候補

「アイス・フロスト」




ノランが走り出した直後、ラークスはモンスターへすぐに魔法を放った。


先端が尖った大きな石くらいの大きさをしている6個の氷が空を飛び、モンスターを襲う。モンスターは両腕を前に出し、防御の姿勢をとるが、それだけで全て防げるほどラークスの攻撃は甘くない。


いくつかの氷は腕をすり抜け、体に直撃した。モンスターは少しひるんだか大したダメージはない。だがそれでいい。攻撃をできなくすることがラークスの狙いだから。


エデンはその隙を見逃さず、右脚の1本を狙い剣を切り込む。




「はぁぁぁぁっ!!」




エデンは高速の一振りで、脚を斬り倒す。




「キィィィィィ!!」




その攻撃にモンスターは、悲鳴を上げながら右に傾いた。


脚を1本でも失うと、その重さに耐えることができなくなる。




「ラークス!右腕だ!」




そしてその時ノランがラークスに向かって叫んだ。


それだけでは普通は理解できない。


だがラークスはノランとこの一年半、毎日のように命を懸けて戦ってきた仲である。直ぐにノランの狙いを察した。




「アイス・スティンガー」




ラークスは静止している右腕の、ついさっき傷をつけた箇所をピンポイントで狙った。


通常魔法で小さな的を狙うことは、精密な魔力コントロールが必要なため難しい。


だがラークスはその卓越した魔力操作で、見事ドンピシャに直撃させた。


キンッという鋭い音が響き、氷はその腕の硬さで弾かれたが




「上出来だぜラークス」




ノランは飛び跳ね、傷が入っている腕の部分に渾身の一撃を食らわせた。


ノランの刃は簡単に通り抜け、硬い腕を切断した。


そうラークスはノランが腕を斬り落としたいから、もう少し脆くしてくれという考えを瞬時に見抜ぬき、魔法を放ったのだ。


モンスターはさらに呻き声を上げ、完全に弱り始めていた。




「エデン!頭だ!」




ラークスは今の奴の状態なら、弱点の頭が狙えると踏み、叫んだが




「分かってる」




ラークスが叫ぶ前にエデンはすでに動いていた。


エデンは馬鹿ではあるが、戦闘においての状況を見極める力が低い訳ではない。


勢いをつけ、高く飛び跳ね、モンスターの頭上に移動した。


しかし




「エデン!!」




モンスターが左腕を上げ、エデンを狙った。


空中にいるエデンはそれを躱すことは不可能に近い。


ラークスの魔法も今からでは間に合わない。


そしてモンスターは無情にも、左腕を振り下げた。


エデンはその迫りくる刃に生まれて初めて死を覚悟したが




「させるかよ」




エデンの命を奪うことは無かった。


ノランが振り下げた左腕を外側から刀で叩き、ギリギリで軌道をずらしたのだ。




「いってぇぇ」




ノランはそのあまりの硬さに、電気が走ったような痛みに襲われた。


モンスターの攻撃はそのままエデンの頬を掠め、もう攻撃する手段は残っていない。


その為エデンは剣を両手で持ち、切先を下に向け、振り上げた。


そして




「はぁぁぁっ!」




重力に身を任せ、頭目掛けて落下し、その勢いのまま剣を振り下げ、頭部に突き刺した。


グサッという音が鳴り、モンスターは目を大きく開いたが、直ぐに白目になり、その場に力なく倒れるのだった。




「ハアハア。やるじゃんあんた」




エデンは剣を抜き、息を切らせながらノランの方を見て言った。




「お前もな」




地面に座り、手を抑えているノランもエデンの強さを認めるようにチラッと彼女を見て言った。




「お疲れノラン。周りには何もいなさそうだけどどう?」




後ろから聞こえた声にノランが振り向くと、ラークスが歩きながら向かってきていた。




「ああ大丈夫だ何もいない。


それにしてもさっきの助かったぜラークス」




「いやいやこっちこそ助かったよ。俺の魔法じゃ間に合わなかったしね」




ラークスとノランはお互いにお礼を言い




「それにしても何で、あいつがこんな場所にいたんだ?本には森の奥にいるって書いてあるんだろう?」




と初めて経験したおかしな出来事について話始めた。




「うん。そのはずだよ。


こんな場所に現れるとも書かれて無かったと思うしね。


それにロックファンゴの時もおかしかったよね」




「そうだな。やっぱり今森で何か起きているのかもな」




「ノランの言う通りかもね。念の為ギルドには報告しておこう」




1日で2回も異変を見たラークス達は、不穏な何かを感じ取っていた。




「ああそれがいいな。


そういえば、お前も他に何か知らないか?」




ノランはエデンが何か別のことを知っているのではないかと思い、再度彼女の方に振り返った。




「あれ?」




しかしそこに彼女の姿はなかった。




「あいつどこいったんだ?」




ノランは突然いなくなった彼女を探すように周囲を見渡したが




「彼女なら素材を剥ぎ取って、ついさっき嬉しそうに帰っていったよ」




と一部始終を見ていたラークスの報告によってノランは呆然とし




「おいおい、普通何も言わずに帰るか?


