中野・ダンジョン・ブロードウェイ

@9entian

第1話 迷宮下町:中野

 そのアーケード街は多くの人が行き交い、一見広いように見えたは通路は、少し先を急ぐのも一苦労だった。

 行き交う人々の頭越しに、黄色い天井格子の間から青空が覗く。


 焼き立てのパンのいい香りや、安さを謳う声がいたる所から聞こえてくる。左右に所狭しと構える店々からは、溢れんばかりの商品がメインストリートを侵食していた。


 道ゆく人の間を、背の低い帽子の頭が溺れるように進む。追い越すたびに、あわやぶつかりそうになりながら、小さな歩幅でせかせかと縫って歩く。


 なるほど大都市の迷宮下町である。


地方遠方の寂れたシャッター街しか知らない廿里にとっては、目の前に見える景色の全てが、さながら夢か幻かのようだった。


”安い!美容ポーション!”

【原品限り】ドラゴンの乳歯59,800円

「寄ってらっしゃいみてらっしゃい!」

“元祖!ゴブリン饅頭”

“万能コンパス(目覚まし付き!)”

「安い安いヨ!」

“朝採れマンドラゴラ”

【その場で】生スライム【捌きます】

「前みて歩かないとあぶねーぞ!」


危うくぶつかるところだった。正面を向けば、真ん前に見上げるほど大きな男がいた。男は帳台で注文の品を待っている風で、背中には斧だろうか、大ぶりの柄が肩越しに見える。


「す、すみません。」


反省して周りを見わたすと、人々の服装も最初に通ってきたところより、いかにもダンジョン近場といった雰囲気が混じり始めていた。


「ったっく。観光地じゃねーっての。」


男は釣りと紙袋を店主から受け取ると、こちらを見向きもせずに去っていった。

背の高い頭と柄が、雑踏越しにまだ見える。


“本家!モンスター焼き:500円”


「ここいらは得物を担いだまんまの奴も多いかんね。不注意は互いに不利益だよ、気をつけな。」

今度は背後から声が降ってきた。振り返ると、ヒョロリとした男がピッタリ後ろに立っている。安物の上着一枚羽織った様子は、さっきの男とは真逆で随分と身軽な装いだ。

「おじちゃんふたっつちょーだい。」


斧の男と同じ紙袋が、今度は二つ。カウンター越しに突き出される。デフォルメされたモンスターの象形がうっすらと描かれている。

つけといて、と言いながら男──年頃でいえばまだ青年というべきか──彼は主人から袋を受け取って、その片方をこちらへと寄越した。


「ようこそ中野区ダンジョン・ブロードウェイへ。」

「『腹が減っては戦はできぬ』ってな。」


紺色のブルゾン背中に白地で書かれた丸いロゴ。「中野区迷宮整備課」の文字。


そう、煌びやかなアーケードを過ぎればここはダンジョン。都内でも有数のダンジョン下町。


中野ダンジョンだ。

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