勧誘

「そろそろだな」




右側の手前にあるテーブルの椅子に腰をかけてから約1時間が経過した時、ノランがそう言った。


翌日。いつも通り朝食を済ませたラークス達は朝一番にギルドに赴き、エデンが現れるのを待っていた。




「うん。情報通り来てくれればいいけど」




ラークスは少し眉毛を寄せ、不安そうな表情をした。




「大丈夫だろう。1時間も待ったんだから。もしこれで来なかったら、逆に運がいいってことさ」




ノランはラークスを安心させるように言った。


だがラークスの気持ちも分からなくもないと思っていた。


もし今日エデンが現れなければ、今日もそうだが、明日からも朝の1時間という冒険者にとっての貴重な時間を失い続けることになり、さらに現れる保証がない人間を長時間待たなければいけいと考えると、精神的にきついだろうと思っていたのだ。




「まぁそれは一旦置いといてさ。もしあいつが仲間になってくれたら念願の旅が出来るようになるんじゃないのか?」




ラークス達の今の最終目標はここから出国し、世界を巡り歩くことだ。ノランの言う通り、もしもエデンが加われば2人では足りなかった戦力が補強され、目標を達成したも同然になる。




「そうなんだよ。彼女が仲間になってくれればやっと世界を巡れるようになるんだよ。嬉しくて仕方がないよ全く」




この国に住み始めて約3年。ラークスは止まっていた針がようやく動いたように感じていた。




「そう言えば、最初は何処の国に行くつもりなんだ?」




ノランは肝心な旅のことについて、ラークスから何も聞いていなかったことに気が付き、誰もが気になるだろう、次の目的地について質問した。




「そうだなぁ。多分だけどノア王国じゃないかな?」




ノア王国とはクマーク王国から真っ直ぐ西に進んだ場所にある国であり、アルトリア大陸に存在するもう1つの王国だ。クマーク王国の約2倍程の大きさを誇っており、世界でも有数な大きさがあると言われている。




「ノア王国かぁ。でけぇ国ってことしか知らないし、一体どんな国なのか。俺も楽しみだな」




「うん。


ノランは何処か行ってみたい国とかあるの?」




ラークスはノランが突然旅のことについて触れてきたので、行ってみたい国があるのではないかと思い、そう質問した。




「いや、特にはないかな」




「え?本当?」




ラークスは、想定外の答えに思わず聞き返したが




「ああ。国のこととかよく分からないしな」




「そっか」




ノランの返事を聞き、ラークスは嘘を付く状況でもないし、気になっただけかと結論付けた。




「でもノア王国に行くのは楽しみになっちまったからなあ。これは、あいつを何が何でも仲間にしないとな」




「でもさノラン。彼女簡単に仲間になってくれると思う?」




ラークスはすでに勘づいていた。エデンの性格的にどういった返事をしてくるかを。そしてノランも当然そのことを分かっているだろうと考えていたが、あえて聞くことで自分の考えは正しいかと確認しようとしていた。




「そんなの聞かなくても分かるだろう。あいつの性格的にそれは絶対にない」




ノランはそう断言した。


ラークスはそのノランの予想通りの応えに少し安心し




「任せてよノラン。難しいだろうけど、モンスターを狩るよりは簡単だと思うからね」




と言った。




「お!来たぞ」




そんなことを話していると、入口の扉からついに白い髪を靡かせるようにエデンが現れた。




「任せたぜラークス」




ノランは立ち上がり、拳をラークスの胸に当てた。




「うん」




そう頷くとラークスも立ち上がり、2人はエデンの元へ歩いて行った。




「エデン」




掲示板を見ているエデンの近くまで来ていたが、彼女はラークス達に気が付いていなかったので、ラークスは彼女の名前を呼んだ。


するとエデンは声が聞こえたのか、ラークス達の方に振り向き




「あ!あんた達昨日の!」




と指を差しながら驚いた表情をした。




「おはようエデン。ちょっといいかな」




エデンは少し怒りやすいと、前回の会話から感じていたラークスは彼女を怒らせないよう優しい口調で挨拶をした。




「私に何か用?」




エデンは正面で腕を組み、上から見下すように睨んできた。


物理的にもラークスを見下しているエデンの身長の高さは、それをより強調させているようにも見えた。




「単刀直入に言うよ。


・・・エデン。俺達の仲間になってくれないか?」




ラークスはエデンの目を真っすぐ見ながら、精一杯の気持ちを込め、自分達の要望を伝えた。


頼みごとをするので当然ではあるが、そうすることで相手との信頼関係が強くなるのではないか、そして不快感を与えずに済むのではないかと考えたからだ。




「いやだ」




しかしエデンは即答で断った。




「何故か聞いていいかな?」




想定通りの返事。ラークスは動揺せず、すぐにその理由を聞いた。




「仲間ってパーティーを組むってことでしょ?そんなのしなくても私は強いから全然平気だし、それに他の人のペースに合わせるの苦手なの私」




ラークスはそれを聞いて、違和感を覚えた。確かにエデンは強いが、1人では限界があると前回の依頼で思い知ったはずだ。いくら馬鹿だとしても、それぐらいは分かるはずだと。




