ひまりちゃんの魔法生活

河蛙

01 星宮 ひまり


 ここは川と山々に囲まれた小さな集落。

 人口は300人程度。

 見渡す限り田んぼが広がっており、まばらまばらに家屋が建っているのだがその家屋も殆どが古き日本を彷彿とさせる作りをした古民家である。

 そして、その古民家の中に一家。

 一際デカい、屋敷といっても差し支えない異彩を放つ家が建っていた。


 ここはその家の2階。

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリ!!


 「んう、ん〜」


 現在時刻は朝の7時。

 セットした目覚ましの音と共にその少女は起きた。

 少女は眠たげな目を擦りながら目覚まし時計を止め、布団から出る。

 そして、猫がまるまって寝ているイラストのパジャマから犬が駆け回っているイラストの私服に着替え、覚醒していない脳のまま、眠たげな表情で一階へと降りていく。

 

 「あ、おはよう、ひまりちゃん!」

 「おはようございます、ひまりさん。」

 

 一階へ降りると、玄関から二人の女性の声が聞こえた。

 一人は、少女ーー星宮 ひまりの母親、

 星宮 あかね(40歳)である。

 あかねは40歳とは思いないほど若く、そして、端麗な容姿をしていた。スタイリッシュな黒のスーツに身を包み、ウエストをかけて絶妙にフィットしたジャケットが彼女の洗礼されたシルエットを際立たせている。長い紅色の髪をゴムで一括りにし、鮮やかな口紅が凛とした表情を一層際立たせていた。

 玄関で靴を履いており、丁度仕事に出ていく所見たいである。


 そしてもう一人は、この家でただ一人の

家政婦。中田 椿(30歳)

 あかねほどではないが伸びている髪を一括りに束ねており、少し吊り目が特徴的な黒髪の美人である。明治時代の使用人をイメージさせる様な、和の服装をしており、背筋が真っ直ぐと伸びた立ち姿が出来る使用人の印象を与えている。

 15年前にあかねが何処からか連れてきて、それ以来住み込みで働いている。

 ひまりにとっては物心がつく前から一緒にいる為、歳の離れた姉の様な存在として、慕っている。

 

 「おはよう・・・お母さん…椿ネェ…。」


 ひまりは眠たげな表情で二人に挨拶を返す。


 「もう!私の事はママって呼んでって言ってるのに!私の事をママ、ママと呼んで抱きついていたひまりちゃんは一体何処に・・・・ってそんな事言ってる場合じゃなかった。ごめんね!今日はお母さん、朝から大事な会議あるの。朝ご飯は椿が作ってくれてるからそれを食べてね。」

 

 「分かった・・・・。」


 あかりは日本屈指のベンチャー企業で働いている。さらにその中でも重要なポストに就いており、ひまりが起きるよりも早く家を出て行ていき、そして、ひまりが寝た後に帰宅するという事は珍しく無い。


 「それじゃ、行ってきまーすのギュー!」


 「ん。」


 あかりはそう言うがいなやひまりに抱きついた。

 あかりが会社に行く前に抱きついてくるのはいつもの事なのでひまりも戸惑う事なく抱きつき返す。

 ひまりは現在中学3年生であるが、ハグをするのは昔からの習慣みたいなものであり、また精神年齢が同年齢と比べて若干幼い事もあってこういった事に思春期特有の恥ずかしさを覚えたりはしないのである。


 そしてそのまま5秒ほど経って、


 「うん!ひまちゃんチャージ完了!これで今日も頑張れるわ!」


 「それはよかった。それじゃあ行ってらっしゃい。」


 「いってらっしゃいませ、あかね様。」


 「うん、行ってきまーす!」


 あかねはひまりと椿に見送られると、元気に仕事へ出て行った。


 ひまりは母を見送った後、そのまま洗面所へ行き、そして寝起きの顔を水で洗う。


 「ん、すっきりさっぱり。」


 顔を洗ったひまりの顔が洗面所の鏡に映し出される。

 鏡に映ったひまりの容貌はと言うと、まだ中学生らしく若干幼さが残った綺麗というよりかは可愛い顔立ちをしていた。

 しかし、その整った顔立ちは、将来、誰もが振り向く美女になるだろうと思わせる容姿であった。

 顔を洗った後なのに、瞼が少しだけ下がり、眠たそうに見える瞳が特徴的である。


 ひまりは顔をタオルで拭いた後、寝癖を櫛で直して行く。


 ひまりの髪は銀色の長髪で、首下辺りまで髪が伸びており、それでいて寝癖は至る所にある為、毎日櫛で治すのが大変なのである。


 15分程かけて寝癖を直した後、ひまりは朝ご飯を食べる為椿のいるダイニングへ行く。


 「椿ネェー、ご飯〜。」


 「はい。もう朝食のご用意は出来てますよ。」


 椿はテーブルの上に鮭の塩焼き、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし、豆腐とワカメの味噌汁、白ご飯、味付けのりといった和のメニューを用意した状態でひまりを待っていた。