あんなに頑張ったのによ」




と不満を漏らした。




「まあまあ。助けられたんだし、それでいいじゃん」




ラークスはノランの気持ちを良く分かっていた。


いやほとんどの人間が分かるだろう。


常識的に考えれば、命を助けてもらって一言もお礼を言わずに立ち去るなんてどうかしていると。


だが




「まぁしょうがねえか。バカだからなあいつ」




あの性格的にエデンは常識なんて持っているわけないと納得していた。




「否定できないのがちょっと辛いね」




エデンを庇おうとしたラークスも、流石に彼女の否定できる材料が見つからなく笑うしかなかった。




「でもさノラン。彼女あんまり頭は良くないけど、戦闘においての実力は確かにあったよね?」




「そうだな。戦闘はな」




ノランは最後の言葉を、妙に強調して言った。




「しかも1人」




「ちょっと待てラークス。本気か?」




ノランはラークスが何を言いたいのか直ぐに悟ったが、自分なら絶対にその選択肢を選ばないので正気かと疑った。




「本気だよノラン。俺はエデンを仲間にしたい」




ラークスは頷き、冗談ではないことを伝えた。


あの強さを持ちながら1人でパーティーを組んでいる奴は滅多にいない。


この機会を逃すわけにはいかない。


ラークスはそう思っていた。




「確かに戦闘に関してはピカイチだあいつは。だけど、だけどだ。あの頭の悪さはどうするんだラークス!?」




強さは認めるが、脳みそが足りていない彼女を仲間にした後、一体どうやって抑えるつもりなのかとラークスに詰め寄った。




「そこは後で考えるよ。何か交渉材料が見つかるかもしれないしね」




「そんな適当でいいのか?」




意外にもいい加減なラークスにノランは心配になったが




「まあ何とかなるよ。悪人ってわけでもなさそうだし」




「はあぁ。分かったよ。お前がそう言うなら」




何度もピンチを脱してきたその賢い頭脳を持っているラークスを信じることにした。




「よし。じゃあまずは依頼の報酬を貰いに行こう」




やっと見つかった有力候補にラークスは嬉しそうに歩き始め、ノランはその後ろをとぼとぼと付いていき、2人はギルドへ戻るのだった。




ーーーーーーーーーー




「すみません。これお願いします」




ラークスはギルドに戻ると直ぐに受付カウンターの女性職員に依頼書とロックファンゴの尻尾3つを手渡した。




「確認が完了しました。報酬の金貨2枚と銀貨5枚です。ご確認下さい」




ラークスは直ぐに硬貨の数を確認し




「大丈夫です。ありがとうございます」




とお礼を言った。




「あとグロスの森で報告したいことがあるんですけど、いいですか?」




「はい勿論ですよ」




彼女は嫌な顔をせず、首を縦に振った。




「ありがとうございます。


実は今日狩ったこの3匹のロックファンゴが、群れを作っていたんです」




「それは・・・おかしいですね」




「はい。さらにブラックヴォイドエッジが森の入口付近まで侵入していたんです」




「本当ですか?ブラックヴォイドエッジがそんな所まで。一体何を・・・」




ラークスが今日森で起こったことを報告すると職員は顎に手を置き、思考に意識を傾けていたが




「まあこんな感じで、今日は森の様子がいつもと違ったので一応報告しておきますね」




ラークスがそう言い終わるのを聞き、彼女ははっと我に帰った。


彼女は考えるのは後からでもできる。


