初めてのサプライズ【BL】

柊 奏汰

初めてのサプライズ

 きっともうそろそろかな、とそわそわとしながら、恋人の真紀さんの帰りを待つ。本当はあと1日長くなる予定だったフライトの日程が短くなった、というのは実は嘘で、真紀さんの誕生日を祝うための準備期間が欲しくて、1日長く出張日程を伝えていただけのこと。

 オレの姿を見たら驚くんだろうな、と思っていると、ガチャ、と玄関のドアが開く気配がする。オレは用意していた花束を抱えてリビングの入口へと走った。

「おかえり、真紀さん」

「え、ただ、いま?」

「ご飯にする?お風呂にする?それともオ・レ?」

 オレの顔を見た真紀さんが、一瞬思考停止したかのように固まる。オレの顔と持っている花束を見比べて暫く思案した後、そのまま横を通り過ぎてリビングに入っていった。

「え…っと?」

「風呂に入って来る」

「へ?」

 そのまま浴室に直行する真紀さんと、リビングに取り残されるオレ。ちょちょちょちょっと待って?オレ、何か間違えた?花束とケーキを予約して、夕飯の準備も今日の昼くらいから綿密に計画を立てて進めていたわけで、いないであろう恋人が誕生日パーティを計画していたら喜んでくれるかなって思っていた、はずなんだけど。もしかして、サプライズ失敗?

 とりあえず手に持っている花束は真紀さんの席に置いて、この後をどうしようかと考え込む。オレが帰る日程を嘘をついていたことに怒っているのか、そもそも真紀さんを迎えに出た時にちょっとふざけ過ぎたのか。どちらにしても真紀さんから何もコメントがないのが一番傷つく。とにかく料理だけは仕上げてしまおうと、出来立てのローストビーフを綺麗に切り分け、コンソメスープと焼きたてのバゲットを盛り付けてダイニングテーブルの上に置いた。


 15分後。入浴を終えたほかほかの真紀さんがリビングに戻ってくるが、また入口で固まっている。そんな真紀さんの姿を見たことがなくて、オレは恐る恐る真紀さんに尋ねた。

「もしかして怒ってる?」

「いや、怒ってるわけじゃないが?」

 不思議そうに首を傾げるその表情は、本当に怒っているわけじゃなさそうだ。それなら何で!と、つい声を大きくしてしまった。

「だって真紀さん、何も言わずに風呂に行くし、オレが嘘ついてたの怒ってるのかなって思ってっ」

「確かに和泉が家にいたのは驚いたけど、フライトは何も問題なかったんだろう?佐々木からも問題はなかったと聞いてる」

「うん、そうだけど…」

「そもそもフライト日程が共有されていたんだから、お前がもう日本に戻っていることは分かっていただろ」

「あっ、そうか」

 オレの馬鹿。真紀さんは管制官勤務なんだから、オレのフライトスケジュールを把握しているなんて分かりそうなものなのに。でもさ、それだけ真紀さんのことを祝いたかったんだって伝えたら、貴方はどんな顔をするかな。

「1日長く日程が伝えられていたのは、何か他に予定があったからだと思っていた。違うか?」

「そう、だけど!じゃあスルーじゃなくて何か言ってくれたら良かったじゃんっ」

 我ながら子供みたいな拗ね方だと思う。でもさ、オレが早く帰ってきたことにもう少し喜んで欲しかったっていうか、スルー以外の反応が欲しかったっていうか。それを言葉にしたら、真紀さんは驚いたように目を丸くした。

「それはその、えっと、」

 不意に言葉が止まったので気になって顔を覗き込むと、真紀さんはちょっと恥ずかしそうに頬を搔いていた。え、何その表情。可愛すぎないか?普段は無表情な真紀さんが初めて見せる表情に、何だか俺の方まで照れてしまう。

「どうしたの?」

「あと1日伸ばしてあったのは何か理由があるんだろうなとは思っていて。いないはずの和泉がまさか家にいるとは思わなくて驚いたのと、何故か花束を持っていて面食らったのと、和泉の行動理由がよく分からなかったのと…その、どう反応したらいいか分からなくて、取りあえず風呂に逃げた」

 最後の方は小さな声になって、ぶつぶつとただ独り言のようになっているだけの真紀さん。何も言わずに居なくなってしまったのは、つまりどうしたらいいか分からなくてとりあえずオレから逃げてしまったということらしかった。きっとこういうサプライズには慣れていないんだなと理解しつつ、それならこの先オレがたくさん、こんな機会を作ってあげたいなとも思う。

「ねえもしかして忘れてる?」

「え?」

 ほら、やっぱり忘れてる。

「今日!真紀さんの誕生日でしょ!」

「あ…」

 自分のことには結構無頓着な人だってことは知ってた。きっと俺が祝ったとしても、照れてそっけない態度を返されるんだろうなという予想もしていた。でも、それでもやりたかったんだ。世界で一番大好きな人に、心からのおめでとうを伝えたかった。

 オレはもう一度花束を持ち直して、真紀さんの前に差し出す。

「真紀さんの誕生日、目一杯お祝いしたかったんだよ。誕生日おめでとう、真紀さん。これからもオレの一番近くで生きていてくれる?」

「…ああ、もちろん」

 今度こそ俺から花束を受け取って、嬉しそうに目を細める真紀さん。貴方のその表情が見れただけで、オレは心から幸せ者だなって思う。でも、今回のオレの計画は、それだけじゃ終わらせないからな。

「ご飯の用意できてるから食べようよ。スペシャルメニューをご用意しました」

「え…は?ローストビーフとかあるんだけど」

「全部手作りです!」

「え!?」

「赤ワインも用意してあるので、席にどうぞ?」

 この人と一緒に生きていられることはオレにとって本当に奇跡のようなことで、これからもずっと隣で笑っていられたら幸せだ。ワインを注ぎながらそっと表情を伺うと、オレと目を合わせた真紀さんは今までに見たことがないくらい幸せそうに笑った。また1つ、真紀さんとの大切な時間が増えていく。

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