第6話 破壊神、ゴミ処理をする――そのいち

 聖サンクチュアル女学院、院長執務室。

 そこに一本の電話がかかってきた。


「何っ、このバカみたいに忙しい時にっ!?」


『おや。これはこれは随分なご挨拶ですねミーティリア様。神たるもの、常に冷静でなければなりませんよ』


「……アンタ誰よ」


『失礼。私はしがない従属神です、文字通り名乗るほどの者ではありません。なにせ名前がありませんから』


「は?」


 電話の向こう側の謎の声。相手は神を名乗る不審者だった。

 下界と神域は基本的に分断されている。されているが、あくまで基本的に、である。神々はどれも理不尽な権能を持ち合わせているものでルールに従うような者は少ない。むしろ神々自身がルールである故に。


 神の存在が証明されているこの世界で神を名乗ることはあまりにリスクが大きい。神の多くは感情的で気が短い、詐称程度でも怒りに触れる可能性は大いにあった。

 故にミーティリアは受話器越しの声を真に神であると判断する。


『我が主からの連絡です。良い報告と悪い報告があるのですがどちらからがよろしいでしょう?』


「アンタの主って誰よ」


 陰気臭い声に短く問うも返事はなし。数秒してからミーティリアは再度口を開いた。


「……良い報告ってのは?」


『破壊神ヴァルギリオンが神々によって討伐され、ミーティリア様の創り出した下界に追放されました。複数の神による戒めで今の破壊神は人間とほとんど変わらぬ存在です』


「……………………そう」


『おや、あまり嬉しそうではありませんね。ミーティリア様は破壊神のことがお嫌いであるかと存じますが。ご自身の世界で彼の存在を如何様にも出来るというのに……箱庭に害虫が飛び込んだ不快感の方が上回りますか?』


 ミーティリアにはどうでもいいことだった。何故あの破壊神が弱っていたのか、何故この世界にいるのか少し得心したがそれだけだった。

 どちらかというと、なんてことしてくれたんだという感想のほうが大きい。創造神は破壊神が嫌いだ、こちらに寄越さず神域の片隅にでも封じ込めておけばいいものを。


「うっさい、それで悪い報告ってのはなんなのよ」


 少し当たりの強い口調で聞くと、一拍置いて。


『破壊神が破壊していた品々が壊されなくなったことで神域はモノで溢れかえっております』


「でしょうね、神が生み出したモノを完全に消し去ることが出来るのは破壊神だけだも、の……?」


 何か、ひっかかるものをミーティリアは感じた。


 破壊神がいなくなった。それはいい、いいことだ。そして神域にモノが溢れかえる、それも当然。モノを消し去る破壊神がいない中、神々が自らの権能を振るい様々なモノを生み出せばそうもなろう。


 ミーティリアは何にひっかかりを覚えたのか……。


「溢れ、かえっている?」


 溢れる。溢れている。

 それはつまり、比喩的な表現ではなく、中のものが外に出ていると、そう言っている……?


「一つ聞いてもいいかしら」


『勿論です、ミーティリア様』


「……あの破壊神の討伐って、何時から始まったの?」


『つい最近です。そちらの世界、下界基準の時間感覚に合わせますと、ほんの二十年ほど前』


「…………………………………………」


『ミーティリア様?』


「ふざけんじゃないわよアタシの世界にとばっちりを押し付けて!」


 ミーティリアは電話を叩きつけるようにして切った。


 二十年前。それは『ゴシック』が下界に飛来し始めた時期とほとんど一致する。飛来物は年々増加し、今ではほとんど毎日下界のどこかしらに『ゴシック』が落下するようになっていた。その被害は馬鹿にならない。


 『ゴシック』とは、人間達は天より飛来する未知の存在と認識している。しかしミーティリアの視点ではそれとは少し異なる。


 アレは、神々の奇跡の産物だ。


「破壊神がゴミ処理を出来なくなったからあんなものが降り始めたって訳だったの!? このアタシの世界になんてモノを降らせてんのよここはアンタらのゴミ捨て場じゃないのよ!?」


 神域では、破壊神は神々の生み出すモノを壊して回っていた。そしてそれを疎ましく思う神は大勢いた。自身が時間と労力をかけて作ったものを壊されるのだ、気分は良くない。

 ミーティリアもその経験は何度も味わった。破壊神は嫌いだ。故にあの神がいない世界を、下界を創り出しそこで存分に創造を楽しんだのだ。


 だが、ミーティリアが下界を創ったのは逃げるためだけではない。単純に、神域は狭かったというのもあった。

 神は大勢いて、どれもモノを創ることが好きだった。そして、神域がいくら広くともその広さには限界というものがある。


「バカじゃないの!? 壊すヤツがいなくなったらどうなるかくらい分からなかった訳!? あぁ分からなかったからこうなってるのよねバカじゃないの!?」


 美しい髪をぐしゃぐしゃにして一人発狂するミーティリア。


 『ゴシック』は、破壊神の討伐活動によって本来彼に壊されるはずだったモノ達だ。神々のあまりの活動意欲によって神域から下界に溢れ出した異物達だ。

 『ゴシック』から神々の加護と同じ反応が得られるのも道理である。なにせアレらは神お手製の品々なのだから。


「……ひょっとして、この下界って今とてつもない危機なのだわ」


 下界はミーティリアが生み出し管理する箱庭である。多生の見返りを対価に、魔の神サフィールを筆頭とした友好関係のある神々のサポートも受けているが、管理者はミーティリアである。

 そのミーティリアは現在膨らみすぎた下界の維持にその権能のほとんどを使ってしまっている。神が生み出した品々の対応など出来るはずもなし。


「サフィール達に助けを……いえ、ダメね。ここはアタシの世界、余計な干渉を最低限にするために他の神の権能は間接的にしか振るえないよう最初に設定してしまったのだわ」


 ぐっと奥歯を噛み締めるも良案が浮かばず。


「どうしましょう……このままじゃアタシの世界が神域のゴミで埋め尽くされしまうわ……押し潰されてしまうのだわ……」


 ふと、そのゴミをなんとか出来そうな神がいることを思い出した。

 しかもちょうど良いことにそいつは今下界にいる。


「……なんとかするしかないのよね、アレに頼るのは最悪の気分だけれど……下界が壊れるよりはマシよ」


 記憶の彼方で見た彼は随分と恐ろしい神であった。修羅という言葉の体現者、破壊の極致。

 しかし今のアレは、単なる生意気なクソガキにしか見えない。


 そう、単なるクソガキ……。


「どうにか、なるのかしら?」


 破壊神は破壊神。破壊神ヴァルギリオン。

 しかしあのチビッ子に世界がどうにか出来るとは思えないミーティリア。


「……違うわ。どうにかしてもらわないと困るの。他に当てはない、どうにかするしかないのよ!」


 どうにもならないものをどうにかするために、今は小さき創造神は覚悟を決めて動き始めた。

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