 「やったー。シャケだー。」


 ひまりは魚の中では鮭が一番好きなのである。椅子に座るとすぐ箸を持って鮭を食べようとする。

 そんなひまりに椿が待ったをかける。


 「ひまりさん、食べる前に『いただきます』をちゃんと言わないとダメですよ。」


 「む、私としたことが忘れてた。」


 「仕方がないですね。はい、それでは手を合わせて、」

 

 「「いただきます。」」


 ひまりは椿と一緒にいただきますを言うと今度こそ、鮭を食べ始める。


 「うまうま。これは舌を巻く美味しさです。」


 ひまりは独特な言葉で食べた感想を言う。


 「それは良かったです。早朝魚市場に行ってみた所、運がいいことに脂の乗ったキングサーモンが上がっていましたので。値段は少々お高めでしたが、ひまりさんが美味しそうに食べているお顔を見れたのでそれだけで買った甲斐がありました。」


 「おー、ただのシャケじゃなくてキングなのか。道理で脂ののりが違うと思いました。」


 ひまりはどんどんと鮭を頬張り、食べ進めていく。


 するとそこに……


 「クゥーン」


 「おー。白玉もいたのか。おはよー。」


 鮭を夢中で食べていたひまりの足元に一匹の犬が来た。

 雪の様に真っ白な毛で覆われた子犬だ。

 

 この子犬は数年前にひまりが森で見つけて、拾ってきた犬だ。

 当時、ひまりが連れて帰ってきた時ははひどく衰弱していたが、今では完治し、元気に走り回れる様になっている。


 ちなみに白玉という名前はひまりがつけたものである。ひまり曰く丸まって寝ている姿が白玉みたいだったからとの事。


 白玉はひまりの足に頬をさすりつけて何かもの欲しそうな目でひまりを見上げる。


 「白玉もこのシャケが欲しいのか?」


 「ワン!」


 白玉はそうだというように声を上げる。


 「しょうがないな。椿ネェ、白玉にシャケあげても大丈夫ー?」


 「白玉さんにはすでにご飯をあげたんですけどもね。たくさんあげすぎるのは良くないので少しだけですよ。」


 「ワン!」


 白玉は椿の言葉を聞いて嬉しそうに尻尾を振る。


 「よーし、よし。そんなに嬉しいか。ほら、シャケだぞー。しかもただのシャケじゃなくてキングだからなー。味わって食べるんだぞー。」


 椿はひまりが白玉に鮭を上げる様子を微笑ましそうに見る。

 椿にとって、ひまりは自身が仕える主の一人であると同時に、忙しいあかねに代わり世話をし、ひまりが生まれて間もない頃からずっと見守り続けてきた年の離れた妹の様な存在でもあった。


 「椿ネェ。」


 「はい、何でしょうか?」


 ひまりは白玉に鮭をあげ終わると、椿の方に向き直り声をかける。


 「実は今日、私にとって、すごく大事な日です。それが何か椿ネェ、分かる?」


 ひまりはちょっと得意げに、それでいて嬉しそうに椿に質問する。

 ひまりの喜怒哀楽の感情は人並みに以上にあるが、それを感情表現として、顔に出す事は滅多に無い。

 そのひまりが今、誰が見ても分かるくらいにぐらいに嬉しそうな顔をするというのは余程の事である。


 「勿論存じておりますよ。ひまりさん、15歳のお誕生日おめでとうございます。お誕生日のプレゼントはしっかりとご用意していますので、後ほど拝見して下さい。」


 そう、3月31日、

 今日はひまりの15回目の誕生日なのだ。

 しかし、椿はひまりが言う特別な日が誕生日の事を指してはいないという事を分かっていた。

 少しひまりを揶揄おうと思い、敢えて知らないフリをしたのだ。


 「プレゼント!!…いや、そうじゃなかった。確かに今日はひまりの誕生日です。プレゼントもありがとうございます。しかし……!今日はそれ以上にもっと大事な事があります。それはなんでしょう。」


 「誕生日ではなく、別に何か特別な事があると。難しいですね。一体何でしょうか?」


 椿は考えるフリをするが答えは既に分かっている。

 というよりも、ひまりが質問をするまでもなく、それが来る事をずっと前から、それこそひまりがまだ0歳だった時から待っていた。

 15歳。それはただ、一つ年が上がるだけの話ではない。

 15歳とはこれから先いくつもあるであろう、人生の転換点、その2の起点だからである。


 性別、家柄、は関係ない。

 はこの15歳という一つのターニングポイントでこれからの人生が大きく変わる。

 何故なら………


 「ふふん、椿ネェ分からない?……正解は今日、私の魔法適正検査がある日なのでした。」


 そう。特定の子供達は皆、15歳という、タイミングで、魔法適正検査を受けるのである。



 説明が遅れたがこの世界は魔法が存在する世界。 もっと言うと、魔法と化学という相反する二つが奇跡的に合わさった世界なのである。


 中世では魔法と化学は対立し、何度も争いを繰り返していたが、近代では、『魔法と化学を統合する事により、更なる人類の発展を』というのが主流の考え方となってきている。

 特にひまりがいるこのではその考え方が国家方針の一つとなっている為、他の国と比べても、魔法が身近なものとして存在しているのだ。


 しかしその魔法、誰しもが使えるかと問われるとそうではない。むしろ、使えない人の方が大多数である。

 魔法を使うには魔力がいる。

 しかし、誰しもが魔力を持っている訳ではない。その為、産まれた人は皆、魔力の有無、そして、魔力があった場合の魔力量を調べる『魔力有無検査』と『魔力量測定検査』を産まれたその日に受けるのである。

 そう。1の人生のターニングポイント、それは産まれたその日に訪れるのである。


 当然ひまりも生まれたその日に検査を受け、そして、の認定を受けた。

 そして今日。

 15歳の誕生日を迎えたひまりは魔力保持者のみが受ける検査、魔法適正検査を受けるのである。


  魔法適正検査とは魔力を持つ者の中から魔法を使う適正がある者を見つけ出す試験である。


 魔力が無ければ魔法は使えない。

 しかし、魔力を持っていれば魔法を使えるかと言うと、また話が違ってくる。


 魔法は使用する者の才能に大きく左右される。

 当然、努力と鍛錬は必要であるがそれ以上に魔法とは才能の世界なのである。

 魔力を持っていても才能がゼロであれば魔法は全くと言っていいほど使えない。

 その才能の有無を調べるのが今回ひまりが受ける魔法適正検査なのである。

 

 「勿論知ってましたよ。」


 「なぬ、知ってたのに、知らないふりしてたとは……。さすが椿ネェ、私はまんまと椿ネェの手のひらで踊らされてたと。」


 「踊らせたつもりは無いのですが、すいません。少し、揶揄ってみようかと思いまして。」


 「ムーー。」

 

 ひまりは頬を膨らます。


 「それよりも、今日は私がひまりさんの保護者として魔法適正検査に同伴します。検査を受ける施設まで少し時間が掛かりますので、8時半にはコチラを出る予定です。ですので、それまでに身支度を済ませて下さいね。」


 「ん、アイアイサー。」


 ひまりはシャキンと敬礼をする。

 椿は敬礼のポーズをとるひまりを微笑ましく感じながらも、頭の中では今日行われる、魔法適正検査の事について考える。


 (遂にこの日が来てしまいましたか。いずれ来る事だと分かってはいましたが、いざこの日が来るとやはりいつもの様な平常心ではいられませんね。)


 実は椿は顔にこそ出していないが内心ではかなり緊張をしていた。

 魔法界隈では、魔力保持者の認定を受けた子供を持つ親が人生において最も緊張する日、それが魔法適性検査日だと言われている。


 理由は魔法適性検査の結果でその者の人生は良くも悪くも大きく変わるからである。

 もし、この検査で適性ナシと判断されれば魔法士(魔法適性検査に合格し魔法が使えると判断された者)になる事は出来ず、魔法そのものに直接関わる機会は殆どなくなり、魔力を持たない者と同じ人生路を歩む事となる。

