07 試験官の内情
「なんか……良い試験官さんだったね。」
それが剣磨が先程の試験官に思った印象だった。
前述にも述べた通り、魔法試験官は魔法適性試験において、絶対的な権限を持っている。
その為、昔から上流階級の家は魔法試験官に裏で賄賂などの取り引きをして、自分の子供を合格させようとする事件が多発しているのだ。
現在は、魔法試験官側にも、審査するに相応しい人格が求められている為、昔と比べて裏合格の数は6割程減少しているが、それでも年に約50人程の上流階級の子供が裏取引で不正に合格をしているだ。
政府もこれを問題として認識はしてはいるのだが、なにしろ裏取引を行っているのが政界にも広く顔がきく上流階級の家である為、裏取引問題の解決に消極的であるのが現状である。
剣磨はそういった実態を知っていた為、魔法適性試験そのものに余り良い印象を持っていなかったのだが、先程の試験官は審査をするに相応しい人格を持っていると、研磨は思った。
自分を審査する試験官がちゃんとした人みたいだったので剣磨は安心する。
しかし、ひまりは、
「んーー。」
何故か首を捻り、考え込む仕草をする。
「ひまりさん?どうしたの、さっきの試験官さんに何か気になる所でもあったの?」
剣磨はひまりの様子に疑問を感じた為質問する。
「……ケンマの言った通り、さっきの試験官さん、良い人っぽかった。ただーー」
「ただ?」
「………ううん。ごめん。やっぱり何でもないです。」
「あ、そう?」
ひまりは何かを言いかけたが、それを言うのをやめた。
「それよりもケンマ、早く行こ。ひまりとケンマ以外のみんなはもう行ってしまったみたいなので。」
「わ!ホントだ。いつのまに……。は、早く行かなきゃ!」
気付けば、ひまりと剣磨以外周囲に誰もいなくなっており、自分たちが最後尾になっていた。
剣磨とひまりは会話をやめて、一緒に駆け足で廊下を進んで行く。
その道中ひまりはボソッと呟いた。
「こんなの初めて……。何も感じなかったのは……。」
そう呟いたひまりの言葉は残念ながら急いでいる剣磨に聞こえることはなかったのだった。
カツン………カツン………。
試験官は廊下を歩いていた。
辺りには誰もおらず、ただ歩く音だけが廊下に響く。
試験官は歩きながら先程の出来事について考えていた。
(全く、危ないところだった。あと一歩遅かったら試験どころではなくなっていたよ。)
試験官はそう思うと、ため息を一つ溢す。
そのため息は当然、先程の和重が起こしたトラブルについてのモノである。
あの時ーー彼は落ち着いた余裕ある雰囲気でトラブルを解決したが、その実内心では冷や汗をかいていた。
彼がトラブルに気付いたのは、和重が身体強化を施した腕を剣磨に向かって振り下ろしかけた時であった。
その時、彼は状況を理解するより先に拳を止めることを優先した為、割って入って魔法壁を貼ることに成功したが、あと一歩遅れていたら、些細なトラブルでは済まない悲惨な状況になっていただろう。
ギリギリで止めることができ安堵した後、彼はすぐさま思考を切り替え、現状把握に写った。
彼は守った男の子ーー剣磨の手を取り、立ち上がらせる時に、
触れた相手の記憶を読み取る事が出来るという、高度な魔法だが彼には造作もなかった。
(成程、そういった経緯か。)
そして、彼は剣磨の記憶から何が起こったのかを把握すると同時に再度、心底で安堵をした。
(なんて事だ。問題の渦中のこの三人。土野家の跡継ぎと天野の跡継ぎ、そして、あの星宮家の令嬢だとはね。)
記憶から三人が共に名家の子供だという事が分かり、顔には微塵も出していないが、内心驚愕した。
その後なんとか、穏便にトラブルを収束させ今に至る訳なのだがーー
(ホントに止める事が出来てよかった。〝魔法適性検査場で天野家の跡継ぎが星宮家の令嬢を守ろうとして土野家の跡継ぎに身体強化をした拳で殴られる〟なんて、下手をすれば魔法適性検査を運営する魔法省の根幹に関わる大事件になるところだったからね。)
三者両名、魔法省、政界共に深い繋がりがある名家の人間であり、星宮家に至っては、他国にも顔がきく。
もし、そんな三家の子息、令嬢らによる傷害トラブルが起こってしまっていたら、今回の魔法適性試験の責任者という立場にある自分はどうなっていたのか。考えるだけでも恐ろしい思い出ある。
(タダでさえ僕は
そう意味深な事を言って彼は再度ため息を着いた。
(まぁ、それはそうとあの2人。)
