第7話 破壊神、ゴミ処理をする――そのに

「入って入って! ここがわたしの部屋! ……って言っても寮だけどね」


「貴様らはなぜ自ら籠の中に入るのだ? こうも狭苦しい場所では息も詰まろう」


 聖サンクチュアル女学院学生寮。大勢の女子生徒にやれかわいいだのやれかわゆいだの言われながらそのことごとくを無視してやってきたのはセリシアの住まう一室だった。


「まさか検査室のすぐ隣に『ゴシック』が落ちてくるなんてね。あんまり古い学校じゃない、っていうか二十年ないくらいの学校だけど、こんなこと初めてだったらしいよ。ふぅ、リオンくんに怪我がなくてよかったー!」


「当然だ、オレ様があんなゴミ相手に傷つくものか。セリシアよ、貴様あまり下界に馴染みすぎて判断基準が人間に近しくなっているのではないか?」


「人間に近しいっていうか人間だよ」


 幸いと言っていいのか、飛来した『ゴシック』による被害らしい被害は落下の衝撃によるものだけであった。少なくとも現在の調査では危険な性質による被害も汚染も確認されていない。

 奇妙なのが、その落下してきた『ゴシック』が見当たらないことだ。あったのは『ゴシック』と同じ反応を示す灰の山だけ。まさかその灰が『ゴシック』の成れの果てであるとは分かるはずもない。灰そのものからは異常な性質も特異なエネルギーもなにも観測されなかった。


「ベッドは一つしかないけど……まぁ大丈夫だよね、子ども相手なんだし」


「むっ、なんだその視線は」


 セリシアの寮は単身向けのそれであった。ユニットバスや小さなキッチン等が備え付けられておりほとんどワンルームと同じ作りであったが、それでも一人で住むに十分なだけで二人暮らしにはあまり余裕のある部屋ではない。


 しかし他に余っている部屋はなかった。生徒及び教師、そしてその他の補助人員……聖サンクチュアル女学院には大勢の人が在籍し、その多くが寮住まいだった。『ゴシック』対策として急遽創られたこの学院には意外と余裕がない。


「大丈夫、だよね?」


 セリシアは部屋に上がり込んだリオンを見て少しだけ不安になった。

 彼女はあまり異性と付き合いのない人生を送ってきた。これまでの十六年の内半分以上はこの女学院内で過ごしてきたほどだ。男への耐性も理解もない上に興味だけは人並みにあった。


 セリシアは金髪碧眼の年頃の娘である。女だけの環境とはいえ……否、故に外見には人一倍気を遣っていた。髪も肌も手入れは欠かさず睡眠時間はしっかりと確保、食事にも気を遣っている上に調査員としての活動は運動量が多い。必然、容姿には恵まれた。


 そんな自分が子ども相手とはいえ男の子と一つ屋根の下、狭い部屋に二人っきり。これはもう不健全なことが起きてもおかしくないのではないか。不健全なことが起きないほうが不健全なのではないか。


「いやダメだって、ダメだからねわたし!」


 良くない考えを頭から追い出すべくパチパチとセリシアは自らの頬を叩いた。

 相手はチビッ子である、可愛いチビッ子である。迫られても十分拒絶できる。


「と、とりあえず座ってよ、お、おおお、落ち着かないでしょ?」


「何を狼狽えているセリシア」


「なんでもないよ!」


 先導するセリシアに続いてリオンも部屋の中へと続いた。


「むっ、何かいるなこの部屋」


 すると、足元を小さな影が横切った。ミーティリアの生み出したハムスターとかいうネズミよりは少し大きいサイズ、しゅたたっと俊敏な動きをしているように見えた。


「あー……なんて言えばいいのかな……わたしが見つけてきて管理、してる……『ゴシック』、なんだよね……キキーモラ、大丈夫だから出てきて」


 セリシアが何者かに声をかけると、ベッドの下からひょこっと小さななにかが顔を覗かせた。


「え、えと……アナタはキキーモラをいじめませんか?」


 それは少女の姿をした人形だった。

 茶色の髪の、二十センチもない大きさの人型の人形。クラシカルな紺のメイド服を着ており、頭部にはは犬を思わせる長い耳が垂れるようにして付いていた。モジモジと胸の前で擦り合わせる手に見える間接は球体状で動く度に少し軋む音を立てる。ガラス玉で出来た翡翠色の瞳は不安げにリオンを見上げていた。