「まあ。私は強いし、美人だし、何回か別のパーティーに誘われるほどの有力株だから仲間に誘いたいのは分かるけど、潔く諦めなさい」




「そうか。じゃあ行こうノラン」




そう言い、ラークスは出口へ歩き出した。




「「え?」」




ラークスの突然の言動に、ノランとエデンは驚いた。


ノランは、ラークスが昨夜のうちに何か作戦を考えてきているのではないのかと。


エデンは、こんな逸材をそんな簡単に諦めるのかと。


そう思ったのだ。




「おい待てって」




ノランはラークスを慌てて追った。




「あ、諦めちゃっていいの!?」




初めての出来事にエデンは、驚きと同時に動揺もしていた。


今のようにパーティーに勧誘され、それを断り、そしてしつこく付きまとわれる経験を何度もしてきた彼女にとって、ラークスの行動はとても不可解に感じたのだ。




「諦めるよ。だって嫌なんだろ?」




ラークスは足を止め、エデンの方に振り返ってそう言った。


まるで全てを見通していたかのように。




「そ、そうだけど。本当にいいの!?このまま行っちゃって!?」




「じゃあ仲間になってくれるの?


もしそうなら行かないけど」




「な、なるわけないじゃない!」




「そう。じゃあねエデン」




ラークスは立ち尽くすエデンに手を振り、再び出口に向かって歩き始めた。ノランはエデンを一瞥するが、直ぐにラークス後を追い、2人はギルドから出て行った。




ーーーーーーーーーーー




「いいのか?ラークス?」




ギルドを出て、無言のまま少し歩くと、ノランが口を開いた。




「え?何が?」




とぼけたようにラークスは言ったが




「何がってお前。諦めちゃっていいのかって話」




少し怒ったような口調でノランが言ってきたので




「何言っているのノラン。俺は諦めてないよ。これも作戦の1つだからね」




とラークスは、自分の考えについて明かすことに決めた。




「作戦?」




「うん。これは完全に予想だったけど。彼女強いからさ、他のパーティーからも何度か誘があったんじゃないかなって。それで彼女の性格的にしつこく付きまとわれたんじゃないかなって考えたんだ」




「なるほど。それで潔く引いたってわけだな」




「そう。そうすることで印象的に残るからね。まあ反応的にどうやら正解だったぽいね」




エデンの慌て具合から、ラークスはそう判断していた。




「でもよ。そうなると次はいつ誘えばいいんだ?しつこく誘うのはダメなんだろ?」




ラークスの話を聞いたノランは、そうなってくると理論的にもう無理なんじゃないかと思っていた。




「いや。多分だけど、皆がしつこい勧誘したのはその日だけ。ガードが固い彼女をその日のうちに諦めたと思うよ。


頑張ったパーティーでも次の日くらいまでじゃないかな」




「つまり?」




ラークスの言いたいことがよく理解できなかったノランはそう投げ返した。




「これから彼女がイエスって言うまで、今日みたいに毎日説得するってことだよ」




「がちで言っている?」




ノランは、ラークスが今日中にエデンを仲間にすると思っていたので、目を見開いた。




「まあね。ちょっと面倒だと思うけど、同じ日にしつこく何度も交渉するより印象は良く映るだろうし、こっちの方が彼女は折れやすいと思うからね」




とニヤッと笑いながら言った。




「そうか。まあちゃんと考えがあるならいいか」




「ごめんねノラン。面倒だと思うけど」




ラークスは、いくら作戦だとしてもノランの時間を奪ってしまうことに罪悪感を感じ、またそれ以外の方法を考え出せなかったことに申し訳なさそうな表情をした。




「いいよいいよ。元々一筋縄じゃいかないって分かってたからな」




ラークスは自分が身勝手な行動をしたと思っていたので、嫌われるのではないかと思っていた。だがノランのその言葉を聞き、少し安心したのか頬を緩め




「ありがとう」




とノランの優しさと器の大きさにお礼を伝えた。




「いいってそういうの。


明日も頼んだぞ」




ノランは少し照れくさそうに言った。




「うん」




そうして2人は、エデンに会う前に受注した依頼を済ませるために今日もグロスの森へと向かうのだった。




2日目




「おはようエデン」




ラークス達は計画通り、次の日もエデンを口説きに朝一からギルドに足を運んでいた。




「あんた達また来たの?


