひんやりとしていて気持ちが良い。

 地元の人でさえもあまり訪れる事が少ない神社にも関わらず、石でできたベンチが数個置いてあり、そこがわたしのお気に入りの場所だった。一人で居たい時、考え事をしたい時、落ち込んでいる時。そんな時、ここに訪れコンビニで買ってきたパンやサンドイッチを食べながらこの場所の清らかな空気に触れていると気持ちが前向きになったり、落ち込みが癒されたりする。そんな不思議な、だけど、とても大切な場所だった。

 そしてその日もわたしは、気分転換にとこの場所でぼんやりしようとこうしていつものベンチに腰掛けてサンドイッチを頬張っていた。

 人間、どんな時もお腹は空くんだなぁと、境内に植えられている色とりどりの木々を見つめていると、突然ひとりの子供……3、4歳くらいだろうか? 小さな子がお社の後ろから出て来て驚く。

 この神社に長く癒しを求めてやってきているが、今まで子供、それもこんな小さな子がこの場所で遊んでいるのを見た事がなかったから。

 しかもその子はわたしの存在に気が付くと、ててて……と走って来て、まるで鏡の様に澄んでいる大きな瞳でわたしをじっと見上げた後、にこりと笑ってわたしを誘ったのだ。


 この、どんぐりたからもの拾いに。


「おねーたん!」

 さっきまで一緒にどんぐりの歌を口ずさんでいたその子が、しゃがみこんで落ち葉を捲っていたわたしにそう声をかけ、走り寄ってきた。そして、わたしの目の前へグーに握った手を持ってきて、わたしの視線がその小さな手を捉えるとぱっと開く。

 そこには普通の細長いどんぐりに混じって、丸みを帯びた少し大きめのどんぐりがころりと転がっていて、思わずわたしのテンションも上がる。

「えっ、すごい! まんまるでかわいいね、そのどんぐり!」

 大袈裟なぐらい驚いて見せるとその子はとても誇らしげに胸を張って、満面の笑みをその可愛らしい顔に浮かべた。

 その可愛らしい笑みと誇らしげな顔立ちに、わたしも嬉しくなり、お返しにと自分が見つけた中でもつやつやで綺麗などんぐりをその子に見せる。

「お姉ちゃんのもどう?」

 手のひらに乗せたそのつやつやの帽子をかぶったどんぐりを見せると、その子は瞳をキラキラと輝かせて、その小さな口の中で「わぁ……っ!」と歓声を上げ、わたしの手の上にあるそのどんぐりを摘まもうとして、直前で手を止めるとわたしの顔を伺う。

「いいよ。あげる」

 その子の表情にそう頷いて見せると、その子はぱぁっとどんぐりに負けず劣らずキラキラと輝く笑みをその顔に浮かべ、「ありがとう!」と言う。そして大切なもののようにわたしの手の上にあるそのつやつやのどんぐりをそっとその小さな指で摘まみ、丸いどんぐりの横にそっと置く。

 その嬉しそうで、幸せそうな顔を見ていると、わたしはここに来るまで酷く憂鬱だった気持ちが綺麗に晴れていくのを感じた。

 この神社の爽やかで清浄な空気に触れていてもその内気持ちは落ち着いただろうけど、今、この子と懐かしい童謡を歌いながらこうしてどんぐりを探す時間はいつもよりも憂鬱な気持ちが、あっという間に祓われたような気がする。

「……ありがとうね」

 ふふ、と笑いその子にそうお礼を伝えると、その子は一瞬きょとんとした顔をした後、にこりとどこか大人びた笑顔を浮かべた。

 そして自分の着ているサロペットのお腹部分にあるポケットの片方に私があげたどんぐりと自分が取って来たどんぐりを大切そうに仕舞い、次に反対側のポケットに手を突っ込んでごぞごそと何かを探る。

「おねーたん、はい」

 暫くごそごそとポケットをまさぐった後、探し物が見つかったのか、その子はわたしに向けてまたその小さな手を開いた。


 わたしはその手の上にあるものを見ようとして……。



 ゆっくりと目を開ける。

 そこは見た事の無い天井で、わたしはまだ覚醒しきれていない頭でぼんやりとここはどこだろうか、と考える。

 だけどなにも思い出せなくて、とりあえず体を起こそうとして体中が悲鳴を上げているような痛みに、小さく呻く。

 と、突然人の顔がわたしの顔を覗き込んできてぎょっとする。

「起きたのか!?」

 何故か泣きそうな顔をしたその人はわたしにそう声をかけた後、わたしの返事は待たずに何か喚きながら寝かされているベッドにある何かの呼び出しボタンを押した。

「一時はどうなるかと思った……」

 そして改めてわたしの顔を覗き込むと、そう安堵した様にその何故か見覚えのある厳つい顔をへにゃりと情けなく歪め、目尻をその指で拭う。

「……あの、わたし……」

「赤ちゃんも持ちこたえたって」

「……え」

 まだ自分の状態をはっきりと思い出せないわたしの耳に思いもしなかった言葉が届き、一拍の後、吐息の様に吐き、そしてようやく何があったのかを思い出した。

 子供が出来た事を、どう伝えようか、それとも彼の迷惑になるくらいならば伝えずに堕ろそうかと悩み、憂鬱な気持ちでいつもの神社に向かう途中でわたしは――そうだ、事故に遭ったのだ。

 その事を思い出し、ほろりと涙が零れ落ちる。

 それは、安堵の涙だった。

 とめどなく零れ落ちる涙を拭おうとわたしは包帯に包まれているその手を持ち上げ、そして気が付いた。

 なにか硬くて丸い物を、ふたつ、わたしは握り締めていた。

 隣でわたし以上に号泣している彼にちらりと視線を送った後、そっとその手を開くと、そこには二粒のどんぐり。

 細長くてつやつやなのが一個。そしてふっくらと丸くて大き目のが一個。

 それは、夢の中神社にいたあの子へあげたはずの二粒。

「――あぁ、そう言う事か……」

 どんぐりを見た瞬間、夢の事を思い出し、そして最後にあの子が広げて見せてくれた手のひらの上に乗っていた『たからもの』が何だったのかを理解した。


 あの手に乗っていたのは、わたしの大切で、小さな『たからもの』――。


 それを還してくれたのだ。

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短編読み切り集 誰かと誰かの小さな物語 鬼塚れいじ @onitukareiji

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