「何かと思えばガラクタ人形か。狭苦しいとは思ったがこんなものまであるとは……セリシア貴様趣味が悪いぞ」


「わたしの趣味じゃないよ!」


「えっ……セリシア、キキーモラを嫌いですか……?」


 悲しげな表情を浮かべるキキーモラ。どのような原理なのか両目のガラス玉からはうっすらと涙が滲み出す。


「おい、泣いたぞセリシア」


「あ、あれ!? ごめんねキキーモラ嫌いじゃないよ! 大丈夫だよむしろ大好きだよ! 泣かないで!」


「大丈夫です、キキーモラは泣きません。うるさくしません。ですから追い出さないで下さい……」


「おい、ますます泣いたぞ」


「ええっ、何か間違えたかなわたし!?」


 リオンはキキーモラをつまみ上げた。ひゃうぅと奇怪な鳴き声をあげるそれを興味深そうに眺めたかと思うと。


「……誰のものか分からんな。この気配は知らん」


「キ、キキーモラは誰のものでもありません……」


「たわけめ。創造者のことだ、所有主ではない。仮にそのような意図の発言であれど、貴様のようなガラクタを所有したいなど思うものが世にいるとも思えんがな」


 破壊神は大変お口がよろしくなかった。キキーモラはえぐえぐとうめき出してしまう。


「ちょっとリオンくん、キキーモラをいじめたらダメだよ!」


「いじめてなどおらん、コレが勝手に泣き出しただけであろう」


「小さい子を泣かせたらダメなの!」


「なら貴様も同罪だな、セリシア」


「うぐぅ……リオンくん、可愛い顔なのに意地悪だね……」


「オレ様を可愛いとほざくか。どうやら長年見ない間に貴様の美的価値観は腐りきったらしい」


 言いつつリオンが指先で頭を弾くと、キキーモラはあうあうと悲鳴を上げた。


「それで、これはなんだ?」


「知的人形フェアリーって呼ばれてる『ゴシック』の一人、キキーモラちゃんだよ。コレ、じゃなくてちゃんと名前で呼んであげて」


「名前か。まるで生命のように扱うのだな。奇特なものだ」


「ひゃう……ひゃう……」


 リオンにメイド服を掴まれたまま縮み上がるキキーモラ。掴まったまま抵抗する素振りも見せない。


「『ゴシック』の調査の時に拾ったんだ。内緒だよ? 本当なら勝手に持ち出しちゃいけないんだから。すっかり懐かれちゃって、追い出せなくなっちゃったの」


 セリシアは調査員としても研究者としても志と倫理観が引くかった。


「ふぅむ。これは何ができるのだ」


「とても可愛い。可愛いのが仕事なの」


「つまり何も出来ないのか。やはりつまらぬガラクタ人形だな」


「可愛いのは大事だよ!」


 飽きたのかリオンはキキーモラを放してやった。ポテリと落ちた彼女はぴゃーと鳴きながら再びベッドの下に隠れてしまった。


「オレ様はこれでも義理堅い神だ。先の傷の手当ての恩義に報いるため見逃してやろう、キキーモラ。どうもセリシアは貴様を気に入っているらしい」


「見逃すって大袈裟……それにあの手当てはそんなに気にしなくっていいのに。あれくらい誰でもできることだよ」


「自分に出来ることを他者も当然に出来ると思い込むのは昔からの悪い癖だな、セリシア」


「昔からって、リオンくんとわたしは出会ったばかりでしょ」


「それに大袈裟などではない。このオレ様の傷を治そうとしたのは貴様が初めてだ」


「そうなの……?」


 少し考えて、セリシアの瞳に涙が浮かび始めた。それを見てぎょっとするリオンだったが、次の瞬間彼女に抱き締められていた。、


「むごっ、何をするかセリシア!?」


「うんうん、そっか……リオンくんってずっと一人ぼっちだったんだね! 大丈夫、お姉さんが一緒にいてあげるから!」


「なんだそれは!? 放さぬかたわけ! むぅっ、引き剥がせぬ!? 貴様再生の女神の分際で破壊神よりも腕力に長けるとはどういう了見だ!」


 どうやら先の一言によって、セリシアの脳内でリオンの過去に対する妄想が広がってしまったらしい。涙なしには語れぬ一大スペクタクル、その結果行われた感情全開のハグ。きっと彼の変なしゃべり方もあんまりにもあんまりな人生経験故なのだろう、そうセリシアは心の中で勝手に語る。


 と、その時。

 ピンポーン、と間の抜けた音が部屋に響いた。


「あれ、お客さんかな? リオンくん、ちょっと待っててね。くれぐれもキキーモラをいじめないように!」


 セリシアが部屋の扉に向かう。

 そこに待っていたのは銀髪のチビッ子だった。


「あれ、学院長? どうされたんですか?」


「あのドアホはいる? いるわよね? ちょっと邪魔するわ」


 ズケズケと寮の室内へと足を踏み入れるミーティリア。部屋の中央に座るリオンに向かって一直線、開口一番こう言った。


「お手並み拝見よ、アンタを利用させてもらうから」

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かつて神と呼ばれたクソガキ――神域を追放され力を封じられた破壊神、その結果壊していたゴミが下界へ溢れ落ちて大混乱! 尻拭いは創造神と共に―― チモ吉 @timokiti

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