第5話 破壊神、学院に入学する――そのよん

「なんでアンタがここにいるのよっ!」


 ヴァルギリオン――リオンはそんな叫び声によって目を覚ました。


「……む。オレ様は眠っていたのか?」


「あぁもう、『ゴシック』なんて訳の分からないものも神域から降ってくるようになったのもアンタの所為ってコトね! アタシに何の恨みがあるっていうの!」


 そこは病室だった。ベッドや棚、トイレといった最低限の設備は揃った個室である。

 リオンがいるのはそのベッドの上、そして声はすぐそばから聞こえていた。


「吠えるな人の子よ」


「はぁっ!? 誰が人の子よ! アンタ、アタシをバカにしてるでしょ!」


 隣にいたのは銀髪の少女だった。端正かつ勝ち気そうな顔立ちで年の頃は十歳程度、つまりはリオンの外見年齢とほとんど同じ。ヒラヒラとした装飾華美な衣服を身に纏っており非常に裕福なことが伺えた。


 当然ながら破壊神には容姿の良さも衣服の上等さも分からない。人の子は等しく人の子である。


「人の子ではないのか? では貴様は何者だ」


「決まってんでしょ、創造神ミーティリアよ!」


 少女は神を自称した。


「フッ、フハハ、フハハハハハハッ」


「何がおかしいのよ!」


 哄笑を始めたリオンにミーティリアが掴みかかるほどの勢いで詰めよった。


「フハハ、いやなに、随分と懐かしい名前を聞いたと思ってな。ミーティリアとはオレ様がかつて滅ぼした神の名ではないか。貴様のようなクソガキではない」


 創造神ミーティリア。

 下界、つまり人間の存在する世界を作った神だ。創世神と呼ばれることもある。

 ミーティリアは美しく母性溢れる女神であった。美しく豊満な肉体を持つ豊穣と繁栄の化身である。断じて目の前のちんちくりんではない。このチビッ子とあの女神の共通点など、それこそ銀の髪くらいしかない。


 そして彼女は地母神としての側面も持ち、世に生み出される全てを愛する神であった。

 そんなミーティリアが何故世界を作ったのか。それは――


「懐かしいな。無駄にモノを増やすヤツを誅したのは何年前であったか。オレ様に恐れを成したミーティリアは神域から逃れるために人間界を創ったらしい」


「逃げてなんかないわよ!」


 ――破壊神の暴虐を恐れてのことであった。

 誰だって野蛮で粗野で暴力的な相手は怖い。それも相手が破壊神である、むべなるかな逃げ出すのも仕方のない話かもしれない。

 しかし、神としてのプライドはその事実を認められないらしく。


「いい? アタシはアンタみたいなのがいるあんなところが耐えられなかっただけ、逃げてなんかいないわ!」


「人の子よ、どうやら貴様は少しばかり知能に難があると見える。自身を神と称するなど不敬であるぞ」


「アンタだって散々やったって報告受けてるんだけど!」


「仮に貴様が真に神であるとして、ならば何故稚児のような姿をしている?」


「下界を維持するのに力のほとんどを使っているからよ、世界一つ維持するのは大変なんだから! 子どもの姿なのはアンタだって同じじゃない! 随分と弱っちくなっているみたいだし!」


「馬鹿を言え、このオレ様が弱っちい訳なかろう」


 実のところ、このミーティリアを名乗る少女は正真正銘の創造神であった。厳密にはその分体、化身のような存在で本体は下界の維持のために世界の中心で眠っている。


 ミーティリアはどういう訳かヴァルギリオンを神であると分かっているようだった。しかし逆に彼の方はというと、ミーティリアが神だということはよく分かっていないらしい。完全に彼女を神と名乗る奇妙な女児として見ていた。


 息を荒げながら、しかしなんとか深呼吸で落ち着きを取り戻した創世神系チビッ子は、ふふんど破壊神に向けてドヤ顔を浮かべた。


「いいわ、これを見てもまだアタシが人間だと思えるのかしら? 創造神だけに許された奇跡を見せてあげる!」


 少女が手のひらを丸めてぎゅっと宙を掴む。そして数秒……開いた手の中には小さなハムスターが一匹、きゃるんとした瞳で辺りをキョロキョロと見回していた。


「どうっ!? アタシが創り出したこの下界で生命を無から生み出せるのはアタシだけ! つまり! このアタシこそが創造神ミーティリアなのよ!」


「くだらん稚戯だな」


 ミーティリアの渾身の技をリオンは一笑に付した。


「なぁんですってぇ! あいたっ!?」


 ミーティリアの叫び声に驚いたハムスターが彼女の指に噛みつき逃げ出した。自称創造神はハムスターごときに傷を負わされていた。


「うぅっ……痛い……そうね、ハムスターって意外と狂暴なのよね……狭いところでたくさん飼っていると共食いをするのだわ……」


「そのネズミはハムスターというのか。オレ様は知っているぞ、この世界はサフィールの息がかかっていて魔法なる技が存在するのだ。大方それを使い神の奇跡の真似事を貴様はしたのだろう、転移の奇跡か、それとも召喚術か?」


「正真正銘本家本元の創造の儀よ! あぁもう相変わらず頭に来るわねアンタは!」


「ぬぉっ、人の子よ何をするっ! えぇい離せ人の子よ無礼であろう!」


「無礼なのはアンタの方でしょうがアタシの世界にゴミ山を落とすわこうして乗り込んで来るわアンタってばアタシに何か恨みでもあるわけ恨みたいのはこっちなんだけど!」


 あまりの言いぐさに創造神の堪忍袋の緒が切れた。神は誰もが感情的になりやすいが、彼女はその中でもとびきり感情豊かであった。


 ベッドの上で破壊神と創造神の取っ組み合いが始まる。プチアポカリプス開幕。しかし互いに外見年齢が十歳ほどで大した力が振るえないらしい、ラグナロクには到底及ばず精々子どものじゃれ合い程度の規模だった。


「失礼しまーす……って学院長!? 何してるんですか!?」


 神々の争いに割って入ったのは、リオンを『ゴシック』落下地点から回収した女学生セリシアであった。奇しくも彼女もまた女神の名前を冠していたが、こちらはただの同名、神ではなくただの人間だ。


「……はぁ、興が冷めたわね」


 マウントポジションをとっていたミーティリアはそう呟くとヴァルギリオンの上から降りた。


「ぬぅ、下界の人間に素手で押し込まれるとは……サフィール以外にも人の子に干渉している神がいるというのか」


「アンタは黙ってなさい。アナタがセリシア一年生ね、待っていたわ。コレは話が通じないから」


 ミーティリアはセリシアに向き直り、偉そうな態度で自身よりも遥かに背の高い彼女に告げた。


「このアホの世話はアナタに任せるわ、保護対象の身柄は探索科の発見者が責任を持つことになっていたわよね」


「あっ、はい!」


「一時保護は身元の確認がされるまでだけど……コレに身元なんてないものね。弱っているとはいえ破壊神だもの、勝手にされるよりも手元に置いていたほうがまだ安心、そうよね?」


 ミーティリアは小声で呟くと、よしと頷く。


「学院の長として特例措置を認めましょう、このクソガキは我が聖サンクチュアル女学院の特別編入生とするわ!」


「……特別編入生? そんな制度ありましたっけ?」


「今創ったの。いいじゃない、アタシがルールなのよ。別に誰が困るって訳でもないでしょ?」


「ここ、女学院ですよ?」


「魔法適正と『ゴシック』耐性から女性を集めているだけで別に男が入ってはいけないという決まりはないわ。それにコレは『ゴシック』の調査に役立つと思うのよね」


 コレと指差されたリオンは、指差してきたミーティリアを不敬なクソガキだと思った。実際は神格としても現在の力関係でもほぼ同位の存在だったが。


「んー、よく分からないけど……まぁ、一生徒に過ぎないわたしが考えることではないかも。分かりました、大丈夫です!」


 よく分かっていないまま分かりましたと返事をするセリシア。そもそも何も考えていないヴァルギリオン。考えてはいるものの情報が少なすぎるミーティリア。


 神密度の高い一室で、割と雑に世界の命運を揺るがす決定が成された瞬間であった。

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