06 魔法試験官

 *前回ラスト部分


 和重は掴まれていない方の腕を振りかぶり、研磨目掛けて振り下ろす。


 「ケンマ!」


 ひまりが叫ぶ。

 剣磨も殴られる覚悟をし、目を瞑った。

 しかし、和重の拳が剣磨に当たることはなかった。


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 「こらこら。大事な試験前に何をしているんだい。」


 何故なら、剣磨と和重の間に一人の男が割って入り、和重の拳を止めたのだ。

 しかも、その止め方が普通ではない。

 その男は両手をポケットに入れた状態で、和重の拳を止めていたのだ。

 正確に言うと、男と和重の間に出現した薄透明色の小さな正六角形の壁が拳を止めていた。


 魔法である。


 「な!?誰だお前!」


 和重は突如現れたその男に驚き、後ろに下がって距離を取る。


 剣磨の方は殴られると思っていた為、そうならなかった事に安堵し腰が抜け、尻を地面に着ける。

 そこに素早くひまりが駆け寄り心配そうに剣磨を見る。


 「ケンマ、大丈夫?」


 「う、うん。なんともないよ。この人のお陰で。」


 剣磨は自分を助けてくれたその人を見上げる。


 剣磨を助けた目の前に立っている男は、

メガネをかけた何処にでもいそうな極々普通の壮年であった。


 そしてその壮年は剣磨とひまりの方を振り返り、


 「君、大丈夫?」


 腰を下ろし剣磨の手を掴んで立たせてくれた。


 「あ、ありがとうございます。」


 「うん、どういたしまして。」


 剣磨が感謝の言葉を言うと、その者は優しげな笑みを浮かべて謝辞を受け取った。


 「おい!無視したんじゃねぇ!誰だって聞いたんだろうが!」


 和重は自分を無視する突如現れた男に苛立ちを見せ、再度何者なのかを問う。


 そんな和重にその男は答えた。


 「別に怪しい者ではない。僕は今回の試験を担当する魔法試験管の一人さ。」

 

 「魔法試験官だと!?」


 魔法試験官という言葉を聞き、和重は驚きの声をあげる。

 和重だけではない。剣磨、そして一連の様子を見ていた子供達も驚愕の表情を見せる。


 「魔法試験官?」


 しかし、ひまりはその言葉に聞き覚えがなかった様で、首を傾げる。


 「ケンマ、魔法試験官って何?」


 ひまりは剣磨に聞く。


 「え?ひまりさん、魔法試験官を知らないの?」


 剣磨はビックリした目でひまりを見る。


 「うん。なにそれ?」


 「魔法試験官っていうのは、その名前の通り、魔法適性検査の試験官で僕達の試験の合否を判定する人達の事だよ。」


 「おー、なるなるー。」


 ひまりは腕を組み頷いた。


 剣磨を助けた魔法試験官を名乗った男は、和重に向けて話し出す。


 「全く、ダメじゃないか。試験前に揉め事なんて。」


 「………すいません。」


 先程の態度はどこへやら。

 和重は急にしおらしくなり、素直に頭を下げる。


 しかし、それは当然であろう。

 魔法試験官は魔法適正試験において、絶対的権限を持っている。

 つまり、彼が不合格と言ったらその言葉通りに不合格になってしまうのだ。


 流石の和重もここで試験官に歯向かう程、馬鹿ではなかった。

 

 「君、拳を魔力で強化していだだろう?」


 「!」


 頭を下げている和重の肩が僅かに動く。

 そう。なんと和重は魔力を使っていたのだ。

 

 「その歳で体の一部分とはいえ、身体強化を施せるとは、流石あの土野家の跡継ぎだね。この時点で魔法適性検査の合格をあげてもいい。………まぁ、あくまで魔法の才能のみを審査したらの話だが。」


 「…………」


 「魔法とは人々の生活を豊かにするものであると同時に、使い様によっては簡単に人を傷つける事が出来る恐ろしいものだ。」


 試験官は魔法について語り出す。

 そして、その言葉は和重だけでなく、その場にいた子供達に向けて語っているものであった。


 「故に魔法を扱う者には才能だけでなく、その人格も求められる。まだ物事の善悪がつかない子供に魔法を教えないのはその為だ。」


 その言葉を聞き、和重は再度肩を揺らし、汗を垂らす。

 試験官はそんな和重の様子を見透かしたかの様に言葉を続ける。


 「本来、魔法は魔法適性検査を通過したのちに、ゆっくりと時間をかけて心の成長と共に覚えていくもの。しかし、君が先程使った魔力強化は完全に若干11歳の小学生が使っていい魔法の線を超えている。」


 「…………」


 和重は何も言わない。

 いや、正確には何も言えないのである。


 「まだ精神的に未熟な君があの様な魔法を覚えてしまうと、必ず何処かで事故に繋がる。現にもし僕が止めなかったら、この子は無事では済まなかっただろう。」


 それを聞き剣磨は背筋がゾクッとした。

 

 「才能と人格、両方併せ持ってこその魔法士。そしてそれを審査するのが魔法適正試験だ。そういう意味では君の先程の行動は魔法士として、相応しいものではなかった。それは分かるかい?」


 「……はい。」


 和重は怒り、屈辱といったあらゆる負の感情が入り混じった顔をしたが、反発はせず試験官の言葉を肯定する。


 「ーーまぁしかし、今はまだ、魔法適性検査開始前で、幸い怪我人も出なかった。僕の言葉を聞き、心を入れ替えて試験に臨むのであれば、さっきの蛮行に対する処罰は厳重注意と、君のご家族への報告のみで留めてもいいと考えている。身体強化を覚えている件に関しても、魔法界の暗黙の了解で適正試験通過前の子供に教えてはならないとされているだけで、法律で縛られている訳ではないしね。」


 「……ありがとうございます。」


 「でも、分かっていると思うけど、次同じような事があった場合は容赦なく不合格にする。いいね?」


 「はい………、分かりました……。」


 試験官は釘を刺し、和重も不服気ではあったが、了承の意を示した。


 こうして、試験前に起きたちょっとしたトラブルは解決したのだった。


 「それじゃあ君達は先に試験場へ向かってくれ。僕は少し二人と話をするから。」


 そう言って、試験官はひまりと剣磨を見た。


 その言葉を聞いて、止まって様子を伺っていた子供達が動き出す。

 和重は、試験官、ひまり、剣磨がいる場を一睨みすると、何も言わずに立ち去っていった。



 そして、辺りが静かになった所で試験官が突然、謝罪をした。


 「先ずは、君たち二人に謝らせて欲しい。申し訳ない。」


 「え!?僕を助けてくれたのに、何故あなたが謝るんですか。」


 剣磨は突然謝罪をする試験官に慌てる。


 「当事者である君達に何の意見や確認もせず彼の裁定を決めてしまった。君達からするとあの罰は軽すぎると思ったのではないかい。」


 (……まぁ、確かに厳重注意だけで済ますのは少し甘いんじゃないかなとは思ったけど。)


 剣磨は心の中でそう思う。

 彼の言った通り本当に和重が魔力を使っていたのだとすると、もし剣磨に当たっていれば良くて骨折、当たりどころによっては臓器損傷、最悪命に関わっていたかもしれない。


 魔法とはそれ程に身体の能力を高めることが出来るのだ。

 もし仮に、大人がこの身体強化をした拳で魔力を持たない一般市民に手をあげようものなら、間違いなく傷害罪を飛ばし殺人未遂罪になり、警察のお縄になるだろう。


 それを踏まえるといくら小学生とはいえ、和重の処罰は確かに軽すぎると言わざるを得ない。


 「本来は有無を言わさず、不合格にするべきなんだろう。しかし、彼は土野家の人間だ。」


 「……成程ですね。」


 それを聞いて剣磨は試験官が和重を不合格にしなかった理由が分かった。


 「どういうこと?」


 ひまりは意味が分からず剣磨に尋ねる。


 「土野家は魔法適性検査を運営、実施をしている魔法省と深い繋がりがあるんだ。だから、まだ適性検査をしていない今の段階で不合格にすると大野家から魔法省に抗議が来る可能性がある。だからしっかりと受・け・さ・せ・た・上で不合格にするーーそういう事ですよね。」


 剣磨は試験官に自分の考えが合っているか確認をする。


 「フッ、君はなかなかに賢いみたいだねーーその通りだよ。」


 試験官は剣磨の考えを肯定する。


 しかし、それを聞いてひまりは頭に?マークを増やす。


 「受けさせて不合格にする?つまり試験でわざと不合格にするって事?………それはなんか可哀想。」


 そう言うひまりに剣磨が首を横に振る。


 「それは違うよ。わざと不合格にするんじゃなくて、和重自身が自分から不合格になるんだ。」


 「と、いいますと?」


 「この試験官さんがさっき言ってたでしょ。才能と人格が両方伴ってこその魔法士。そしてそれを審査するのが魔法適性試験だって。つまり今回の試験では何らかの方法でその人の人格を見る筈なんだ。ひまりさんは今の和重が人格の部分で試験に合格すると思う?」


 ひまりはそれを聞き、先程の去る間際の和重の目を思い出す。

 あれはひまりから見ても、反省の色は微塵も感じなかった。


 「ううん。無理だと思う。」


 ひまりは首を横に振る。


 「そう。つまり、コッチがわざと試験に不合格にしようとしなくても、和重は不合格になる。そして、実際に試験をした上で不合格になっているわけだから土野家も抗議する事は出来ない。仮にしてきても正当性はこっちにあるって寸法だよ。」


 「おおー!」


 最後まで聞き終えたひまりは目を輝かせて剣磨を見る。


 「ケンマすごい。そんな事、考えつくなんて。」


 「い、いや考えていたのはあくまで試験官さんで、僕はただ、それを説明しただけだよ。」


 剣磨は謙遜するが、最後まで黙って聞いていた試験官がそれを否定する。


 「いや。あんな僅かな材料からここまで僕の考えを理解するなんて大人でもそうそう出来ることではない。それをまだ小学五年生である君が為したんだ。素直に凄いと思うよ。」


 「そ、そうですか。」


 ひまりだけでなく試験官からも褒められ、剣磨も満更ではなさそうである。


 「うん。ケンマ頭いい。そして腹黒い。」


 「いや〜それほどでも………待って、今腹黒いって言った?」


 剣磨は本日2度目のジト目でひまりを見た。


 「まぁ、とくもかくにもそういう事だ。納得してくれたかな?」


 「ん、納得しました。」


 「僕も。そういう事なのでしたら、なんの反対意見もありません。」


 ひまりと剣磨は試験官か和重に下した裁定に納得した。

 それに試験官は安堵の表情を見せる。


 「2人とも理解を示してくれてありがとう。話したかった事はそれだけだ。それじゃあ僕は失礼する。贔屓は出来ないが君達が合格する事を祈ってるよ。」


 「あ、待ってください。」


 剣磨は背を向けて行こうとする試験官を呼び止める。


 「ん、何かな?」


 「いえ……。唯、もう一度改めてお礼を言わせてください。さっきは僕を助けて下さり有り難うございました!あなたがいなかったら今頃僕はどうなっていたか分かりませんでした。」

 

 そう言って剣磨は深く頭を下げた。


 「気にする事はないよ。トラブルを止めるのも試験官の仕事の一つだからね………あ、でもせっかく呼び止めてくれたんだ。僕からも君に一つだけいいかな。」


 「?はい。何でしょうか?」


 「彼女を守ろうとした君の勇気、カッコ良かったよ。」


 「!!」


 試験官はそう言うと今度こそ去っていった。

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