 逆に適正アリと判断されると、中学卒業後、魔法学校への進学が義務付けられ、卒業後は魔法関連の仕事に就くのが一般的な流れとなる。


 魔法が当たり前に存在する世界とはいえ、魔法士の数は少ない。その為、必然的に魔法士の価値は高くなっており、あらゆる企業、団体、組織が魔法士を欲している。故に魔法士というだけでそれが一種の資格となり、非魔法士と比べて求職面、給与面、社会福祉面などあらゆる面において高いアドバンテージを持つ事ができ、また、魔法士特権という、魔法士のみが使える特別な特権も存在する。

 何処かのリサーチサイトによると嘘か誠か、魔法士の平均年収は軽く1千万を超えると記載されており、実際に世界長者番付ではその年によって多少差異はあるが、毎年トップ100位の内8割は魔法士が占めている。


 とにもかくにも、そんな誰もが羨むような存在、それが魔法士なのである。


 そして、そんな魔法士に自分の子供がなれる可能性があるとなれば、その親が魔法適性検査日に緊張してしまうのは当然だと言えるだろう。

 自分の子供に幸せな人生を歩んで欲しいと思うのであればその最たる近道が魔法士になる事だからである。

 また、自分の子供が魔法士になる事で間接的にその恩恵を得られるという考えも少なからずは存在するだろう。


 しかし椿の緊張は前述の様な理由で親が持つ緊張とはまた違ってた。

 というよりも、逆であった。


 (ひまりさんは他の者達とは違って少しですからね。ひまりさんには申し訳ないのですが、出来れば不適正になって欲しいものです。)


 椿はひまりに出る事なら魔法士になって欲しくないと思っているのである。


 そう。

 椿が抱えている緊張とは魔法士に〝なって欲しい〟ではなく〝ならないで欲しい〟からくるものなのだ。


 普通、魔力保持者の認定を受けた子供を持つ親(厳密には椿は親ではないが)が魔法士になって欲しくないと思うなどまずない。


 なのに椿がなって欲しくないと思うのには前述で述べてる様にひまりが他の子供達とは違って特別である事に起因する。


 その〝特別〟が何なのか、

 それはまた後日に話すとする。


 しかし、そういった事情により椿はひまりに申し訳なく思いつつも、魔法士にはなって欲しくないと思っているのだ。

 そして、そう思っているのは椿だけでなくあかねもであった。


 あかねは玄関ではいつも通りに振る舞っていたが、心中は穏やかではなかったのだ。

 本当なら今日、あかねも椿と一緒にひまりの魔法適正検査に同伴する予定だったのだ。

 しかし、前日になって、あかねに緊急の仕事が入ってしまった。


 最初、あかねはその仕事を無視して、ひまりの方を優先しようとしていた。

 しかし、あかねは大企業の幹部とも呼べるポストに着いている。一つの仕事をとっても、億単位の金銭が動く立場にいるあかねが、緊急で来た仕事を無視するのは流石にマズイとの事で、椿とあかねの秘書の必至の説得によって、しぶしぶ仕事を優先する事を承諾したのだった。

 おそらく今日一日、あかねは不機嫌なオーラを隠す事なく社内中に出す事だろう。


 (ホント、あかね様には困ったものです。)


 椿は昨夜の長時間に渡る説得を思い出し、嘆息する。夜通しに渡る説得だった為、正直寝不足であった。


 (まぁ、あかね様の事は置いといて、今はひまりさんですね。)


 椿は思考を切り替える。


 (ひまりさんには魔法士になって欲しくないとは思いますが、それはあくまで私の願望。いくら望んだところで適性検査の結果が変わるわけではありませんからね。むしろそこに気を取られて肝心のに支障をきたす事がない様にしなければ。)


 椿には星宮家に使えてからというもの、ずっと任されている仕事が2つある。

 一つはこの家全般の家事。

 そしてもう一つがひまりの護衛である。


 (魔法適性検査には何かとがありますからね。ひまりさんに万が一にでも害が及ぶような事がない様、警戒をしないといけませんね。)


 家政婦の枠を超え、ボディーガードの様な思考をし、椿はひまりの魔法適性検査への同行に望むのであった。


 そして、魔法適性検査を受ける当人である、ひまりは、多少緊張しているのかというと……


 (椿ネェからのプレゼント。わくわく。)


 魔法適性検査の事より、プレゼントの方に興味が持っていかれていたのであった。

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