今はお礼を言わなければと思い




「分かりました。貴重な情報ありがとうございます」




と深くお辞儀をした。




「そうだ。最後に尋ねたいことがあるんですけど」




「はい。どういったご用件でしょうか?」




彼女は頭を上げそう言った。




「人を探してまして」




「なるほど。何か身体的な特徴はありますか?」




「白髪で黒目をした若い女性で、多分このギルドの冒険者だと思います」




「あと名前はエデンって言います」




と横からノランが、ラークスが発言したことに加えて言った。




「何か知らないですかね?」




そうラークス達はエデンを仲間にすると決めたものの居場所を知らない。そのためエデンが訪れているだろうこのギルドで何か情報を入手したいと考えていたのだ。




「ええ。その人なら知っていますよ。彼女、毎日1人でここに来るので職員の間では有名なんですよ」




冒険者というものは基本的には何人かでパーティーを組むことが基本であるため、毎日1人で依頼をこなしているエデンは職員の中で知名度が上がっていたのだ。




「本当ですか!?」




望んでいた応えが返ってきたラークスは、嬉しさと一発目でヒットした自分の運の高さに驚いた。




「・・。ええ、本当ですよ」




彼女はラークスの反応に少し気圧されたが、いつも大人っぽいラークスが子供のように大きな声を出し、身を乗り出してきたので、自然と頬が緩んだ。




「じゃあ、彼女がいつ頃ここに来ているとか分かりますか?」




後はエデンがいつここに来ているか、それが分かれば簡単に会うことができる。


だがギルドは、冒険者の情報を他の人間に開示することは滅多にない。


確かに今の情報だけでも、1日中ギルドに居ればエデンと会うことは可能だが、ラークス達は旅のために、一銭でも多くお金を稼がなくてはならない。


つまりここが正念場になってくるが




「そうですね。


他人の情報を教えるのはあまりよろしくない行為なのですが。あなた達には特別に」




あっさりと許可が下りた。




「あ、ありがとうございます!」




どうやら日頃の行いが、功を奏したらしい。




「彼女はいつも、あなた達が来た1時間後くらいに来てると思うよ」




「1時間後ですか。分かりました、ありがとうございます」




「ありがとうお姉さん」




ラークス達は再度お礼を伝え




「またのお越しをお待ちしています」




ギルドを去った。




「で、どうするんだ?ラークス」




ギルドから出ると、すぐにノランがそう質問した。




「どうするも何も、いつも通り朝一でギルドに行って、彼女を待つだけだよ」




歩きながらラークスが応える。




「・・・まじ?」




「まじだよ」




「はあ。まあお前がそう言うならいいけどさ。勧誘は任せるぜ」




改めて心配になったノランはため息を吐いたが、ラークスなら大丈夫だろうと、絶対の信頼を置いていた。




「勿論。俺に任せてよ」




ラークスは自信ありげに応えた。




「じゃあ飯行こうぜ。腹減って死にそうなんだよ」




「そういえばそうだね。何処にする?ノラン」




「それは俺に任せろ。ついてこい」




時間はもうお昼を過ぎ。


我慢の限界だった2人は全速力で道を走り抜け、ノラン一押しの飲食店へと脚を運ぶのだった。

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