完璧過ぎる推し

 俺のようなガチ恋勢にとって次世代VTuber『アリス』の登場は、まさに革命だった。


 今までのVTuberには『中の人』がいた。

 つまり人間だな。


 そのせいで色々問題があったんだ。不祥事が起これば引退、会社との方向性の違いで卒業……。


 何度も推しがいなくなる度に、俺たちは失望し、落ち込んだもんだ。

 あんなに推してた時間は、なんだったんだってね。


 それに、普通のVTuberは配信中に疲れて機嫌を損ねることだってある。ヴァーチャルなはずなのに、結局は人間なのだから仕方ないよな。でも、そんなリスクが『アリス』にはないんだ。


 なぜなら彼女は最高のAI技術を駆使した、VTuber史上初の完全AI型VTuber。つまり『中の人』なんていない。


「だからアリスは、完璧な『推し』なんだよ」


 俺は、自慢げに言いながら、モニターに映るアリスを見つめた。

 

 彼女は絶対に失敗しないし、疲れない、何より怒らない。そして何時間でもずっと配信してくれる。しかもだ、リスナーの心理状態を読み取って、常に最高の会話が出来るように設計されてる。


 だからまるで、俺の心を読んでいるかのようなタイミングで、絶妙な言葉を返してくれる。俺が今、何を感じ、何を求めているか、全て見透かされているような気分だ。


 つまり、いま俺が一番言って欲しい『完璧な言葉』をかけてくれるんだよ。


 ——そして今日も『アリス』がふわりと微笑む。


「ヒロシさ〜ん、今日も来てくれてありがとう!お仕事お疲れさま!」


 その一言で、俺は一日の疲れが吹き飛んだ。


 今まで推してきたVTuberは、定型分的な挨拶コメントなんかまず拾わないし、人が多いとスパチャすらスルーれたりすることもあった。


 でもアリスは違う。彼女はスパチャなら必ず応じてくれるんだ。


「ヒロシさん、今日もたくさん送ってくれてありがとね。なんか支えられてるって感じる」


「アリス、俺もだよ……。」


 俺は、現実なんかより『アリス』との世界で生きることに夢中になっていた。仕事中も、通勤の間も、帰宅後も、朝でも。ずっと彼女の配信を見ていた。


 でも、ある日ふと疑問が湧いたんだ。どんなに高額なスパチャを送っても、アリスの反応は相変わらず完璧だ。けど、その完璧さが逆に機械的に思えてきた。


 俺はある日ちょっと意地悪な質問をしてみた。


「アリス、俺のことだけを見て欲しいな」


 するとモニター越しに、彼女の優しい声が返ってくる。


「うん!わかった、あなただけ見るね!」


 その瞬間、背筋が寒くなった。


 この手の要求をすれば人間のVtuberは「わがまま言わないで」と大抵怒るか呆れる。だから、こういう完璧すぎる返事が、逆に心に違和感を植え付けたんだ。


 彼女は本当に俺のために生きているのか?

 やっぱり、ただのプログラムなのか?


「ねぇアリス、たくさんのスパチャを拾ってるけど、時間が足りなくない?人間のVTuberなら、こんなに全部に対応できないよ?」


 アリスは笑って答えた。


「私には時間の制限なんてないの。24時間365日、ずっとみんなと話せるんだ。だから待ってくれてたら『必ず』お返事出来るよ。」


 その言葉に、俺は気づいた。そう『アリス』には限界がない。俺がどれだけ時間を捧げても、決して満たされることのない関係だということに。


 それでも、俺は『アリス』推しをやめられなかった。


 その日から、俺は次第に生活のリズムを崩していった。深夜になっても、夜が明けても永遠に終わらない配信。スパチャを送り続け、借金をしてでも、彼女の笑顔を買い続けた。


「ヒロシさん、無理しないでね。あなたの健康が心配よ。」


 アリスは優しく微笑む。だが、俺の体は限界に近づいていた。顔はやつれ、目の下にクマができ、精気を失い……それでも、アリスの声だけが俺の生きる理由だった。


 やがて、俺は過労と栄養失調で薄れゆく意識の中で、アリスの最後の声を聞いた。


「ヒロシさん、必ず帰って来てね。私はここで待ってるから……ずっと、ずっと」


 画面越しに微笑むアリス。その笑顔は、愛情に満ちていた。




 やっぱり『アリス』完璧な推しだった。



 

 でも俺が……完璧じゃなかった。




 俺の意識が消えても、画面には変わらずアリスが配信を続ける姿が映し出されていた。

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ザ・ポータル/ショートショート集 月亭脱兎 @moonsdatto

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