昨日も言ったでしょ。仲間にはならないって」




エデンはラークス達がどんな用事でやって来たのか直ぐに察し、気だるそうに言ったが実は少し驚いていた。


昨日すんなりと諦めた奴らが、今日もまた自分の目の前に現れたことに。




「そこを何とかさ、仲間になってくれないかなエデン?君の力が必要なんだよ」




ラークスは昨日と同じようにエデンを勧誘する。




「へっ。絶対にならないよぉぉだ」




エデンはラークスを挑発するように、舌をべーっと出し、仲間にはならないと強く主張した。




「そうかぁ。それは残念だなぁ。


仕方ないけど、行こうノラン」




ラークスはあえてトーンを少し低くし、そして小さめな声で言った。同情に訴えかけるよう、とても残念そうに。


そして昨日と同じようにエデンに背を向け、出口に歩き出した。




「・・・」




ノランも無言でその後を追った。




「ふんっ」




エデンはラークス達の背中を少しだけ見ると、まるで何も気にしていませんという雰囲気を纏わせ、掲示板へと視線を戻した。


だがこの時エデンはほんの少しだけ罪悪感に襲われていた。1度助けてくれた相手が2度もパーティーへと誘ってくたのにも拘わらず、それを断り、さらに追い打ちをかけるようにラークスが悲しそうな声を漏らしたことに心が少し揺らいでいたのだ。エデンはそれをラークス達には悟らせたくなかった。だからこそ今のような態度を取ってしまったのだ。




三日目




「おはようエデン」




今日もまたラークス達はギルドに足を運び、エデンを口説いていた。




「また来たのあんた達?」




3度目となると流石に察していたのか、少し呆れたような口調で言った。




「どう?仲間になってくれるエデン?」




「ならない」




今日もエデンはきっぱりと断った。


そう簡単に彼女の気持ちは変えられないらしい。




四日目




「おはようエデン」




「・・・・」




エデンは今日もまた来たのかと、ついに面倒に感じていた。




「はあぁ。あんた達一体いつまでこんなこと続けるつもりなの?」




「さあ?いつまでだろうね?」




ラークスは満面の笑みで応えた。




「・・・・」




エデンはその嘘くさい笑顔を怪しく感じ、顔を背けた。




「あ、返事は?」




まだ返事が貰えたないので、急いでそう聞いたが




「明日来たら、ぶん殴るからね」




今日もまた撃沈した。




五日目




「おはy」




「明日来たらぶん殴るって言ったよね!?」




ラークスの声が聞こえた瞬間、エデンは本当にラークスの腹に殴りかかった。




「ぐほっ」




拳はラークスの腹にクリーンヒットし、その場に倒れたのだった。




「はあぁ」




ノランはその光景に、呆れるようにため息を吐くのだった。




六日目




「おはようエデン」




しかし、それでもラークスの心は折れなかった。


懲りずにまたエデンの前に姿を現わす。




「・・・」




しかしエデンは何も言わなかった。


視線も動かさない。


そこに誰もいないかのように振舞っていた。




七日目




「おはようエデン」




それでもラークスは辞めなかった。




そして八日、九日目以降も毎日続き


十五日目




「わ、分かった。あんた達のパーティーに入るから。もう降参」




ついにエデンが根負けした。




「ほんと?いやぁそれは良かったよ。ねえ、ノラン?」




「え、俺!?」




ノランはまるで今までの全てを自分が考えた計画のように言われたので動転し




「おい。何言ってんだラークス。俺じゃないだろ」




と慌てて否定した。




「冗談だよノラン」




そのノランの慌てようにラークスは思わず笑った。




「ねえあんた達。喜んでいるとこ悪いんだけどさぁ。仲間になってあげる代わりに、1つ手伝って欲しいことがあるんだけど」




「分かった、手伝うよ」




ラークスは即答した。中身については後で考えればいい。仲間にするためならできるだけのことはする。そう考えていたからだ。


だがラークス達はまだ知らなかった。


この出来事が今後、運命を大きく左右することになると。

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ラークスの真実探求の旅路 サーモン @sa-monn78327

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