続けて、彼は思考を切り替え先程少し話をした剣磨とひまりを思い出す。
(天野 剣磨。彼の思考能力は中々のものだったね。)
本人にも言ったが、剣磨の思考能力はまだ小学五年生である事を踏まえると、光るものがあった。
あの時、和重を失格にしなかった理由について、彼が土野家の人間である事しか言っていなかったのに、剣磨はそれだけで
(ほんの少ししか会話をしていないが人格面でも問題は無い。これで魔法の才能があれば、将来有望株なんだけど、そこばかりは運の世界だからね。どうなることか……。そしてーー)
彼はそこで歩みを止め、真剣な表情になる。
思い出すのは尻餅をついた剣磨を立たせる為、後ろを振り向いた時に見たひまりの表情。
(星宮 ひまり。彼女、僕を見て何か違和感を感じていたねーーまさか、僕が
そう、なんと彼は彼本人ではなく、魔法で作られた分身体なのだ。
しかも、ただの分身ではない。
魔法界一般で知られている分身魔法というのは、あくまでも本体に似せた精巧な人形を作り出すというものであり、魔力・運動能力・思考能力といった全ての能力面で、本体の一割弱の性能しかなく、ダメージを与えられると直ぐに消えてしまうお粗末な物である。
しかし、彼本人が用いた分身の魔法は実体分身といい、全ての能力が本体の7割程ある。さらに分身体ではあるが、人間としての体の身体構造がちゃんと作られており、ダメージを受けると流血するし、骨折もするという精密ぶり。そして、この分身は魔法を解除するまで消える事がなく、しかも常時本体と記憶の共有が出来るという分身魔法の中でも最上位に位置する高難易度魔法であった。
分身体から漏れ出る魔力の揺らぎも本体のそれであり、卓越した魔導士でも分身だと気付ける者はそういないだろう。
問題なのはその完成された高度な分身体に魔導士でもない小学生が気付いた又はそこまではいかずとも、それに近い何かしらの違和感を感じていたという事である。
(いくらあの星宮家の正当な血統者とはいえ、そんな事が本当に有り得るのかーーいや、あり得る、あり得ないじゃない。実際に彼女は僕に違和感を持っていたんだ。まずはその事を認めないと思考が進まない。)
彼は軽く首を振り常識から考えてあり得ないという否定的考えを捨てて、再度思考し直す。
(まず大前提として、僕が分身体だと気付くには僕本体の事をよく知っていなくてはならない。僕本体の性格、口調、仕草、何より体から出ている魔力の揺らぎ。それを完璧に把握し、分身体との差異を見つけるというのが定石。いくら魔法の才能があっても、一度の面識もなく僕を分身体と気付ける者はいない。そして、僕と彼女は一度も面識がない。つまり、彼女は僕に魔法の才能とは違う、別の要因で違和感を感じとったと言う事。唯の分身体ならともかく、僕の実体分身に気付ける様な魔導具は存在しないし、彼女が腕時計以外で魔導具を持っている形跡はなかった。となると一番可能性があるのはーー)
彼は持ち前の頭脳で思考を前へ前へと進めて行き、一つの仮説にたどり着いた。
(
特殊性質。
それは限られた者だけが持つ特別な力。
魔法は、魔力量・才能・鍛錬次第で誰でも使える可能性があるものだが、特殊性質とは文字通りその者だけが持つ特殊な性質の事を指す。
(特殊性質には突発発生型と遺伝型があけど、彼女が星宮家である事を考えると、後者の可能性が高いか。そして彼女の両親が特殊性質を保持しているという記録はない。つまり隔世遺伝の確率が濃厚。)
あくまでも唯の推測。
なんの確証もない。
しかし、彼女の血筋を考えると充分にあり得る話であった。
(ハハ……。〝星宮 ひまり、特殊性質の可能性アリ〟か。偶然の接触だったが、上への良い土産話が出来たね。可能ならどういった特殊性質なのかも知りたい所だけど………)
彼はそこまで考えて首を振る。
(いや、今回僕がここに来た目的は別にある。他の事に意識を向けていたら、
彼はそう考え直し、ひまりについてこれ以上思索を巡らせる事をやめた。
そして、
「さて、それじゃあ魔法適性試験を始めるかな。」
彼はそう呟くと、止めていた歩みを戻しまた廊下を歩いて行くのだった。
ひまりちゃんの魔法生活 河蛙 @kakutaku0207
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ひまりちゃんの魔法生活の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます